五話 新菜さんの友達
昨日は散々な目にあった。
土手で散歩していたら栗色の髪をしたコスプレ女性に声をかけれられ、公園で休憩していたらその女性に襲われた。
もはや自分でも何を言っているかと思うが本当だ。
危うい所で新菜さんに助けられ説明を受けた。
なんでも彼女は友達らしいが、ちょっとした行き違いで襲ってきたそうだ。
行き違いで殺されたらたまったもんじゃない。
しかも凄い拳銃型の魔法で撃ってくるし。生きた心地がしなかった。
とりあえず謝ってくれたので苦笑いで許した。
新菜さんの必死の謝りには負けた。
ドキドキして自宅へ戻った後、“アイビー”でこれまた新菜さんの謝罪があった。
そんなに謝れるとこちらが申し訳なる。
なんとも言えない日だった。
翌日、普通に出勤して仕事をこなし一日を終え自宅へと戻る。
結局会社では新菜さんには会えなかった。
連絡すれば会えるがそこまでする必要も無いように思えた。
さすがに散歩する気もなくベッドに倒れ込む。
「はぁ~、なんか疲れたー」
グッタリと仰向けになる。
しかし、魔法って現実にあることを実感された昨日だった。
──コン、コン、コン、コン
扉が叩かれた音がする。
宅配が来る予定があったかなと思いながら立ち上がると扉に向かう。
「はーい。ちょっと待ってください」
ドアを開けると、そこには昨日の新菜さんの友達がいた……。
「よお! 昨日は悪かったな。ちょっといいか?」
「え!? いや、なんで僕の場所がわかったの?」
「そりゃ、匂いを覚えたからね」
ニヤリとしながら答える彼女の服装は昨日と変わって普通の格好になっていた。
とりあえずこのままでもマズイので家の中へと案内した。
座布団に座ってもらい、お茶を出す。
「ところで、どんな要件?」
「なんか悪いな。私はナイン・ハードバード。ニーナ…ここでは新菜か、の仲間だ。昨日はすまなかった」
「僕は白滝栄一。改めてよろしく」
「ああ、新菜から聞いてたよ」
居心地が悪そうでソワソワしているナインさんの目が机の上の物に釘付けになった。
「おい! あれ! あれは!?」
叫んでプルプルと指をさす。
「あれ? 新菜さんに頼まれて預かっているんだ」
「えぇ~! マジかよ!?」
「ん? 本人に聞いてみる?」
何か訳がありそうなのでスマホを取り出し電話をかけようとすると、慌てたナインさんに止めれた。
「だ、ダメだ! 新菜には内緒で来たんだから!」
「そうなんだ」
とりあえずスマホを置いた。
ナインさんは頭をかいて僕を見上げる。
「……あのさ。周りからおっとりしてるって言われないかい?」
「よくわかったね。たまに言われるよ」
まだ会って二回目なのにズバリ言い当てられた。どんな魔法をつかったんだ?
「話はもどるけど、あの欠片は新菜さんに言われて僕が保管しているんだ。必要になった時に戻すから心配しなくていいよ」
「いや、そういうんじゃねえけど。う~、まあ、いいか。とりあえず」
そう言うとナインはお茶をグイっと飲んだ。
こうしてみるとモデル体型で綺麗な顔立ちをしていて、スリムなジーンズが似合っている。
ナインは湯呑を置くと頭を下げる。
「ここに来たのはその、昨日の謝罪と新菜についてなんだ」
「謝罪は受け取ったから大丈夫だよ。それに新菜さんの事は?」
「新菜はお前になんて言ってるんだ? その、この世界にいる理由を」
「うん? 彼女はこの世界が気に入ったからあちこち観光したいとか言っていたよ。満足したら元の世界に戻るんじゃないの?」
「そういう訳か……。なるほどねぇ…」
思案顔で考え出すナインさんを見てお茶菓子を出すのを忘れていた。
おもむろに立ち上がると台所に行き、冷蔵庫からお菓子を取り出しナインさんに差し出す。
「良かったらこれをどうぞ」
「おい! これは私の好きな「パッキー」じゃないか! いいのか?」
「もちろん」
「なんて奴だ。私も虜にしようってのか……」
なんかナインさんが盛大に勘違いしているようだ。普通のおもてなしなのに。
せっかくなのでナインさんに元の世界について聞き、代わりに彼女の質問にも答えた。
「ふー。ありがと。話せてよかったよ。白滝もお人よしだな、見ず知らずな私なんかに」
お菓子を食べながら嬉しそうなナインさんに言われる。それは過去に言われたセリフに似ていた。
「もう別れたけど、大学生の頃に付き合っていた彼女にも似たようなことを言われたよ。そういえば」
「ははは! 案外同じ境遇だったかもね」
すっかり打ち解けたナインさんが笑う。
出会いは最悪だったけど、こうして異世界の住人と話せる幸運に僕は少し嬉しくなった。
◇
次の日、何事もなく業務を終了して地元の駅に降りた時に改札で、新菜さんに声をかけられた。
どうやら僕を待っていたらしい。
話があるようなので前に行った「宮中珈琲」へと入る。
すっかり慣れた新菜さんが注文をしてくれた。
「昨日はナインが突然お邪魔してすみませんでした。私も行ったことないのに…」
一息ついたところで新菜さんが謝ってきた。最後のは来たかったって事?
それに秘密で来たはずなのにすっかりバレてるね。
「いえいえ。僕も話を聞けて楽しかったので大丈夫ですよ」
「迷惑かけてなければ良かったんですけど。一度この世界に来るとなかなか帰れないのんでしばらくいますので」
「そうなんだ。てっきり行き来往来が自由かと思ってたよ」
「説明してなかったんですけど、私の魔力でも十日に一度往復するのがやっとなんです。ナインは魔力が少ないんで賢者様から預かった魔法の杖がなければ帰れません」
「へー。意外と制約があるんだね」
「どうもナインが杖を失くしたようで、私のを貸そうかとしたんですけど探すって聞かないんです」
「あー、そんな性格な感じだね」
「わかります?」
「ははは。なんとなく」
どうやらナインさんの帰宅が遅いので心配して問い詰めたら、僕のアパートに押しかけてきたことを白状したようだ。
それで新菜さんが謝りたくて僕を待っていたみたい。
昨日から謝れてばっかりだな。
それでも別な方向へ会話をもっていくと新菜さんものってくれた。
やっぱり楽しい話の方がいいよね。
◇
少し気が楽になって、いつも通りに会社へと出勤する。
いつもと同じ職場の風景。仕事内容は違うけどみんなと協力してこなしていく。
仲林君はいつもと違って気合が入っている感じだ。
特に飲み会には並々ならぬテンションで挑んでいる。もう少し違うところでも頑張って欲しい。
会社から上がると「星の囲炉裏」へ行き飲み会が始まる。
今日は新菜さんがこないと知ると仲林君はあからさまにガッカリしていた。
彼女は永くこの世界にいないことを説明したいけど難しい。
少しは察して欲しいけどムリか。
新菜さんとの“アイビー”でのやり取りも少なくなってきた。
友達もいることだし、僕の役目もなくなってきたようだ。
たまに新菜さんが飲み会に参加すると仲林君のボルテージもマックスで、見ていて面白い。
でも、なんとなく寂し気な新菜さんの笑顔が少し気になっていた。
◇
そんなある日、珍しく一人で会社帰りに行きつけの居酒屋へ向かう。
飲み会の無い時にたまに訪れる。すっかり常連だな。
見慣れた飲み屋の玄関を開けると、そこには最近出会った女性がいた。
「な、ナインさん? なんでここに?」
「星の囲炉裏」に入るとビールジョッキを両手に持ったナインさんが前掛けをした姿で僕を見て驚いている。
「白滝!」
一言声を上げ、そそくさと客の待つテーブルへと運んでいった。
これは偶然?
とりあえず気を持ち直して空いているテーブルの席に着くと、さきやんがお通しを持ってきた。
「新入りなんだー。知り合い?」
「ええ。僕というより、新菜さんの友達ですよ」
「あらー。面白い!」
さきやんはニヤニヤして厨房へと引っ込んでいった。
やがて僕の定番メニューが運ばれるとビールを一口つける。
ぷはーっ。冷えててうまい!
そろそろ夏本番だ。今度、会社のみんなでビアガーデンとかいいかもしれない。
チビチビとおつまみを食べつつビールを流し込む。
「おい! あんたなんでいるんだ?」
声をかけられ、ふと顔を上げるとナインさんが反対側の席に座っている。
「いや、僕も君がいるなんてビックリしたよ」
「私はここにバイトで入ったんだよ。ちなみに新菜の紹介」
「あーなるほど。僕はここの常連」
「ええ!! マジか! あいついったい……」
ナインさんは何かに気がついたのかブツブツ言い始めた。
「あんまりここで油売ってると、さきやんに言われるよ?」
「あ、そうだね。何か注文ある?」
「じゃあ、つくねのタレください」
「はいよー」
ナインさんは元気な声で返事をすると厨房へと向かった。
ふー。少し焦った。そんなに親しくないからなぁ。
だけど、ここでバイトするってことは、しばらくこの世界に滞在する予定なのかな?
ふと視線を感じ顔を向けると、さきやんがニヤニヤして見ていた。
頃合いになり席を立つと会計を済ませ居酒屋を出る。
さきやんが対応したけど、帰り際に「後はよろしくねー」とか言っていた意味ってなんだろ?
そう思って外に出ると、そこにはナインさんが待っていた。
「よお! 私も上がりだから一緒にどうだい」
「そういうことか……」
「ん? どういう返事だ、それ」
「あ、ごめん。独り言。帰ろうか」
そんな訳でナインさんと途中まで一緒に電車に乗って帰った。
途中、切符を買っていたナインさんに交通系電子マネーカードで定期にしたらと提案すると、さっそく購入していた。
「それじゃあ、いろいろありがと。今度、ビールをおごるよ!」
「ハハ。よろしく!」
笑顔のナインさんと別れ帰宅する。
最近、女性と知り合える機会が多くなっているな。でも違う世界の人か。
それでもキレイな人たちだから得した気分だ。
自宅に戻って風呂に入ってベッドに腰かける。
机をみるとあの欠片がキラキラといつものように不思議な輝きを放っていた。
しばらく眺めていると和んでくる。
明日もがんばろう!
◇
あくる日、仕事を早く上がれたので地元で散歩を楽しみに会社を出たところ、新菜さんが営業の佐々木君と何やら言い合っているのが見えた。
僕に気がついた新菜さんがこちらに駆け寄ってきた。
「白滝さん! ちょうど良かった!」
「どうしたの? 佐々木君と何かあったの?」
「えっと、一緒に帰りましょう」
困り顔で新菜さんが誘ってくる。
佐々木君はと見ると、きまり悪そうに僕に会釈すると通りを早足でいってしまった。
なんとも言えず、新菜さんと二人、互いに口を閉ざしたまま駅へ歩いていく。
沈黙に耐え切れずに思わず聞いてしまう。
「……佐々木君と何かあった?」
「あの、食事に誘われたんですけど、遠回しに断っていたら、なかなか理解していただけなくて……」
「あー。そうなんだ」
「はい……」
うつむいて答える新菜さんがチラリと僕を見てくる。
目が合うと慌てて再びうつむいた。
「困ったことがあったら手伝うよ。八巻さんもいるし、相談してくれれば力になるし」
「ありがとうございます」
僕のつたない言葉に新菜さんが微笑んで応える。
このことは仲林君には黙っていよう。間違いなく佐々木君の部署に突っ込んでいきそうだ。
新菜さんは気になる人でもいるのかな?
お互いなんとも気まずい雰囲気の中、地元の駅に到着した。
改札を出て別れようとすると立ち止まった新菜さんがカバンを両手に持って顔を上げた。
「あの、よろしかったら夕食、ご一緒してくれませんか?」
「えっと、僕でいいのかな?」
「はい!」
苦笑いで答えると笑顔で頷く新菜さん。
そして近くのファミレスに入り二人で夕食をすませた。
最初はぎこちなかったけど、食事が終わる頃には前によく会っていたときのように楽しく会話がはずんだ。
笑顔の新菜さんと別れ自宅へ戻ると、すっかり散歩の時間が無い事に気がついた。
まあ、かわいい笑顔が見れたからよしとするか。