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「小さな女の子が、声もあげずにはらはらと泣きながら、


絵ばかり描いているわたくしは悪い子なのです。

わたくしが絵を描いていると、周りの皆が困るのです。

誰も褒めてなどくれないのです。


と言うんだ。

私は芸術のことはわからなかったけど、エルノワが描いていた絵は格好いいとあの時思ったんだよ。悪い子だなんて、言わせたくなかった」


自分より小さな女の子を泣かせてしまって動揺したヴァイン様は、なんとか泣き止ませようとしたらしい。


「泣かないで、意地悪はしたいんじゃないよ、どうしたら泣きやんでくれる?と言ったらね。君はこう言ったんだ」


「「絵を描けば止まるから」」


そう、これはフロスティ家では幼いエルノワが癇癪を起こした時の一番のあやし方だったのだ。


「はははっ!そんなに定番なのかい?フロスティ子爵殿と話した時も、エルノワが泣いたり怒ったりした時はペンと画用紙を渡せば解決すると言っていたよ。今も必要かい?私の奥さん」


「もう、大丈夫ですわ。それにわたくしが描きはじめると、夢中になってしまってしばらくはお話しも出来なくなりますわよ?」


「ははは!嬉しいよ、エルノワは何も変わっていないね。でも、とても美しく可愛らしくなっていて、そして私の奥さんなんだ。素晴らしいね!」


喜んだヴァイン、しかし、笑った勢いからか咳が一つこぼれたと思ったら、ゴホゴホと続けて咳をが出て止まらなくなった。


「ヴァイン様!」


エルノワがヴァインの背中に手を出し伸ばしさすろうとすると、ヴァインが片手を挙げてそれを制す。


「触ら...ゴホッ、触らない、でっゴホゴホ、君に、病をプレゼント、したく、ないんだっゴホゴホ」


人を呼んで参りますと声をかけ、扉の外に控えている侍女達を呼ぶ。


慣れた様子でヴァインの身の回りの世話をする侍女達。

エルノワはただ立ち尽くすしか出来なかった。


「奥様、申し訳ありませんが外へ」


と退出を促す侍女に、「待って」とヴァインが声をかける。


ふー、と大きく呼吸をしてから、


「驚かせてしまって、すまない。本当に、ままならない身体だ...。

君も長旅で疲れているだろうにすまなかった。ゆっくり休んで欲しい」


「お気遣いありがとうございます。ヴァイン様もご無理なさらないで下さいませね」


「エルノワ、こちらへ」


呼ばれてヴァインに近づくと、手を伸ばされた。


「少し、手を貸して?左手」


言われた通り左手を差し出すと、やつれた手で、大事なものを扱うようにそうっと支える。


手袋の上からでもわかる左手薬指の指輪の膨らみに、


「指輪、付けてくれているんだね。嬉しいよ」


ととても嬉しそうに、でも少し泣きそうな顔で笑う。


「本当は君を抱きしめたいけど、...怖くて、出来ないんだ。だから」


ヴァインはエルノワの左手薬指に、手袋の上からキスを送る。

そして、自分の薬指に嵌る指輪もキスをする。


「どうしても、愛しい奥さんへの愛を伝えたいけど、どうすればいいのかわからなくてね。君が来てくれると知ってから、ずっと考えていたんだよ」


手袋は替えてね、と言って、恥ずかしそうに、じゃあまたね、とふたたび横になる。


エルノワも、退出の挨拶をして、侍女に案内されながら来た道を戻った。


「あの、エルノワ奥様、他の皆様がお待ちのお部屋に着く前に、少し休憩されますか?」


「ふぁっ!?」


胸がいっぱいで夢見心地でいたエルノワは、声をかけられて驚いた。


「え、えっと、大丈夫です...?」


「あの...、差し出がましい事を申し上げるようですが...、その。

お顔が、大変赤くていらっしゃいますので...」


「ふぇっ、えええ!?」


自覚のなかった赤面を指摘され、さらに顔に血が集まっているような気がする。顔が熱い。とにかく熱い。


「きゅ、休憩します~、お願いします~」


テラスにお茶を準備して貰ったが、少し落ち着いては思い出してまた赤面し、また落ち着いてきた所で思い出してしまい赤面し。


エルノワがヴィヌや側仕え達のところへ戻るまでに、それなりの時間を要したのは言うまでもない。




「ヴァインが!そんなキザな事を!」


ヴィヌはまだ少し顔の赤かったエルノワから何があったのかを聞き出し、とても嬉しそうに大きな声で笑った。


エルノワが戻ると、ファーレンハウト辺境伯夫妻がヴィヌと一緒に待っていた。

ヴァインの両親で、エルノワの義父と義母になる二人である。


「エルノワ嬢、遠いところをよく来てくれた。こんなに可愛らしい私達の娘に会えて本当に嬉しいよ!」


「まあまあ、貴女がエルノワさんなのね!なんて可愛らしいお嬢さん!今ヴァインと会ってくれたのね。ありがとう、あの子とても喜んだでしょう?」


と二人ともエルノワを大歓迎してくれた。


「フロスティ子爵から、エルノワ嬢には何も話していないと聞いている。ヴァインから聞いたかい?」


「子どもの頃、お茶会でお会いした事があると...」


「ああ、どうやらそうらしいね。何も言っていなかったから私達も知らなかったのだよ」


「あの子が病気だとわかったのが、五年前。はじめは、命の危険があるなんてわからなくて...。ショックだったわ」


「エルノワ嬢にヴァインが婚姻を申し込む前、もう長くはないと医師に告げられてね。ヴァインが最後にどうしても叶えたい事があると言うんだ」


「ふふ、それが貴女との婚姻よ」


先程も思った事だが、ヴァインの病はとても重いものらしい。

本人や家族が覚悟を決めている程深刻だったとは。


「どうしてもと言うから、申し訳ないが調べさせてもらってね。

婚約者がいたりしたら大変だろう?あいつはそれでも譲るつもりがなさそうな勢いだったからね」


するとどうだ、エルノワ嬢本人は病弱でまったく家から出る事もなく、婚約者どころか、まともに容姿も知られていない。


「正直悩んだのだがね。結婚の申し込みをした時、子爵殿からエルノワ嬢の事情をすべて聞いてね。当時はまだ動けていたヴァインも同席して三人で話しあったのだよ」


まさか、最初の段階から、エルノワの奇行をすべて知られているとは思わなかった...。


「ヴァインは、エルノワ嬢がまだ誰の元へも嫁いでいない、むしろ一生嫁がせるつもりもないと聞いて喜んでね」


「ふふ、一生懸命、貴女のお父様を口説き落としたんだそうよ」


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