六十七話 みんなでクリスマス
工場の一階、静かな工作機械が並ぶ作業場の奥にある会議室では今日のパーティーの準備が進められていた。
二階にある住居エリアの台所では、山野がオードブルの仕上げにかかっていた。
そこにソールが現れ、テーブルに置いてある大皿を手に取る。
「美利化、こっちは持っていっていいのか?」
「あー、少し待って。今、盛りつけるから」
山野はフライパンから香ばしい湯気を上げている具材を大皿に盛りつける。
匂いだけで口の中がつばで溢れたきた。美味そうだなとソールは独りごちた。
「しかし、面白い風習だな。ロマンチックで俺は好きだけどさ」
「ふふ、そうね。今度、いろいろ教えなきゃね。はい! 持っていって!」
「続きはベッドで、だな」
料理が盛られた大皿を持ち、ソールは山野の首筋にキスをする。
「もう!」
嫌がる素振りもなく、くすぐったそうに山野は返す。
鼻歌をしながら階段へと向かうソールの背中を、熱く見つめてから山野は次の料理に取りかかった。
一階の会議室では、大佐とライノスがテーブルを部屋の中心にまとめ、イスを壁際へ配置していた。
テーブルの上にはオードブルが並んでいる。どうやら立食スタイルでパーティーをするようだ。
あらかた作業を終えたとき、ライノスは大佐に質問した。
「大佐、八巻から連絡はありましたか?」
「あったぞ。少し遅れるらしいが、必ず来るそうだ」
ホッとしているライノスを大佐が睨む。
「いいか? くれぐれもヘマをするなよ。まさか、八巻殿と付き合おうなんてお前は……。いや、なんでもない」
「安心してください、大佐。もう少しです!」
自信満々に答えるライノスに不安がますます募る大佐。よりによって、なんでコイツなんだと大佐は八巻を小一時間説教したい気分に駆られていた。
先日、ライノスに打ち明けられた大佐は一度聞いただけでは理解できなかった。いや、脳の活動が一瞬停止していた。
まさかスポンサーと付き合いたいとか言い始めたときは、何を考えているのかがわからなかった。
しかし、ライノスの本気の目に折れた大佐は、応援はしないが静観しようと決めた。だが、白滝が余計なお節介を焼いているようで大佐は内心ハラハラしていた。
そこに会議室のドアが開かれ、よく知った四人が入って来た。
「こんにちはー!」「お久しぶりです」「ちはー!」「…」
白滝と新菜、ティと霧谷がそれぞれ買い物袋を下げている。
大佐は先ほどの不安を一蹴し、にこやかに対応する。
「よく来た! お前たちも何か持ってきたのか?」
「はい。ちょっとしたおつまみですけど。テーブルに用意しますね」
白滝が新菜とティ、霧谷の袋を受け取り、そつなくセッティングを始め女性たちが手伝う。
相変わらず要領の良い白滝に部下に欲しいと大佐は思った。難しい案件もスムーズに進みそうだ。
「お! 早いな! こっちも用意できそうだよ」
ソールがオードブルの盛られた大皿を運んできた。
白滝たちは挨拶をして賑やかに用意を始める。大佐とライノスも加わり準備がつつがなく進んで行った。
やがてナインと南が来て、残すは八巻とネマだけになった。
ライノスは白滝を捕まえ部屋の隅へ連れて行くと、何かを相談し始めた。
八巻へのアプローチを聞いているようだ。意外にも真剣に対応する白滝に大佐は不安が募った。
最後の料理を持って山野が来るとソールが手伝いながらいちゃついている。
残った女性たちは輪になって何かを話しているようだ。
大佐は疲れた体をイスに降ろして、さっそくビールを開けていた。グビグビと飲みながら部屋を見渡し周りを観察する。
初めてこの地に来てから、ずいぶんと親しくなったなと大佐は思った。
一歩間違えばここいる全員と敵対していたかもしれないのに我々は幸運だった。
新しい事業に向け会社は清算する方向で動いている。元いた鉄と硝煙の匂いが立ち込める世界を思うと、まるっきり正反対だなと平和そうな雰囲気に口元を上げた。
「遅くなってごめんねー!」
しばらくして八巻がネマと一緒に大きな包みを持ちながら登場した。
皆が挨拶を交わし、八巻が包みをテーブルに置いて広げると、そこには特注であろう豪華なホールケーキがあった。
「おおおおぉー!」
目を輝かせる霧谷とティ。白滝と新菜はそれを見て苦笑している。
皆に笑いながら八巻は見渡す。
「もう始めてた? じゃなかったら始めよー!」
それを合図に各自が飲み物を選ぶ。八巻と白滝、山野が集まるとグラスを持ち上げ宣言する。
「メリークリスマーース!」
他の者もグラスなどを持ち上げて後に続き、パーティーが始まった!
オードブルに手を出したり、話しに夢中になったりとそれぞれが自由に振る舞う。
南を除く異世界から来た新菜たちは、初めてのクリスマスパーティーが通常のパーティーとあまり違いがない事に少したって気がついた。
変な名前の宴会だなと、ライノスはビールを飲みつつ八巻に近づきながら思った。
当の八巻はナインと話していてライノスをガン無視している。反対にナインは気がついていたが、対応が面倒なのでほっといていた。
白滝は新菜と南に挟まれ、二人がけん制し合うのを仲裁しながら楽しんでいた。
霧谷はティとネマと一緒にオードブルをつまんでいた。
◇
パーティーが盛り上がっている中、会議室の扉が突如開かれる。
そこに八巻の姉、綾が付き人の男性二人を連れて登場した。
「ずいぶん盛り上がっているわね」
「姉さん!」
驚いた妹の由衣が近寄る。
「なんでここに!?」
「もちろん能力のある人たちを見に来たわ。実際にこの目で確かめないといけませんからね」
にこやかに微笑んで綾が見渡しながら話す。
八巻由衣は姉の情報収集能力に舌を巻きつつ、感心もしていた。
賑やかな場が一瞬、静まり返る。半分以上の者は初対面で、さらに誰からも紹介もされないので困惑していた。
綾は周りから注目されているのも気にせず、テーブルに置いてあったグラスに手を伸ばして口をつけていた。
──ガコッ!
誰かが手に持っていた缶ビールを落とした。
白滝はハッとして転がった缶ビールを落とした者を見る。
そこには大佐が目を見開いて、手をワナワナと震わせている姿があった。
「?」
なんだろうと思い、声をかけようとすると大佐が呟く「美しい…」と。
「た、大佐?」
かろうじて白滝が口にすると、それを無視して大佐がフラフラと歩き出した。
突然の大佐の行動に全員が固まって様子を見ている。
おぼつかない足取りで大佐は八巻綾の元まで来ると、驚いている彼女の空いている手を取り話しかけた。
「一目見て惚れた、マダム。どうか付き合ってもらえないだろうか?」
「ふ?」
眉を上げた綾は一言漏らし握られた手に視線を落とした。
やがて肩を震わせ、グラスを置くと空いた手を口に当てる。
「うふふふふふふ……」
上品に笑い始める綾に全員の視線が集まる。なにやってんの大佐? 八巻由衣は目の前のナンパっぷりに呆れていた。
落ち着きを取り戻した綾は握られていた手を離すと、返事を待つ大佐の目を見る。
「久しぶりに声に出して笑いました。面白い方ですね」
「いや、本気なんだが…」
「ふふふ。知らないとはいえ、ずいぶん豪胆な方」
綾の遠回しな言い方に大佐は何か間違えたかと思ったが、後には引けぬと判断した。
「まあな。返事を聞きたいんだが、よろしいだろうか?」
「そうね、五日後、都合の良い時間ににわたしの所に来てくださいな。それでしたら考えるわ」
「ふ、そんなことか…では、うかがおう。美味い酒を用意しておいてくれ」」
ニヤリとした大佐に微笑み、八巻綾は「それでは」と付き人を従えて工場の会議室を後にした。
しばしの沈黙の後、全員が一斉に叫んだ。
「大佐ーーー!!」
え? って顔をした大佐に怒り顔の八巻由衣が駆け寄る。
「ちょっと! 姉となんて約束してんの!」
「ん? 姉とな? だとしたら近い内に俺の義妹になるかもな。はっはっはっ!」
「笑ってる場合じゃないでしょ! どうしちゃったのよ!?」
「いや、惚れたから声をかけただけだが…」
八巻の追及に普通に答える大佐。これはわかってないなと思った八巻は白滝を連れてきて大佐の前に出す。
わけがわからない白滝は八巻の顔を見て質問できない雰囲気にのまれながら大佐に口を出す。
「えっと、大佐。あんな約束で大丈夫なんですか?」
「と言うと?」
白滝の冷静な物言いに八巻はホッとする。やはり白滝君は頼りになるなと口元を上げる。
「ちゃんと居場所を聞かないと、どこにいるのかわからないじゃないですか。今からだと…」
「白滝君! ちょっとー!!」
先ほどの思いを撤回して焦った八巻が白滝の言葉をさえぎると、白滝を部屋の隅へと急いで連れていく。
「うむ。確かに」
一人、納得する大佐。腕を組んで考え始めた。
部屋の隅では八巻にどうしてそっちなの! と、説教されている白滝。
どうやら八巻は大佐に姉の事を諦めてもらいたかったようだ。
そこにライノスが大佐の元にやってきた。気がついた大佐の方から口を開く。
「どうした?」
「大佐、義兄さんと呼んでいいですか?」
ライノスの言葉にハッとする大佐。こいつが義弟…限りなく不安が募るが仕方がない。
ふっと笑うと大佐はライノスの肩を叩く。
「そうだな。しかし、まだ早いな。もう少し待ってくれ」
「わかりました!」
いい笑顔で眼鏡を光らせ、ライノスは了承した。二人は目を合わせると笑い合う。
こいつら何だよ…一部始終を目の前で見ていたナインは背筋が寒くなった。
新菜や南、ソールたちは部屋の壁沿いに置いてあるイスに腰かけ、呆れながらも成り行きを黙って見守っていた。
八巻に開放された白滝がスゴスゴと新菜のところに戻り、隣に座る。
ムスッとした新菜にお腹をつねられ、ここでも小言を聞かされてゲンナリしている。
南はそれを見て笑い、新菜をたしなめていた。
緊張していた空気が和らぎ、皆が話し始めると賑やかになってくる。
やがて座っていた者が立ち上がると、残っていたオードブルや飲み物に手をつける。
料理はすっかり冷えていたが、おつまみにちょうどいい感じになっていた。
なんとか復活した白滝も気を取り直して新菜と共に食べている。そこに南も参加して、パーティーの初めのような状態を再現していた。
ビールを飲みながら大佐は思考する。
まず、間違いなく我々ドルーダの三人だけでは綾殿を見つけるのは困難。だとすると新菜たちの協力を仰がねばならない…。
ビール二缶を飲み干した大佐は、おもむろに会議室の扉の前へ来ると振り返り、皆を見渡し呼びかける。
「すまないが、少し話を聞いて欲しい」
それぞれ腕を止めて何事かと注目する。
「四日後、再びここに集まってくれ。そして手伝ってくれ! 頼む!」
「わかりました!」
大佐の言葉にライノスが声を上げた。しかし、他の者は黙っている。
このままではマズい。新菜は状況を打破すべく白滝の腹をつねった。
「いっ! 大佐、何を手伝うんですか?」ビックリした白滝が大佐に問う。
「もちろん、マダムの場所を突き止めるためだ」
「なるほど。でも、僕はあまり役にたちそうにないですけど…」
「うむ。だが、白滝が来ると新菜殿たちが来るからな。わかるだろ? わっはっはっは!」
苦笑いする白滝に笑う大佐。呆れた八巻が出てきた。
「ちょっと、なに勝手に決めてるのよ!」
「おお、八巻殿。さすがにお姉さんの居場所はわからないだろ?」
「そりゃ、わかんないけど。本気なの?」
「無論」
自信満々な大佐の一言に片眉を上げて口を閉じる八巻。
なるほど、部下があれなら上司も同じなんだなと妙に納得する。
一人頷いた八巻は大佐に笑いかける。
「わかった。頑張って大佐。私は見守ってる」
「うむ。ありがたい」
笑顔の大佐が手を差し出すと八巻は応える。これが運命ってやつなのかしら? ふと、八巻は思った。
◇ ◇ ◇
──結局、クリスマスパーティーの後半はうやむやになり、四日後の集合時の打ち合わせに終始した。
確かに八巻さんのお姉さんは美人で大人の色香が漂っていたけど、大佐があんなに骨抜きにされるとは思っていなかった。
しかも年末時に再会しようなんて、なんとも慌ただしい。
僕らはパーティーが終わると、皆で後片付けをしてそれぞれ家路に帰って行った。
新菜さんとナインは駅まで一緒に戻り、そこで別れた。その後、マンション前で南さんとも別れた。
自宅へ戻るとリビングで休む。
霧谷さんとティは美味しいモノを食べたおかげか機嫌がいい。
二人でパーティーであった事の感想を言い合っていた。君たちも大佐の依頼に参加するんだからね?
少し落ち着いた頃に声をかける。
「霧谷さんとティにちょっとあるんだけど」
「なに?」
霧谷さんが不思議そうな顔で見てくる。ティもよくわからないようで首をかしげていた。
そんな二人にリボンをかけた小さな包みをそれぞれに差し出す。
「メリークリスマス! はい、二人に僕と恵利からプレゼント!」
「わ~! ありがとう、シラ兄!」「……」
ティはすぐに受け取り喜んでいるが霧谷さんは戸惑っている。
「受け取って欲しいな、霧谷さん」
「いいの?」
「もちろん」
霧谷さんがおずおずと手を出し受け取り、はにかむ。可愛らしい仕草に微笑んだ。
待ちきれないティは包みを開けて中身を取り出して歓喜の声を上げた。
「わぁ! 綺麗なブレスレット! 霧谷姉ちゃんも早く開けてみて!」
「う、うん」
急かされた霧谷さんが包みを開けると同じようなブレスレットが出てきた。
新菜さんとデパートに行ったときに、二人で相談してティと霧谷さんにお揃いのアクセサリーを選んだけど、気に入ってもらえるかな?
すると眉を下げた霧谷さんがブレスレットを胸に抱き、ポロポロと涙を落とす。
なにか対応を間違えた? そう思っていると霧谷さんはティに抱きついて静かに泣き始めた。
ティは優しく霧谷さんの頭をなでながら僕に目を向けると微笑んだ。
泣き止んだ霧谷さんが涙を拭きつつ顔を上げるとポツリと話した。
「…ごめん、嬉しくて。驚いた?」
「ははは。少しビックリしたけど、素直に喜んでもらえてよかったよ。霧谷さんってたまに天の邪鬼になるからね」
ムッとした霧谷さんが立ち上がる。
「いつも素直じゃん! バカ!」
顔を赤くして寝室に逃げていった。はは、照れてて面白い。
ティが笑いながら近寄ってくる。
「わざと言ってるでしょ? シラ兄」
「まあね。湿っぽいの苦手だから。霧谷さんを頼むね」
ティの頭をなでると抱きついてきて耳元でうんと囁いた。




