はじめに
本作は、2018年2月14日に投稿した同名作品に、加筆・修正を加えたものです。
諸君も存じ上げている通り、今日は2月14日。バレンタイン・デーである。
筆者はチョコレートを渡すのにも貰うのにも縁がないため、ここはひとつ推理物の短編でも書こうと思ったわけであるが、諸君にはしばしお付き合いいただけると幸いだ。
粗筋は以下の通りである。
某田舎町の高校で、ある毒物による無理心中未遂事件が起きた。女子生徒が同じクラスの男子生徒を密室に監禁したうえ、「特製」のホットチョコレートを飲ませたのだ。
彼女は、突き詰めればその男子生徒に手作りのチョコレートを食べてもらいたかっただけなのだが、なぜ心中事件にまで発展したのか、その心の機微についてまでは本作で深く掘り下げるようなことはしない。
諸君の読後感を少しでも爽やかなものにするため、簡単に事件の結果だけを申し上げると、両名共に一命をとりとめ、やがて回復した。だが女子生徒は犯行以前より心を病んでおり、現在は精神病院に入院中である。したがって動機については未だ聞き出せていない状態であるが、それも本作の趣旨からは外れる。
科学捜査が進歩した現代、事件現場を調べれば犯行の経緯は一目瞭然であり、古き良き探偵などが出る幕はない。しかしそれではこの小説が成立しなくなるので、今回は特殊な「証人」を呼び、その証言から真相を推理してもらおうと思う。
その証人とは、被害者である男子生徒の「感覚」たちだ。
【視覚】【聴覚】【触覚】【味覚】【嗅覚】という5つの感覚、そしてもう一つ【第六感】を合わせた計6名の「証人」を用意した。いずれも被害者の男子生徒自身の持つ感覚であり、【視覚】は目で見たことだけ、【聴覚】は耳で聞いたことだけ、というふうに、擬人化された6つの感覚が各々の特徴を生かした証言を行う。
諸君には、彼ら、もしくは彼女らの証言をもとに、本章の最後に示す問いに対する答えを推理してもらいたい。問いはひと息で言ってしまえるほどの、非常に短く明快なものである。だがそれを述べる前に、次章から始まる、6つの章から成る証言について簡単に説明させていただこうと思う。これらは、「証人」たちの言葉をそのまま掲載したものである。
まず、証言の方法についてだ。筆者が証言をとったのは、男子生徒が病院で昏睡していた時間帯である。当然そのまま聞き出すことは不可能なので、脳内に蓄積された五感の情報に直接アクセスし、インタビュー形式で事件の様子を語ってもらった。
よって彼ら彼女らが証言できるのは、男子生徒が密室内にて意識を失ったところまで、である。こんな芸当ができるのは作者権限とでも考えていただければよろしい。ちなみに第六感は少々アクセスの方法が異なるのだが、スピリチュアルな話題になるため割愛させていただく。
次に、順番について。全6名の証人は【視覚】【聴覚】【触覚】【味覚】【嗅覚】そして【第六感】の順に証言を行う。最初の5名については、おおよそ、脳に情報をもたらす量の順番になっている。例えば、人間が得る情報の8割は視覚に依存しているという。その分、【視覚】の語りは一番多いものとなっている。重要な情報も含まれているが、関係のない情報も多々含まれているので注意されたい。
本作では、章が進むにつれて正解へとたどり着きやすくなるという構成をとった。勘のいい読者の中には第一の証人【視覚】の証言を読んだ時点で答えにたどり着く者もいるだろうし、最後まで真相を見抜けない方もおられよう。
だが【第六感】の証言を読み終える頃には、ほとんどの読者が正解に至ることができると信じている。【第六感】は虫の知らせともいうべき超常的な感覚であり、普段意識に上ることは稀だが、今回の話においてはすべての真相を正確に把握している者だからだ。つまり彼、もしくは彼女の証言は実質的な解答編と言えよう。
また、6つの感覚達には最後に
「翌日の朝刊に載った事件の見出しは?」
という質問に答えてもらった。これは筆者の遊び心である。感覚達の個性の違いがはっきり出るだろう。必要であればそれも推理の材料にして欲しい。
さて、前置きが長くなってしまったが、筆者が諸君に問いたいのはこうだ。
「男子生徒を死に至らしめかけた毒物はなんだったのか?」
要するにハウダニット――犯行をどのようにして行ったか――である。ここでいう「どのように」とは、つまり「なんの毒物を使って」を意味する。
繰り返し申しあげるが、現代の科学技術をもってすれば、二人を瀕死に追いやった毒物を特定することなど容易いことである。それをあえて、被害者の五感+第六感という特殊な証人の言葉から――限定された条件から――推理するということこそが、本作の趣旨だと考えていただきたい。
最後に、聡明な諸君には無用のものであると思われるが、ヒントを付け足しておく。それは、
「正解の毒物はチョコに含まれていた」
というものである。参考にされたい。
それでは、諸君の健闘を祈っている。