0.プロローグ
――体が動かない!
部屋の明かりがまぶしく目が痛い。
独身寮に帰ってすぐにベッドで横になり眠ったはずだった。アラームで目を覚ますと指先ひとつ動かない。というか体の感覚が無くて意識だけがある。
3か月休みなく働いて、昨日というか今日も部屋には眠りに帰っただけ。
俺は必死に体を動かそうとした。このまま、体が動かずに会社へ遅れたら部下やお客様に迷惑をかけるなと考えた。せめて連絡をしないと。
焦っても体は動かない。出来ることがないと色々考えてしまう。大学を卒業し就職してからゆっくりと考える時間も無かった。
好きな仕事をしているから、休みなく働いてもどうにか頑張れた。
農学部を卒業して、植物を育てるという自分の好きな仕事に就けた。さらに就職した会社が地方だが県で1番大きな会社。その会社の幹部候補生として園芸部門に就職できて、研修が終わると同時に部下もついた。
農学部の植物コースなんて化粧品メーカーや大手酒造会社の研究部門に就職する化学コースと違って就職率が極端に悪い。就職が無くて大学を卒業したら、とりあえず大学院に進むか、専門学校に入りなおす人ばかりでまともに就職できている人なんて皆無だ。そんな中、自分の境遇は恵まれすぎていて、同級生からは羨ましがられ、教授たちからは祝福された。
けれど、就職してみると現実を知った。
就職した会社は、県内ではブラック企業と名高い有名企業だった。県内では悪名が凄すぎて新入社員が集まらないから、他県の大学で幹部候補生募集と言って嘘の求人情報を出して人を集めていたらしい。同期の新人は200名近くいたけれど俺みたいな他県出身者ばかりだった。
給料も提示されていたのは嘘で、大卒でも手取りが15万しかなく、ボーナスも自爆買取で先に天引きされているので0。さらに昇給も全くない。評価はいつもトリプルAをもらっているけれど給料にもボーナスにも反映されないから学生のときの通知表よりも意味がない。
夜明けから暗くなるまで現場で働いて、暗くなったら事務仕事。名ばかりの管理職だが事務仕事が色々ある。睡眠時間を削り勉強して仕事の効率を良くして今はましになったほうだ。
平社員の時でも残業代など出たことは一切無かった。けれど、休みもないからお金を使うこともないので困ることもない。
部長からは脅され「お前が休んだら部下にもペナルティを加えるぞ!」
こんな事を言われ、慕ってくれ頑張ってくれている部下を捨てて仕事を辞める決意も出来なかった。言われるままサービス出勤とサービス残業を繰り返してがむしゃらに働いているときは考える時間も無かった。
こうして、数年ぶりにゆっくり考える時間が生まれた。
――俺は何をやっているんだろう。
どうせ死ぬくらい働くのなら、今度生まれ変わったら人のため、世の中の役に立つことをしたい。
大学で研究したことを活用して食糧増産に役立てたかった。そして、毎日食べるものに困っている子どもたちがお腹一杯食べれる世の中に少しでも近づけたかった。
考えている間に段々と体の感覚が戻ってきた。
寒く冷たい。
感覚は戻っても体は動かない。
目を閉じることもなく視界が真っ暗になった。