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貴婦人と天使の研鑽

書いていて思うのですが、アドルフヒトラーにも野望に燃え失望に沈んだ若い頃っていうのがあったんですよね。その頃は後世とはまったく違うイメージだったろうと思います。

 1920年 1月 ミュンヘン 


 ドイツ労働者党全国議長カール・ハラーと激しい口論になった。

 彼は演説にもっと共産主義を取り入れて、武力革命への道筋を宣伝すべきだと主張してきた。

 元レーべ代表としては穏健すぎる演説だというわけだ。


 私は激高し猛反発した。

 あの赤色革命家が我々に何をしたのか忘れたのか!

 あの時は危うく最愛の姪っ子を失うところだったのだ。

 赤色運動と社会主義運動はまったく違うものだ!

 あんな粗暴かつ野蛮な連中の手助けをすることは絶対にない。


 だがカール・ハラーは執拗だった。

 ソ連からの資金援助を匂わせながら延々と私を口説こうとする。

 

 そしてカール・ハラーとの激しい口論は一晩中続いた。

 見かねたドレクスラー党首が仲介に入ってきたが、どちらかといえば私の肩を持ってくれていた。

 いまや講演会の入場料は党の活動資金として欠かすことの出来ないものになっていた。

 すでに金の卵を産んでいる鵞鳥を手放すわけにはいかなかったのだろう。


 その翌日、カール・ハラーは変説漢とは付き合えないといって党を脱退することになった。

 全国議長の座が開いたのだがドレクスラーと話し合って全国議長は置かないことにした。

 これはミュンヘンでしか活動していない労働者党が全国議長といっても虚しいばかりであること。

 そして現在の勢いは全ドイツに支部が出来る可能性すら感じられたこと。

 そして全国区の活動になったときに初めて全国議長を決めればその重みは万全であること。

 これらを演説のように系統立てて例を上げながらドレクスラーを説き伏せた。

 代わりに作ったポストが党第一宣伝係長である。

 あくまでも実務的でかつ権威が空虚に感じないように、第二宣伝係長も任命した。

 演説のうまさでは定評のあるエーレンシュベルガーである。

 彼自身は成功した商人なので自己資金が豊富というのも選考基準に入った。

 当面は演説の入場料と寄付が主たる資金源の党としては政治運動を自己資金で賄える彼は貴重な存在だ。


1920年 1月 ミュンヘン ヘレーネ・ベヒシュタイン宅

 

 「ミスターヒトラー、上流階級で重視されるのは、その身分に合った服飾これが第1です。上下のスーツは上質な生地でオーダーメイドで仕立てる必要があります。あとは懐中時計は金時計で宝石をあしらったもの。金の指輪にタイピンやカフスには宝石をあしらいましょう。それだけで周りの見る目が変わります。」

 ヘレーネ夫人はこともなげに、そういうと呼んでいた店主達に叔父さまを着飾るように指示した。

 「上流階級の人は上流階級の格好をすることがまず重要です。」

 「次に態度ですね。なるべく怒らず微笑を維持してください。特に中下層階級に関しては怒らないこと。怒ればその階級を対等と認めることになりますから。」

 「その後は話し方ですが弁士のミスターヒトラーなら問題ないでしょう。むしろチップの与え方を考えて見ましょうか?チップは世話をした使用人に対する論功褒章だと思ってください。良ければ多く弾み、悪ければ最悪あげないようにしてください。ただあげない場合にはどこが悪かったかを明確に伝えておいたほうが吝嗇という噂が出ないので心がけておいてください」

 ヘレーネ様はベヒシュタイン家の先代当主の未亡人なのですが、ベヒシュタイン家そのものは今でも最上級ピアノの製造でミュンヘンでも有数の資産家です。

 先ほどからの話からして服飾だけで叔父さまと私の生活費の何か月分が吹き飛んでいるのか想像するのも恐ろしいほどです。

 もちろん彼女は全て善意で叔父さまと私の服装を整えてくれています。

 新しく上流階級の人物を一から教えて作り出すということに、非常な楽しみを持っておられるようでした。

 多くの商人が彼女と打ち合わせをしていますが、デザインや生地についてはかなり細かい部分まで話し合っているのですが、価格については一言も触れていません。

 これが上流階級というなら小心者の私には心臓が持ちそうにありません。

 叔父さまも似たようなもので仮縫いの間、なんと表現していいのか難しい顔をしていました。

 昼過ぎから始まった仮縫いは夕食前までかかりました。


 そこで一旦開放されると、ベヒシュタイン家の食堂での正餐でテーブルマナーの勉強です。

 このときにはベヒシュタイン家のパーラーメイドが横で教えてくれたのですが、このパーラーメイドはベヒシュタイン家で無いと存在しません。何しろメイドそのものが職業として認められたのが1918年の「諸奉公人令無効」以降のことなのです。

 それ以前は血のつがらない家事手伝い扱いで必要経費+お小遣い程度の給金だったそうです。

 その上で生与奪権は家父長の権限であり……最下層の仕事だったそうです。

 ベヒシュタイン家はピアノの輸出等があるため、海外のお客様も見えられることから、例外的にヴィクトリアンメイドの仕組みを取り入れており、おかげで伯父さんや私もメイドさんに作法を習うことが出来ました。

 叔父さんも神妙な顔で豆のスープを飲んでいます。

 その表情がちょっとおかしくて笑いをこらえるのに苦労しました。


 後日出来上がったスーツを身に着けると叔父さんは一気に紳士という感じに仕上がりました。

 立派な服のせいで猫背気味だった姿勢もピンと背筋が通っています。

 なんというか自信と貫禄にあふれている感じです。


 すごい嬉しいんですけど一気に女性ファンが増えて困ってしまいます。

 さすがにヘレーネ様の手前、露骨に迫ってくる人はいないのですが、熱っぽい視線は当社比5倍といったところです。

 私も磨きをかけて、叔父さんにつりあうようにならないと……ということで今日もマナーの特訓です。

ストック切れました。

毎日更新は……がんばりますが……どうなるか自信ありません。

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