第ニ話
第2話です。前回より長いです。
少年を治療専門の魔女に診てもらい、彼を連れて家へ戻った。ミーアとローガとは途中で合流し、ともに家へ帰ることになった。
「なんでアリフィがこの子を預かるの?」
ミーアが亜麻色の瞳を私が抱える少年に向けながら言う。私もそう思う。ここの村にだって病院がないわけじゃない。
「人間はあまり入れたくないらしいよ。それに、私が拾ったんなら責任を持てとか」
「へぇー、なんか捨て犬みたいね。その言葉、誰が言ったの?」
「治療師のおばーちゃん。あの人、人間大嫌いだし」
「あー、あの人なら言いそう」
ミーアは苦笑しつつ話を進める。
「その子、どうするの? アリフィ、子供の世話とかしたことある?」
「ない……わけじゃないけど、随分昔のことだからなぁ……」
「でもま、私は引き取れないし。ごめんね。手伝うくらいはするからいつでも言ってね」
「……本、また倒したの?」
「あははーー…」
目をそらすな、目を。
「じゃあ私は倒れた本の山を復活させなきゃいけないから帰るね。ばいばーい」
「逃げたな」
「逃げたね」
ローガと顔を見合わせて肩をすくめる。
私の姉弟子(本人は親友と言うが)である亜麻色の短い髪を揺らして走り去る彼女は、ミーア・ティオリアという魔女だ。魔力特性は「予測」。また、彼女の魔女としての名前は「遠見の魔女」である。
ここまでくれば察するだろうが、彼女が使う魔法は未来予測である。あらゆる原因で変動していく未来を複数予測し、それに対策を講じていくのが主で、日々分厚い本に対策を書き込んでいる。彼女の家からガリガリと音が聞こえるのはそのせいで、インクの消費量が凄まじい。なので、ミーアの家にはいつも本が積み重なり、インク補充用のボトルが何本も置いてある。普段から注意不足な彼女は、よくそれを倒壊させ、大惨事に陥っている。よくもまぁ、何度もやるものだ。
しかし、彼女が使用する魔法には限度がある。「予測」をすると体力をごっそり削られるのだ。それは彼女の魔女としての最大の秘密であり、あまり周囲に明かしてはいけないことだ。下手に露見すれば、そこを突いて他者に攻撃されかねない。……私は知ってても悪用しないからね? そこはわきまえている。
魔力量とその特性が合わないと魔女は魔法を使うのに魔力以外のものを消費する。魔法は万能ではない。常に代償が伴う。魔法を使えば魔力を消費し、それで補えなければ次に体力を消費する。私は幸い、魔力量とうまく調節ができているため、疲労が伴うことはない。ありがたいことだ。
この魔力と魔法の関係を知っているのは魔女のみ。決して口外してはならず、一度でも漏洩すれば地獄の苦しみを味わうらしい。
……いや、決めたのはずっと昔の強いお方だけれど。完膚なきまでに敵を一掃したと噂の。ほんと怖かったらしい。弟子時代、師匠が唯一恐れた人だ。
「ねぇローガ」
私はふと、隣を歩く相棒に呼びかける。
「朝ごはん、どうしよっか」
ミーアが来たから朝ごはんを食べ損ねていたのだった。今の帰り道なら知人が細々と経営しているパン屋に立ち寄れる。勿論家で作ってもいいが、待ち時間で余計お腹が空くのではないか、そう思った末の提案だった。しかし、よく考えると私はこの少年を運ばなくてはならない。……治療のおばーちゃんは、彼の汚れを落としてくれなかった。治療をして終わり。
……まぁ、頑固おばばに期待しても仕方なかった。そんなこと口に出すような愚は犯さないけど。あの人怒ると怖いし。
つまり、少年は土や血でどろどろに汚れたままなのだ。こんな状態の子供を食品を扱うところに持って入るのも気がひける。知人に悪いとも思う。
「家に戻ってからで構わない。俺は今そこまで減ってないから」
「ん。じゃあさっさと帰って食べよっか」
ようやく空が白み始め、少しずつ、溶けるように光が増していた。
********
血まみれ土まみれの少年を濡れたタオルで綺麗にし、衣服を取り替えた。男物の服は生憎となかったため、持っている服の中で一番シンプルなシャツと短パンを着せた。……魔女らしいローブとか帽子は持ってないからね? あんな暑苦しい服、今時着てる人の方が珍しい。正直言って暑い。めちゃくちゃ通気性悪い上に、黒一色という利便性の無さ。よくもまぁ、あんな格好を昔の人はしてたもんだ。我慢してたのか感覚がおかしかったのか。ズルズルするよりも動きやすく快適な格好の方が良いに決まっているだろうに。
だがそのおかげで、人間は今でも魔女は真っ黒な格好をしているものと思っているらしい。彼らは少しばかり考えが足りない節がある。あんなもん使う訳ないのに。
汚れを拭き取り、さっぱりとさせた少年をベッドに横たえた。……今日中にこの子が起きないと私はソファで寝るハメになるのだが。早く起きてくれないだろうか。いやむしろ起きてくれ。
そう思いながら少し顔を青白くして眠る少年の髪をさらりと撫でる。血で汚れてわからなかったが、少年の髪は綺麗な銀色だった。手で梳くと指の間をするすると通り抜ける。
何この髪質。羨ましい。私もこんな感じだったら寝癖もマシになるのになぁ。しかもこの少年、顔立ちがかなり整っている。まだ成長途中の、少年と青年の間にいるようで、それがまたこの子供が将来女性の目を引くような青年になるという証明のような。……いわゆるイケメンてやつだな、うん。
ふにーんとその頬をつまんで伸ばす。……別に僻みとかではない。別に。起きないかなー、と思っただけで。
「……ん……ぅぐ」
うめき声が聞こえて思わず手をパッと離す。起こしてしまっただろうか。……いやいや、もともと起こすつもりだったのだから、結果オーライだろう。
少年はゆるゆると瞼をあげた。まだ意識は覚醒していないらしく、どこか宙を見つめてぼうっとしている。
「あ起きた」
ぽろっと口から言葉が出た。いやなんというか、正直人形みたいに動かないから半信半疑だったのだ。
そのまま少年を眺めていると、彼はパッとこちらを向き、私の視界から消えた。
「はぁっ!?」
その瞬間、私の首に腕が回った。逃げられない、かつ、苦しくない力加減で、耳元で冷ややかな声がした。氷の針でも刺された気分だ。
「ここはどこだ。お前は誰だ」
……動き早くない? どんだけ筋力あるんだこの子。そういえば、倒れていた時、帯剣してたなあ。邪魔で抜いたままどっかに放置……玄関かな確か。そうか、剣術の訓練を受けているならこの動きも納得だ。……声もかっこいいなこいつ。なんかイラっとする。
「答えろ」
ずっと無言の私にしびれを切らしたように、少年は腕に力を込める。少し苦しいかも。
流石に首を絞められて喜ぶ趣味はないので、こっそりと彼に触れて魔法を行使した。ちょっとした痺れ薬だ。死にはしない。
「なっ!?」
少年の拘束はするりと解け、彼は床に膝をつく。少しの間だけだが、少年に効果はあったようだ。これで下手に毒耐性あったらもう少し強烈なものを使ったけれど。
動きが緩慢になっている少年を、運んだ時と同じように抱え、ベッドに放り込んだ。いや別に手荒に扱ったわけではない。断じて。
「いきなり女性にその態度はどうかと思うけど。それに、そんな殺気立たなくたって君を殺す輩はいないから安心して」
毛布に絡まってむがむがと動き、こちらを睨む金の両目。どこか暗く、冷たい瞳だと思った。
「おまえは……いったい……」
「私は魔女」
「……っ!?」
少年は目を見張った。たしかに普通の人間からすれば魔女は恐ろしいものだ。昔の戦争で魔女はその魔法であらゆるものを破壊し、一部の地域では塵一つ残らなかったらしい。人間からすれば、残虐で人の血をすするとか……どこのバケモンなんだか。つまり、人間、特に隣接するファレリア王国の人間にとって魔女とは化け物なのだ。
呆然とする少年にある程度の説明をした。今ここがどこなのか、どういった経緯で彼がいるのか、ざっくりと。彼は終始無言で、一点を見つめていた。
ただ、きちんとこちらの話は聞いていたようで、私が話し終わるとこちらに向き直った。痺れ薬が抜けたようで何より。
「助けていただき、感謝する」
そう言って深く頭を下げた。銀髪がさらりと流れた。とても綺麗で無駄がない動きだった。いやまさかのお礼言われるなんて思います? 魔女だからもっと怯えて怖がって絶叫するものと思うじゃない?
「えっ、あー。その……」
何を挙動不審になっているんだ私。いくらお礼を言われることが少ないからと言ってそんなどもる必要はないはずだ。落ち着け私。少なくともこの少年は私よりずっと年下。赤ん坊だ赤ん坊。私は大人。こわーい魔女様だ。
深呼吸をして、再び少年を見る。彼はずっと頭を下げたままだった。その表情がどうかなんてわからない。
「頭をあげて。お礼はもういいから」
少年はスッと顔を上げ、こちらを見る。その表情は何を思っているのかわからない。金の瞳にあった驚きは消えている。そこには何も映っていないように見えた。
「それで、君の名前をきいてもいいかな」
「……カイン」
「そう。私の名前はアリファレット。……とりあえず、ご飯を食べない?」
にこやかに、親しみが湧くような笑顔を心がけ、彼を朝食に誘った。
********
カインを連れて階下に行くと、ふんわりと良い香りがしてきた。この匂いはパンかな。あーお腹すいた。
リビングに入ると、長身の男が皿を食卓に運んでいた。
カインが起きた時に説明するのは私が適役と判断したため、朝食は彼に頼んだのだ。
「ローガ」
「あぁ、そいつ起きたのか。ちょうど今できたところだ」
灰銀の髪に同色の瞳。私より頭ひとつ分高い身長。笑うと見える八重歯。
私の相棒は人狼という種族である。彼らは人間と狼の姿を行き来できる上に「風」の魔力を生まれながらに持つ。魔女の森に住む魔獣であり、魔女と契約を結ぶものが多い。
契約をすれば、魔女は使い魔の魔力と特性を使え、使い魔は魔女の保護下に入る。もちろん、契約は相互の同意がなければ履行されないので、虐待などの問題が起きることはない。魔女の保護下に入ることで、彼らは自由を得る。人間は彼らを嫌い、退治という名目で傷つける。だがそこに魔女が介入することで人間は退く。先述の通り、戦争によって植えつけられた恐怖心が未だ存在しているのだ。
「いつの間にこんな作れるようになったの」
食卓に並んでいたのはコーンスープにクロワッサン、赤と黄色のジャム、それに飾り切りがされているサラダとフルーツヨーグルト。……私より作れるなこの相棒。というかセンスいいな。
「あ、いや、前に買ったレシピ本を読んでいただけだ。アリフィにいつか食べて欲しいと思ってな」
「あーもう使い魔の鑑だ」
すこし腕を伸ばして頭を撫でる。先ほどのカインの髪とは違い、すこしふわふわした感触が手に伝わってくる。私の相棒天才。すごい。偉い。素晴らしい。
もっと撫でようとしたのを見計らったようにローガは私の腕から擦り抜けた。ちぇ、あわよくばモフろうと思ったのがバレたか。
「カインはこっち座って」
「……」
カインに席を示し、私は機嫌よく椅子に座る。普段はローガと二人かミーアが混ざってくるため、椅子は三つで足りるのだが、私はなんとなく四つで揃えたかったのだ。円卓ではないため、一箇所何もないというのも変に思ったからである。ちょうどあってよかった。
カインはおとなしく座り、じっとしている。ちょうど私と対面する形で。……相変わらず表情は動かない。表情筋ないのかな。麻痺してんの?
「……毒など入っていないからな」
ローガが低い声でボソッと言う。それは多分少しばかり彼の心中を掠めたのだろう。申し訳なさそうな雰囲気を感じた。
「疑っているわけではないが、その、やはりまともな食事というのが久しぶりだったから」
とても反応に困る言葉だった。私もローガも何も切り替えせずに黙殺した。悪いことをしたな……。
黙々と食事が進んで行く。元々私もローガもおしゃべりな方ではないから、無言でも別に支障はない。カインが食べ進める様子からすると、どうやら口にあったらしい。ぱくぱくと調子よく食べている。ローガもそれを見ていたようで、目に嬉しさが滲んでいる。……私だっていつかこんな風に作れるようになるんだからな。初めはお互いどっこいどっこいの料理力だったじゃないか。なんだこいつ有能か。いや有能だな天才だ。
クロワッサンはバターの香りがたっぷりとして、美味しかった。ジャムはクロワッサンに合うよう味が濃すぎないようになっている。とても美味しい。私の使い魔すごい(二度目)。
美味しい朝食を胃に収め、ローガが紅茶を淹れて持ってきた。お茶を飲んで小休止、といったところだろうか。ローガは紅茶を淹れるのも上手だ。……なんか私、自分の使い魔に負けっぱなじゃない? 魔女としてもう少しなんか威厳とか……いやいや、私の相棒が優秀なのだ。うむ。仕方ない。
紅茶を一口飲んでから、私は口を開いた。
「それでカイン、あなたのことを教えてもらっても?」
「そう、だな。ある程度は話すべきだろう」
そしてカインはゆっくりと、言葉を選ぶように慎重に話し出した。
第2話、お読みいただきありがとうございました!!!(*^▽^*)
ローガの毛並みはもふもふです。もふもふなんです。だから人型でももふもふなんです。
ちなみにアリファレットの愛称はアリフィです。決めたのは本人ではなく彼女の師匠です。
とても暑いですが熱中症にならないよう頑張ります!!
結構よめるぜ面白いかも、更新はよはよ
と少しでも思った方は評価ボタンを押してくれると嬉しいです!!!
お読みいただきありがとうございました!
また第3話で!!