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エルノワは社交に出る年齢になっても、デビュタントも行わず、夜会にも参加せず、社交と呼ばれるそのどれにも参加しなかった。


幼い頃から貴族としては問題のあるエルノワの為に、子爵家は本人を含む一族総出でせっせと「病弱なので」と、言い続けてきた。

一時子爵夫妻は、せめてデビュタントだけでもと考えたのだが、可愛らしい少女であったエルノワは、とても美しい令嬢へと成長していた。

一度でも社交の場に顔をみせれば、断れない相手から見初められても決しておかしくはない。

身内の欲目があったとしても、エルノワは十分人目を引く美しさになっていたのである。

とにかくひたすらに病弱であると社交界から遠ざかったそのかいあって、社交に出ない令嬢だが身体が弱いのならば仕方がないと印象づいていた。


当然、適齢期になっても結婚の話はあまりない。

しかし、稀に格下の家柄から結婚の申し込みがくる時はあった。だがそのどれもが、病弱な娘を貰ってやるのだからと取引めいた申し込みであった為、あまりに強引な条件を突きつけてきた際には両親が激怒して使者を追い返した事もあった。


そんなある日である。

父からの呼び出され、話しの内容にエルノワは驚いた。


「え?ファーレンハウト辺境伯家のご嫡子ヴァイン様から結婚の申し込み?」


「ああ」


「何故わたくしに...、それ程格上の辺境伯家からの申し込みでは、断る事は...」


「そうなのだ...。断る事ができる立場にないが、まずは私が直接辺境伯家に出向いて詳細を伺ってくるよ。

しかしエルノワには、覚悟をしてもらわねばならないかも知れない。

お前が望む形でなければ嫁に出すつもりはなかったのだが...。すまない」


娘の頭を撫で、申し訳なさそうに子爵は言う。


「こんな役に立たない娘も、愛情持って接して下さるお父様とお母様に感謝の気持ちしかございませんわ。わたくしが嫁ぐ事で我が家の評価に影響が出るのが怖いのです」


「これ、そんな言い方をするものではないよ」


降ってわいたような格上の辺境伯家からの、断れない申し込み。


エルノワは絶望を感じずにいられなかった。

なるべく普通になれるように勉強も頑張ってはいたけれど、どうしても絵を描いている時間が長かったから、ダンスや教養は人より苦手。

社交らしい社交など、子どもの頃に何度かお茶会に出たきりだ。

病弱で学べなかった、と理由をつけても、嫁いでしまえばその病弱である事が嘘だとばれる。少なくとも今が健康であるならと社交に出る事になるだろう。

とにかく、自分の何もかもに自信がない。


しかし、後日辺境伯家から戻った父は意外な事を口にした。


「エルノワ、ファーレンハウト辺境伯家からの婚姻の申し込み、お受けしよう」


「えっ!?」


あまりに深刻さがない言い方だったので、出立前の父との違いに驚いたのだ。


「まずは、あちらからの条件を伝えよう。

婚姻後もエルノワは子爵家で生活していい、つまりエルノワは家から出ていく必要がない」


ええっ?


「今まで通りこの屋敷で生活を続けていい。

結婚式はあちらの体調不良とエルノワの病弱を理由に、身内だけで極秘で行った事にする。

これから先辺境伯家に行く必要もなければ、結婚相手に会う必要もない。妻としての役割も一切求めないそうだ」


...なんだろう、この都合が良過ぎる条件は。


「えっと...」


「なんだ、喜ぶかと思ったが。不満かい?」


「いえ、そうではないのです。ただ、あまりにも条件がわたくしに都合がいいので...、現実味がないのです」


「ああ、確かにそうだな。辺境伯家としては結婚したという事実があればいいのだそうだ」


「なるほど。もしやヴァイン様には別のお相手がいらっしゃるのでしょうか。わたくしはその都合のいい隠れ蓑。でしょう?お父様!」


「...そんな事はないと思うが、あと条件がもう一つ」


「はい、なんでしょう?」


「エルノワのペースでいいそうなのだが、絵をたまに送って欲しいそうだ」


「絵?わたくしの描いた絵ですか?」


「ああ、エルノワの好きに描いていいと言われている」


「まあ。何故わたくしが絵を描く事をご存知なのでしょう。

淑女が絵描きの真似事などと言われませんでしたか?

結婚を断る材料に伝えたのですか?」


「エルノワ、絵描きの真似事などと自分を軽んじるような事を言ってはいけないよ。...いや、言わせてしまったのは私達か」


「そんな事はありませんわ。一般論ですもの。

人様がなんとおっしゃっても、わたくしは絵を描く事をやめまられませんし...。

だから言いたい方には好きに言わせて差し上げれば宜しいのです。ご存知の方もあまりおられませんしね。

とにかく、絵をお送りすれば宜しいのですわね」


「そうだ。最初は自画像をお送りするといい。きっとお喜びになる」


別のお相手がいるかもしれない方に、わたくしの自画像?

不思議に思ったが、確かに結婚相手の顔も知らないのでは不都合があるのかもしれない。


後日、初めての手紙と自画像を送った。

すると丁寧に書かれた感謝の手紙と、なんと結婚指輪が送られてきた。

サイズは子爵に聞いたが、あわないようなら申し訳ないが直しに出して欲しいとの言葉も添えてあった。

つけてみると、寸法を測ったわけではないので少しばかりエルノワの指には緩い指輪だ。だが直しが必要な程ではなく、そのままエルノワの指に収まった。


こうして、フロスティ子爵令嬢エルノワは正式に婚姻を結びファーレンハウト辺境伯家の一員となったのである。

形ばかりの、ではあるが。


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