七十二話 新菜さん再び出会う
再び会社へ戻った僕らはミーティングルームへ集合している。
水野さんは魔物と一緒に白衣を翻して嬉しそうに研究室へと行ってしまった。
残った者は大谷教授から簡単な説明をうけ各自の持ち場へと移動していった。
僕はティや大佐と一緒に水野さんの後を追う形になる。ナインはプラプラと警備室の方へ歩いて行った。
別れ際、新菜さんがお昼に会いましょうと耳元で囁いて嬉し恥ずかしな足取りで南さんと別の通路へと消えていった。
調査部門に残した来たソールとライノス、それに霧谷さんに不安を残しながら研究部門へと向かって行く。
厳重なセキュリティを抜け研究棟へ入り、事前に教えてもらったフロアへと進む。
白衣を着た研究者や従業員が忙しそうに廊下を早足で通りすぎていたのが目についた。
目的のフロアに着きドアを開けるとパソコンが並んだ部屋に出た。
ちょうど近くのデスクには指示を終えたようで水野さんが休んでいる所だった。
「やあ! 来たわね! 待ってたわ!」
僕らに気がつくと陽気な水野さんが声をかけて、近くのイスに座るよう指示された。
「ホントに今日は驚きと発見の連続ね。でもこれからが本番だから気を引き締めないとね」
水野さんは僕らが座っている間にも話しかけてくる。
「そうですね。僕は専門ではないですけど、こんな自然ならざる事だと研究のし甲斐がありそうですね」
「あはは。いいよ、そんなかしこまらなくても。私の方が年上だけど気にしないで」
「はは、そうですか」
フランクな水野さんの調子に僕の緊張もほどけてきた。
大佐は真面目な顔つきで水野さんに問う。
「それで。我々は何をするのかな」
「当面は魔石の研究を手伝って欲しいけど、思わぬところで魔物のサンプルが手に入ったから、そっちね。いろいろアドバイスが欲しいの」
「わかった」
水野さんが軽い調子で答えると大佐が頷く。えっと、何か忘れてませんか?
「あのー、僕は?」
「白滝君は少し待ってて。後で個人的な話しがあるの。先に大佐を案内してくるわ」
聞くと水野さんが両手を合わせて申し訳なさそうにして、大佐とフロアの奥へと消えてしまった。
ポツンと残された僕とティは周りを観察しながら、話して時間を潰していた。
◇ ◇ ◇
事務のある一般棟へ移動した新菜と南は、新しく打ったコンクリートの匂いがたちこめ、清潔に保たれている長い廊下を歩いていた。
キャリアウーマン的な雰囲気をかもし出しているスーツ姿の南に新菜が聞く。
「しおりさんって、事務の経験はある?」
「もちろん。一通りやったから、だいたいわかるわ」
「なら良かった。私、まだ不慣れな部分もあって。分からなかったら聞いていい?」
「フフ、いいわよ。たとえばどんなところかしら」
社会経験の浅い新菜に南はこの世界の先輩として少し得意げに問う。
バツのわるそうな顔で新菜が口にした。
「その…オクセルなんですけど、あまり覚えられなくて。三角関数とかマクロとか」
「んん? 財務じゃなくて?」
「違いますよー。財務は簡単じゃないですか。それ以外です!」
思ったのと違う疑問に南は焦った。財務が簡単とか言ってるし…南は新菜が天然系だと思っていたが考えを改めた。
「…無理。それはわからないから。それに仕事ではあまり使わないよね?」
「そんなことないですよ。マクロで自動化したら楽じゃないですかー」
「……あなた、何を目指してるの?」
オクセルスキルの高い新菜に南は呆れる。普通はここまではなかなかしないから。
反対に新菜は、この人はいままで何をやっていたの? と疑問が増した。
二人がオクセルについてあれこれ話しているうちに総務部に着いた。
新天地に胸をときめかせ新菜はドアを開ける。
すると、かつて知った人物が飛び出て来た。
「待ってたわ! 新菜ちゃん!」
前の会社の同僚、池田が満面の笑みで出迎える。あれ? と思った新菜が疑問を口にする。
「あ、あの…池田さんって送別会で私とお別れしましたよね?」
「そうよ。あの時は悲しかったな、しばらく会えないと思って。だけど安心して! 私はここにいるから!」
「わ、わたしもいまーーす!」
池田が得意満々に言うと、どこからか里峰が出てきて主張する。
想像だにしなかった事態に新菜はうろたえ、一歩後ろに下がった。
「さ、里峰さんも…な、なななんでですか!?」
「わたしたち、八巻さんに直訴して転職しちゃいました! エヘヘ」
まったく悪びれもせず、里峰はニコニコと新菜の手を取った。
隣にいた南が新菜の耳元でそっと囁く。
「あなたも大変ね」
恨みがましい目で南を見る新菜。その二人の様子を見た池田が眉をしかめて南に迫る。
「あなたが南さんね。新菜ちゃんとはどういう関係なの?」
「やめてください。しおりさんは私の友達なんです!」
「そうよ。そしてライバルなの」
慌てた新菜がかばうと南がおちゃらける。
すると「もーやめて!」と新菜が南に抗議した。
しかし、池田は微動だにせず顔を青くしていた…。
まさか…二人は下の名前で呼び合う仲なの……。二人の親し気な振舞いに池田はショックを受けていた。
はっと気を取り直した池田は南を無視して新菜に話しかける。
「ちなみに私、課長になったの。わからないことがあったら何でも聞いてね?」
「は、はい」
とまどう新菜が答えると笑みを浮かべた池田は彼女の肩に手を置き部屋の中央へ向く。
「さ、案内するわ。あと、いい加減に手を離しなさい里峰さん」
言われてぱっと手を離した里峰はテヘヘと愛想笑いで誤魔化している。
やれやれ、先が思いやられるわねと南はその様子を見ながら思った。
このフロアはパーティーションで区切ってなく、広い室内に並ぶ事務机と作業している人々が見渡せる。新菜と南は池田の後をついていった。
広く大きめのデスクに案内され、一通り仕事内容を聞き終えた二人は、さっそく業務にとりかかった。
ちなみに新菜のデスクの隣は南、池田と里峰は新菜の正面に配置されていた。
さきほど聞きそびれた事を思い出した南はイスをスライドさせ新菜の隣に来た。
「ねえ、あの二人って前の会社の人?」
「そう。池田さんは同じ総務の先輩で里峰さんは資材部にいたの。まさかここで会えるなんて思ってなかった」
苦笑いで答える新菜に南はニヤリとして肩を叩いた。
「がんばってね。二人ともあなたを見る目が違ってたから」
「な!? どういう意味ですか?」
新菜が驚くと南はイスを戻しながら意味ありげな笑みを返した。
これ以上は答えてくれないと悟った新菜は、ため息をつくと自分用にセットされているノートパソコンを開いた。
その間、池田と里峰は仕事をしているふりをして視界の隅で二人を観察していた。
◇ ◇ ◇
「霧谷君。ずっと知っていたのかね?」
調査部門のデスクに座っていた大谷教授が近くでくつろいでいる霧谷へと身を乗り出す。
「まーね。だってしょうがないじゃん。こんなこと言えないじゃん?」
「ムググ…」
確かにそうだが、言い返せない大谷教授は悔しそうに歯を食いしばった。
コーヒーを口にして気分を落ち着かせると再び聞いた。
「ひょっとして、あの土手で君が見た残留思念って魔物だったのか?」
「たぶんね。あの後、新菜さんと同じ場所で魔物と対峙したの。今回のとは違う種類だけど」
「うん? すると彼女たちは何度も戦っているのか?」
「そうみたいね。白滝が言うには」
意外な事実を知って困っている大谷教授とは反対に霧谷はけだるそうに答える。
そこにニコニコした寺沼が入ってきた。
「ちょっと私も混ぜてよ」
霧谷は少し目を彷徨わせてから相手の名前を思い出す。
「寺沼さん、でしたっけ?」
「紀沙でいいわ。それじゃ、メイちゃんは新菜さんの魔法を以前から見てたの?」
「まあね」
いきなり紀沙が名前で呼ぶのを霧谷は無視して答える。霧谷は、勝手に言えばいいかなぐらいの気持ちでいた。
紀沙が乗ってるイスを寄せてくると驚いた霧谷は少し離れた。
「そんなに近づかないで! 触れそうだから!」
「メイちゃんの能力は知ってるから大丈夫だよ。それにあなたや白滝君たちの関係が聞きたいの、教えてもらえる?」
慌てる霧谷に紀沙がウインクする。
すると周りの御子柴や浜岸、暇そうにしていたソールにライノスまでも霧谷の方へ寄ってきた。
全員の好奇心を目の当たりにして逃げられないと思った霧谷は、息を吐き出すと自分の知っている事柄を話し始めた。
◇ ◇ ◇
ティと次にどこへ遊びに行くか話していると水野さんが戻って来た。
「お待たせ! そのまま座ってて、少し話しがしたいの」
「なにをですか?」
ティが僕の膝の上に座り直しているのを見ながら答えると、水野さんは机のパソコン横にあったマグカップを手に取り、ズルズルと飲んでから目を合わせる。
「ふう、落ち着いた。大佐や新菜さんたちは外界から来た人達だし、霧谷ちゃんたちはサイキックだから脳に変化が認められる。でも、あなただけなにも出ないのよね。不思議じゃない?」
「そういわれましても…」
困って言うと水野さんがニコッとして白衣の内ポケットから大佐の持っていた小さな魔石を取り出す。
「ほら。これなんて私がさわっても何ともないでしょ? もちろん、いろんな人でも試したけどね。さ! 触れてみて!」
目の前に出された魔石を見る。言いたいことはわかるけど、僕もわからないし。水野さんに視線を移すと目が触ってと訴えている。
しぶしぶ人差し指でちょこんと触れると黒ずんでいた魔石が鮮やかなブルーに輝き始める。
魔石の変化を目の当たりにした水野さんが声を上げた。
「ワオ! ホントだった! ねえ、どんな感じ?」
「いえ、普通ですけど。モノにさわっただけなんで」
事もなげに答えると片眉を上げた水野さんが、つまらなさそうに膨れながら光る魔石を懐にしまった。
「君はわかってないな~、これがどれだけ凄いことか。大佐が作った武器や防具は魔石に複雑な術式を組み込んで制御するけど、君のは制御されてないのよね。しかも高エネルギー体を身に着けてパーカーに自動的に供給している。不思議じゃない?」
「それは不思議ですけど、僕の頭では何も思いつきませんよ…」
困って言うとニッとした水野さんが続ける。
「でしょ! それをこれから解明していくわけ! だから私が来たんじゃない!」
「えっと、水野さんってどちらから?」
「アメリカからに決まってんでしょ! あんな研究所よりこっちの方が面白いからね!」
カラカラ笑う水野さん。きっと有名な大学で最先端の研究とかしてたのかな。あまりにも遠い世界に感じるけど。
その後、魔石について小難しい話を聞かされたが、正直、あまりわからなかった。
ふと思って聞いてみる。
「魔法についてはどう思いますか?」
「あー、そうね。私にも理屈がわからないの。一応、詳しくは聞いてみるけどね」
水野さんは苦笑いで答えてくれた。やっぱり未知の世界なのかー。だとすると寺沼さんの魔法と新菜さんの魔法は違うタイプなんだろうか? 少し風を起こせる僕としても原理を知りたかったけど無理みたいだな。
それから研究・開発フロアについて水野さんから案内してもらった。
その間も水野さんはペラペラと喋っていた。研究者ってもっと寡黙なイメージだったけど、水野さんは社交的で話し好きなタイプのようで他の研究者に声をかけたり、機械の使い方などを説明してもらった。
ちなみに大佐は大型の測定機器に囲まれて他の研究者と一緒に何かを組み立てていた。
「ところでCADの資格を持っているのよね?」
「ええ」
「なら、担当は設計でいいかしら? まあ、でも君にはいろいろと他にやってもらうこともあるからね」
「ん!? 他にも?」
「当然でしょ! 他の誰が魔石を活性化できるの? 君だけでしょ。だから基本、君はフリー扱いなの」
ニシシと水野さんは笑う。手をつないでいるティが目をキラキラさせて僕に顔を向けている。いや、そんなに僕は凄くないからね?
「なんか特別に感じますけど、要するに扱いに困っているってことですよね?」
「あはは、そうね。しばらくは、わたしと一緒にいてちょうだい。その方が楽だし」
僕に笑ってティの手を取る水野さん。手をつないだ三人が並んで変な感じだ。
「…わかりました。それで、こらから何をするんです?」
「もちろん、お昼よ!」
ティの手を引いて、笑顔の水野さんは僕らを食堂へと導いていった。
◇
事務棟に移動して三階にある食堂へと入る。相変わらず三人仲良く手をつないでいるのだけれど。
ブッフェスタイルの食堂は美味しそうな料理がケースに並んでいて、広いフロアには社員がテーブルに着いてランチを楽しんでいる。
前の会社とは大違いな光景に感嘆の声を上げる。ティは目をキラキラさせていた。
「おおー、凄い!」
「君たちは初めて? わたしのオススメはミラノ風カツレツね! ここはどれも美味しいわよ!」
楽しそうな笑顔を僕らに向けて水野さんが教えてくれると、めちゃ良い笑顔で頷くティ。
見渡すと新菜さんたちはいないようだ。先に来ていると思ったのに。
とりあえず僕らはお盆を手に取り大きめの皿を乗せ、好きな料理を選んだ。もちろん、僕とティはオススメされたモノだ。
ちょうど空いているテーブルに向かう時に声をかけられた。
「栄一さーーん!」
振り返ると新菜さんと南さんがこちらに向かっているところだった。
「ちょうど良かった! …なんで水野さんが一緒に?」
僕の元に来た新菜さんがけげんそうな顔で聞く。にっこりと水野さんが答える。南さんもそんな目で見ないでほしい。
「わたしが案内していたの。あと、かわいい部下だからね」
「水野さん、誤解される言い方はやめてください」
ムッとしている新菜さんを見て、慌てて水野さんに言うと歯を見せて笑っている。訂正もしないし…。
遅れてきた二人が料理を持ってくるのを待って、テーブルに着く。
いただきますをして食べ始める。確かにオススメされた通り、カツレツは美味かった。
水野さんはひっきりなしに僕らに質問して食事の手が止まっていた。新菜さんはタジタジで、南さんは苦笑して答えていた。
「あ、いた! いた! 相変わらずね!」
食事中に声をかけられて振り返ると八巻さんがネマと一緒に来ていた。
手にカップを持って僕らのテーブルに着く。
「ちょうど良かった。どう? 慣れた?」
「気が早いですよ八巻さん。今日来たばっかりですから」
僕が言うと八巻さんはニシシと笑う。
「聞いたよ、さっそく魔物が出たみたいじゃない。成果はどうなの水野さん?」
「調査中です。生化学的にも珍しい個体なので時間がかかりますよ会長」
水野さんがカツレツを口に運びながら答える。ふーんとつまらなそうに八巻さんはしていた。
次に新菜さんに顔を向けた八巻さんは頭を下げる。
「いままでありがとう新菜ちゃん。残念だけどネマを返すわ」
「そうですか…大丈夫ですか?」
「平気、平気。私の護衛にライノスが来ることになったから。一応、秘書というか護衛としてだけど」
新菜さんの問いに少し照れながら八巻さんが答える。ミーティングルームの時の話は通ったようだ。二人の関係が進展しそうな感じがして、気になっていた僕はホッと胸をなでおろした。
続けて新菜さんがくつろいでいるネマに聞く。
「ネマはいいですか?」
「はいぃ。でもぉ、このまま新菜様と一緒にいたいですぅ」
ネマは僕を見て微笑みながら答える。というか、なんかネマに見張られているようで怖い。
その様子に眉をひそめながらも新菜さんは頷いて了解していた。
八巻さんは僕らが食べ終えるの待って一緒に食堂を出た。
忙しそうで携帯を取り出してあれこれ指示を出しながら僕らに手を振って、またねと足早に去って行った。
新菜さんたちとも別れ、再び水野さんと共に研究棟へと戻る。ネマも一緒に。
これからネマの扱いについて水野さんに聞くと、ネマは調査部へ配属みたいだ。霧谷さんについてくれるなら僕も安心だ。
こうして忙しい初日は過ぎていき、僕らの新しい生活が始まった。




