悪魔の囁き、天使の純情
1919年7月9日 バイエルン州ミュンヘン
今日正式に諜報部に情報提供者(軍属)として登録されたとカール・マイヤー少佐から連絡があった。
同時に任務も伝達された。
未だにバイエルン・レーテ共和国に心を寄せる兵へ連邦の政治宣伝による説得とドイツ労働者党の内部調査である。
数日後、宣伝任務合間にのドイツ労働者党の党首アントン・ドレクスラーの演説を聴きに行った。
場所はミュンヘンのビヤホールのひとつである。
ここはエールの質とシラメ製のジョッキに刻まれた内側の線まで正確に注ぎ込む量の誤魔化しが無いので有名な店である。
その分、他の店に比べると幾分お高めのせいか、お上品な雰囲気で、ガヤガヤと煩いながらも絶叫や野次は少なく、ドレクスラーの演説が響いていた。
そしてその演説が天啓を授けられたといってもいい、いままで自分の中でモヤモヤした不定形だったものが大理石のギリシア彫刻のように結晶化された。
終戦時のユダヤ陰謀説は見事に論理的に説明され、ドイツ国民としてどのような態度をとるべきかを系統立てて説明された。共産理論がどれほど危険で馬鹿げた物かを身に沁みて理解させられた。ワイマール共和国がどれだけ理想主義者の塊りで現実的でないかを切々と訴えていた。
ワイマール共和国の掲げる理想主義は現場で元レーテ反乱兵を説得し始めていたので、彼らの鋭い反論に答えが詰まることも有り、非常に納得した。
彼の演説が終わるなり、ジョッキに注いだエールを両手に、群がる群衆を掻き分けてドレクスラーの下に向かった。
そのまま意気投合すると後日、ドイツ労働者党の理念をこの店で教えてもらう約束を取り付けた。
諜報部の工作資金で飲むいいエールというのは、殊の外うまいものであることが判明した以上、役得は行使しなくてはなるまい。
1919年7月 バイエルン州ミュンヘン
最近叔父さまが帰ってくる時間が遅くなった。
ワイシャツにはたばことアルコールの匂いが染み付いていることが多い。
仕事で通っているビヤホールの臭いという話だが、幸い香水の匂いや口紅が着いていることは無かった。
ゆえに本当だろうと思う。
でもビヤホールに通う仕事って何だろう?
叔父さまは守秘義務があるとか言ってるから軍か警察の仕事だと思うのだけど……あまり危ないことには首を突っ込んで欲しくはない。
今日は肉屋のボリスさんの手紙をワンダさんに持っていく日だ。
ワンダさんは富農階級、住んでいた村の中ではお姫さま扱いの人だ。
対するボリスさんは肉屋の店員、いわゆる身分違いの恋である。
ワンダさんが奉仕活動でミュンヘン聖母教会の大聖堂に逗留されていなければ知り合うことも無かったであろうに……幸運なのか不幸なのか。
私にとっては男性が近づけない区域に入って彼女に手紙を渡す仕事ができたのでとてもありがたいのだが。
報酬のハムの切り落としやソーセージは叔父さまの昼食に欠かせないものなので、出来ればうまく続いて欲しいのだけれども……まあ揉めて手紙が増えるようならそれはそれでかまわない……所詮は他人の恋だ。
私の恋の妨げにならなければどうでもいい。
なにしろ絶賛苦戦中だ。
年齢差19才の血縁というのは女性というより娘を連想させるものらしい。
今は私は11才だけどあと5年もすれば女性として見てもらえるようになるのだろうか?
女性関係はからっきしの叔父さまだから、それぐらいの時間の余裕はもらえると思うのだが。




