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ひとりで野宿できるもん!

作者: 時雲仁

 天井に見えるのは、少し不格好な動物たちの絵だ。


「……おにいちゃん、喧嘩してないかな」


 天井に張られた絵には、絵を描いた主の名が書かれている。


 恐らくは、書こうか書くまいか悩んだ結果、書く事にしたのだろう。その中途半端な場所――端から指三本分ほどの場所に書かれた名前を見ながら呟いた。


「りゅうやおにいちゃん」


 返事が無いのは分かっていたが、誰もいない部屋に声が響くのを感じて、やはり少しだけ寂しく感じた。寂しさを感じないように唇を一文字にして、そのまま横に目をやった。


 ……ベットの脇には本が積み上がっている。


 長い入院生活を送っていた為、本を読む位しか楽しみが無かった。ベットの脇に積まれた様々な種類の書籍や雑誌は、すっかり読書家となっていたその証だった。


 積み上がった書籍類の半分は文字の小さな小説で、半分はイラストが多く文字も大きめの本だ。それぞれ、母親と兄が持って来てくれたものだった為、分かり易く内容が分かれている。


 『おもちゃのつ・く・り!』と言ったタイトルの図鑑があったり、かと思えば『新妻の片手間お料理シリーズ③』なんて本まである。


 今日も新しい本を持って来てもらったのだが、今日読めたのは母の持って来た小説だけだった。どうやら、少し難しい本を選んで来たらしく、辞書を引きながら出ないと意味が理解できなかったのだ。


 今日持って来てもらって、読めていない本は他にも数冊有ったが……今日読めなかったのは明日読めば良いだろう。そう、それこそ"時間は沢山ある"のだ。


 昨日読んだ小説の一節を思い浮かべて、可笑しく思った。


 ……明日お母さんに話せば、きっと笑ってくれる。


 早くも明日の15時が楽しみになって来た処で、視界がぼやけ始めるのを感じていた。


 ……どうやら、睡眠剤が効き始めたみたいだ。


 薄れゆく世界を遠くに観ながら、物心付いた頃から入院生活だった自分に対して、ずっと優しくしてくれた母親と兄を感じて、口が動いていた。


「……ありがとう、おかあさん……おにいちゃん……」


 天井に伸ばした手は、言葉が切れると共に力なく落ちた。



 ――――■□■□――――



 ……何か遠くの場所の夢を見ていた気がする。


 優しくて、温かくて、それでいて時々寂しくて。


 全ては本当に有った事のような気もするし、それ等は全て夢だった気もする。


 ――確認しようのない事だ。


 そう、確認しなくても良い事。


 ――何故ならすべて終わった事だから。


 そう、終わった事だからもう良い事。


 ――考えるべきは次の世界の事だ。


 そう、考えるべきは次の世界の事。


 ――選択肢は二つ。


 そう、選択できる。


 ――片方は、このまま世界を循環する"流れ(リーフ)"に戻る事。

 ――全ては、この"流れ(リーフ)"に終始する。


 そう、全てはリーフに在る。


 ――片方は、もう一度"有なる者(ラドリエ)"として生まれる事。

 ――全ての、"無なる者(グラリア)"にはその権利が一度だけある。


 そう、権利がある。


 ――お前の魂は欠けていて、そこには器を埋める"(スキル)"が入る。

 ――問おう、何を求める?


 そう、権利の先にはスキルがある。


 ――『万能魔力』

 ――『召喚紋章』

 ――『超回復』

 ――……


 求めるのは、あぁあヴぁヴあ……――


 ――む、"思い出"と来たか。

 ――イレギュラーではあるが、安定はしているな。


『……ううん? ここは何処だろう……うん、夢なら良いけど。それにしても、これが明晰夢ってやつなのかな? そうだよね、きっと。何となくふわふわする気もするし……。うん、そういえばお母さんとお兄ちゃんに持って来て貰った本、面白そうなタイトルあったなぁ……』


 ――うむ、確かにそれも思い出の一つだな。

 ――中途半端に覚えていると、魂魄崩壊をする可能性が有るからな。

 ――選択した内一つだけその内容を贈ってやろう。


『ん?』


 ――『ひとりで野宿できるもん』

 ――『基礎科学教書~8歳から始める天才教育~』

 ――『おもちゃのつ・く・り』

 ――『新妻の片手間お料理シリーズ③』


『……不思議な夢だなあ……でも、やっぱり気になるのは野宿の本かな! これまで森の中は入った事が無いから、どんな虫が居るかとか、川でのテントの張り方とか……お兄ちゃんはきっと知らないだろうから、一緒にテント張って。その間にお母さんは料理をしてくれてて……』


 ――なるほど、『ひとりで野宿できるもん』か。内容が向こう(・・・)に沿ってなくてはいけないからな。どれ、中身を向こうベースに書き換えてやろう。


『えっ?! ……ムズムズする?』


 ――終わったぞ。

 ――それでは、向こうは少し違う(・・・・)が行くが良い。


『えっ、もしかして僕の事が見えていたんでs――』


 その後、静かになった流れの中で管理者は呟いていた。


 ――全く、賢いのだかそうでないのか分からないな。

 ――しかし、あそこまで歪な魂は久々だったな。

 ――知性面では"賢者"の才能があり。

 ――それでいて"常識"や"汚れ"は著しく薄い。

 ――イレギュラーだな。

 ――しかし、あれで良かったのか?

 ――いや、良かったのだろう。

 ――


 その声とも言えない声は、彼方此方からまるで複数人居るかのように響いていた。



 ◆◇◆◇◆◇



 何処からか、そよぐ風の音が聞こえて来る。


 ……しかし、風の音などお母さんが持って来てくれた、音楽『自然の音~やすらぎのα波~』でしか聞いた事が無い。今聞こえている風の音は、恐らくお母さんが持って来てくれた音楽なのだろう。


 そう思って目を開けたが、飛び込んで来たのは一面に緑の広がる場所だった。


「……そと?」


 少なくとも病院の寝室ではない。


「っつ――"そうち"がない!?」


 自分にとって、そのまま生死を分かつ装置――"脈拍安定装置"が見当たらない事にパニックになりかけたが……ふと、今更になって気が付いた事があった。それは――


「……立ってる」


 それだけじゃない。

 何となく、走れそうな気すらして来る。


「……ゆめ?」


 あまりの事に、思わずほっぺたをつねってみたのだが――


「いたぃ!」


 痛みがあった。と言う事は、少なくともそう感じるほどリアルであるという事だ。たとえ夢であっても、怪我をした時に痛みがあれば、それはもう"夢"では無いと思う。


 どうしようかと悩んでいたが、ふと香って来た匂いを嗅いだ。


 ……これまで嗅いだ事のない匂いだが、何となく"あおくさい"と言う言葉がぴったり合う気がする。もし、この匂いがそうなら、この匂いこそ森ですると言う香り、そのものなのかも知れない。


「そっか、それじゃあさっきの"めいせきむ"の続きなのかな?」


 何となく覚えている内容を思い出していたが、一つだけハッキリと思い出せる事があった。それは、ぼんやりとする中で唯一、ハッキリと思い浮かべられる言葉だった。


「……『ひとりで野宿できるもん』?」


 疑問符を持って呟いた言葉ではあったが、口にした次の瞬間驚くべきことが起きた。


「うわっつ……これは、"本"?」


 そう、目の前に身長よりも大きな本が現れたのだ。それだけでは無い。


「これは……開いていないのに、内容が分かる(・・・)……?」


 驚きの余りしばらく言葉が出なかった。


 しかし、冷静になって来て最初思ったのは、"残念"という事だった。


「……これだけ大きな本だと、中を読むだけで随分と長い間楽しめると思うのに。それなのに直接内容が浮かんじゃうなんて――もったいない!」


 思わず地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがりそうになった。


 しかし、未だに頭の中を高速で過ぎて行く『ひとりで野宿できるもん』の知識、その内容が気になって来て、悔しいとかなんだとかはいつの間にかどうでもよくなっていた。


「えっ、火を起こすのって呪文(スペル)って言うのを唱えるか、感覚を掴めば心の中で思うだけで良いの? もっとこう、ルーペで日の光を集めるとか、摩擦熱を利用してとか有ると思ったのに?!」


 そして、他にも……


「この"危険地帯では強力な従魔と契約しましょう"って、隣に"契約の仕方"が書いてるけど……これ、本当に野宿する時にするのかなぁ?」


 そこには、丁寧に解説付きで色々と書いてあった。


 実は、この書に記載されている内容一つとっても、この世界の誰も知らない情報であり唯一、世界を表からも裏からも知る存在のみが知っている内容だった。


 最早『ひとりで野宿できるもん』もとい"神の攻略書"と化した内容だったが、それを夢中になって読んでいた少年は、ふとある事に気が付いたのだった。


「……あれ? もしかして僕死んだ?」


 ようやく自分の状況を理解し始めた少年だったが、その内容自体悩んでも仕方が無い事だと分かっていた為、少しの間頬を濡らし、その後は何処かすっきりとした顔をしていた。


『ぐるるる……』


 図ったようなタイミングでお腹の音が鳴った所で、一先ずは『ひとりで野宿できるもん』にある通り従って食事を用意してみる事にした。


「えっと、最初に用意するのは餌になる生き物で……――」


 本には、最終的に"美味しい肉厚のお肉が食べられます"とあったが、そもそも料理をした事が無いのに、一人ですると言う事には少しばかり不安があった。しかし、そんな不安でさえこれまでにない刺激であった少年は、全ての事が新鮮で刺激的であり、躍り出しそうになる心臓を抑えておくのが大変だった。


「さて、それじゃあ始めようかな!」


 ――こうして、"新たな環境"処か"新たな世界"で、一人の少年の冒険が始まった。



『ひとりで野宿できるもん!』

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