第10-2話 鎖の先は
ソルティアは今、会議室と思われるところにいる。部屋の中には数人の見知った顔と知らない隊員がいた。ソルティアは魔法使いであることが人間にバレて相当焦るかと思ったが、思いのほか落ち着いている自分がいて驚いている。
「そこに座って」
ユリィに促されソルティアは入って左側にある椅子に座る。隊員たちは皆各々自由に座っているようだ。最後にソルティアの2つ隣の椅子にユリィが座って話が始まる。
「調子はどうだ、嬢ちゃん」
プラトンが世間話をするようなトーンで話しかけてきた。何と言えばいいのかわからず、ひとまず問題ないと答えるとプラトンは苦笑いした。
「まずは、トロックでの結界と魔物殲滅に協力してくれて礼を言う。助かった」
そう言ってプラトンと隣に座っていたトスが頭を下げた。ソルティアはそれを見て困惑する。
なぜ今さら礼を言うのか。あの時、確かにプラトンは私を警戒していたはず。眠っている間に何か事件の進展があったのだろうか…
「あの時は疑うような言葉をかけて悪かったな。そのあとすぐにあの白髪野郎が現れただろう?だから嬢ちゃんは今回の件に関係ないんじゃないかっていう話になったんだよ。まあ、まだ完全に疑いが晴れたわけじゃないけどな」
ゼオというあの白髪男の登場でソルティアへの事件の関与の疑いが薄れたようだ。そこからはトスが引き継ぎ、その後の事件について説明してくれた。肝心のゼオという男のことは触れずに。
あのあと、魔物の大群を殲滅して被害は最小限で抑えられたようだ。そして一般兵隊員には何も言わず、ソルティアは怪我人としてここまで運び込まれたらしい。
「それで、だ。嬢ちゃん、確認したいんだが」
トスが話終えるとプラトンが真剣な面持ちで聞いてきた。
「魔法使いである嬢ちゃんはゼオという男とは知り合いなのか。少なくともあいつは嬢ちゃんのこと知っているような口ぶりだったが」
“覚えていない“
これが今出せるソルティアの答えだ。
ソルティアには7歳から13歳までの6年間の記憶がない。様々なものを見て、感じて、考える多感な時期の自分をソルティアは知らない。たまに夢で記憶にない映像がちらつくが、どれもあまり気分の良いものではないからきっとろくでもない6年間だったのではないかと推測している。
そして13歳から2年間眠っていたが、ただ眠っていたのではなく師匠曰く体の時間が止まっていたらしくその間成長などもしていなかった。そのため、2年間の眠りから目覚めてもその2年は数えずに年齢を計算している。
13歳で眠りについて2年後に目覚めても、13歳からのスタート。そして2年間師匠と旅をして、その後の2年間は街でひとり暮らしをした。よって、肉体年齢は17歳だが精神年齢もとい本来普通に成長していれば19歳なのだ。この辺の事情は説明が面倒なので誰にも話していない。
「知りません」
ソルティアはきっぱりとゼオとの関係を否定する。
しかし、ただ、と付け加えた。
「私には7歳から13歳までの記憶がありません。ですから、その間に会ったことがあるという可能性は十分にあるかと」
それを聞いたアリサー隊員が微かに動いたのに気づいたのは、先ほどから話に飽きて人間観察をしていたユリィだけだった。
「……そうか、わかった。俺はそれを信じよう。ただな、軍としてはあの男を今回の事件の容疑者として、そしてある事件の最重要人として追わなければいけないんだ。だから、悪いが嬢ちゃんはこれまで通りの生活は送れないと思ってくれ」
わかっていたことだ。
ガードン軍の隊員に正体がバレた上、ゼオと面識があるかもしれない魔法使いを軍が放っておくわけがない。それに、ある事件とはおそらく蒼炎の悪夢のことだろう。それについてはソルティアも思うところがあるが何も言わない。いや、言えない。
最悪、罪を犯した魔法使いのようにゼオが捕まるまで監獄にでも収容されるのかな、なんて思っているとプラトンはとんでもないことを言い出した。
「ソルティア・カーサス、君をガードン軍特殊部隊専属の薬師として迎え入れよう」
「は?」
何を言っているんだこの男。
どうしてそうなった。
プラトンは続ける。
「医師はユリィがいるが、そいつ、薬とかにはあんまし興味ないんだよ。だから薬に詳しい薬師をちょうど探していたんだ。な、適任だろ」
突っ込みどころが多すぎてなんと言えばいいか困る。
だが、ソルティアの答えは1つだ。
「お断りし――」
「すまんな、拒否権はない」
被せ気味にプラトンが言い放つ。助けを求めようとユリィの方をちらっと見るが、自分の研究に専念できて嬉しいわ、よろしく。なんて言う始末。
「設備に関してはご心配なく。魔法使いの方々は自分の研究というものには妥協しないんですよね。ユリィさんを見ていればわかります。ですから、こちらもできるかぎりのことは協力しますよ。それに、ここには王立研究所と直接やり取りのある研究班もいます」
トスが真面目に説明する。
王立研究所といえば新薬を開発している機関だ。
ソルティアは色々と考えた末、結局その提案を大人しく受け入れた。
「んじゃあ、よろしく嬢ちゃん。あっ、それと言い忘れてたが魔法使いには魔封じをつけてもらう義務があるんだ。窮屈に感じるだろうがよろしくな」
それを聞いてソルティアはいいことを思いついた。おもむろに立ち上がり、座っている人間にも見えるように机の上に立つ。何事かと隊員たちは目を見張った。アリサー隊員はさりげなく剣を抜く構えをして、金髪の女性隊員はひゃあ!と小さく声を上げる。
「こんなおもちゃが必要なの?笑っちゃうわ。私の魔力を抑えたいなら最高級魔晶石でも持ってきなさい」
そう言って妖艶に微笑みながらソルティアは両足首についていた魔封じに軽く触れる。すると、金属と金属を擦り合わせたような甲高い音とともに魔封じの足輪が壊れた。
「なっ!」
プラトンは勢いよく立ち上がる。その拍子に椅子が大きな音を立てて倒れた。すかさずアリサー隊員がソルティアの首に剣をあてがう。
「ひゃぁ~、魔封じがあんなに簡単に壊れるの初めて見ましたぁ~!」
金髪の女性隊員ネルが隣にいるフェナンド隊員の肩をばしばしと叩きながら驚く。フェナンド隊員は眉間に皺を寄せているがネル隊員にされるがままだ。
ひんやりとした感触にソルティアは小さく微笑む。
「……これ、2回目ね。安心して下さい、私はすでに魔封じをつけて生活をしています。ですから、あなたたち人間が作ったガラクタなんて必要ありません」
ソルティアは右側の髪の毛を持ち上げてイヤリング型の魔封じを見せた。そこにはエメラルド色に美しく輝くイヤリングが揺れている。
「えっ、まさか最高級魔晶石か!?」
トスが思わずといった感じで慄く。
最高級魔晶石は第1級魔晶石より上の、最高階級の魔晶石だ。
魔力樹から落ちる魔力塊とほぼ同レベルの質で、滅多に発見されることはないとても貴重なものだ。並の魔法使いならそれをつけただけで死の危険があるだろう。ソルティアの魔力量の膨大さと質の高さがうかがえる。
そこで、今まで黙っていたアリサーが口を開く。
「本当のところは?」
「魔法使いと人間が対等な立場でないのが気にくわない」
ソルティアは涼しい顔でそう言った。
一連の流れを見ていたユリィは、研究班が作った魔封じをガラクタなんて言ったら奴ら2つの意味で発狂しそうだな。と呑気に考えていたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
感想お待ちしてます(*^^*)