第9-2話 美しい花は毒を持つ
ユニアスは魔物を切りまくっているが、数が多いのとケルドよりも上位の魔物が紛れているため完全に捌き切れていないのが一目でわかる。ソルティアはユニアスに向かって叫ぶ。
「巻き込まれたくなかったら下がりなさい!」
ユニアスは予想外の人物から予想外のことを言われて、一瞬動きが止まる。ソルティアは一応、声をかけただけでユニアスには構わず手を大きく動かす動作をした。すでに瞳は銀色に輝いている。
ソルティアの魔法によってあっという間に魔物の大群が炎に包まれる。
「なッ……!」
「まさかッ!嬢ちゃん、お前……!」
2人にどんな反応をされるかすでに予想済みのソルティアは特に気にすることなく次の行動に移る。
「街全体に結界を張ります」
ソルティアは右手を真上に伸ばす。すると、街の上空に銀色の魔法陣が現れゆっくりと街全体を光が包み込んだ。ソルティアはそっと右手を下ろす。結界の規模はユニアスとフェナンドが張ったものと同等だが、強度は倍にしてある。
また、魔法攻撃や魔物の出入りを許可しておらず、この結界の権限はソルティア自身にしてあるため他の者がこの結界に干渉することはできない。
(魔法陣の展開速度が尋常じゃない、早すぎる……)
ユニアスは静かにソルティアを見て慄いていた。そして、それと同時に魔法を使う際の凛とした姿と銀色に輝く瞳を美しいと感じていた。だが、目の前にいるソルティアはこの魔物の大群を魔法1つで焼き払うほどの魔法使い。特殊部隊員としては慎重に対応せざるを得ない。
たとえ、こちらを助ける姿を見せていても。
「ソルティア・カーサス、お前は魔法使いだな。……この街にいた本当の目的は何だ」
ユニアスは剣を構え、プラトンは汗を額に流しながら静かに問う。
ソルティアは真っすぐ2人を見つめた。
ああ、これだから人間は……
―――嫌いだ。
本当の目的ってなんだ、こっちが聞きたいよ。
善意も悪意も魔法使いというだけで全て1つになる。
このなんとも言えない複雑な気持ちは何だろう。
ソルティアは一度空を仰いで深呼吸をしてから2人に向き直る。
口を開きかけたその時、
「あれー?なんで燃えちゃってんの、この子ら」
重苦しい雰囲気に似つかわしくない軽い口調の男の声が響いた。ソルティアはハッとして声の方を見ると、トイシュンの白い花畑の中に一人の男が立っていた。真っ白のパーマ掛かった髪が風に揺れている。瞳の色は、金色。
「まあいいや、今回の目的は嫌がらせだし。これで終わりっと」
そう言うや否や、男がパチンと指を鳴らすと足元から円を描くように蒼い炎が現れ、あっという間にトイシュンの花畑が蒼い炎に包まれた。
「はははは!相変わらず綺麗だよねえ、これ」
男はうっとりと蒼い炎の中に佇んだままだ。
「蒼い炎だとッ!?」
プラトンは叫び、ユニアスは呆然とこの光景を見ていた。
「……ぁ…いやっ……」
――嘘だ、ありえない。
ソルティアの身体が震えだし、呼吸も乱れていく。
プラトンもユニアスも蒼い炎に目を奪われてソルティアの様子には気づいていない。
「ユニアス隊員ッ!確保!」
プラトンはすぐさまユニアスに指示を出す。どう考えても今回の件に関わっているのは確かだろう。それに蒼い炎は蒼炎の悪夢を引き起こしたものと一致する。
ユニアスは男に向かって駆け出し、剣をふるうが鋭い風の魔法によって阻まれてしまう。男は時折、濃密な魔力塊をユニアスに向けてぶつけているが身体を掠めてもユニアスの顔色が変わることはない。それに少し驚く顔をする。
「なるほど、魔力耐性が高いのか。でもそろそろ終わりにしない?飽きちゃったよ」
ニコニコした顔のまま、男が大きく腕を振ると衝撃波でユニアスが川へ吹っ飛ばされる。
「かはッ――――!」
一連の流れを見てクソッ、とプラトンは吐き捨てる。
ユニアス隊員は魔力耐性はトップクラスで戦闘においても優秀だが、どちらかというと通常2人1組の特殊部隊では高い観察力からサポートに回ることが多いと聞く。
それに、プラトンの目から見ても相手の男は並の魔法使いでないことがわかる。この戦い、どう考えても不利だ。
だが、プラトンは戦わない。
むしろここから自分ひとりでも生きて帰れる方法を頭の中で必死に考える。隊員1人を犠牲にしてでも今目の前で起こった出来事を情報として本部に持ち帰ることを優先させねばならない。本当に嫌な立場だと苦々しく思うプラトン。
「魔狩りが1人に唯の人間が1人、あとは……お?お前魔法使いか。奇遇――」
そこまで言うとぴたりと動きを止めて、目を見開く。
(なんだ……?)
プラトンはソルティアと男を交互に見やる。そこでやっとソルティアの様子がおかしいことに気付く。先ほど魔法を使用していた時とは違い、怯えた様子で地面に座り込んでいた。
男は一瞬でソルティアとの距離を詰め、俯いていたソルティアの顎を持ち無理やり上を向かせる。
「はっ……、あははははははははは!この魔力、生きてたのか!ははははははは!嬉しいよ!」
男が高笑いをしながら、首に手を伸ばす気配がしたため震える手でソルティアは気味の悪いその手を振り払った。ソルティアは視界が霞む中、必死に目の前の男を見るが瞳が金色に輝いていることぐらいしか認識できない。
「ああ、最高の気分だ。今回はお前たち軍への嫌がらせとちょっとした自己紹介のつもりだったんだけど、特別に名前を教えてあげるよ!隊員さん、この子に感謝しなよー」
川に吹っ飛ばされたユニアスが腹部を抑えながら起き上がる。
流血具合から傷の深さがうかがえる。男はそれを横目に言い放つ。
「俺の名前はゼオ!魔法使いを救える存在だ。人間には興味がないけど少し邪魔だから数を減らしてあげるよ。でも今日はこの辺で」
ゼオと名乗った男はソルティアに向かってニコリと笑うと、パチンと指を鳴らす。すると蒼い炎に包まれて消えていった。
プラトンはすぐにユニアスへ駆け寄る。
「大丈夫か!?……ちっ、傷が深そうだな。何なんだあの白髪野郎」
「くッ……、すみません。大丈夫です。それよりも彼女は」
そこまで聞いてソルティアは意識を手放した。
突然倒れこんだ姿を見てプラトンとユニアスは慌てて近づく。
「おい!嬢ちゃん!大丈夫か!?」
「ひゃあー!ユニアス隊員痛そうですぅー!大丈夫ですかぁっ!?」
女性特有の甲高い声がプラトンとユニアスの頭に響いた。
「ッ――、うるせえネル隊員!その声どーにかしろよ!」
「そんな無茶なぁー」
ネル隊員が金色のふわふわした髪を揺らして近づいてきた。特殊部隊の制服には所々、魔物の返り血を浴びている。
(とどめを刺されるかと思った……)
ユニアスは密かに激しく脈打つ心臓を両手で抑えたのだった。