無題
最悪だ。
トボトボと職場から帰っていく先輩を見て私はそう思った。
私の好きな先輩はいつも不幸そうな顔をしている。なぜだかはわからない。単に最近いいことがないのかもしれないし、不幸なことが起こったのかもわからない。
私はそれを見ていつも落ち込んでいた。いくら先輩の不幸そうな顔を見ても、私にはそれを癒やすことができない。不甲斐なさでため息が出る。
先輩が定時で帰ってしまったあとも、私の勤務は続く。先輩は仕事が早い。それ故に色んな人に仕事を押し付けられてしまいがちだが、それをいつも勤務時間内に終わらせてしまう。
今日の残業は一時間程度だった。私は帰りの支度を済ませるとトボトボと職場を去る。
もしかしたら先輩は好きな人がいるのかもしれない。その人のことを思っているから、あんな帰り方になってしまうのではなかろうか。もしそうだとしたらなんと幸せなことだろう。だって私がこうやって不幸そうな顔をする理由がなくなるのだから。
なんの益体もないことを考えながら家路についていると、ふと道の脇にある小さな神社に目がついた。
こんなところに神社なんてあっただろうかと思ったが、これまで気づいていなかっただけだろう。だって私が会社から帰るときに周囲のことなんていつも気にしているわけがない。
私はいい機会だと思って、五円玉を賽銭箱に投げ込んだ。どうせ私にはこれ以上ご縁なんてないだろうから、先輩のことを祈っておいた。
どうか先輩に良いご縁がありますように、と。
その翌日、先輩の様子がおかしかった。
やけに幸せそうだったのだ。嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。
私は定時に帰れるようにいつもよりも仕事に集中した。嫌な予感が間違いだと確かめるために。
先輩はいつも通り定時に帰った。私はそれを追いかけるように仕事を終えた。
職場のビルを出て、すぐに嫌な予感が的中していたことを知った。先輩は女の人と話していた。
先輩のその時の幸せそうな顔! 別に今すぐ叶ってくれなくて良かったのに。
私はその場を逃げ出した。いつもの家路を駆けていく。
しかし途中で息が切れて、私は立ち止まった。趣味の悪いことに、立ち止まったすぐ横には昨日の神社があった。
私は神社に踏み入り、かばんの中に手を突っ込むと財布を賽銭箱の中に勢いよく投げ込んで祈った。
どうか先輩が幸せに過ごせますように、と。
後日、例の神社から財布が帰ってきた。どうやら免許証の住所を見て届けてくれたらしい。しかしご丁寧に財布の中身はカード以外全部抜き出されていた。
あの後、先輩が結婚したという噂が職場に流れた。今更ながら自分のことを祈っておくべきだったと後悔した。
ご利益は十二分にあるようだし。




