第六感
全ては分かっていたことなのだ。
2月14日の放課後、一方的に想いを寄せられていた同じクラスの女子生徒から家庭科室前に呼び出しを受けること。張り紙に気を取られたところを、鈍器で頭を殴られ気絶させられること。そのまま家庭科準備室に運び込まれ、危うく心中事件に発展しかけること。
完全な「密室」をつくる手間を考えると、彼女はなるべく閉鎖性の高い部屋を選ぶ必要があった。そのため、家庭科室では不十分だったのだ。
彼女はガムテープを使って家庭科準備室の目張りをおおかた済ませていた。ガムテープがほとんどなくなっていたのは、身体の固定以外にもこういった用途で消費されていたからだ。
彼女は自らの獲物を運び込んだ後、残った出入り口の扉の隙間までをも目張りした。私の意識が戻るのはこの時だ。
また彼女は、準備室に置いてあった年季の入ったストーブを点火し、その上でお湯を沸かしていた。調理のためである。もっとも、市販のチョコレートを湯せんして溶かすだけというお粗末なものだが。
血液に見立てたチョコレート――本物も混じってはいたが――を、想う相手に飲ませる。子供っぽい空想にまみれた「黒魔術の書」とやらの記述を彼女は本気で信じ込んでいた。その特殊な心理状態によってもたらされたあの状況は、彼女にも予期できなかった事態を引き起こした。
ストーブの劣化による悪臭に紛れて、無味無臭の毒が二人を蝕む。
視力の低下。
『視力は良い方だからな。2.0あるんだぜ』
『なんだ? よく見えん。目を細めると、それの正体が――』
聴覚障害。
『軽い耳鳴りが絶えず私を苦しめました』
『頭はグラグラしますし、どうやら平衡感覚もうまく働いていないようです』
頭痛。
『さっきから頭全体がひどく痛む』
『ああ。頭痛がひどい。そんなに強く殴られたっけ』
吐き気。
『気持ち悪い。吐いてしまいそうだ』
『吐き気がしたわい』
そして、意識消失。私がそうであったように、人によってはこういった中毒症状を自覚することもある。だが大半の人間は関知しないまま意識を失うという。彼女は後者であった。そのため、図らずして、自らを死地へと送り出すことになってしまった。
彼女は、決して心中事件を起こそうとしたわけではなかった。
目的はあくまでも怪しげな本の儀式を遂行し、私に手作りチョコレートを食べさせること。しかし判断力が低下し視野が狭くなっていた彼女は、結果的に二人の人間の身を危険にさらしてしまった。
結局、家庭科室の鍵の時間外持ち出しに気付いた教員が私達を発見・救出すること。私達は一命を取り留めること。全て分かっていたことだ。
明日の朝刊の見出しにしても、同じこと――。
『高校生男女が重体 一酸化炭素中毒か』