スコットと塩ゆで枝豆
カイタニ・ツカサという男と出会ってから俺、スコットの人生は激変した。
ツカサに出会うまで俺は鍛冶スキルも無いのに鍛冶師を目指す無謀なだけの男だった。
俺は幼き頃より物を作ることが好きだった。誰かが驚くような何かを作りたい。
俺が生きた証としてこの世界に残せる物は何か無いかと考えていた。
それが武器や防具だった。名工が作った武器は数百年の時を超えて尚、大事に扱われる。
そんな物を俺はこの手で作り出してみたかった。
俺はドワーフの中で名うての名匠であるカールとヴァドスが営むドラッケン工房へと弟子入りをした。
無謀な挑戦。鍛冶スキルが無ければ、素材の加工は出来ないと師匠達に言われた。
分かっていて尚、俺はその高い壁に挑み続けた。
毎日毎日飽きもせずにハンマーで朝から晩まで金属を叩く。
軟質名材料であれば形を歪ませることくらいは出来たが、それ以上のことは出来なかった。
一日叩いて成果無し。こんな事はざらだった。
何も工房に貢献していないのに給金を貰うのは躊躇われた。
俺は街で建築工事などの肉体労働をしながら師匠達の工房に通い続けた。
ある日、工房にツカサがやって来た。ツカサは包丁が欲しいという。
ドラッケン工房が作っている刃物は魔物を倒すための武器でそれ以外はない。
今でこそツカサが料理に刃物を使う事を知っているが当時の俺達はそんな事を露程も知らなかった。
なんせ、料理もスキル無しではできないものだというのが常識だったからである。
ツカサが望むのはスキル無しで打った最高峰の切れ味の刃物。
刃物は魔物を倒すために使われる物。切れ味は良ければ良いほどいいと思っていた。
妙な依頼に思ったが、それくらいがツカサ曰くベストらしい。
師匠がスキル込みで作った刃物だとまな板なるものまで切り落としてしまうからだそうだ。
当時はまな板の意味が分からなかったが今なら分かる。
まな板とは、今ツカサが立っている厨房においてある木の分厚い板のことだ。
包丁の刃を受け止める役割がある。
ツカサはドラッケン工房に新たな技術をもたらした。それが高火力炉だ。
その恩恵に一番預かったのは間違いなく俺だろう。
その高火力炉を使えばスキルの無い俺でも真っ赤に焼け柔らかくなったた鉄を打ち、成形することが出来た。
後はツカサの知識を参考にツカサの望む包丁とやらを完成させるべくひたすら研究に打ち込むだけだった。槌をふるう度にツカサに感謝をした。
誰も知らない技法。大本の知識を語ったツカサですら完全には把握していないらしい。
この技術で作られた武器には価値があると思った。
スキルの無い者が刃物を成形させる。
この事実が、後に続く物への標となると思った。
俺みたいな奇特なバカが夢を諦めなくてすむようになるかもしれない。
何度も何度も試行錯誤して俺は包丁を完成させた。
その包丁を見てツカサは褒めてくれた。
俺は嬉しかった。初めて物作りで人に喜んで貰えた。
その喜びを胸に俺は更に鍛冶の腕を磨く決心をした。
その矢先。ツカサに仕事を頼まれた。
蒸留器という新しい酒を作るために必要な装置を作って欲しいという。
そこからが大変だった。
蒸留器の役割だけ走っていたようだが、ツカサは蒸留器の構造については殆ど知らなかった。
誰も知らない物を作る。
思えば、これが俺にとってターニングポイントだったのかもしれない。
あのまま武器を作っていたところでスキルの無い俺は一流になれなかっただろう。
スキルが無いから仕事を貰えるかも怪しかった。
だが、誰も知らない物を作るとなれば話は別だ。作ったことが評価に値する。
それに何より俺の知的好奇心と、物を作りたいという欲求が今までに無いほど刺激された。
俺は夢中で数年間。鉄を打ち研究を重ねた。非常に充実した日々だった。
そして、蒸留器の開発に成功したとき俺の心に寂しさが去来した。
これから蒸留器は俺の手元を離れて酒を作り仕事をするのだろう。
そう考えると我が子と引き離されるかのような感覚を覚えたのだった。
だから俺はツカサにこう切り出していた。
酒が出来るところまで見届けたいと。
それにもう一つ理由があった。
ドワーフは本質的に無類のエール好きだ。俺も例には漏れない。
今まで酒と言えばエール以外は存在しなかった。
新しい酒という響きはそれだけで魅力だ。
是非とも完成に立ち会いたかった。
俺はツカサから日本酒という酒の作り方を教わった。
エールとは違う味わい深い酒だった。
俺はその味に深く感動したのだが、この酒ですらツカサの知るほんの一部の酒でしか無いという。
俺はツカサから可能な限り酒の知識を聞きメモを取った。
その知識を元に俺は酒造りを開始した。
俺は物作りが好きだ。酒であろうが武具であろうが物作りに変わらない。
最近気づいたのだが、未知の物に挑み形に仕上げることが俺にとっては重要らしい。
俺は好きな研究に没頭していれば良い。必要な物や資金はツカサが調えてくれる。
この仕事は俺にとって天職だと言うことは間違いなかった。
そしてようやく最近、酒造りのコツが分かってきたように思う。
蒸留酒に果実酒、日本酒など造れる種類も大分増えてきた。
だから俺は師匠であるカールとヴァドスに一筆したためることにしたのだ。
スキルの無い俺を受け入れてくれた。根気強く家事を教えようとしてくれた。
普通じゃ出来ないことだ。非常に感謝している。
だからこそ、今の俺の仕事を見て貰いたい。
幸いあの二人は無類のエール好きだ。きっと俺が作った酒を喜んでくれることだろうと思う。
感謝、という点で忘れてはいけない人物がもう一人いる。
目の前にいるツカサだ。彼は俺によく似ている。
スキルも無く、料理を生業にしようと大馬鹿野郎だ。
嫌いになれるわけがない。俺はこの店を開くに際して出来る限りのことは手伝った。
だが、まだまだ恩義を返せた気がしない。
だからこそ俺は蒸留器を作って作った酒をこうして持ってきた。
装置から作り上げるほどの執念だ。余程飲みたかったに違いない。
ツカサに対する感謝を形にするにはこの酒が一番だと俺は思ったのだ。
俺が作り上げた酒の中で珠玉の一品。寝かせればまだまだ美味くなるが、あんまり寝かしすぎるとツカサに感謝を伝えるタイミングがなくなってしまう。
だからこそこのタイミングがベストだ。まだ若い俺達には若い酒くらいで丁度良い。
熟成した酒はお互いにもっといい年になってから改めて酌み交わしたいと思う。
ツカサは鍋に湯を沸かし、沸いたお湯に緑色の食材を大量投入した。
なるほど、そうやって鍋を使っているのか。鍋は俺が作った物だが使っているところは初めて見た。
たまに仕事中にツカサが料理を差し入れてくれることはあったが、特段作り方まで気にしていなかった。
「なるほど、スキルなしだとそうやってやるのか」
「あはは。これを料理と言っていいかは疑問なんですけどね。一応出来ました」
俺の目の前に皿が置かれる。
これはクレッペンの所で大量に育てられている豆だな。
クレッペンの奴には空け作りの提供の面で世話になっている。
そのうち出来た酒でも持って行ってやろう。
ただ、この豆は俺の知っている物よりも大分若い。
「これはミソとショウユとかいう奴の材料じゃないのか?」
「よく知ってますね。これは大豆です。通常よりちょっぴり早く収穫をしたためまだ色が青いですがこれはこれで美味ですよ。この状態の大豆を特にエダマメと呼びます」
「なるほど」
俺は無造作にそのうちの一つを口に放り込んだ。
筋張っていて食えなくもないが美味くはない。
俺はツカサの料理の腕は知っている。
スキルも無いのに良くもこんな美味い料理が作れると感心していたもんだ。
ツカサは今まで俺に一度も不味い料理を差し入れてきたことはない。
ならば強に限ってどうしてこんな物を食わせるんだろうと、ツカサを訝しげに見つめているとツカサが慌てたように口を開いた。
「スコットさん。食べるのは中の豆部分だけです。外の鞘部分は食べられないので捨てて下さい」
ツカサがすかさず空の皿を差し出してくる。それを先に言えってんだ。
今度は中の豆だけを食ってみる。
まぁ、普通だな。決して不味くはないが想像の域は超えないレベルだ。
初めてツカサの料理を口にしたときほどの感動は無い。
「塩を振って茹でただけ。手抜きに見えるかもしれませんが他に手を加える必要も無いくらい完成された調理法です」
ツカサは言った。そしてカウンターを出て俺の隣へと腰掛ける。
俺はツカサのグラスに黙って酒を注いでやった。
「ありがとうございます。そう言えばこのお酒、名前とか付けたんですか? このお酒はスコットさんが完成させたのものですから命名権はスコットさんにあると思います」
名前か。考えたことはなかったな。
そうか、俺が付けても良いのか。
俺はグビリと俺が作った酒を流し込む。
もし、俺が考えた名前がこの酒につくのならこれ以上に名誉なことはない。
この酒が人々に受け入れられ続ける限り、俺はこの酒と共に名を残すことになるだろう。
昔からやりたかった大きな夢が叶う。
だけど、それは今じゃない。俺一人ではこの偉業は成し遂げられなかった。
「ツカサ。お前が決めてくれ。俺はお前に感謝している。だからこそその権利を譲りたい」
未来に名を残すのは俺でなくツカサの方が相応しい。
「分かりました。俺が決めていいんですね。ならばこのお酒はスコットと呼ぶことにしましょう」
「おい、それは俺の名前だ」
「不満ですか。ならばスコッチでどうでしょうか」
「それじゃ、殆ど変わってないだろう」
「いいじゃないですか。命名権を俺にくれたんだから俺の付けたい名前くらい好きに付けさせて下さいよ。これを認めないのならばスコットさんが考えて下さい」
……してやられた。こうなれば反論できまい。気恥ずかしいが受け入れるほか無い。
俺はぐいっとスコッチを流し込む。ガツンと強く深い味わいが口の中を満たす。
強い酒精が喉へとぶつかってくる。美味い。
ふと、気づくと自然とエダマメに手が伸びていた。
エダマメは特別美味いと思わない食べ物だ。しかし、不思議と欲しくなる。
噛みしめる度に豆特有の優しい甘みが口の中へと広がる。
ただ優しいだけじゃない。強めに塩気が効いてどこか引き締まった印象も受ける。
そしてその塩気をスッキリさせるためにまたスコッチが欲しくなる。
スコッチを口に含み、堪能したらエダマメに自然に手が伸びる。
エダマメを食べると今度はスコッチに自然と手が伸びる。
見事な循環だった。
「今回はスコッチがメインですからつまみはその味を壊さない程度の物がいいと思いました。濃い味をぶつけるとスコッチの繊細な味わいが壊されてしまいますからね。だから素材の味だけで勝負できる物。それが枝豆だと思ったんです」
……なるほど。エダマメか。
また一つ俺は新しい考え方を得たのかもしれない。
決して主張はしないが欠かせない存在。
自然と回りの誰かを立ててくれる存在。
全員が全員自分を主役としてしまったら必ずどこかで喧嘩する。
これは人間同士でも言えることだ。
誰かが率先して緩衝役になってくれるのならば、きっとそこには調和が生まれる。
その調和した空間が自然と人を引きつける。
「……なるほど、誰かさんに似ているな」
「え?」
「分からないのならそれでいい。自然体でこそのエダマメなんだ」
「アハハッ、何ですかそれ? スコットさん酔ってます?」
「かもしれんな」
俺はツカサと朝まで酒を酌み交わした。




