六十九話 新菜さんと新しい年
八巻さんのお姉さん、綾さんと大佐は食事をしながら談笑していた。意外と気が合うようだ。
僕らも馴れない高級料理を口に運んでいた。
隣にいる新菜さんにマナーについて説明しようとしたけど、こういう場に慣れているようで落ち着いて扱っていた。逆に僕の方が教えられてしまった。
霧谷さんは僕らを見て真似ながら食事方法をティに伝えている。ぎこちない二人にハラハラしながらも見守っていた。
ナインと南さんは二人で話しながら口を動かしている。ライノスとソールはいつもとかわらない感じだ。少しは遠慮してほしい。
デザートが出てきて落ち着いた頃合いを見計らった綾さんが皆に話し始めた。
「本日はお越し頂いてありがとう。少し思っていたのと違いましたが、貴方たちの力量が分かったので良しとします。ただ、次に招待した時は玄関からにしてください」
僕と新菜さん、霧谷さんとティ以外の全員が苦笑いで頷いた。
綾さんは大佐の方へ顔を向ける。
「今度は二人で…」
「そうだな。話しを伺ったが忙しそうだ。綾殿の時間に合わせよう」
「ふふ、そうして頂けると助かります」
二人が微笑み合い、次の約束をする。というか、普通にお邪魔していればよかたんじゃないのか。なんとも不思議な感じだ。
でも、綾さんもお金持ちなのに、あまりそう感じないのは妹と同じかもしれない。上品なオーラは溢れ出ていたけど。
大佐は綾さんと連絡先を交換し合って、この場を解散する事になった。
帰りは玄関先にマイクロバスが待機しており、僕らを送ってくれた。なんだか気を利かせてもらい申し訳ない感じがした。
僕と新菜さん、ナインに南さん、霧谷さんとティは自宅のあるマンション前で降ろしてもっらった。
大佐たちを乗せたマイクロバスが去って行くのを見送りながらナインが愚痴を垂れた。
「美味いモノをご馳走になったけどさ、私らこんなにいらなかったよね?」
「はは、まあね。でも、大佐に貸し一つできたと思えば安いもんでしょ」
「はぁ~、お人好しすぎだろ私ら」
ため息をついたナインが僕の背中を叩く。すかさず新菜さんがムッとナインを見ると慌てて誤魔化していた。
「ふふ。まあ面白かったからいいわ。じゃあね、また明日」
南さんは笑いながら僕らに別れを告げる。
新菜さんとナインもついで僕らと分かれて自宅へと戻っていった。
明日が過ぎればとうとう年末か…。あっという間の一年だった。霧谷さんたちと部屋に戻りながら、これまでの事を思い出していた。
◇
翌日、起きた後は年末の大掃除を三人で始める。
霧谷さんとティの腕にはまっているお揃いのリングを見るとつい頬が緩くなる。あまりジロジロ見ないように気をつけないと、霧谷さんが恥ずかしがるからね。
昼食がてら商店街へ年越しそばなどを買いに出かける。新菜さんとナインが来る予定だけど、南さんも合流しそうだ。
スーパー「南友」で買い物をしているときに霧谷さんが話してきた。
「ねー、今日は新菜さんたちが泊まるんでしょ?」
「そうだけど?」
「だったら、新菜さんは布団かなんかで分けてほしい」
「なんで?」
聞くとうーんといった表情で僕を見てから小さな声で続けた。
「…この間、泊まったときにさ、夜中に起きて白滝の所へ行って戻ってから、ずーーーーっとベッドでゴロゴロしてんの。アタシらは二段目の上にいたから、ずっとベッドが揺れっぱなしなわけ。わかる? 新菜さん真っ赤になって身もだえてた」
「ははは、可愛いね」
「じゃないでしょ! 全然っ、寝られなかったんだからね! 本人には言い辛いし! 困ってんの!」
ヒートアップしてきたのか霧谷さんの声が大きくなってくる。困ったって言われても。
「わ、わかったから。ふ、布団をだすよ。ナインとかも来るからね」
「ならよし!」
慌てて言うと、腕を組んだ霧谷さんが偉そうに許可してくれた。隣にいたティは苦笑いしていて、近くにいた買い物カゴを持ったおばちゃんがビックリして僕らを見ていた。
買い物も終わりマンションへ戻ると年越しの支度を始める。
いつの間にか南さんと黒猫のユキが来て、僕らを手伝ってくれた。
準備も終わり、リビングでくつろいでいると南さんが聞いてきた。
「いつ恵利は来るの?」
「そろそろかな?」
「にゃー」
僕の膝に乗ったユキも答える。南さんが近づいてきて顔を寄せてきた。
「ねぇ…。私のプレゼント、もらってくれる?」
「いや、ダメ!」
体を反らして南さんから逃げてるけど、膝にユキがいるから離れられない。なんで今日になって言ってくるんだ?
「そう……。でも、私の気持ちはわかるよね?」
「わかるけど、ダメ!」
「なんで? 別に恵利を立てる必要はないんじゃないの?」
「それでもダメ!」
ぐいぐい迫ってくる南さんにタジタジになりながらも抵抗する。正直、良い香りが脳内を刺激してくる。
「アタシらもいるんだけどさー。やるんなら他でやってよー」
ローテーブルの反対側にいた霧谷さんがスマホを持って睨んでくる。隣にいたティはテーブルにかじりついて僕らを見ていた。なにか恥ずかしくなってくる。
「あら? 興味ないの?」
顔だけ霧谷さんに向けた南さんが言う。
「全然ないから! ユキもなんとかしてよ!」
「にゃー」
霧谷さんが反論してユキに振ると、顔をフルフルと左右に振って答える。それは拒否ってるのかな?
「南さんもほら! そろそろ来るから!」
頑張って南さんの両肩を持つと僕から離す。
「ちぇ。残念」
ちっともそうは見えない笑顔で南さんが髪を直しながら離れた。ふ~、助かった。
元に戻った南さんは相変わらず笑顔で違う話題をしてきた。全然、こたえてないよ…。助けて恵利!
そうこうしているうちに夜になり、荷物を持った新菜さんとナインが来た。
「こんばんは、皆さん。今年はありがとうございました」
リビングに来るなり新菜さんが皆に礼を言い始める。なんとも照れて居心地が悪い。ナインは笑っていた。
「ふふ、私もありがとう、恵利」
「アタシもー」
南さんと霧谷さんが返す。ティは新菜さんに抱きついていた。
全員が揃ったところで年越しそばを作って食べた。
南さんは慣れていたけど、日本の風習を説明すると新菜さんとナインは感心したりでそばをすすっていた。
新菜さんたちが住むアビエットでも新年のお祝いはあるみたいだ。形は違うみたいだけど。
ティは聞いてないようで食べるのに夢中なようだ。霧谷さんも競うように食べていた。…この二人の食いしん坊はなんとも。
しばらくお腹を落ち着かせるとマンションから出て、近くの神社へと向かう。
晴れた星空の下、寒い風が身にしみる。寒さに弱いナインが着ぶくれした姿で僕らの後をひょこひょことついてくる。
この辺りで大きい神社には参拝する人が大勢で並んでいる。新菜さんと南さんに挟まれた僕は最後尾に付く。後ろに霧谷さんを挟んでティとナインが並んだ。
先ほどの事もあって、なんだか南さんを意識しながらも二人と話す。南さんは気にしている風もなく自然体だ。
新菜さんも嬉しそうで並ぶ待ち時間も楽しんでいた。待っている間に新菜さんたちに参拝方法をレクチャーする。異世界から来た彼女たちには不思議な動作に映るようで面白がっていた。
やがて参拝の順番が回ってきた。
並んでお賽銭を入れて作法をして祈る。……魔物が現れませんように。それと、恵利や皆が幸せになりますように。
終わって列を離れる時に新菜さんに聞いてみた。
「お願いした?」
「はい! ふふっ」
可愛く返事をもらった。なにか知りたくてウズウズしてくる。直接聞くのも恥ずかしいので二人にして。
「二人ともどんなことを?」
「「ひ・み・つ」」
微笑んだ新菜さんと南さんが声を合わせて答える。二人は顔を見合わせると互いに笑った。
まあ、仲がいいのは嬉しいけど。なんとも困った。
ナインたちも終えたようで僕らと合流するとお守りとかを見に行って、甘酒をもらった。寒い夜には熱い甘酒が喉にしみて美味しい。
六人で甘酒を楽しみながら話していたら新年になったようで周りから拍手がわき上がった。
「あけましておめでとーーう!」
皆で言い合って祝った。新菜さんが耳元に顔を寄せて小声で言ってくる。
「栄一さんと一緒に来られて良かった…」
すぐに元の位置に戻った新菜さんは照れてはにかんでいる。今日はなんだかすごくかわいい。今年一番の可愛さ。
気がつくと南さんが何か言いたそうな目で僕らを見ていた。やましい事をしていないのにやめてほしい…。
初日の出を見たかったけど、ティと霧谷さんが眠そうにしていたので切り上げることにした。
名残惜しそうな眼差しを向ける南さんと別れマンションへと戻っていった。
部屋へ帰ってから新菜さんたちの布団を用意して風呂へ入ってくつろいでいる。
新菜さんもナインも泊まったことがあるから慣れているようだ。
だけど、今日は入浴剤を使っていたのがお気に召したようで、二人ともしきりに肌の艶がいいとか匂いがいいとか褒めていた。
風呂上りの二人はなんとも色っぽくて目のやり場に困った。新菜さんは前回同様のふわふわパジャマだし、ナインはトレーナーだったけど、上げた髪から覗く湿っぽいうなじがなんとも艶めかしい。
とりあえずテレビをつけて誤魔化していたけど、霧谷さんが眼鏡の奥で鋭い目を僕に向けていたのが怖い。
無言で責められているのに耐えられなくなってベランダへ逃げようとカーテンを開けると人影が!
驚いて口を開けるが声を失う。
そこには、笑みをたたえた南さんが黒猫のユキを抱いて立っていた。
「な、なななななんで!?」
窓を開けながら聞くと彼女は笑いながら入って来た。
「フフフ。寂しくなって来たのよ。驚かせるつもりはなかったけどね」
「いや、だってビックリするだろ! 急にいるし!」
「そんなつもりじゃなかったけど、タイミングね」
「にゃー」
ふふと南さんが答えるとユキが相づちを打った。そのまま南さんは新菜さんたちに声をかけて皆に歓迎されている。
僕はといえば、追加の布団を出して準備をしていた。さすがに六人もいると狭く感じる。
ちなみにこんなに布団があるのは、いつか霧谷さんの両親が尋ねるかもしれないと思って。あと、妹が泊まりに来るから。
思わぬところとで僕の心配性が役に立っている。
こうして初詣に行った六人がそのまま僕のマンションで泊まることになった。
せっかく新菜さんと甘い時間を過ごしたかったが、なかなか二人になる機会も無なかった。
だけど、たまに目を合わせると照れた顔をする彼女が可愛らしい。反対に突き刺さる視線もあったけど務めて無視する。
楽しく和やかな時間も過ぎ就寝することになり、皆でおやすみを言って僕は自室に戻った。
隣のティや霧谷さんの部屋からくぐもった話声が漏れている。彼女たちはまだまだ楽しんでいるみたいだ。
一人布団に入っていると少し寂しくなる。ポツンと豆球が薄っすら光る天井を眺めていた。
「にゃー」
近くから聞こえる猫の鳴き声に頭を回すと、ユキがちょこんと僕のベッドの足元に乗って座っているのが見えた。
「……布団に入る?」
「にゃ」
自分の入っている布団を持ち上げるとユキがトコトコと中へ入ってきてまるまった。
あたたかい猫の体温が湯たんぽのようだ。ユキの背をなでるとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
ユキに明けましておめでとうと言って、ぬくぬくとしているといつの間にか寝ていた。
◇
楽しかった正月も過ぎ、いつもの日常へと戻っていく。
とはいっても、八巻さんは新事業に向け奔走していて、その間に魔物の襲来があり、新菜さんたちが迅速に片付けていた。
僕はといえば、特に何事もなく仕事して新菜さんとデートをしたりしてたけど、相変わらず彼女のドキドキは収まらず、むしろ増している気がしてきた。なかなか先に進めず少し悶々としている感じだ。
霧谷さんは真面目に大学に行っているようだ。学校でも友達ができればいいけど、難しいかな。
今日は久しぶりに居酒屋「星の囲炉裏」に来ている。
いつものようにナインが僕のテーブルに着いて勝手に注文している。僕の隣にいる新菜さんはニコニコしていた。
さきやんもお客そっちのけでいるんだけど。なぜか目が怖いし。
「聞いたよー。なんでも会社辞めるってー?」
「どこでそれを!?」
さきやんに聞きながらハッとしてナインを見ると露骨に顔を逸らした。ナイン…。
「ま、まだ先ですから。それに八巻さんと新菜さんもだし、ね?」
「はい。安心してください。連絡もしますし、遊びに来ますから」
言い訳して新菜さんに振るとフォローしてくれた。助かった。新菜さんにありがとうの笑みをするとニコッと返してくれた。
むーとしたさきやんが頬杖をつく。
「ほんとにぃー? せっかく仲良くなったのに寂しいなぁー」
「じゃ、じゃあ、今度、温泉に行きましょうよ」
「温泉は好きだけど、いまいち発想が古いよねー? 白滝君って」
「うっ」
さきやんにしれっと言われてダメージを受けた。ナインが笑って、新菜さんがムッとしている。
あれこれと提案して、さきやんの機嫌を直す。ナインと同じように勝手にビールとか持って来て飲んでていいの?
途中から新菜さんとナインも加わってみんなで予定を考えていく。少しずつさきやんの表情は崩れていった。
◇ ◇ ◇
寒さも厳しくなる頃、八巻由衣は社長室から出ると息を吐き出して廊下を歩き出した。
大体の打ち合わせは終わり、社長にも了解を得た。後は堀田に任せればいい。
肩の力を抜いた八巻は休憩しようと食堂へと向かった。
食堂には自分の他にも休んでいる者や遅い食事をとっている者がちらほらといた。
食券を買おうと自販機へと手を伸ばしたところで、その腕を誰かにつかまれる。
また!? と思い、相手を見ると総務の池田が厳しい顔をしてつかんでいた。そして、その後ろに資材部の里峰の姿も。
この共通性の無い二人が一体!? 八巻の脳はフル回転で社内人物名鑑を検索していた。
「話があるんだけど。時間をいいかしら?」
八巻よりも先に池田が口を開いた。
「何の用? 私に関係あるのかな?」
「そうよ。場所を移動しましょう。さ、こっちへ」
強引に八巻の手をとったまま池田が先頭で歩き出す。里峰は八巻を挟むように後ろからついてきた。
連れていかれた先は屋上のプランター前。
寒い風が肌を突き刺す。だが、池田と里峰は平然と八巻の前に立っていた。
両腕で自分を抱きしめて寒さから身を守りながら八巻は二人に問いかける。
「それで? 話なら早くして、ココって寒いし」
肩を震わせている八巻に二人は突然、土下座した。
目が点になり、寒さを一瞬忘れた八巻に池田が渾身の声を出した。
「お願いします! 私達も連れてって!」
「は!?」
「小耳に挟みました! 新菜ちゃんが引き抜かれたって! だから私達も一緒に!」
「ま、待って! 何のコト!?」
八巻が聞くと顔を上げた池田が眉を下げ泣きそうな顔を見せる。
「誤魔化さないで! あなたが新菜ちゃんを新会社へ連れて行くって知ってます! どうか私達も!」
鬼気迫る申し出に八巻は思い出した。白滝が言っていたことを。
──新菜ちゃんのファンクラブ、会長で会員。ってことは、里峰さんも……。
頭がクラクラしながら考える。こんなこと想定していなかった。これじゃあ白滝君にも押し付けられない。
このままでいると足にしがみつきそうな気がしてきた八巻はため息をつくと折れた。
「……わかった、善処してみる。だけど、私の会社に来たら面倒な手続きが多いからね?」
二人はガバッと起き上がると満面の笑みで八巻に抱きつく。
「ありがとう! 八巻ちゃん! 失望させないから!」
「わたしもです! 本当にありがとうございます!」
二人に抱きつかれ、ギューギューにされてながら八巻は思った。これはこれで暖かいな、と。
感激している二人と別れた八巻は白滝を足早に探しにいった。
もちろん苦情と愚痴を言うためだ。
こうして会社の人物選定は終わった。少々の不安を残しながら。




