表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

視覚

 

 目が開いた時に飛び込んできたのは、暗い部屋だったな。見覚えはなかったが、雰囲気から何となく学校にある部屋のような気がした。だが普通の教室じゃねえ。物置みてえなところだ。


 しばらくして、視界がぐるぐる動き出した。辺りを見ようと、頭部が動いたんだ。後ろの方はちっとも見えなかったが、部屋の様子はだいたい把握した。

 まわりには棚が合って、色々なものが入っていた。まな板、ざる、ボウル、教科書……。背表紙には「家庭科」の文字。


 家庭科室……いや、この広さなら、家庭科準備室の方だ。


 ちょうどそれを裏付けるかのように、前方の壁にあった嵌め殺しの窓から、この部屋が何かを示すプレートがはっきり見えた。視力は良い方だからな。2.0あるんだぜ。


『家庭科準備室』


 間違いねえ。なぜか俺は、こんな辺鄙なところに監禁されちまったらしい。


 家庭科準備室は、家庭科室の隣にある小さめの部屋だ。確か出入り口は廊下に面していなくて、家庭科室の中からしか入れなかったはずだ。目の前の壁に扉はない。プレートがあったことからも分かるが、この時の俺は廊下の方を向いていて、入り口に背を向けていたことになる。


 俺はフクロウじゃねえから真後ろを確認することはできなかったが、あまりぞっとしなかったな。人間、人の通り道が背後にあると落ち着かないものだろう?


 とにかく、気付いたら俺は監禁されていた。どうしてそんなことになっちまったのか、実は心当たりはあった。


 それは気絶する直前の光景だ。「放課後、家庭科室の前まで来てください」と書かれたメモ。夕方の薄暗い廊下。扉に貼られた紙。揺らぐ視界、無機質な廊下の床。暗闇……。


 はあ。自分のアホさ加減に呆れるぜ。差出人もわからない手紙をもらってノコノコ指定された場所へ行って、気絶させられたんだ。頭でも殴られたか。家庭科室の扉には、怪しげな張り紙がしてあった。そこに書かれた意味のない文字の羅列の筆跡は、手紙の主と同じだった。あれは犯人に背中を向けさせるための罠だろう。まんまと引っかかったってわけだ。


 周囲の明るさから考えて、そんなに時間は経っていないんじゃないかと感じた。丸一日経っていたってわけでもないだろうし。


 身体には黒いガムテープのようなものが巻かれていた。椅子に座らされた姿勢のまま、グルグル巻きだ。首は動いていたから、頭部は固定されていないのだろう。まあ、椅子は普通の教室にあるような背もたれの低い椅子だし、固定しようもねえか。


 と、その時視界の端から何者かが現れた。背後から、座っている俺の前へとまわる。セーラー服。うちの高校の女子制服だ。

 そいつの顔には覚えがあった。同じクラスの……なんて名前だったかな、とにかく地味な女子だ。こいつが俺をこんな薄暗いところに閉じ込めやがったのか。


 やたらと不健康な、青白い顔をしている。かなり気分が悪そうだ。やばいクスリでも飲んだのかね。ニタニタと笑みを浮かべ、しきりに口を動かしているが、なにを言っているかは分からない。それよりも、全く焦点が合っていなかった。ぞっとした。完全にイっちまってる。


 そいつはコップを手にしていた。赤黒い、どろりとした液体が縁から垂れている。なんだ? よく見えん。目を細めると、それの正体が分かった気がした。ああ、そうか。確か今日は……。


 女は口をひくつかせながら――おそらく笑っているのだろう――コップに口をつけて、ぐいと飲んだ。それから俺に差し出してくる。中身はチョコレート色の液体……へ、とんだバレンタイン・デーだぜ。


 俺の視界が揺れた。首を振っていやいやをしたらしい。当然だ。そんな得体の知れないチョコ紛いのものを食える、いや飲めるわけがねえ。


 首を振った拍子に、床になにか落ちているのが見えた。なくなりかけの黒いガムテープだ。これで俺を縛ったらしい。


 視界がぶれたのも少しの間だった。女はいつの間にか片手に包丁を持っていやがったんだ。包丁には、なにか赤黒いものがこびりついている。よく見れば、女の手首にも黒いガムテープが巻かれているのが分かった。止血に使ったんだろう。


 まじかよ。奴さん、自分の手首を切って、その血をチョコレートに混ぜやがったんだろう。は! なんてことしやがる。血ョコレートってか? いや面白くねえ。


 さっきから女はぶつぶつ口を動かしているが、何を言ってるのかさっぱり分からない。女は包丁を俺の首筋に突き立てた。万事休す。


 視線が上を向く。ああ、俺は飲んだのか。血の混じったチョコレートを。女は、死ぬ気の目だった。目のことは分かるよ、俺は。


 そうか。今、分かったぜ。なんてこった。


 あいつやたらと顔色が悪かったが、それは毒を飲んでいたからだ! つっても、すぐに死ぬようなもんじゃなくて、ゆっくり身体を蝕むようなやつだ。


 あの女は自分で毒を飲んで、血液に回るのを待ってから、手首を切って毒の混じった血をチョコに盛ったんだ。それで、俺と心中しようとしたに違いない。その証拠に、俺が液体を飲んだらすぐに目がくらんで、そのまま真っ暗になっちまったからな。


 どうだ。これが正解だろう!?


 ああ? 分かってるよ。あくまで「証人」とやらをすりゃいいんだろ。余計なことを言っちまったな。


 そんなわけで、俺が見たのはここまでだ。明日の朝刊の見出し? そうだな……『監禁毒殺 男子高校生死亡』ってとこじゃねえの? あんたとも、これでお別れだ。じゃあな。

 ああ? なんとか助かりそうだって? そうか。


 良かったじゃねえか。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ