モイッスロとスパニッシュオムレツ(上)
……腹が減った。金がねぇ。
冒険者には夢がある。だが、夢を掴めるのはほんの一握りだ。
俺、モイッスロは毎日毎日代わり映えのしない農作業に辟易していた。
この国は豊かだ。
食料が多く、他の国と違って餓えに悩まされることはない。
だから俺の悩みは贅沢なのかもしれない。
でも、俺は男に生まれたからにはでっかいことがやりたかったんだ。
一流の冒険者は王都に豪邸を建てられる。
毎晩美女をとっかえひっかえして、浴びるほどエールを飲んで生活できる。
たった一回の仕事で普通の農民の十年分の稼ぎをたたき出すことだってざらだ。
こんな話を聞いて冒険者に憧れない男はいないと思う。
それに俺は戦闘系に向くスキルを持っていた。
【軽業】
身体が動かしやすくなるスキルだ。単純な効果だが武器を選ばない分応用が利く。
だから自信があった。
母さんは何度も俺を止めた。だが、俺は聞く耳を持たなかった。
父さんが幾何か包んでくれた金を持って家を出た。
武器は森に入るときに枝打ちに使ったりする鉈。
実家で冬に使う薪を取りに行ったり薪を細く割るために使っていたものだ。
格好いい剣じゃないから、木こりみたいで不満だが素手スタートの冒険者もいることを考えると俺は恵まれた方だろう。
……だが、現実は甘くなかった。
この町、ミュゼの冒険者ギルドで冒険者とうろくした後俺は薬草採取の仕事を受ける事にした。
魔物の討伐じゃなかったのは不満だが、初心者はこの依頼しか受けられないんだから仕方がないだろう。
だが、いずれはバッサバッサと並み居る魔物を薙ぎ倒し……そう、黒い死神のような存在になりたいと考えていた。
その為にも仕事だ。仕事をすれば功績が認められてギルドのランクが上がる。
俺は依頼のためにミュゼの周囲に広がるミュロン森林地帯へと入った。
……そして、Bランクモンスターであるオーガに遭遇した。
俺はオーガに追い回された。全力で走っても逃げ切れなかった。
何度も何度も木の根っこに転びながらも生きるために走った。
……惜しいが追い回されているうちに重量物である鉈を捨てる決断をした。
更に軽くするために依頼の薬草を詰めていた鞄も捨てることにした。
そして俺は捨ててから気づく。
薬草を突っ込んでいた鞄に全財産が入っていたことに。
……金は惜しいが、命はもっと惜しい。
後ろ髪を引かれながら俺は辛くも森の縁まで逃げ切った。
魔物は森の外には余り出てこない。
森は魔物の縄張。
縄張から無闇に出ないという本能が魔物にはどうにも植え付けられているようなのだ。
助かったという安堵と……身銭全て失ってこれからどうしようという絶望感。
そして話が冒頭に戻る。
ふらふらと俺はミュゼの町並みを歩く。
希望に溢れていた町並みが今は絶望に染まっている。
金はねぇ。武器はねぇ。
大手を振って飛び出した以上、何にも成さないまま家に逃げ帰るのは恥ずかしくて出来ねぇ。
どうしたものか。
ぼんやりと今後について考えながら歩いていると、どんっと肩口に何かがぶつかった。
「ああ、すみません」
ぺこぺこと頭を下げる白い服を着た男に出会った。
男は店の外に何か板っきれを立てかけようとしていたみたいだ。
一小市民って感じがする。
俺が憧れている黒い死神のイメージとは一番遠そうな人種だな。
戦ったら俺でも勝てそうだ。
まぁ、俺は戦いを生業にする冒険者で、向こうは料理店の店主だから当然と言えば当然だが。
ここで俺の心の中に僅かばかりの悪魔が生まれた。
ぶつかったわびとして金銭を要求してもいいんじゃないかと。
しかし、すぐに毒気が抜かれる。
男は人のいい笑顔を浮かべてこういった。
「依頼の帰りですか? 良かったら食べていきます? 今日開店なんですがうちは珍しい料理をお出しできると思いますよ」
「……いや、金がねぇ」
「……なるほど。その苦労はわかりますよ。これでも俺は元冒険者ですからね」
この男、どうやら元冒険者らしい。とてもそうは見えないが。
「わかりました。ならば俺があなたに依頼を出します。報酬はそうですね。金貨一枚でどうですか」
「金貨一枚!? 正気か!? 薬草の依頼だって銅貨数十枚しか貰えないんだ。それこそ数ヶ月くらせちまう大金渡してアンタは俺に何をさせる気だ?」
「うちの料理を食べて貰って、美味しかったら知り合いにも紹介して下さい。俺はなるべく多くの人にこの店の味を知って貰いたいと考えていますので」
料理だと? それを紹介? 意味がわからない。この男は見るからに弱そうだ。
どうみても魔物を狩った経験は少ないだろうし、料理スキルのレベルはそれほど高くはないだろう。
なるほどわかったぞ。
元冒険者だと言ったが、料理スキルのレベルを上げる為の登録だったのだろう。
どうせ金に言わせて名のある冒険者に魔物狩りを手伝って貰ったに違いない。
それで冒険者を語るなよ。
俺は目の前の男を軽蔑した。だが、金の話を逃すわけにはいかない。
ビジネスライクに話を進める。俺を騙そうという魂胆かもしれない。
「……そんな事でいいのか? 何か裏があるんじゃないか?」
こんな男に金貨一枚を払える何かがあるとは思えない。
俺が疑うように聞くと、男は苦笑した。
「そのボロボロな格好見る限り、かなりギリギリの依頼だったんじゃありません? 冒険者ギルドはしっかり冒険者の実力に合った仕事を任せますから、普通はそんな格好になることはありません。何か想定外のことがあったって事でしょう。普段はいない強い魔物にでも襲われましたか?」
男の推察は当たっていた。あの森には普通オーガは出ない。
だからこそ初心者用の薬草取りの依頼が出るのだ。
「……あはは。図星みたいですね。冒険者も駆け出し時代は苦労しますよね。俺も最初は宿無しの野宿生活でした。武器すらも買えなくて石ころ拾って戦って、あの頃は辛かったなぁ。強い魔物が出たとギルドで告知されれば討伐されるまで森に入ることは出来ない。でも、魔物を狩らないと生活できない。結局、強い魔物に出会わないことだけを祈りながらギルドの忠告無視してビクビク怯えながら森に入って、何ごともなくてホッとして。そんな思いを俺の後輩にして欲しくないって事くらいですね。見たところ武器も防具も無いじゃないですか。だから揃えちゃって下さい。こうして何かの縁で知り合った方が、死んだと聞かされるのは俺だって嫌ですから」
男は断ろうとした俺に金貨を無理矢理握らせてきた。
その手の力は思いの外強かった。拒むことすらも出来なかった。
男の後に剣ダコがあったのに俺は気がつく。冒険者としてしっかり生きた証が男の手にはあったのだ。
少なくとも駆け出し時代に苦労した今の話は嘘では無かったと言うことだ。
俺は男の評価をちょっとだけ上方修正することにした。
「ま、そういうわけで中に入って下さい。冒険者としての仕事をして貰わなければいけませんので」
……だが、こんな冒険者の仕事聞いたことが無いぞ?
料理を食って宣伝しろだと?
「ま、待ってくれ。俺に金渡して、俺に料理まで振る舞ってアンタに何の得がある?」
「三つ理由がありますね」
三つ?
「一つはこの店が人と人を繋ぐ絆でありたいという店のポリシーです。誰かに優しくして貰ったらその分誰かに優しくしてあげる。そういう場所になりたいと考えてます。二つ目は、俺が冒険者の苦労をわかるからですね。困っているなら放っておけない。全員は無理でも目に届く範囲なら何とかしてあげたい。俺に少しばかり生活に余裕が出来たからできるただの自己満足です。三つ目は宣伝になります。あなたが紹介してくれてこの店にお客さんが増えればその分だけ利益が増えます。丁度どうやってこの店のオープンを伝えようか悩んでいたところでしたから。だから、あなたが気にする必要はありませんよ。ささ、どうぞ」
男に案内された店内は木の香りがした。
カウンターとか言う席に座らされたのだが、向こう側には普通の料理店では見られない物がずらりと並んでいる。
異質な店内。
俺はここで何をさせられるのだろうか?
キリがいいところで一端切ります。
料理を出すのはまた次回。
3つの理由は某カードアニメの主人公を何となくリスペクト。
金貨の価値について修正しました。
数年→数ヶ月。




