八十二話 旅の連れができる
僕が捕らえられている部屋を見渡す。
藁のようなものが高く積まれている以外にも、中身の詰まった袋や木製の桶、クワや農機具などが見えた。天井には燻製にされた小動物の肉がいくつかがぶら下がっている。
どうやらここは小さな倉庫みたいだ。天井は高く細長い造りをしている。
自分の場所が分かったからといって、逃げだせるわけではないが、少なくとも雨風がしのげる場所だったのでよかった。両腕はがっちり背中で縛られて動かせない。
なんとか体と足をつかって動き、壁にもたれかかるように座り直した。
これだけでも重労働だ。荒く息をしながら楽になった体勢で休む。
再び首を巡らし、何か役に立ちそうなモノを探す。先の壁には鉄製の鋭いクワなどが並んで置いてあるが、壁に備え付けられている枠にかけており、地面から五十センチは離れている。この状態だと届かないし、立ち上がらないと無理かも。
もう少し休んでから行動しよう。そう思い、一息つくと目を閉じた。
何やらモゾモゾと僕にふれている感じがして目が覚めた。辺りは真っ暗で何も見えない。
どうやら眠っていたようだ。疲れがたまっていたのかもしれない。
倉庫の中は暗闇で壁板の隙間から月明かりが射している部分が明るい。しばらくして目が慣れてくると、おぼろげながら僕の背後に人がいるのが確認できた。
「だ、誰?」
「シーッ! 静かにして。今、縄をほどいてるから」
聞いた声の主に思い当たり小声で聞く。
「リディ?」
「そう」
どうやらリディが僕を助けてくれているようだ。待っていると縄がほどけたようで、突然両手が自由になる。
解放された手に血が通うのを感じる。思うように動かない腕をさすったり、手を開いたり閉じたりして感覚を戻していった。
それまで見ていたリディが背負っているリュックから僕のペン型の武器を取り出した。慌てて自分の体を探ると魔石は内側の胸ポケットに入ったままだ。ホッと安心した。
「はい、返すよ。あいつら誰も使い方がわかんなかったみたい。準備はいい? ここから出るよ」
「それはマズいよ。せめて君は残っていないと。僕はこっそりと逃げだすから」
受け取りながらそう言うと、月明かりで目を光らせたリディが口元をゆがませる。
「あんた、いい人だね。あたしの心配してくれるなんてさ。でも、あんたを助けたせいであたしもいられないんだよね」
「まったく…無茶なことをして」
「ま、命の恩人だし、借りを返しただけ」
声を低くして笑ったリディが僕の手を取ると外へと導いていった。
月の光に照らされた倉庫から僕らはそっと音を立てずに出て行く。辺りは静かとはいいがたく、虫の音やホーホーとフクロウの鳴き声などが聞こえて僕らの立てる音も多少は軽減されていた。
外灯は無いけれど、明るい満月が村を青く染めている。なかなかの壮観な眺めに、こんな出会いがなければ村を散歩したかったと残念に思った。
僕はリディの案内で木の影を利用しながら移動し、村人に見つかることなく集落から脱出することに成功した。
話しても大丈夫そうな所で、どうして僕が襲われたのかリディに聞いてみた。
どうも見慣れないよそ者の僕に不信感のあった村人が手を出して、あれこれ調べたらしい。
リディも必死に説得してくれたようだが、まるで聞いてくれなかったようだ。リディのいた村は外の人間に対して閉鎖的なのかもしれない。
もっとも村から離れた今は、弁解や誤解を解こうにも無理だけど。
それからは、ひたすら歩き続け、日が昇る頃に休憩することにした。
水を分けてもらい、リディがいくつか持ってきた硬いパンをかじった後、一息ついた。
「リディ、ありがとう。助かったよ」
改めてお礼をすると照れたリディが背を向けた。
「べ、別にいいって。それにあたしも村で一人だったし。前に話したけど師匠が死んでから、あたしに対して村人の風当たりが強かったんだ。いつか村を出ようと思ってた矢先だったから、いい切っ掛けになったよ……」
「そうか……。大変だったね」
「同情はやめて。自分で選んだ道だからね」
強がっている彼女の背中をさすって元気を出させる。最初はビックとしてたけど安心したのかそのままでいてくれた。
「これからどうする?」
「お互い当てがないからねぇ…。ここから山を越えて二日ほど行った所にセドっていう、そこそこの町があるんだ。そこならあんた…シラタキの彼女の情報がわかるかもしれない」
「ならよかった。セドに行ってみよう。それに、もし恵利たちと合流できたら君を魔法院に紹介してもらおうよ」
驚いたリディが僕を見る。
「嬉しいけど、そんなこと出来るの!? まったく見ず知らずのあたしを?」
「僕の恩人だし、きっと大丈夫だよ。人頼みで悪いけど」
「何者なの、シラタキの彼女って?」
「えっと、確か魔導士とか言ってたっけ?」
さらに驚いたリディが僕の胸ぐらをつかんできた。
「はぁ!? シラタキは魔導士様の彼女がいるって?」
「そ、そうだけど…。何か問題でもあるの?」
「そう平然と言われると何もないけどさ。でも、魔導士って十人ぐらいしかいないって噂だし。相当魔法が凄い人しかなれないって聞いてたから……」
言い訳するリディの手を戻して笑う。そんなにビックリするほどかな。
「ははは。確かに恵利の魔法は凄いと思うよ。だけど、それは会ってからだね。まずは僕らが目的地に着くのが先だよ」
「そ、そうだね。ははは…」
リディも頭をかいて笑う。
行く先が決まった僕らは重い腰を上げると前へと進み始めた。
リディの案内で山を登っていく。
道といっても草がはげ、茶色な地肌がむき出しの広い獣道を歩いていく。
森と違い、坂道だけに歩きずらい。それにもかかわらずリディはズンズンと先を進んでいった。
僕は後からハーハーと息を切らしながらついていく。小柄なのに体力あるなぁ、彼女は。この時ばかりは、毎朝ジョギングしていて良かったと思った。
まだ山の中腹だと思うけど、休憩になった。
息を切らして休む僕の隣にリディが座る。
「クマに追いかけられてるときはあんなに早かったのに、意外だねー」
「ははは。命がかかってたからね。そりゃ一生懸命になるよ」
「そりゃそうだね。あははは」
リディが笑って同意する。先ほどまでは追手が来るかと焦っていたけど、ここまで来ると安心感が出てきた。
すると眠気が起きてあくびが漏れる。そう言えば昨日の夜中から一睡もしてなかったことに気がついた。
僕を見て再び笑ったリディが立ち上がると自分の尻についた葉っぱを手で払う。
「さ、行くよ! 今日中の山越えは難しいから、寝るのに良さそうな場所を探そうよ?」
「賛成」
僕も頷いて立ち上がる。
そして僕らは山の中腹を回って身を隠せそうな場所を探し始めた。
◇
もう、すっかり夜だ。
あれから僕らは木々の中を歩き、小川のほとりにある岩場の裏を見つけ、そこで夜を明かすことにした。
小さなたきぎをリディが魔法で起こし、二人で協力して捕った川魚を焼いて食べた。
塩がないので非常に淡白な味だ。だけど、お腹が空いていたのでガツガツと平らげてしまった。
火を囲んで座る僕らは互いの事を少しずつ話し合った。
リディは孤児だったらしく、たまたまあの村に流れ着いたそうだ。そして老魔法使いに出会ったのは前に聞いた通り。
だけど、老魔法使いは戦場から逃げて来たようで、亡くなった後に彼を探して兵隊たちが村に来たようだ。そこで何があったかは彼女は知らなかったようだが、それから村で孤立してしていたようだ。
明るく振る舞っているけど、内面ではきっと悲しい思いをしていたに違いない。僕で良ければ彼女の力になりたいと思った。できれば魔法院に入ってもらえれば友達もできるだろうし、魔法も学べるはずだ。無事に新菜さんに会えたら説得してみよう。
僕の話でリディが食いついたのは突然、別の場所に出てきた所だった。他の話はどうやらピンとこない感じだ。
彼女が興奮気味に聞いてきた。
「それって、きっと転移呪文だよ! しかも魔法陣の罠! すごいね! 昔、師匠から聞いていたことあったけど、ずいぶん高度な魔法を使うよね?」
「そう言われても僕はわからないけど」
「いいの! 独り言だと思って。罠にしてもずいぶんと手が込んでるよね。しかも魔導士の彼女…ええっと、エリも気がつかなかったってことは、隠蔽の呪文も何重にかけてたんだ…すごい! でも、きっと目的はあんたじゃなさそうね」
「そうだねー。話を聞くにつれ、段々と僕もそう思ってきた。大丈夫かな恵利は…?」
「わからないけど大丈夫じゃない? だって魔導士なんでしょ?」
「だといいけど」
僕が苦笑で返すと、気まずそうにリディは笑って誤魔化した。失言に気がついたようだ。でも、ティの事を詳しく話していなかったからなぁ。二人が揃っていれば安心かな。それに他の使い魔たちもいるし。
しばらくして火を消し、僕らは寒い夜風をしのぐために寄り添って寝に入った。
「うーん、ティ…ダメだよ、そんなに抱きついたら……ん!?」
つい寝ぼけてティを思い出し、はっと目が覚めた。
体の片方が重い。見るとリディが僕の服にしがみついて寝ていた……。だからティと間違ったんだ。いつもティと一緒に寝ると抱きついてくるからなぁ。
まさか異世界に来てまで事案が発生するのはマズい。というか、新菜さんに見つかったらやばい。
一気に覚めた僕はリディをゆすって起こす。
「起きてリディ。日が昇ってるよ」
「う、う……ん。おはよー」
リディは寝ぼけ眼で僕を見てフニャフニャと挨拶をする。朝は弱いのかな?
僕を見上げて起きたリディが微笑んだ。
「なんかシラタキのそばって安心する……。こんなこと初めて!」
「そ、そう!? と、とにかく離れてくれないかな?」
冷や汗をかきながら彼女から離れて辺りを見回す。特に変わった感じはしない。ホッと息を出した。
起き上がると小川に出て顔を洗うとサッパリする。
そして、朝食代わりに焼いた小魚を胃に詰め込むと、僕らは目的地へと出発した。
山頂を迂回して反対側へと進んでいくと、急な岩場や坂道をうねうねと上り下りする。
本格的な登山になってきている。まさか異世界に来て山登りをするとは考えてもいなかった。
足を踏み外さないように急な斜面を慎重に上がっていると背中に何か当たった気がした。
振り返ると五十メートルほど先に人影が見える。
「追手が来たんだ!!」
僕より先を登っていたリディが振り返って驚いている。
慌ててフードを被り彼女に追いつく。しかし、その間にも背中に何かが当たった。
そんな僕をリディは見て笑う。
「…それって何かの冗談みたいよね? だって、さっきから矢が当たってるのに全然刺さってないんだから」
「ああ、これって矢か。丈夫な防具で良かった」
飛んでくる矢に背を向けてリディの前に立ち、彼女をかばいながら上にある木々へと進む。
リディは呆れながらも僕に隠れながら登って行った。
矢を射っているのが誰か知らないが、ずいぶんと腕の立つ人だ。こうしている間にも何本かが僕の肩などに当たっている。
刺さらない矢は地面に落ち、そのまま坂道を転がっている。
身を隠す木にたどり着くとリディの安全を確保して顔を出さないように振り返った。
まだ追いかけている村人との距離はある。三人ほどが岩場や木に隠れて、僕らの反撃を警戒しているのがわかる。彼らは手に弓を持ち、僕らに矢を放ちながら斜面を登っているのが見えた。
木に隠れながらリディが叫ぶ。
「そのまま盾になってて! あたしが魔法で!」
両手を眼下に迫る村人に向け、「風よ!!」と続けた!
強烈な風が僕の横を通り過ぎて登ってきている村人達を襲う!
だが、距離があるのか彼らは尻餅をついたり木にしがみついたりして、さほど効果がないようだ。
「遠すぎてあたしの魔力じゃ弱すぎて届かないよ! あまり足止めにならないけど早く逃げよう!」
思ったより効果がないことに焦ったリディが言ってくる。
……まてよ。
ひょっとして、僕なら彼女の魔力不足の解消ができるかもしれない。
前に会社の研究所で魔石の形状を変化させた時のように、魔力を調節して送れば他人にも供給できるかもしれない。
そもそも人に魔力が移せるのか? 上手くいく自信はないけど、試してみる価値はある。
「ちょっと! シラタキ! 聞いてるの!?」
リディの声にはっとする。自分の考えに夢中になってしまった。斜面下から放たれた矢が僕の横を通りすぎる。
「ごめん、少し考えてた。試したい事があるんだ、協力してもらえるかな?」
「状況わかってんの!? まったく、こんな時に…で、何をすればいい?」
焦り気味のリディだけど、僕の提案に乗ってくれた。
急いで彼女の手を握ると驚いて聞いてくる。
「な、何してんの?」
「いいから、このままさっきの魔法を使って! 僕が足りない魔力を補充するから!」
「何言っているのかわからないけど、あいつらにもう一発見舞えばいいのね?」
「そう!」
僕が真剣に頷くと彼女は覚悟を決めたようで、空いている片手を登りつつある村人達に向ける。
彼女のタイミングに合わせ、僕も魔石から魔力を与えるイメージを流す。
意を決しリディが魔法を使う。
「風よ! ぉおおおおおおおおお!?」
自分の手から流れ出る魔力の量に驚くリディ。
すると、嵐かと思うほど斜面いっぱいに暴風が吹き荒れた!
こちらに向かい登ってきていた村人達は綿埃のように吹き飛ばされていく!
ついで、近くの木々や岩も転がっていくのが見えた。……思った以上の成果に冷や汗が出てきた。魔力の調整が難しい。
リディは自分の手を見つめてから怪訝そうに僕に視線を移す。
「何をしたの?」
「話せば長くなりそうだから後にしよう。今はここを離れないと」
僕の言葉に頷いたリディはつないでいた手を離すと斜面を登り始めた。
「きっと村の者はセドにも来るかもしれない。行先を変えるよ」
「どこに?」
「フリッツっていう港町。そこで船に乗れば、あいつらを巻けるはず」
自信なさげで彼女が提案してくるが、ここの地理に疎い僕としてはリディの言う事に従うほかない。
まだ短い付き合いだけど、彼女の事を信頼しているし。
安心させるようにリディの肩を叩くと並んで山を登っていった。
ようやく山の反対側へ抜けた僕らは、リディの示す先へと歩き始める。
薄い森が続いて、やがて広い見晴らしのいい場所へと出て来た。
どこからか来たあぜ道が草花の中に白い跡を残して先へと通っているのが見えた。どうやら通り道に出てきたようだ。
リディは安心したように僕に微笑む。
「この道をずっと行けばフリッツに着くよ。まさかあいつらも直接行くとは思ってないよ。きっと」
「だといいけど。さ、行こうか」
笑って言うとウインクしたリディが楽し気に軽い足取りで先を歩いていく。
◇
僕らは道沿いを歩いて進む。
すれ違う人もなく、暖かな太陽に広大な自然が気持ちいい。絶好のお散歩日和だ。こんな事態ではなかったらもっとよかったんだけど。
道すがら僕は隣を歩くリディに山で試した魔力供給について説明した。
魔石の存在を知らない彼女にかみ砕いてわかりやすいように言ってみたが、いまいちピンときてないようだった。
だけど、直接魔石にふれると魔力の存在を認識したようだ。やはり彼女も魔石からは魔力を取り出すことが出来なかった。
再び試しに彼女にふれながら魔法を行使してもらうと、凄まじい豪雨が辺りを襲った。
「……」
呆れたリディが薄目で僕を見る。そんなに責めないで欲しい。
「そ、その、調整が難しいんだ。これでも最小に留めようと思ってたんだよ?」
「プッ、アハハハハ! なんだか凄すぎて自分が大魔法使いになった気分だよ。意外と気持ちいいね!」
笑いながら言うリディにホッとした。
しかし、けっこう魔法を使っているから魔石にも変化があると思ったけど、ちらりと袋の中にあるのを確認すると、相変わらず真っ白に光り輝いて強烈な光線を出していた。
やがて日も暮れて、僕らは道から外れた窪地で休むことにした。
ここなら道沿いに村人が探しに来てもわからないし、もし山賊や魔物が出ても対処しやすいからだ。
リディが村から持ってきた固いバンを分けて食べる。
この先の事を考えたら食べ物の確保について、真面目に考えるべきだろう。しばらく歩いて気がついたが野生動物の姿をあまり見なかった。遠目で何匹からの鹿っぽい動物を見ただけだ。
明日、リディとそのことについて話し合おう。
リディと互いに横になると、ふと思い出して聞いてみる。
「そういえば、フリッツって港町にはどのくらいかかりそうなの?」
「ん? そうだねぇ。あたしも行ったことないからわかんないけど、一か月もあれば着くよ」
横でニカッと歯を見せ笑うリディ。
血の気がサーっと引いた。長すぎる。これじゃあ有休消化どころか無断欠勤だ。この世界から会社へは連絡できないし……。
僕は頭を抱える。もし、一ヶ月以上かかって元の世界の会社に戻ったら、解雇されていたとかありそうだ。
事情を知らないリディは不思議そうに僕を見ていた。




