スコットとウイスキー
スコットさんが俺の店へと飛び込んできた。
スコットさんというのは俺よりも一回り年上で、三十半ばほどのドワーフだ。
俺が冒険者時代に世話になっていた鍛冶工房の弟子で、今は俺がその工房から引き抜いた形でとある仕事をして貰っていた。
その内容が蒸留器の開発である。
この世界で鉄の加工技術を持っている人間は基本的に鍛冶職人しかいない。
料理スキルと料理の関係と同様に鍛冶も鍛冶スキルを持っている者の仕事だ。
だから必然的に鍛冶職人に頼む形になるのだが、彼らの多くには装備品以外の鉄材加工のノウハウがないし、よっぽどの顔なじみで無い限りはこんな無茶を引き受けて貰えることはないだろう。
俺は基本的にカールさんとヴァドスさんのドラッケン工房にしか出入りしていなかったし彼ら以外に顔なじみの鍛冶職人はいなかった。そして彼らは本職の武具防具の生産で忙しい。
蒸留器にスキル効果の乗った神がかった耐久力は要らない。攻撃力も必要ない。
彼らのような優秀な人材の時間は命を張って戦う冒険者のためにあるべきだ。
カールさんやヴァドスさんに作って貰った装備に俺が何度救われたことか。
比べて蒸留器は酒を作る装置である。
言ってしまえば嗜好品。
だから、蒸留器は一時は諦めようと思ったんだけど、スコットさんに出会って彼に作って貰うことに決めた。鍛冶スキルが無い者に客が鍛冶を依頼しないことくらい料理スキルなしの俺が一番よく知っている。
暇を持てあますくらいなら俺の仕事を受けて欲しいって考えだ。
多分、最初は金を払ってでも食べて貰う気持ちでいないと俺はこの世界で料理人としてやっていけない。
ゴルウィンさんとモイッスロさん。
まだこの店に来てくれたのは二人だけど、彼らの反応を見れば警戒されているのが嫌でも分かる。
それでも俺が料理人になった理由の一つに、彼の存在も関わってくる。
料理スキルがないのに料理をする俺。鍛冶スキルがないのに鍛冶に打ち込むスコットさん。
そっくりじゃないか。
彼は鍛冶のスキルが無かったが決して諦めなかった。その姿を見ていてこみ上げるものがあった。
だから俺は料理人になるという日本にいた頃の夢を諦めないことに決めた。
調味料がない。調理器具だってない。コンロだって無い。店だって無い。金も無かった。
普通だったらそれで諦めてしまうだろう。立ちはだかる壁が大きすぎた。
その身一つでこの世界に送り込まれた俺には神さまに貰った3つのスキル以外、何にも無かった。
料理をするにしてもせいぜい自分の分を作るだけ。
彼に出会っていなければ俺は店を開こうだなんて思わず今も普通に冒険者として生きていたかもしれない。少なくとも生きるには困らないだけの稼ぎはあった。
「ツカサ。ついに例の酒が出来たぞ」
……うん。
薄々お気づきかもしれないけど蒸留器の開発自体は実はもう既に終わっている。
本来はそこまでが仕事の契約だったのだが、本人が蒸留酒が完成するまで真の意味では蒸留器のが開発したことにはならないとこだわったので今もここで働いて貰っている。
酒の完成を見届けたいそうだ。
蒸留酒って樽に酒を寝かす時間もあるから短くても数年かかるんだよね。
だからそのついでにとこのここ数年の間に店を開く前準備として調理器具も全部作って貰った。
その暇を見て、本人の希望もあったので日本酒などの酒造りも手伝って貰うことになった。
その時に知ったのだが、スコットさんは無類の酒好きだったらしい。
俺が先日お客さんに提供したお酒が形になったのも彼の力によるところが大きい。
そもそも彼には俺のにわか知識だけで包丁を完成させた実績がある。
それも日本にいた頃使っていた名工の包丁と何ら変わらない素晴らしい出来の物だ。
ドワーフが手先が器用って事も関係しているんだろうが、元々の気質が研究肌なんだろう。
日本酒に関しても俺のにわか知識で完成させた。
にわか知識で日本酒造りに失敗し、味醂を作り上げた俺の父さんとは物が違う。
そのうちに酒造りの方も楽しくなったらしい。
俺が果実でも酒が造れると何気なく言ってみたら、真っ先に研究に取りかかった。
俺は自分の知っている酒を元に材料とかのヒントを与えるくらいしか出来ないんだよね。
ブドウ使ったらワインが出来るよとかそんなレベルのヒント。
たったそれだけで形にしてしまうスコットさんは本当に凄いと思う。
むしろ、この頃鍛冶よりも酒作っている方が楽しいというのが本人の談だ。
最近ではミュゼ近郊に設立した酒蔵の指揮をスコットさんに完全に任せてしまっているほどだ。
出資者は俺。開発費には糸目を付けない。
量産が可能になったら販売も考えているが今はまだいろいろと試作段階だ。
美味い酒が出来る事には料理店をやっている俺にもメリットがある。
俺の店があることで酒を知って貰う機会も増える。
スコットさんは「死ぬまでに100種は新しい酒を作る。作った酒を多くの人に飲んで貰いたい。それが俺に与えられた使命だ」と最近凄く鍛冶職人っぽくない言葉も残している。
完全に杜氏だよね。
今では俺以上に酒に詳しいんじゃないかな。あの人。
自分の開発した酒の味を知って欲しいスコットさんと、料理の味を知って欲しい俺。
割と良い関係を気づけているんじゃないかと思う。
最近、俺は思う。スコットさんって朝から晩まで酒蔵にいるよな。
いつ鍛冶やってるんだろうと。
スキルが無くても鍛冶をやりたいとあの日の情熱はどこ行った。
……うん、わかってるさ。酒に行った。
自分が飲みたいから酒を作っているって感じだ。
この世界には、料理スキルで造れる酒はエールしかないからな。
料理が少なくて不満を持ってどうにかしたいと考えた俺と多分動機としては似ている。
まぁ、いいんじゃないかな。本人が楽しければ。
俺も料理店を開いた今、新しい酒をガンガン開発してくれるなら非常にありがたい。
俺も何度か試飲させて貰ったが、味にも相当こだわっているようだ。
まだ種類はそれほど多くないが、彼の作る酒は本当に美味い。
閑話休題。
例の酒、ねぇ。
俺にそう言ってきたって事は、スコットさんの中では納得のいく物が出来たって事だろう。
今回が二回目の挑戦。俺の知っている酒で言うところの恐らくウイスキーに相当する。
俺は十五でこの世界に来たから元の世界の酒を知識でしか知らない。
酒を飲んだのはこっちに来てからが初めてだ。
だからこれがウイスキーだとは胸を張っては言えない。
だが、ウイスキーの味を知らない故に楽しみでもある。
スコットさんは大事そうに琥珀色の液体で満たされた小瓶を抱えている。
樽の中でゆっくり熟成されて色付いたのだろう。
三年ほど前、麦のエールを蒸留して作った樽に寝かせる前はの液体は無色透明だった。
その時は口当たりがきつくて俺には飲めた物じゃなかったが。
「飲んでみてくれ」
とくとくとグラスに瓶の中身を注ぐ。
まずはそのまま一口。
少しまろやかになって俺でも飲めるようになった。
新樽で年数も短いからこんなものだろう。まだまだ完璧とは言いがたいが、十分に美味い酒だと思う。
樽の内側を焼くという行程を忘れて作った一回目と違ってしっかりスモーキーな味わいも出ている。
使った樽にも試行錯誤した。樽に使う木の種類でもウイスキーの味は変わる。
何が良いのかわからないので片っ端から試した記憶がある。
「これ、どの樽の奴ですか?」
おなじみのオーク樽やシェリー樽。サクラやカエデ、この世界の原産である木。
更には木の魔物であるトレント樽なんてのも作ってみた。
魔物と侮ることなかれ、この世界で一番高級な木材はトレントなのだ。
丈夫で硬く傷つきにくく、それでいて柔軟性があり折れにくい。
最上位のエルダートレントにもなると一本の木で数千枚の金貨が動くこともある。
「オークだな。魔物じゃないぞ」
わかっている。何度も戦ったことがある。
魔物のオークは二足歩行のイノシシみたいな奴だな。
「折角ですし、今から軽くつまみでも作りますよ」
俺はスコットさんをカウンターに座らせると、厨房の中へと入った。
酒に合う料理。これを作るためには酒の産地や製法まで知らなければいけない。
俺が料理を教わった日本料理店の店主が言ってたっけ。
ほかにもいろんな事を教わったよ。
料理の作り方もそうだし、店の経営方針とかもそうだ。
例えばどの客層が店の周囲に多いか。その客層をターゲットにする為にどんなメニューを用意すればいいか。ネットに掲載するなら○○のサイトがおすすめだとかそういった裏話も含めてだ。
もっと酷い話になると、正直生計を立てるだけなら店の味より立地と月々の広告料に気を使えと非常に小さな声で話してもくれた。
ぶっちゃけ、二十万も広告費として払えばどんな不味くても客は店に入るらしい。
不味いからよっぽどのバカ舌な客でも無い限りリピーターは当然来ない。
しかし、リピーターが来ない問題は客単価を上げることで解決するらしい。
客単価三万で日に一回以上のペースで一見さんが来ればそれでなんとか生きていける。
日本では一年で新生児は約百万人以上産まれる。店の味を知らない人間が年間でそれだけ増える。
一年は三百六十五日。
要は百万人の中の三、四百人を一見さんで店に引き込めばいい。するとあら不思議。永久機関だ。
店主の修業時代の先輩に俺は広告費ゼロで味だけで勝負するという職人気質で滅茶苦茶料理の上手い人がいたらしいが、今は店を潰してしまったと言っていた。逆に料理が割と壊滅的なくらいに下手だが経営だけは上手い後輩の店が今でも続いていると微妙そうな表情で話してくれたっけ。しかも今はオーナーで厨房に立ってないそうだ。腕のいい料理人も雇ったらしい。
こう考えると、店を構えるのに必要なのは必ずしも料理の腕だけじゃないって事だ。
いくら料理が上手くても誰も事実を知らなければ、その店はなかった事にされる。
誰も来なければ口コミで広がることもない。
俺はその時に料理で食うのって思ったより難しいんだと学んだ。
だからはやっている店の方針は貪欲に何でも取り入れることにしたんだ。
例えば俺が料理を教わったその店を例に挙げるならば仕事帰りのサラリーマンが多い店だった。
仕事後に酒を飲みに来る。酒を飲みながら軽く腹に何か入れる。
だから、あくまで酒をメインにそれを立てる料理を作るようにしていると店主は心がけていると言っていた。これで体育大学のそばだったら大盛り丼物メニューを中心に回転率を上げるようにしていたと店主は俺に話してくれた。
顧客とニーズ。
それは今はあまり関係ないとしても、この場に相応しい料理。
そう考えると、今回はあくまでスコットさんの造ったお酒が主役だ。
これが、喉ごしを楽しむエールであれば塩気と脂っ気のある唐揚げのような物にするのが正解だと俺は考えている。口の中に残った油分をキンキンに冷えたエールで流し込む。これは間違いなく美味い。
俺の知っているこの世界の料理店でも味の濃いステーキにエールを合わせるというのが定番のスタイルだ。
一方でウイスキーは蒸留酒だ。香りも味も強い。ゆっくり口に含んで味わうのが正解の酒だ。
下手に味の濃い物を出してはウイスキー本来の繊細な味を壊しかねない。
さて、ここを踏まえた上で何を作ろうか?




