第三話
遅くなりましたすみません!これからは不定期更新になることが多くなると思います……。
銀髪の少年ーーカインは、とても簡潔な言葉で、淡々とこれまでの経緯を話した。その表情には一切の思いはなく、瞳に静かな憎悪を宿しながら。
要するに、貴族の妾腹の彼は正妻が雇ったゴロツキに家を襲われ、母と居場所を失い、逃げた先がここだった。家名を伏せたのは恨んでいるのかそれとも高名だからか。
「それで、君はこれからどうする予定?」
わざと妖艶に、意地悪い魔女のように私は笑みを浮かべる。友人との話し合い以外では魔女らしくするのが私のポリシーなのだ。せっかく魔女なのだから、意地悪く残酷になってみたい、とほんのり思ったからではない。
「あいにく、俺には手持ちの金がない。だからまぁ、用心棒や暗殺くらいしかできないだろう」
「ふぅん……。それでも移動費やしばらくな生活費が必要でしょう?」
「まぁそこは……ここを出てから考えるつもりだ」
「ねぇ、カイン。もうひとつ、とてもいい話があるのだけれど」
一層笑みを深くした私をみて、カインの目に警戒する色が灯る。
「私の助手にならない? 月2万ペニーで8ヶ月。これだったら、ある程度の生活ができるでしょう?」
カインは驚きでまばたく。私の言葉の意図を図りかねているのか、空いたカップを見ながら少しの間黙した。
この話は彼にとって損害はない話だ。……さて、どう乗ってくるか。
「詳しく聞いても?」
「単純なこと。私、あまり街に降りるのが面倒でね。魔女といえど生活用品やら諸々必要なものは街で調達する。だけど私、この見た目だし、姿変えるのも変装するのも時間かかっていやだから。これまではしぶしぶそうしたり、ローガに行ってもらったりしたんだけど……。ローガも私も色々したいことあるから買い出しする人材が欲しかったの」
「要するに俺に小間使いになれと」
「まぁそうとも言うけど。ただ、あなたにとっては悪くない話のはずだし。買い出し以外に頼むことはそうそうないし。それにこの家部屋空いてるから貸してあげるよ?」
「……わかった。その話に乗ろう」
どうやらプライドの高い馬鹿ではないらしい。もちろん傲慢な魔女である私がちょうどいい人間をそう逃すはずがないのだけど。
「それじゃあ、よろしく。王国の騎士様」
彼はその一言に驚いたようだったが、ふと納得がいったのだろう、なにもきいてこなかった。結構聡い子供だと思った。……笑わないけど。
ーーーーー
カインの服を買うのとお使いを頼むときの説明がてら、私たちは街に下りた。私の昔使っていたローブをカインに着せ、とりあえずいくつか無難な服を見繕った。当のカインはすまないといっていたが、これが存外楽しいものだった。ローガは私の魔法で服作っちゃってるし、私は自分のはあまりここだわってえらばないから。カインは顔立ちが整っているせいか、正直何を着ても似合う。……少しばかり悔しい。
「カイン。どれか気になったの三着くらい選んで」
私は結構よいセンスをしていると思う。どれも派手過ぎず、かつカインの年齢層にしっくりとするものだ。……たぶん。おそらく。
外界と関わる機会を抑えているせいか、最近の流行には疎いのだ。けれど、どの時代にも無難な服というものはあるし、たぶんこれなら引かれることもないだろう。
カインはグレーのコートと黒を基調にした小さい装飾がされたシャツとズボンを選び、そちらに着替えた。それに加えていくつか似たようなものも。なんだかぱっと見従者みたいだ。
「じゃあ、買い物もすんだし、街案内に行きましょう」
「アリフィ、先にどこへ行く?」
「そうだね……リックのところかな」
私たちはにぎわった街道から少しそれた、閑静な住宅地へ足を踏み入れた。そして入り組んだ道を進み、ある場所で足を止める。
「ここに何があるんだ?」
「魔女にとってかかせないイロイロ」
敢えて含んだ言い方をしたのは、一言で説明できないからだ。一見すると民家、けれど立ち入ればそこは魔道具屋。そもそも、魔女やらそれに類するものがないこの国で、魔道具屋が経営されるわけがないのだが、魔女の森が近くにあるここには、唯一の魔道具屋がある。
魔道具屋とは、魔力持ち専門の店である。個人で異なる魔力に合わせ、あらゆるものをオーダーメイドできる。そのうえ、ここの魔道具屋は素材を安価に手に入れられる。魔女でも手に入りにくいものが、ここだと簡単に手に入る。店主のリックは何十年もここをやってるらしい。……彼についての詳細は不明のままが良いだろう。
からん、とベルが鳴り、私たちの入店を知らせた。独特の甘い薬草の香りが漂い、陳列棚には相変わらず謎の置物が並んでいた。
「こんにちはー。リック、私よ」
奥のテーブルの上のベルをリン、と鳴らす。これが決まりの挨拶のようなものである。一般人が来てしまった時に備えて、と本人は言っていたが、そんな事はおそらくありえないだろう。
すると奥のドアがキイ、と開き、ひょこりと紫の両目がやってきた。少年は私の方は歩いて、にっこりと笑う。
「こんにちは、アリファレットさん。本日はどんな御用ですか? 補充にはまだ少し早い気がしましたけれど」
その人懐こい笑顔は初対面から変わらないなぁ、と心の中で苦笑する。
「こんにちは、リック。残念だけれど、今日は彼を紹介しに来たのよ」
「え、結婚でもするんですか!?」
「違う違う。今度から彼が私のおつかいに来る予定だから」
ほら、とカインにこちらへ来るよう促す。周囲を眺めていた彼はこちらに向き直り、一歩前に出てリックと目線を合わせる。
「……俺はカイン。魔女殿の使いとしてこちらに赴くことも多いだろうが、よろしく頼む」
ぴしりと礼儀正しく挨拶するあたり、人を甘くみない人柄のようだ。リックの見た目は十四歳の少年だが、実際はその4倍以上は生きている。いやだって私より年上らしいし、それこそ万単位で。
「よろしくお願いします、カインさん。僕はリック。この店の主をやらせてもらってます。何か御入用のものがあれば、大抵は揃えてあるので言ってください」
「あぁ、ありがとう」
リックもカインに良い印象を持ったようで、にこやかに笑いかけている。……カインの表情は相変わらずわからないままだけれども。
「あ、そうだリック」
「はい、何ですか?アリファレットさん」
「防御の腕輪ってまだある? あれば一つ買いたいのだけれど」
「あぁ、それでしたらまだありますよ。少しお待ちを」
パタパタと店の奥に引っ込んでいく小さな店主は私の意図を察したようだ。付き合いが長いとこういう時に助かる。
「……魔女は魔法でどうにかなるんじゃないのか」
ぽつり、とカインが疑問を投げかけてきた。確かに、魔女=なんでも魔法でカタがつくハイスペックな魔力持ち、みたいなイメージがあるが、実際は違う。魔女はただ長生きなだけ。それ以外の魔力は生来のものが大きい。私は小さくため息をついてから、丁寧さを心がけて回答した。
「魔女だって万能ではないからね。それこそ私だって攻撃はできても防御はからっきし。複数の魔力属性があればその分だけ多くの魔法が使えるけれど、基本は単一なの。私だって一つしか属性はないから、基本的な炊事やらなんやらは普通の人と変わらないのよ。面倒といえば面倒だし、魔道具に頼ることが多いね」
「そうなのか」
カインはわかったと首肯し、少しばかりの沈黙が降りたところでリックが戻ってきた。
その手には金の装飾がされた赤い小箱があった。手のひらサイズのそれを私たちがいる前のショーケースの上に置き、パカリと開ける。そこには、ちょこんと細身のシンプルな金の腕輪が置いてあった。そこには細かい魔法が刻印となっており、物理・魔法攻撃のダメージを軽減するものである。
「相変わらずすごいもの揃えているね、この店」
「あはは、お褒めに預かり光栄です。これで大丈夫ですか?」
「えぇ、充分。1万で足りる?」
「あぁはい、ちょうどですね。ありがとうございます」
私は腰につけていた袋から金銭を取り出し、1万ペニーちょうどをリックに渡した。それなりに手痛い出費ではあるが、この腕輪の性能でこの値段は破格といえる。
赤い小箱を閉じ、静観していたカインへと渡す。彼はじっと箱を眺め、沈黙した。
「それ、あなた用だから、付けておいて」
「……俺が付ける必要があるのか?」
「まぁ護身用って事で。基本それつけていれば大抵安心だから」
カインは細身の腕輪を取り出し、するっと左手首へ通す。そのとたん、それまで空白のあった腕輪はぴったり隙間なく収縮した。カインの方がびくりと跳ねたが、おそらく魔法だという事で納得しているのだろう。何も質問はこなかった。
「じゃあ、リック。また」
「はい、お待ちしております」
明るい少年の笑顔に送られ、私たちは帰路に着いた。
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「魔女殿」
「ん、なに?」
家に着いた後、ずっと黙っていたカインが急に口を開いた。なんだろうと思って表情を見るが、やはり変化は無いように見えたので諦めた。
「腕輪の金額は差し引く形で構わないのだろうか。それとも、俺が働いき返すべきだろうか」
「……あぁ、そのことね。気にしなくていいよ、ある意味プレゼントとでも思っておきなさい」
「しかし」
「私の助手誕生の祝いよ。ありがたく大事に受け取っておいてくれればいいから」
そんなケチくさい性格ではないつもりだ。それに言葉通り、彼を助手として雇うのだから小さい祝いくらいはしてやりたかった。私も師匠に弟子入りしたてに貰ったことがあったためか、ある意味当然と思っていた節はある。
「……そうか。ありがとう」
私は目を見張った。
カインの空気がこれまでより柔らかく、また仄かに彼が笑っているという錯覚まで起こしてしまったのだから。