第10-1話 鎖の先は
『あっ、起きたぁ!おはよう、ソルティア。気分はどうだい?』
『………』
頭がぼんやりする。
いつ眠ったのかもどこにいたのかも、昨日は何をしていたのかも思い出せない。
そもそも、目の前の男が誰なのかもわからない。
『うーん、まだ記憶が混濁してるのかな。でも大丈夫!そのうち思い出すだろうし、魔力も安定してくるはずだよ。気長にやっていこうね』
目の前の男は一方的に話を進めていく。
『いやー、いつ目覚めるか心配してたよ~。2年間も眠ってるなんてお寝坊さんだなぁもう!あっ、これから僕のことは”師匠”って呼んでね!』
……は? 2年間?
「………」
ソルティアは静かに夢から目を覚ました。辺りを見回すと病室のような場所にいることに気付く。なんだか少し気分が悪い気がする。自分の身体の状態を調べようと起き上がったとき、部屋の扉が開いた。
「あらっ、目が覚めたのね。体の調子はどう?」
空色のまっすぐで綺麗な髪を横に流している白衣を着た女性が眼鏡に手をかけながら入ってきた。
「……ここはどこですか」
なんとなく予想はつくが、できれば違ってほしいという儚い希望を込めて聞く。
「……残念ながら、ガードン軍本部にある病室よ。聞きたいことはたくさんあるだろうけど、ひとまず自分の身体の状態はわかってる?」
やっぱり!と頭を抱えそうになるが、そこでソルティアは気づく。目の前の女性が魔法使いであるということに。なぜ魔法使いがこんなところで働いているのかという疑問はとりあえず飲み込んで、自分の状態を確認する。
「あ、ここには私達しかいないから魔力についても気にせず言ってくれていいから」
あっけからんと女性は言う。どうせもうすでにガードン軍の隊員には自分が魔法使いだとバレているのだ。だからソルティアも隠すことは諦めた。
「……魔力の流れは正常です。あの、私はどのくらい眠っていましたか」
「あら、きちんと自分の状況を把握できてるのね。2日よ、2日。それと、あなた寝ぼけているのか知らないけど、もう少し魔力抑えられる?濃すぎよ。そのままじゃここから出してあげられない。もし無理そうなら今より強い魔封じあげるけど」
2日か、少し寝すぎた気がする。別に怪我をしたわけでもないのに、精神的なものだろうか。きっとあの最悪な出会いをした白髪男のせいに違いない。吐き気がする。
「……ん?魔封じ?」
医師と思われる女性の言葉に引っ掛かりを覚え、急いで体を見回す。
「うわぁ……」
ソルティアは自身の両足首に魔晶石のついた足輪型の魔封じがつけられていることに気付いた。気分が悪い原因はきっとこれだ。恐らく眠っている間、漏れ出る魔力をこの魔封じで抑えていたのだろう。意識のある今の状態なら魔封じなど必要ないが、面倒なのでこのままつけておくことにしようと考えるソルティア。
ひとまず、言われた通り未だ漏れ出る魔力を自身の力で抑え込む。もともとつけているイヤリングの魔封じは作用しているが、それでも抑えきれない魔力があるのだ。それは常に自分の力加減で周りに害がない程度に制御している。
「これでいいですか」
「ん、大丈夫よ。あとは……、あっ!そーいえばまだ自己紹介してなかったわね。私はガードン軍特殊部隊専属医師のユリィ・ノーブルよ。正真正銘、魔法使い」
ユリィは特につっこんでこちらの事情は聞いてこない。魔法使い全体に言えることだが、基本的に魔法使いは淡白な性格の者が多い。そして自分の興味のあることにしか夢中にならないのだ。
魔法使いは冷徹だ、などとよく言われるらしいが少し違う気がする。冷徹なのではなく、淡白な性格で関心を示すことが多くない、の方が正しい。
どちらにせよ、これは種の性質であって仕方のないことだ。
そのため、目の前にいるこの魔法使いもソルティアが同じ魔法使いだから助けているわけではなく、単純に診るべき患者がいるから医師として働いているという感じだ。ソルティアにとってはむしろその方がありがたい。
ソルティアは今一番気になっていることを聞いてみた。
「あの、なぜ魔法使いであるあなたがこんなところで働いているんですか」
ユリィは、ああ、と呟いてから近くの椅子に座って話始めた。
軍が魔法使いの医師を働かせている理由は2つ。
1つ目、人間に害を与えた魔法使いを収容しているため、その者たちの管理をする必要があるから。
2つ目、魔物や魔法使い関連で怪我を負った隊員の治療には魔法使いが重宝するから。
また、人間と魔法使いの関係が良好だった頃から続いていることらしく、特殊部隊員と上層部の一部だけは医師が魔法使いであることを承知しているそうだ。
ユリィは魔力量も質も並の魔法使いより少し高いというだけで、ネックレス型の魔封じを常に身に着けて仕事をすることになっている。
そのため、普段はほとんど魔法を使えないそうだが、医師として働く上では特に不自由していないので気にならないらしい。これがここで働く条件でもあるようだ。
「勘違いされたくないから言っておくけど、無理やり働かされているわけじゃないからね。街で魔法使いってことを隠して普通に医師として働いていたんだけど、ひょんなことでここの存在を知って自分から来たのよ」
「……人間がたくさんいるこんな場所に自分から?」
訝しげにソルティアは聞き返す。
ユリィは椅子から立ち上がりゆっくりとベッドへ近づいてきた。
「人間だろうが魔法使いだろうがどうでもいいの。医師として生き物に触れて、治療ができればそれでいい。街の平凡な病院より、ここの方が色々と面白いってだけ。私は私の知的好奇心が満たされればあとはどうでもいいわ」
まさに魔法使いらしい考え方だなと思うと同時に、そのうち人体実験とかしだしそうだなと少し危険な香りのする女性だと感じるソルティア。しかし、ユリィの言うことも理解できる。自分も薬師として毎日研究に没頭できたら他のことなどどうでもいいと感じてしまう。
(……はあ、早く家に帰って薬の調合がしたい)
その後、ユリィについてくるよう言われソルティアは病室をあとにした。ちなみにソルティアが今着ているのは足まですっぽりと隠れるほど長い真っ白のシンプルなワンピースだ。廊下を歩いている最中はずっとユリィから、白すぎるからもっと日を浴びろ、細すぎるからもっと食えと注意されたのだった。