4.器の穴
叫び声が聞こえ飛び起きた。
外から人々が騒ぐ声が聞こえた。不安を感じ、外の様子をうかがった。
夢で見た黄金色の田園風景が一面に広がっていた。
まだ、夢を見ているのだろうとぼんやり考えながら立っているとローブというかポンチョみたいに丈が短い毛織物を着たヒュペリオンが同じような恰好の人たちを引き連れて足早にこちらに向かってきた。
「ヘリオスか!何をした!」
俺の両肩をつかみ乱暴に体をゆさぶる。
――何をしたって?
何をしたつもりもない俺は返事に困り、ぼんやりとしたままだった。
「アクアラヴァ!」
冷たい水に包まれた。思わず水を飲んでしまってせき込んだ。
一瞬で水は消えてはっきりと思い出した。今いる場所のことを。
「夢を見ただけだよ。この風景と同じものを」
よく見ると夢で見た稲穂とは違う。
ライ麦みたいだ。
耐寒性が強くてこの国の主要穀物らしい。あの固い黒パンの原料だと聞いた。
昨日、家の外はこんな風景じゃなかった。
畑では芽が出たばかりだったはずだ。俺が魔力で膝丈まで伸ばしたのは少しだった。なのに今は畑一面、収穫が出来そうなほど黄金色に輝くライ麦の穂が首を垂れている。
「昨日みたいに魔法で成長させたのか?いや。これだけ収穫間近になるまで成長させられるほど魔力がヘリオスにあるはずないし………」
ヒュペリオンは、俺の体を頭から足先まで視線を動かした後、胸あたり凝視してくる。
「器の穴から魔力があふれ出ている」
ヒュペリオンの言葉で後ろに付き従っていたローブの男性の一人がヒュペリオンに耳打ちしている。
分かっている。と男性に応答している。
「ヘリオス。今から宮廷魔導士長のキロン様のところに行くぞ」
俺は警戒したローブの男性たちに囲まれつつ入学前から王宮学園に訪れることになった。
学園長室に連れていかれた。というよりも連行された気分だ。
ヒュペリオンは気遣ってくれたのが分かるが周りを囲む人たちからはピリピリとした空気が伝わってきた。
学園内の園長室だという部屋に入ると書類から顔を上げて紫髪の老人が俺と目線を合わさずに体の奥を見るように凝視してくる。紫色の髭をさわりながら。
「こちらが息子のヘリオスです。キロン様」
宮廷魔導士長だという紫髪の老人は、答えずにまだ俺を凝視している。
キロンは、ローブと三角帽子で髭が長い老人だ。これで、白髪と白髭だったら、まさに魔法使い!って思える風貌だ。けれど目つきが怖くて魔法使いっぽい人に会ったのにテンションが上がらない。
「ヒュペリオンとヘリオスだけ残れ。他は下がっていい」
キロンの言葉で俺を連行するように囲っていたヒュペリオンの部下らしい魔法師団の人たちが部屋から出ていった。
まだ凝視する目が怖くて思わず俺はヒュペリオンの後ろにそっと隠れた。
「二人とも座れ」
ヒュペリオンからも促され、背もたれの大きな木の椅子に座った。キロンはまだ髭をさわっているけれど目つきはさっきみたいに怖くはない。
「なぜ、魔力の少ないヘリオスが畑一面の芽生えたばかりのシリジーニスを収穫出来るくらいまで成長させられたのでしょう」
ヒュペリオンが今朝、キロンに報告したことを二人で再確認している。俺が昨日、魔法で植物成長させられたこと。魔力の器に穴があいていること。器が小さいこと。
「私に見える限りでは、器の穴から魔力が流れてきている。この流れ込んできている魔力で成長させたのだろう。取り込んだ魔力は器の穴から流れ出ているというが、穴から魔力を取り込めているようだ。」
キロンの話を聞いて魔力を取り込めているならいいじゃないかと俺は思った。これで魔法が使えるのだと思うとはしゃぎたくなるけれど二人が神妙そうな顔をしているので喜べない。押し黙っている二人を見ると不安になってきた。
キロンは、丁寧に魔法を使うときの魔力の流れや取り込み、器と成長について教えてくれた。
周りにある魔力を自分の器に取り込んで空間に干渉して魔法になることはヒュペリオンにも聞いた。魔法を使うために魔力を取り込むことで器を成長させられるのも覚えた。
器は壊れないから限界以上に魔力を取り込んで魔法を使うことによって器が成長しやすいらしい。
ただ、限界以上に取り込んだ魔力は使わないとすぐに漏れ出てしまうらしい。
そして、空間に漂う魔力は少ないので器の成長のためには魔獣を倒して取り込んだり、魔獣の肉を食べて取り込んだりする必要があるということだ。
成長させた大きな器に魔力を貯めておくことによって同じ魔法でも威力を強く出来たり、より広い空間に干渉出来たりするらしい。
俺は、器に穴があるから取り込んでも漏れ出て魔力を貯めておくことが出来ないらしいけれど、じゃあ穴から入ってくる魔力が多いの?
――穴から入ってくる魔力はいったいどこから来ている?
「ヘリオスは、器の穴から入ってくる魔力はどこから来ているのか疑問に思っているだろう。もちろん、この空間からではない。そうであれば、簡単に私たちにもわかる。どこから魔力がきているのかは分からないが、一晩で多くの作物を収穫できるほど成長させることが出来るのだから大量の魔力を取り込めたのだろう」
眠っていて夢を見ていたら勝手に育っていただけだ。けれど自分で意識して同じように作物を成長させられたら人の役に立つだろう。魔法を使うのは楽しみだけれど人を傷つけたりするのは怖い。人を助けたり役に立つことに使いたい。魔獣やドラゴンとは戦ってみたいけれど。
嬉しくなってきた俺は顔がにやけてきた。
キロンも最初の厳しい表情ではなくて、穏やかな顔で俺を見ながら口をひらいた。
「王女がお喜びになる。会ってくれ。ヘリオス」
8歳で聖女と呼ばれる少女の助けになれるなら俺は会ってみたくなった。
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