七十話 初顔合わせをする
会社帰りの途中、一緒にいてソワソワしていた新菜さんが僕のコートの袖を引っ張る。
「ん? どうかした?」
「あ、あの…これ!」
体を向けて聞くと新菜さんがバッグの中からリボンのついた包みを差し出す。
「これは…?」
「あれです。ば、バレンタインデーです!」
「あ、ああ! ありがとう」
ハニカミながら言う新菜さんを抱きしめたくなるけど、ここは人通りの多い路上なので自粛した。というか、もうすこし渡す場所を選んでほしい気もした。
受け取り自分のカバンに入れようとするのをジッと新菜さんが見ている。これは開けた方がいいのかな?
包みを持ち直して開けるとビニール袋に入ったハート形のチョコが出てきた。少し形がいびつだけど。
恐る恐る新菜さんが聞いてくる。
「…私が作りました。どうですか?」
「嬉しいよ! よくできてるし! 後で楽しみだよ!」
「ホントですか!」
「もちろん!」
ホッとして満面の笑顔になった新菜さんが僕の腕に抱きついてきた胸の感触がなんとも言えず…。僕もギュッとしたいけど我慢だ。
そのまま駅へと歩いていくと新菜さんがふっと言ってきた。
「私、もっと栄一さんが他の女の子からチョコをもらってると思ってました。けど、八巻さんだけだったから。変な言い方ですけど安心したけど少し腹立たしかったです」
「あ、ああ、そう…」
僕の為に言ってくれてるけど思ったよりダメージを受けた。確かに僕はもてる方じゃないけどね。
「でも、恵利はモテモテだったね。あんなに女子からもらって」
「もう! 嬉しくないです!」
なぜか同性から大量にチョコをもらっていた新菜さんを思い出して言うと、彼女がスネて抱いた腕をギュッとした。
「お返しが大変だよね、ははは」
つい笑うと新菜さんは困ったふりをして笑顔を見せた。
◇
マンションに帰って夕食を済ませると、さっそく新菜さんのチョコをローテーブルの上に置いてお茶を用意した。
ビニール袋を開けていると、二つの包みが目の前に置かれる。
顔を上げると霧谷さんとティがモジモジして並んでいた。
「ア、アタシとティから。どうせ新菜さんしかもらってないでしょ」
「ありがとう。嬉しいよ」
「べ、別に白滝のためじゃないから! じゃあね!」
顔を赤くした霧谷さんが寝室へと逃げて行った。ツンデレかな? ティは僕の隣に来ると嬉しそうにチョコを見ている。
八巻さんからも義理チョコをもらってたけど、言わなくていいか。二人からもらった包みを開けると可愛らしいトリュフチョコが並んでいた。
「ティもありがと。選ぶの大変だった?」
「ううん。霧谷姉ちゃんと一緒だから。喜んでもらえてよかった!」
抱きついてきたティの頭を撫でて二人でチョコを分けて食べた。残りはまた明日に。
──翌日、南さんとナインからももらった。
ここで僕は気がついてしまった。八巻さんと霧谷さん以外は全員、異世界の人間だということを。
つまり価値観が違うからなのか? 深く考えるとヘコみそうなので途中でやめた。
◇ ◇ ◇
某日、僕らは都内の大きなビルにある広い会場に集められた。もちろん八巻さんからの呼び出しで。
結婚式場にでも使うような広い場所だ。ただ、会場にはイスもテーブルも一つもなく、奥には一段高い舞台があり、マイクスタンドが一本立っていて関係者がセッティングをしていた。
ここには大佐たち三人もいる。僕らは新菜さん、ナイン、霧谷さん、ティ、南さんと勢ぞろいだ。
会場には面識のない人たちが二十人ほどいてブラブラしている。何人かは知り合いのようで話をしていた。
その中で見覚えのある三人がいた。どこかで見た記憶があるかと探っていて思い出した。八巻さんが持ってきたリストに載っていて僕が選んだ人たちだ。黒ずくめの女性は背が高く、中でも目立っていた。さらに霧谷さんの上司だった大谷教授の姿もあった。
大佐を交え新菜さんたちと話していると壇上のマイクスタンドの前に八巻さんが立ちマイク位置を調節する。
「あー、あー、聞こえる? オホン。今日はお集まりいただきありがとう。ようこそインテリジャンス・インダストリーへ! これから社長の挨拶があるから」
そう言うと舞台の後ろに下がる。
そこにスーツを着た四十代ぐらいの中肉中背の男がマイクの前に立った。
温和そうな目で会場を見渡してから話始める。
「こんにちは皆さん。ただ今、紹介に預かった社長の橘です。今回集まっていただいた皆さんは特別なプロジェクトにかかわる大変重要な方たちばかりです──」
と、社長の流暢な話は続き、僕らが集められた理由や目的、守秘義務にかかわる契約について述べていた。
というか、こんな大っぴらな場所で超能力や異世界の話をしていいのだろうか?
隣で話しを聞いていた新菜さんに視線を向けると気がついて微笑まれた。
社長の話を簡単に説明すると、大佐や僕らは怪異や超常現象を調査するチーム。他は心理学や機械工学、バイオテクノロジーなどを専門にする人たちで構成する開発・研究チームのようだ。
新会社では一般向けの製品の他にこうしたチームを使い、私企業として活動をしていくそうだ。
演説の中には出てこなかったけど、政府もなにかしら絡んでいるような話しぶりだった。
八巻さんはCEOとして会社をバックアップしていくそうだ。なるほど、難しい話だ。
社長の話が終わった後、簡単に全員の紹介を秘書の方がしていく。
本当に簡単な紹介なので、専門ぐらいしかわからない。新菜さんの紹介も魔法使いだけだった。
僕の名前が読まれたときは、なんだか気恥ずかしくなって照れ笑いしていた。ちなみにオペレーターと紹介された。
紹介後はそれぞれのチームごとにまとまって互いに自己紹介をした。
新しい三人は以前リストで僕が選んだ人たちだ。まさか全員を雇うとは思わなかった。
黒ずくめの大柄な女性は寺沼さん。本当かわからないけど魔女。
ビシッとスーツを決めた小柄な男性は御子柴さん。超能力者で情報ネットワークへの侵入が得意なようだ。
そして渋谷カジルックな男性は浜岸さん。彼も超能力者でサイコキネシスを使うと書いてあった。
僕らが紹介し合っている間、寺沼さんはもの言いたげな視線を僕に向けていた。
そこに八巻さんが大谷教授を連れ立って現れた。
「お互いの紹介は終わった? 新しいチームのボスを連れて来たよ!」
「え!? いや、聞いてないぞ!?」
ビックリした大谷教授が八巻さんを見る。彼女はペロッと舌を出していたずらな笑みを見せた。
「大丈夫よ。補佐は白滝君がするから」
「ええっ! 僕も!?」
まさか自分の身に降りかかるとは思わなくて驚く。
八巻さんはウインクすると戸惑っている僕らに告げる。
「今日は顔見せだけだから安心して。ちなみに大佐は研究部門と兼任するからよろしくね」
「お、おう…」
大佐も言われてなんとか返す。八巻さんって突然するぎる。もう少し事前に知らせてほしかった。
「それじゃ、みんなよろしくね! 私は他に挨拶があるから、またね!」
手をひらひらさせて八巻さんはそれだけ言うと他のグループの所へと行ってしまった。ライノスが声をかけていたけど無視されていたのが少し可哀そうな感じだった。
残った大谷教授が皆の視線を集めているのに気がついて咳払いをする。
「ゴホン。あー、えー、霧谷君?」
「アタシに聞かないでよ! 初めて聞いたんだから!」
どうやら困っているようで霧谷さんに振るが、彼女は僕の背に隠れて答える。しかたなしに助け舟を出すことにした。
「えっと、大谷教授。どこまで話を?」
「ああ、白滝君だったね。わたしはアドバイザーとして来たんだが、どういう訳かさっきのありさまで…」
頭をポリポリかきながら大谷教授が答える。ホントに情報を与えてなかったのか八巻さんは。
「正直、僕も戸惑っている部分もあるんですけど、このメンバーの特長ってわかります?」
「霧谷君以外はわからないな…。というか、君が一番わからない」
「ははは、そうですよね。簡単に僕が皆を紹介しますから」
そう言って一通り全員を大谷教授に紹介する。魔法使いやら異能者やら非日常の世界に教授の目は見開いたままになっている。
本当に大丈夫なんだろうか? いざとなったら大佐と新菜さんに助けてもらおう。
一応、納得した大谷教授は頭を整理してくると言って皆に別れを告げると、背を丸めて会場から出てしまった。
なんとなく先行きに心配になる。
そうしていると御子柴さんと浜岸さん、それに大佐たちも用は済んだと帰ってしまった。
残った背の高い黒ずくめの寺沼さんが近づいてきた。
「あなたが白滝君ね。一つ聞きたいんだけど?」
「あ、はい」
「八巻さんから聞いたけど、どうして私を選んだの?」
「えっと、感です」
相手を見上げて答えると寺沼さんが首を斜めに向けた。長い髪が重力につられて揺れている。
「ん?」
「だから感です」
「アハハハハ。面白い! 感で!」
突然笑い始めた寺沼さんにどうしたらいいかわからなくなる。笑い終わると南さんに向き直った。
「あなた魔法を使えるの?」
「そんなに得意じゃないけどね」
両肩を上げて南さんがすまして答える。すっと目を細めた寺沼さんが続けた。
「猪野山君が知りたがってたわよ。詠唱だけで使えるの?」
「そうよ。疑問の答えになったかしら」
「……」
やんわりと南さんが答えると寺沼さんが押し黙り相手の力量を見定めているような雰囲気になる。
慌てて新菜さんが割って入った。
「二人とも落ち着いて。会社が始まればミーティングすることになりますから、そこでお互いの力量をみてはいかがですか」
寺沼さんが顔だけ新菜さんに向けて聞く。
「あなたも使えるの?」
「はい」
ニコリと新菜さんが可愛らしく答えるとナインが彼女の肩に手を乗せる。
「使えるどころじゃないだろ。主席魔導士様なんだから」
「ナイン!」
得意げに自慢するナインを新菜さんがたしなめる。寺沼さんは新菜さんに体を向けながら指を空中で動かし始めた。
「これはどう?」
聞きながら指を止めると場の空気が極端に寒くなる。と、すぐに室温に戻った。
というか、初めて魔法を使うところを見た。これが地球で魔法を使うための術なのだろうか。
目を見開いた寺沼さんに優しく微笑んだ新菜さんが近づく。
「面白い技ですね。もう少し工夫した方がいいかもしれません。ですが、ここで使わないようにしてください」
「え、ええ……」
驚きとショックを混ぜたような顔をした寺沼さんは、小さな声で返答すると後ずさって会場を後にしてしまった。
「少し意地悪じゃないかしら?」
寺沼さんの小さくなる背中を見ながらニヤニヤと南さんが新菜さんに聞いてくる。
「そ、そんなつもりはないです!」
「そうよね。先生みたいになってた」
慌てて答える新菜さんにふふと笑う南さん。本当に先行きに不安を感じてきた。
ティはずっと借りて来た猫みたいに静かだし。霧谷さんは僕の背中に張り付いたままだ。
南さんが新菜さんをからかっているのをナインは苦笑いで見ていた。
◇ ◇ ◇
自分の魔法をあっけなく解除されショックを受けた寺沼が、会場のあるビルをヨロヨロと出るとそこには御子柴と浜岸が待っていた。
二人とも知ってたいたがこうして顔を合わせるのは初めてだ。寺沼は二人の疑問が自分と同じだなと思った。
手を上げた浜岸がにこやかに声をかけてくる。
「よお! 少し話をしたいんだけどいいかな」
「ええ。ここで?」
「あー、そうだな…その辺の店に入ろうか」
寺沼の質問にチラリと御子柴の顔を見て苦笑しながら答える寺沼。彼はどちらでもよさそうだ。
三人は近くのカフェに移動すると人目のつかない席へと腰を降ろして飲み物を注文した。
緊張をほぐすように、ふーっと息を出した浜岸は二人に話しかける。
「狭い業界だからおたくらの事は知っていたけど、こうして顔を合わせて話すのは初めてだな。ところで分厚い契約書にはサインしたのか?」
浜岸の問いに二人は黙って頷く。
「守秘義務がてんこ盛りだったよ。細かく読んで頭がクラクラした。ついでに調べたが一切の情報が洩れてなかった。かなり優秀な組織だな」
静かに御子柴が語る。何も読まずにホイホイとサインしていた浜岸は失敗かもと不安に駆られていた。
寺沼は運ばれてきたキャラメルコーヒーにミルクを足しながら口を開いた。
「さっき、私の魔法を試してみたんだけど、あっという間に無効にされちゃった。しかも無詠唱でよ!? こんなの聞いたことない」
「つか、あんたって本当に魔法を使えたんだ。俺はそっちの方が驚きだね」
浜岸にとっては噂が本物だと知っての驚きの方が強かった。この業界にはさまざまな噂が飛び交い、ある意味では作られた虚像が大きくなって実際に試すとガッカリな例もあることを知っていたからだ。
「ふん。私は正直に申告してるけど、誰も信じてくれなかったからよ」
面白くなさそうに寺沼が言う。
そもそも情報収集が得意な自分が呼ばれること自体が疑問だと、二人のやりとりを見ながら御子柴は思っていた。
「既に破棄した資料には納得いかない事柄が多い。そもそも彼女らはなんなんだ? マッチョなおっさんもいるし」
ため息を漏らしながら御子柴がブラックのコーヒーを口に運ぶ。
し…ん、と静まり返った場にタイミングを見計らった店員がモンブランケーキを寺沼の前に置いて足早に去って行った。
ウキウキと寺沼はスプーンを手に取り、ケーキをパクパクと食べ始める。遠慮なしの寺沼に男二人は黙って見ていた。
「まあ、でも、チームにかわいい娘が多かったからよしとすか!」
ストローでアイスティーを飲みながら浜岸が顔をにへらと崩す。寺沼は上から私はどうなのよと睨んでいた。
能天気な浜岸をよそに御子柴はこの先、このメンバーでやっていけるのかが疑問に思っていた。
「もし、よその組織のサイキック部隊と対する事になったらしのげるか?」
「俺らだけだったら無理だなー。寺沼さんはどう思う?」
「私も無理。魔法を展開するにも時間がかかるし、吹っ飛ばされたらお終いね」
御子柴の疑問に二人は神妙な顔で答える。御子柴はコーヒーを一口含めて味わいながら考える。
最悪の事態を会社側が考えないとは思えない。と、すると、やはり彼等がメインを張ると思った方が良さそうだ。
はぁ~っとため息を出した浜岸は二人を見る。
「たぶん、俺らって後方支援とかだろ? じゃないと死ぬし。間違いなく死ぬ」
「ふふ、そうかもね。そう思うと気が楽になってきた」
浜岸の言葉に寺沼は同意して口元をゆがませた。
しかし、御子柴はコーヒーカップを持って二人に問いかける。
「最大の疑問は白滝だ。彼は何者なんだ? 全員のプロフィールの中で一番普通だ。とにかく普通のサラリーマンだぞ?」
「いや、俺に言われてもわかんねーし」
ストローをくわえて浜岸がどうでもいい風に答える。
横目で見ていた寺沼がボソッと呟く。
「でも、彼が私らを選んだんだよね。本人に聞いたら“カン”だったって」
「マジかよ! そんなんで俺らの人生、決まるわけ!?」
聞いていた浜岸が驚いてストローを口元から落とす。自分以上にテキトーすぎる。
苦笑して御子柴が続けた。
「八巻オーナー直々のご指名らしい。相当信用があるか投げやりだな」
「いや、いや、おかしいって!」
「どうやら前の会社でオーナーと同僚だったらしい」
「はぁ!? もう俺の理解を越えてるな…。まあいいや、始まったら嫌でも顔を合わせるし」
御子柴にいちいち突っ込みを入れていた浜岸は疲れて諦めた。
二人のやりとりを聞きながら寺沼は退屈な日常から抜け出せると、ひそかにこの組織を楽しみにしていた。




