第7話 魔法と王太子
西の王国テルーナの王室には、2人の王子と1人の王女がいる。
一番上の王女はつい最近北の帝国オルセインの有力貴族に降嫁した。いわゆる政略結婚であったが、今のところ夫婦の間に大きな溝はないと王女本人からの便りにあった。
2番目の子供であり、王太子であるリディノア・ウィファ・テルーナは今年で17歳になる。
去年から北の帝国オルセインの首都にあるオルセイン学院に留学中だ。卒業は来年、世間一般で成人を迎える18歳になる年。今は秋休みということで、2週間だけ自国に戻ってきている。
王太子ということもあって、少し世間知らずなところはあるが正義感溢れる好青年だと王国内では好評価だ。しかし、リディノアには周りを困らせる1つ厄介なことがある。
それは、魔法に興味があるということ。
将来の王になる立場にあるため、国民には知らされていないが国の歴史を学ぶ際、魔法や魔法使いについても王族はある程度学ばないといけない。普通は恐怖を覚えたり、危険視して慎重に考える者が多いがリディノアは魔法を人間も使うことができないかと考えたり、魔法使いに会ってみたいという好奇心が芽生えていた。
ちなみに、3番目の子供はまだ6歳の王子であるため、後宮で大切に育てられている。
そして今日もリディノアは歴史の教師を困らせていた。
「結局のところ、魔法使いとはどのくらいいるのでしょうか。私はまだ会ったことがないです」
「殿下、”まだ”ではなく、一生会わないことを祈っておりますよ。……魔法使いとの関係が良好であった100年以上前でも全体の数はそう多くなかったといわれています。それに、魔法使いは子を為しにくい体質であるそうですから、今では大分減っていると推測できますね」
金髪碧眼で人懐っこい笑みを浮かべたリディノアは、何が楽しいのか歴史の授業中はずっとご機嫌だ。
「西域は昔からあまり魔法使いの戦闘がなかったんですよね。最近で一番大きな事件といえば、やはり蒼炎の悪夢でしょうか。約2万人もの犠牲を出したのは凄まじいですね」
歴史の教師は、リディノアの意見を聞いてほっとする。魔法に興味を持っていてもやはり魔法使いに対しては恐怖を抱くのかと。それが普通の人間の反応だ。一国の王太子が間違っても魔法などに興味を抱いてはならない。
「ええ、そうですね。あの事件の犯人は一緒に死んだとされていますが、オルセインは犯人の身元を明かしていないのではっきりとしたことはわかりません。全て蒼い炎に焼かれてしまったということです。どうです?殿下、これでやっと魔法とそれを操る魔法使いの危険性がわかったでしょう」
「ああ、よくわかった。だからこそ、魔法使いと良好な関係を築くべきだ。男なら友に、女ならば側室に迎えてもいいな」
完全に自分の世界に入ってしまっているようだ。口調が崩れているのが何よりの証拠。普段は王太子であるリディノアは教師であろうと誰であろうと敬語を使うことはない。しかし、授業中は教えを乞う立場であるからとリディノア自ら敬語を使うと申し出た。
リディノアの呟きを聞いて、歴史の教師はこめかみを抑えながらため息をつく。
「……殿下、百歩いえ、一万歩譲って友はまだしも魔法使いの側室など、王妃様が聞かれたら卒倒してしまいますよ。絶対にやめてください」
「あっ、失礼しました。口に出していましたか?どうぞ忘れてください」
そう言いながら机の上のものを片付けていく。
そろそろの剣の稽古の時間のようで、部屋の外に騎士が待機した気配がした。
「殿下、最後に1つ知っておいていただきたいことがありますのでそれを話したら今日の授業を終わりにしましょう」
「はい、わかりました」
リディノアは静かに頷く。
歴史の教師は先ほどの空気を変えるべく、真剣な面持ちで話し始めた。
北の帝国オルセインには建国に携わった由緒正しき三大貴族がいた。
しかしそのうちの1つ、リーデル侯爵家の初代当主は魔法使いでありその後も魔法使いの血は入り続けていたが、魔法使いを危険視し始める少し前から魔法使いを一族に迎え入れることはしなくなっていた。
それでも、祖先に魔法使いがいたのは周知の事実。建国に大きく貢献した英雄を祖に持つ大貴族はいつしか呪われた貴族と呼ばれるようになる。
そんな不穏な空気を払拭すべく立ち上がったのは、同じく三大貴族で王家の外戚でもあったルクーティス公爵家。ルクーティス家の生まれたばかりの長女とリーデル家の次期当主であるまだ幼い長男を婚約させ、国民を安心させた。
しかし、悲劇は起きた。
幼い子供たちの婚約から6年後、リーデル家の当主が暗殺されるのと同時にリーデル家が襲撃に合い、一家皆殺し。その後すぐに捕まった犯人は、魔法使いの呪われた血を絶やさねばという気持ちでやったと供述した。リーデル家は血族が絶えたことから、取り潰しになった。
だが、悲劇はこれだけでは終わらない。
リーデル家が襲撃に合った日、運悪くルクーティス家の長女が婚約者であるリーデル家次期当主に会いに来ていたのだ。ルクーティス家の長女と数人の付き人も襲撃により命を落とした。
これにより、リーデル家は再び呪われた血と言われるようになり、13年経った今では誰も口に出すことさえ滅多にしない。
――魔法使いは死をよぶ
これが魔法使いに関わると死ぬ、呪われるなど魔法使いを忌避するようになった1つの例だ。
「ですから!絶対に魔法使いを探そうなどとは考えないでくださいよ!?殿下」
歴史の教師は真剣な面持ちから一変、カッと目を見開きリディノアに念を押す。
「モチロンサー」
「……」
「……さっ、先生。今日はこれで終わりですね。ありがとうございました!」
リディノアはそそくさと部屋を出て行った。
それを見送る歴史の教師は盛大にため息をつく。
「ルクーティス家のご令嬢がご学友であるということと、正妃候補にあがる可能性があるということに気付いていらっしゃるのでしょうか……」