モイッスロとスパニッシュオムレツ(下)
「……さて、君には俺の店の宣伝をして貰うわけですが、そのためにも俺が作ることの出来る全メニューを食べて貰います。森の異変が収まるまでしばらくこの店に通って貰うことになりますので覚悟して下さいね」
と、男は言った。
俺は男の店のカウンターに座らされている。
別に店の宣伝をすること自体は構わない。
田舎から出てきてそれなりに冒険者の知り合いも出来た。
金貨を貰った分の働きくらいはするつもりだ。
しかし、しばらく仕事で店に通うとのことだが、それについては問題ないな。
どうせオーガがいる以上、しばらく森へは入れない。
もしかして金貨はこの仕事で飯を食う代金として前払いとして渡したのかもしれない。
まぁ、それでも当分はただ飯が食えるから悪い話ではあるまい。
「……ただ、全メニューを食うのはいいが、アンタから貰った金貨一枚に収まるようにしてくれよ。それ以上に取られちまったら困っちまう」
「あ、心配しないで下さい。仕事で食べて貰うわけですから、料理のお金は取りませんよ。それは前報酬とでも思って下さい。自由に使ってくれて結構です。あと、不味ければ明日以降来なくてもいいです。この店は俺の故郷の味を知って貰いたいってのが目的で、暴利を取ったり無理強いしてまで食べて貰うためにこの店を建てたわけではありませんから。あ、そうだ!」
男はポンと手を打った。
「どうかしたのか?」
「どうせ食べて貰うなら率直な感想がほしいです。美味しかったとか不味かったとか、味が濃かったとか何でもいいです。これも仕事内容に追加して貰っていいですか?」
「……それくらいならまぁ」
「じゃあ、そういうわけで宜しくお願いします。あ、遅れましたけど改めまして。俺ツカサ・カイタニといいます。料理スキルは持ってないですけど、料理には自信あるんで楽しみにしてて下さい」
「ちょっと待ってくれ! アンタ、料理スキルもってないのか!?」
「はは、やっぱりそう言われると思ってましたよ。なので、まずは今から出す料理を食べてみて下さい。俺は和食が得意だからメニュー幅増やすために先程まで練習がてら作ってた物なんですけど、試食がてらって事で」
料理スキルも無しに適当に作った料理を試食しろだと!
そんなの食材に対する冒涜だ!
普通の料理屋だったら怒鳴り散らすところだが、今回は金を貰っている上に料理の値段までタダと来ている。
でも、料理スキルを使わない料理に怒りを覚えるのは多分俺だけじゃないはずだ。
仕事だ。仕事。
仕事と割り切れば腹は立たない。なんたって報酬が破格だ。
ただ、この店をどう宣伝しろと言うのだろうか?
店主が料理スキルを持っていない店なんてあり得ない。
誰が聞いたってわざわざ行きたいと思わないだろう。
難しい仕事だ。それ故の金貨一枚か。
それにしても店主はどうしてスキルをもっていない料理屋を開いたのだろうか?
その答えはすぐに明らかになる。
――コトリ。
俺の目の前に外縁が弧を描く三角形の黄色い何かが乗った皿が置かれた。
どうやら丸い何かを切り分けたらしい。
切り分けた断面にはぷつぷつと所々に気泡が浮いており、それに混じって緑や赤などの彩りが浮いている。見たことない料理だ。
だが、考え抜かれた料理である事はわかる。
この料理には確かな理を感じる。
子供が料理スキルを真似して、野菜や肉を滅茶苦茶に潰して混ぜ合わせただけの料理ごっことは少し趣が異なる物だ。
……これは不味くない物が出てくることを少しだけ期待してもいいかもしれない。
目の前の料理は見た目柔らかそうで、甘い香りも漂ってくる。
「さぁ、どうぞ。熱いうちに召し上がって下さい」
口に入れた瞬間口の中でふわっと優しく黄色い何かがほどけた。
こんな食感は初めてだ。
中にはほっくりと焼かれたジャガイモと、少し食感の残ったブロッコリー、そして鮮やかな酸っぱさがアクセントのトマト。味付けはほんのちょっぴりの塩味だけ。
これらが一体となって優しい素朴な味わいを作り上げている。
それでいて繊細。
食べる部分によって入っている野菜が違うことでどこを食べても違った味わいや食感がある。
野菜の味の主張をふんわりと黄色い何かが包み込む。正に渾然一体。
さながら野菜スープの固形番だ。
余計な物は入れない。素材だけで味を引き出す。
そうか。確かにこれは料理だ。高い水準で完成していると言ってもいい。
カイタニ・ツカサと言ったか?
この店の店主は本当に料理のスキルを持っていないのか?
だとすればこれをどうやって作った?
だが、この料理はどこへ行っても食べることは出来ない。
つまり、スキル外の料理と言うことになる。
スキルを使わずにこんなに美味い物が作れるものなのか?
そんな事を考えているうちに、気づけば皿の中身が空になっていた。
「おい、店主。この黄色いのは何だ?」
「あ、それは鶏の卵ですよ」
俺は愕然とした。知っているようで知らない食材を改めて聞かされたからだ。
俺の知っている鶏っていうのはあくまで肉を取るための畜産だ。
卵から鶏が飼えることくらいは畜産をやっていない者でもある程度常識的に知っていることだ。
鶏は主にステーキの材料にされる。
だが、卵を料理に使うかというと使いはしない。
卵を取ったらその分、肉になる鶏の数が減るからだ。
そもそも料理スキルの対象となる食材リストに卵という食材は入っていない。
そんなバカなことをしようと思う奴、普通はいないだろう。
だが、何を思ってか鶏の卵を食材にし、鶏のステーキにも負けない料理を作り出した男が目の前にいる。
これだけの完成度だ。さぞ、開発には苦労したに違いない。
金貨一枚渡してでも宣伝したくなる気持ちが今ならわかる。
これは……売れる。と、言うかこの料理を誰かに自慢したい。
俺の宣伝次第で金貨一枚以上のリターンがあるかもしれない。
そうなれば俺も快くこの金貨を受け取れるってものだ。
「店主、この料理は何という?」
「オムレツ……いや、オーブンで焼いているからスパニッシュオムレツかな」
スパニッシュオムレツ。
料理のくせに大分長い名前がついていやがる。
でも、覚えたぞ。
「あ、そうだ。ソース出すのすっかり忘れてました。だめだなぁ、開店に浮かれちゃって。今後そういう事ないようにしっかりしないと。すみません。もう一回食べて貰えます。この料理はそれで完成するので」
そう言って店主は液体が入った小さな器を三つ差し出した。
左から緑、黄色、オレンジの順番で並んでいる。
それよりも今、店主は何と言った。完成と言わなかったか?
「ホウレンソウ、チーズ、ニンジン。この三種類をベースにソースを用意してみました。お好きな物をどうぞ」
チーズとは聞いたことが無いが、ほうれん草とにんじんなら知っている。
俺の実家でも育てていた野菜だ。主にスープの材料にされる。
スープの具材。それは知っている。
だが、ソースに使うほどには味に強さがなかったはずだ。
ソースって言うのは俺の知る限り、ステーキの上にかかっている塩味たっぷりの物だ。
ソースの配合がステーキの味の決め手。料理店ごとの秘伝の味。
ステーキソースは秘伝であるため製法がわからないが、とりあえずこんな鮮やかな色のソースはなかったはずだ。それだけふんだんにほうれん草やにんじんを使っているって事だろう。
俺は新たに差し出されたスパニッシュオムレツの皿に、にんじんのソースをかけた。
使っている具材がわかっている分安心感がある。
「それはにんじんを甘く煮込んで繊維質が残らないように丁寧に裏ごしして作ったんですよ」
店主がソースの説明をしてくれる。
俺はソースがかかった事で、彩りも増して見た目が更に美味しそうになったスパニッシュオムレツを口へと運ぶ。
スパニッシュオムレツにニンジンのソースがかかったことで、更に甘く優しい味わいへと進化した。
それだけじゃない。ソースのみずみずしさが、若干もったりしていたスパニッシュオムレツをジューシーに食べやすくしてくれる。これは美味い。
あっと言う間に俺は一皿平らげてしまった。
そしておかわりを要求する。
店主はスパニッシュオムレツとまた違う料理が乗った皿を出そうと思っていたみたいだが、俺の意向を汲んでかもう一度スパニッシュオムレツの皿を出してくれた。
その皿には二切れのスパニッシュオムレツが載っている。
「どうせなら、全部食べ比べてみます? 他の料理の試食はそれからって事で」
俺は二もなく頷いた。
続いて選んだのがほうれん草のソース。
若干えぐみがあるが果たしてどうなんだろうか?
俺はスパニッッシュオムレツに緑色のソースをかける。
オレンジとはまた違った青々しい清涼さがあって彩りが美しい。
だが、口に運んでみて俺は想像を裏切られた。
ガツン、とまず塩味が口の中を襲ってきた。
そしてその直後に鼻から抜けていく辛みを伴った独特の香り。
俺はこれを知っている。
ステーキのソースの材料に使われているニンニクだ。
えぐみのあるほうれん草に臭みのあるニンニク。この組み合わせが実にワイルドだ。
ワイルド故にスパニッシュオムレツに足りない部分を見事に補完してくれている。
スパニッシュオムレツが優しき母なら。ほうれん草のソースは逞しき父。
足りないところを補える理想的なパートナーと言える。
これも美味い。
「それはちょっとパンチを効かせてみました。ニンニクと胡椒、強めの塩で味付けています」
店主が料理のワンポイントに補足を入れてくれる。
確かにその材料の選択は絶妙だ。
にんじんとは違う味のアプローチ。
しかし、これも間違いなくスパニッシュオムレツの正解だ。
どちらをかけても美味い。これはもう食べる側の好みの差だろう。
俺には甲乙が付けがたい。
そして、最後に残ったのがチーズとかいうわけのわからない素材で出来たソースだ。
尤も卵を食って美味いと知ってしまった今、これを食わず嫌いするのも早計な気がしてきたのだが。
俺はチーズのソースの器を傾ける。
すると、他のソースとは違い中々器からしたたり落ちてこなかった。
一言で言うならどろっとしている。
「そのチーズソースは味の深みを出すために白ワインを加えて作ってます。あ、チーズってのは牛の乳から作ることが出来る材料ですよ」
……今度も牛の乳と来たか。
これも料理スキルでは使わない素材だ。
だが、牛はステーキの主な材料だ。
卵と同じく仔牛の栄養源である牛乳を横から掻っ攫おう打なんて思う奴はまずいないだろうな。
乳を奪えば牛を育てることが出来る数が減るのは間違いないからだ。
チーズのソース。これはたまらなかった。
ガツンとした塩味、とろけるようなまろやかさ。ねっとりと下に絡みつくような濃厚さ。
今まで味わったことがない!
そしてとにかく美味い!
このソースはステーキにかけても絶対美味い。
そこら辺の店の秘伝ソースの味を遙かに凌駕している。
これだけ持ち帰って他の料理店に持ち込みたいくらいの完成度だ。
勿論スパニッシュオムレツにかけても不味いわけがない。
俺はこれが一番好みだ。あっと言う間に食べ進めてしまう。
このチーズという奴は後を引く。もっと食べたくなる。
「すまん、もう一回おかわりが欲しい。チーズのソースで頼む」
店主は苦笑すると、俺の気が済むまでスパニッシュオムレツを出してくれた。
チーズのソース。これがあれば幾つでも食える。
気がついたときには満腹だった。
結局スパニッッシュオムレツしか食べなかった。
今更ながらに店主が他の料理も食べて欲しかったんだろうなと気がついて気まずさがこみ上げてくる。
だが、店主はそんな俺に気を使ってくれた。
「気に入って貰えて嬉しかったです。次は他の料理も食べに来て下さい。あ、そうだ名前を伺ってもよろしいですか。今後どう呼べば良いかわからないので」
「モイッスロだ。また来る。この音は絶対返す」
「はい、モイッスロさん。またのご来店をお待ちしております」
店を出た後俺は考えていた。勿論居間までいた店のことをだ。
それで、俺は金貨一枚の報酬を受け取らないことに決めた。
とは言ってもまだ俺のポケットの中にあるんだけどな。
これだけ美味い料理だ。こんな美味い物食ったんだって俺自身が誰かに自慢したい。
それで金を貰っちまうのは気が引ける。
だから、俺はいつか金貨一枚を稼げる男になる。そしたら金を返しに来る。
金を返してちゃんとけじめを付けたらこの店に常連として通うことにしよう。
その頃にはタダ飯じゃなくてちゃんと客として来られるはずだ。
こんな美味い料理に金を払わないなんて失礼だ。
それまでちょっとこの金は貸してくれ。
情けないが装備も何もないからな。
俺はこの日、確かな誓いを胸に冒険者としての一歩を歩み出す。
目標は黒い死神。冒険者界隈で最強と噂されている男だ。
……余談だが、さっき会った店主が黒い死神本人だと知ることになるのは大分後の話になる。
一人称でお客さん視点を書くのはいまいち難しい。
三人称にするか少し悩みます。
……その場合、最初から直すんだよなぁ。
いけるところまでこのまま行きます。




