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ヴァインの棺に、絵を入れてあげたいと思った。

こちらに来て三ヶ月、馬車の中で描いたスケッチと、自画像、そしてヴァインを描いた絵しかない事に気づいた。


「わたくし、全然絵を描いていなかったのですね」


絵を描かないと、生きていけないと思っていた。

そんな事はなかったのだと、ヴァインに教えられた。


「エルノワ、君のスケッチブックだ。

確認してくれるかい?」


声をかけてきたのはフロスティ家のお父様。


ヴァインの事を伝える為にフロスティ家へ手紙を送った際に、子どもの頃のスケッチブックを持ってきて欲しいと頼んだ。

エルノワの絵は膨大な量があるけれど、隠れて描いていた時のスケッチなら、小さめのスケッチブックであったはず。

そしてそれは、それ程数はない。


ヴァインとはじめてあった時の、鳥のスケッチがきっとその中にある。


「ありがとう、お父様」


「...エルノワ、少し痩せたね」


「...ふふ」


スケッチブックの中には、今よりずっと拙い鳥の絵がいくつもあった。



ねぇヴァイン、どの絵が最初に会った時の絵かおわかりになる?



つい、もう誰もいないベッドへ話しかけそうになって、胸が苦しくなった。


「...困ったわ。わたくしではどの絵がヴァインの言っていた絵なのかわからないわ」


もっと早くに聞いておけば良かった。

お父様に頼めば、こうしてすぐに送って下さっただろうに。


「わたくしは本当にダメね」


スケッチブックから鳥の絵を一枚づつ外していく。

この中にきっと、ヴァインとわたくしを会わせてくれた鳥がいるはずだ。


「今度は、ヴァインを神のみもとへ送ってさしあげてね」


数十枚におよぶ鳥の絵は、ヴァインと共に棺へと収められた。


「ヴァインは、エルノワさんの絵と一緒に羽ばたいていくのね」


「たくさんの鳥達に囲まれて、まるで天使のようだね。大切な奥さんと出会わせてくれた鳥と一緒なら、この子もさみしくないだろう」





葬儀は慌ただしく済み、忙しさが過ぎると、急に胸に穴が空いたようになってしまった。


呼吸しているはずなのに、なんだかどこからか空気が抜けていっているように感じる。

なんだか身体がふわふわして、どこか一部が減っているような気がする。減っているなら、ヴァインがそのどこかを一緒に連れていってくれたのなら嬉しいと思う。


皆も同じように消失感を感じているようで、急に屋敷が静かになってしまったように感じた。


自分の身の振り方も考えなければいけない。

ファーレンハウト家の方々はとてもよくしてくれるけれど、子がいるわけでもないわたくしがいては、のちのち差し障りがあるだろう。


ヴァインが亡くなってから知ったのだが、ヴァインの従兄弟であるヴィヌ様を、ヴァインとわたくしが婚姻を結ぶ際にヴァインの養子として正式に迎えていた。

次期辺境伯になる事が、その時から決まっていたのだそうだ。

そしてその際、お義父様からヴァインが辺境伯を受け継いでいたそうで、わたくしの身分はファーレンハウト辺境伯夫人となっていたらしい。

つまり、ヴィヌ様は、わたくしの一つ年下の息子だったようだ。

ヴァインに言ったら、

「驚いたかい?」

とあの笑顔で笑いそうだ。


「あの子がね、自分が亡くなっても、うちの物を正式に貴女にも渡せるようにって。自分が逝ってしまっても、貴女を守れるようにって、ふふ、二つ目のワガママなんだそうよ」


なかなか甲斐性があるでしょう?とお義母様が笑う。


フロスティ家も、弟が継げばいずれはわたくしの居場所がなくなるかもしれないと、未亡人となってもわたくしが困らないようにと考えて多方面で手を回してくれていたらしい。


「わたくしは...、何も返す事ができませんでしたのに...」


「まあ!ヴァインにしかられるわよ。エルノワさんが居てくれて、あの子はあんなに笑っていたじゃない」


エルノワが来る前は、本当に辛い姿ばかりで両親にすら自分の弱った身体を見せるのが嫌でなかなか会いたがらなかったらしい。


「ヴァインの部屋についてくれていた侍女がいたでしょう?わたくしと同じぐらいの年齢の。彼女はヴァインが生まれた頃から仕えてくれていてね。

エルノワさんが来てくれてから、今日はお坊ちゃまが笑いました、今日も楽しそうでしたと、とても嬉しそうに報告をしてくれたわ。

彼女もエルノワさんには感謝しているのよ」


「お役に立てたなら...、本当に良かったです」


たくさんの愛をくれたわたくしの旦那様は、たくさん愛されている人でもあったようです。






「旦那様がわたくしを愛して下さっていたのは十五年間、結婚期間は四年で、愛しあったのは三ヶ月間でしたわ。


わたくし、十四年と九ヶ月も負けておりますのよ?

わたくしも神のみもとにまいりましたら、旦那様に、わたくしの方が長く貴方を思っていましたわ、と言ってさしあげますの!」


絵画展入賞の晩餐会で、慣れないワインにほろ酔いのエルノワは饒舌に亡き夫への愛を語る。

まわりで聞き耳をたてていた人々は、美貌の未亡人の、存外の可愛らしい一面に毒気を抜かれているようだ。

今話題の時の人なのだが、これ程褒め称えられてもおごった様子は一つもない。


「我が従兄弟の奥方は、少し酔ってしまっているようだね。

皆様、すまないがエルノワ夫人をそろそろ返して貰いますよ」


「ヴィヌ様、わたくし酔ってなどいませんわ」


「酔っぱらいは皆そう言うのですよ。さあ、いきますよ、お義母様」


「やめて下さい、その呼び方はやめて下さい」


「そもそも、ヴァインも天で貴女を想っているでしょうから、残念だけどその十四年と九ヶ月は縮まりませんよ」





賑やかに去る二人を見ながら、残された人々は語る。


「なるほど、あの絵は夫人の亡き辺境伯を思う気持ちそのものであったか」


「だから、見る人によって、幸せを感じたり、悲しみを感じたりと受け取り方が違ったのですね」


「まさに絵の神に愛された女性だ」


最後のセリフをほろ酔いのエルノワが聞いていたら、きっと笑いながらこう答えただろう。


「いいえ、わたくしを愛して下さったのは神様じゃなくて、ヴァイン・ファーレンハウト辺境伯。わたくしの、旦那様ですわ」


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