カールとヴァドス
「ヴァドス! エールじゃ! とっとと、エールを飲みに行くんじゃ!」
それなりに立派な髭を蓄えた男がその目を血走らせながら捲し立てた。名をカールと言う。
それなり、と言うのはワシの方が立派な髭を持っているからじゃ。
カールの気持ちは分からなくもない。ワシだってエールが死ぬほど飲みたい。
ワシらドワーフにとってエールは水以上に大事な存在じゃ。
少々情けないが無ければ生きていけんと自信を持って言うことが出来る。
なのにそれを数ヶ月以上口に出来ていない。
ここ数ヶ月、迷宮都市シャンドールの都市長からの依頼で鍛冶場に籠もりっきりじゃった。
ダンジョンに凶悪な魔物が溢れたため、その対応策として性能のいい武器や防具を出来る限り作ってくれと発注を受けておったのじゃ。
そうして作られた武具はダンジョンの魔物の討伐に名乗りをあげた有志への前払い報酬として無償で配る目的に使われるそうじゃ。冒険者達の士気をあげる意味もあるのだろうが、中々豪気なことであると思う。
武器や防具は冒険者が命を預けるとても大事な物じゃ。
決して手を抜いて作って良いものではない。
ワシらにとってエールは命の次に大事じゃが、仕事にだってそれと同等以上のプライドを持っておる。
酒が入っては完璧な仕事は出来ない。
特に武器や防具には使う者の命がかかっておる。
ワシらがエールを我慢するのとどちらが重要かは比べるべくもない。
迷宮都市から発注された武器防具の数は数百にものぼった。
数百名の冒険者によるダンジョン征伐。
迷宮都市に住まう人々の安全を一番に考えればそれほどの大規模作戦を行うことは為政者としてとても正しい行為じゃろう。
そうでもしなければダンジョン内で異常繁殖した魔物が地上へと上がってきて、結果としてシャンドールに住む万に近い民間人が危険に晒さらされるのじゃから。
そしてその住民の中には迷宮都市で鍛冶場を営むワシも入っておる。決して他人事ではない。
じゃからワシはこの仕事を引き受けた。
武器一個あたりの単価は安かったが、ワシらの仕事で救える命が数多くあるのならばこの仕事に与えられた意義は金額以上に大きい。
ワシが武器を、カールが防具を担当し日々制作に打ち込んだというわけじゃ。
元々ワシらは数打ちの武具防具など作っておらん。これでもワシらは迷宮都市でも指折りの鍛冶職人である事を自負しておる。
じゃからこそ、迷宮都市から直々に今回の話がきたんだとは思うが。非常に頭の痛い問題じゃった。
ワシらの作る装備は基本一点物ばかりで量産の経験など無い。
とにかくワシらは鋳型に鉄を溶かして流し込んで量産するような雑な仕事のやり方は好まなかった。
防具や武具は持ち主に合わせて作らないと十全に機能しないと考えているからじゃ。特に防具に関して言えば体に合わない防具が動きを阻害して逆に窮地に陥るケースまで考えられる。
じゃからダンジョン討伐に参加予定の冒険者に足を運んで貰って、彼ら個人個人に合わせた装備を作りあげた。
材料だってそれなりにこだわった。必要とあらば手の空いている冒険者に取りに行って貰った。
勿論、手抜きも出来ない。
いつ魔物が地表に出てくるか分からないため、納期は早いほどいい。
ワシらが完璧な仕事で作り上げられる武器や防具の数は日に多くて三つ。
酒もそうだが疲労などでも平時よりパフォーマンスはやはり落ちる。
そしてその平時より劣った出来の武器防具をワシらは商品とは認めない。
鍛冶職人としてのプライドがそれを許さない。
じゃからこそワシとカールはエールを飲んで酔っ払っている時間など無かった。
飲めばその分だけ作れる装備の数が減るからだ。
無我夢中で炉の前に立って槌をふるい続け、ようやく今日という日を迎えた。
冒険者達はワシらの用意した装備で身を包み、ダンジョンの深い闇の底へと旅立っていったのじゃ。
ここから先は冒険者の仕事でワシらの仕事ではない。ワシらに出来る事は既にやりきった。
今まさに命がけで戦っているであろう冒険者共には悪いが、一足先に仕事の打ち上げをさせて貰おうというわけじゃ。
そこで話が冒頭に戻る。
……おっと、そうじゃった。
とにかくエールじゃ! これが飲まずにいられるか!
思えばこの数ヶ月がワシの人生で一番辛い時期じゃった。
そして、その辛さを堪え忍んだ後に飲むエールはどれほど美味いだろうか?
それもとてつもない大仕事を終えた後のエールじゃ。
「カール! こうしておれん! 飲みたさ余って今にも死んでしまいそうじゃ!」
「おうよ! 三日三晩飲んで飲んで飲みまくるのじゃ!」
「そうじゃな! 今冒険者共の多くははダンジョンに潜っていて仕事の依頼には来ないじゃろう」
ワシとカールは鍛冶工房を飛び出した。
そして、鍛冶工房の戸に鍵を掛けている最中のことであった。
「……あの。鍛冶工房ドラッケンはこちらでよろしいでしょうか?」
冒険者らしき青年がワシに声をかけてきたのじゃった。
経験の浅い冒険者には今回の魔物討滅作戦には荷が重いと判断されて大方依頼主の方から今回の作戦から外されたのじゃろうな。
……う~む?
ワシの目から見て腰に提げている片手剣の状態は悪くない。
修理依頼だったら考えなくもなかったが、だとすると新しい武器の新調が目的だろうか?
ダンジョンは今、迷宮都市を通じて冒険者ギルドの方から恐らく入場規制が敷かれている。
この近辺には危険な魔物が領域が出る領域もそれほどない。
恐らく今手にしている武器でも十全に戦えるはずじゃ。
急ぎの用事でないのなら、別に今でなくてもいいだろう。
少なくともコッチは急ぎの用事じゃ。
ワシらの命がかかっておる。
「なんじゃ? ワシらは今忙しいのじゃ! 防具や武器の相談は後にしてくれ!」
「……いえ、そうではなくてですね。ギルドで受けた手紙の配達の依頼です」
「なんじゃ! それを早く言わんか!」
ワシは青年が鞄からゴソゴソととりだした手紙を引ったくった。
そして差出人の名を一瞥する。
その名はスコット。これはまた懐かしい名前を見たもんじゃ。
最後に会ったのはもう五年程前になるだろうか?
今はミュゼの辺境で鍛冶の仕事をしていると冒険者達の風の噂で聞いたことがある。
ワシはそれを聞いて自分のことのように嬉しく思ったものじゃ。
思えばワシとカールが唯一取った弟子じゃったな。出来損ないでどこか憎めない弟子じゃ。
そして、弟子入りしたいと一週間工房の前で頭を下げ続けたはた迷惑な男じゃったな。
その熱意に負けて弟子入りを許可してみたものの、いざ鍛冶を教えようとして男が【鍛冶】スキルを持っていないことにワシらは驚愕した。
鍛冶とは鍛冶スキルが無ければ行えない。
ハンマーに作りたい武器のイメージを乗せて鍛冶スキルで材料を叩く。
これが鍛冶師の間での常識じゃった。
じゃから、当時のワシらにスコットに教えてやれることは一つもなかった。
ワシらがスコットに教えられたことはただの一つのみ。
創りたい物を明確にイメージしろとそれだけしか教えてやれることがなかった。
しかし、スコットは一年経っても二年経ってもハンマーでただひたすら材料を叩くだけで武具を作れることは一度も無かったのじゃ。
結局、スキルがない事に結果は帰結するのじゃな。
本人はめげてはおらんかったのが救いか。
ワシらは何度もスコットに鍛冶職人を諦めるように進めたのじゃがな、スコットは聞き入れなかったわい。自分の人生だから、一番やりたいことに挑戦したいと。そこにスキルの有無は小さな問題だと。
変わった男じゃった。
普通はスキルから自分に出来る生き方を選ぶというのに、スコットは自分の意思を優先した。
いつか、ひょうんなことからスキルが手に入るかもしれないと冗談めかして笑い飛ばしておった。
後天的にスキルが発現することはまず聞いたことがないからの。精一杯の強がりだったんじゃろう。
じゃが、そこで夢を諦めなかったから結果はついていきた。
スコットは今鍛冶師として生きておる。じゃから人生は何が起こるかわからんものじゃ。
……思えば、カイタニ・ツカサとの遭遇がスコットの人生のターニングポイントだったのかもしれん。
カイタニ・ツカサという少年がこの店を訪れたのはもう十年以上前になるじゃろうか?
先輩冒険者であるゴルウィンに連れられてこの鍛冶工房にやって来たのをよく覚えておる。
ゴルウィンが新しく武器を買い換えるとの事で、ワシは使わなくなった古いゴルウィンの剣をツカサ用に仕立て直したのじゃったな。
それがツカサとの出会いで、ツカサはそれからもよくこの鍛冶工房に仕事を依頼しに来た。
黒龍の革をはじめとした希少な素材で作った武具の数々。
彼の持ち込んでくる材料は希少な物が多かった。
初めて触れる素材に感動し、その材料でどんな装備を作ろうかと想いをはせたものじゃった。
次は何を持ってくるんじゃろう?
ワシらは未知の素材を持ち込んでくるツカサのことが気に入っていたし、期待もしていた。
……じゃが、ツカサの依頼の中で一番珍妙だったのが『包丁』とかいう短刀を作って欲しいという依頼じゃった。
ワシらは何度も鍛冶スキルでその包丁を作り上げたがツカサは一向に納得しなかった。
本人曰く、ワシらの鍛冶スキルのレベルが高すぎてまな板ごと切り落としてしまうかららしい。
出来ればスキル無しで普通に作って欲しいとツカサに言われてしまった。
スキル無しで武具が作れるのか?
それに普通とは何じゃ?
分からなかったが、ワシらは一応こんな確認をした。
その辺の見習いの鍛冶師に作らせれば切れ味が落とせるのではないかと。
するとツカサはこう答えた。
それだと切れ味は問題ないが、デコボコだったり真っ直ぐじゃないのは困ると。
ツカサが要求する包丁という武器は形もまた重要らしい。
ツカサは熱く熱した炉に玉鋼を投入しひたすら叩いて潰すという手法じゃった。
そしてそれが伸びきったら折り返してまた叩く。折り返し鍛錬と言うらしい。
そして熱くなった鋼を水で急冷したりと、まるで素材で遊んでいるかのような珍妙な作り方だった。
ワシらにそれを否定する言葉は持たない。
見習い鍛冶師というものは素材をいかに知るかが成長の鍵になるからだ。
魔法で焼いたり叩いたりという行為はワシも駆け出しの頃に何度もやった行為だ。
当時のワシらには炉という物が何かわかっておらんかった。ワシらが炉を使っていないことを伝えるとツカサは大層驚いていた記憶がある。
ツカサに鍛冶工房の奧までは見せたことはなかったからな。
ツカサの欲しがっている包丁という武器の制作には高温で鉄を焼くことが出来る炉という設備が必要らしい。ワシらはそれを持っていない。出来ないとワシらは素直に伝えた。
じゃが、ツカサはそれくらいでは包丁という武器を諦めなかった。
知り合いのエルフの魔導技師に頼み込みに行き、数ヶ月ほどでその炉という設備を完成させおった。
そしてその設備を許可も無く勝手にワシらの工房の中に設置した。
その大胆な行動力にワシらは圧倒され、驚きで文句を言うタイミングを逃したのは今となってはいい思い出じゃ。
ワシはカールとスコットと共に炉の前に立ち玉鋼を打ち続けた。
ツカサもある程度作り方を聞きかじっただけで、詳しい製法までは知らないそうだ。
とりわけ熱心に打ち込んだのがスコットじゃった。
スキル無しでも材料の形を変形させる事が可能である事に偉く感動しておった。
その日からと言うもの、スコットは片時も炉の前から離れなかった。
ツカサの知識を元に何度も『包丁』と言う武器に挑み、諦めない彼の情熱が一振りの短剣を作り上げることを成功させる。
ツカサはその包丁をじっくり丁寧に観察し、「いい仕事です。任せて良かった」と満足そうに呟いた後に懐へと治めた。
その言葉にスコットは打ち震えて泣いておった。
それからツカサからスコットは仕事の相談を受けることになった。
蒸留器なるものの制作を頼みたいと。
スコットは自分を絶望的な状況から救ってくれたツカサに感謝してその仕事を迷わず請け負った。
そしてその仕事のためにワシらの工房を後にしたのじゃったな。
その仕事は上手くいったのだろうか?
上手くいったんじゃろうな。
その事が嬉しそうに手紙に書いてある。
内容をかいつまむとこうじゃ。
『とても力強く、そして美味い酒が出来た。エールなどとは比べものにならない』
スコットの手紙はそうあった。
「なんじゃとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
酒じゃと!
それもエールが比べものにならない酒じゃと!
飲みたい! 今すぐにでも!
ここまで酒を渇望している野はワシの人生でも初めての経験じゃ。
そこに流し込む未知の酒。
どうせ数ヶ月酒を飲むのを我慢していたんじゃ。
少しくらい飲むのが伸びても問題はない。
むしろ、知った味であるエールを流し込む方が勿体ない気さえする。
「ど、どうしたんじゃ? ヴァドス?」
カールがとぼけた面をしておった。こうしている暇など一刻も無いと言うに。
「今すぐミュゼへと向かうぞ! ああ、今から楽しみじゃわい!」
ミュゼまで馬車で三日もあればいけるはずじゃ。
ワシは未だ事態が飲み込めないカールを馬車へと引きずり込んでミュゼへと発った。




