プロローグ
「三ヶ月間、ですか」
「ええ、一生分の三ヶ月間でしたわ」
ふふっ、と笑う美貌の女性はエルノワ・ファーレンハウト辺境伯夫人。
今社交界で話題を独占している人物でもある。
一年程前に若くして夫である辺境伯を亡くし、現在美貌の未亡人として知られている。だが彼女が話題に登っているのはそれだけが理由ではない。
一切の情報がなく、本人の意思により隠逸する形で正体を隠していた為、誰もがその素性を知りたがった新進気鋭の画家コマンスマン。
そのコマンスマンはエルノワ夫人である、と公にされた時、社交界に走った衝撃は計り知れない。
天を切り取った絵画、と賞されたその絵画は、この国で最も歴史と威厳のある絵画品評会で最優秀賞を得た。
審査員による満場一致の評価で、これ程の高評価は過去に例がなく、国王その人が「まるで天を切り取ったかのようだ」と評した事によりそのまま天を切り取った絵画と呼ばれるようになった。
最優秀賞を受賞したから話題になったわけではない。
ある人は「幸せが形になるとこの絵になるのだな」と微笑み、ある人は「これ程に深い物淋しさを感じさせるとは...、胸が潰れそうだ」と語った。
絵を観た人物それぞれに評価に違いがあった事、しかし、誰しもが胸を強くうたれ一様に涙した、その点がさらなる話題を呼んだ。
さらに元々は作品のタイトルが無題であった事と、受賞した作者として登録していた名前が、存在しない人物であった事がわかると関係者は騒然となったと言う。
話題が話題を呼び、人が人を呼んで、評価が評価を呼んだ。
そして皆が思ったのだ。
この素晴らしい絵を描いたのは、いったいどんな人物なのだろうか、と。