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五十八話 大佐、新商品を開発する

 

 今日は大佐の工場二階の住居へティと二人で来ている。

 魚沼(うおぬま)さんに例のかわいい動物の写真集を預かっていたのと様子を見に来たためだ。

 ソールは山野(やまの)さんの花屋で手伝をしているため不在のようだ。

 かわりにライノスが暇そうにしていた。

 一通りやりとりして落ち着くと、お茶を飲んで一息入れ近状を報告し合った。

 最近は川沿いの土手の空間から魔物が出ないため、余裕がある感じだ。大佐は写真集の入った紙袋を大切そうに脇に置いて話している。

「新しい防具の開発は順調だ。まあ、白滝のと違って少しゴツイけどな。ワハハ」

「はあ」

「あと追加で四つの魔石に触れてもらえないだろうか」

「ええ、大丈夫ですよ」

 大佐が箱を取り出して蓋を取ると魔石がいくつか入っている。中の四つを次々に指で触れると青色に輝き、辺りを染めた。

 慌てて大佐が蓋を閉じ光を遮断する。

「ふー、相変わらず凄いな……」

 ソファーに腰を沈めた大佐が呟く。苦笑いしているとライノスが眼鏡を直していた。


 続けて大佐は、書類ホルダーを取り出すとプリントアウトした図面をテーブルに出してきた。

「実は商品を開発しててな。設計に詳しい白滝(しらたき)に見てもらって意見が欲しいがどうだ?」

「ええ。かまいませんよ」

 快く返事をしてプリントを受け取り見てみる。隣に座っているティも興味津々に顔を寄せていた。

 図面には部品が詳細に描かれている。小さなサイズで部品同士をつなぐもののようだ。どこかで見たような気もするけど、ドルーダでは普通に流通している物かもしれない。

「これは?」

「ああ、前に作ったプロテクターで使った部品の改良版でな。一般の機械にも応用できるように設計した」

「そうですね…。大佐もご存じだと思いますけど普通、製品があって、それに合わせた部品構成を考えます。この部品は柔軟な対応が可能ですか?」

「一応な。どう思う?」

 腕を組んだ大佐の表情が険しくなる。ううっ、言い辛い。

「設計は問題ありませんが、商品として見ると弱い気がします。どちらかと言うと製造機器の応用で精度を増した製品やコストカットできる品の方が今は受けがいいですね」

「……なるほどな、意外と手厳しいな白滝は。つまり、今ある製造品の品質向上をする方がいいということか?」

「そ、そうですね。もし、新商品を作るなら、作成してもらった防具みたいなものがあればいいですけど」

 大佐の眼力にびびりながらも答える。大佐は腕を組み替えて僕を見据える。

「我々の世界では魔石がエネルギーの源だからな。その力を引き出すために術式を使う。そう、アビエットの魔法の扱いと似ている。その術式はこの世界の基板や部品のような役割をする…要するに回路みたいなものだ。しかし、術式は魔石なしでは成立しないのだ。限られた魔石しかないから量産も難しい。そのようなわけで模索しているのだ」

「わかりました。話しを聞く限り、魔石から目的に合った能力を引き出す感じですね。でも、前に見せてもらったプロテクターはバッテリーでしたよね?」

「ああ。実は魔石の欠片(かけら)を仕込んでいた。モノが小さいのでエネルギーを補う為に電気を使用していた」

「なるほど。話しを戻して、先ほどの大佐の部品と製品の向上化の二つを進めてみてはいかがですか?」

「うーむ……」

 僕の提案に大佐が腕を組んだまま宙をみつめ考え込む。

 大佐たちの世界では魔石を中心としたエネルギー体型が組まれているようだ。世界が変われば、それぞれ事情が異なることに気がつき好奇心をくすぐった。でも、魔石って石炭と同じで掘り出すって前に聞いたけど、いつか枯渇しないのかな?


 いつの間にか僕も考えていたようで、視線を感じ顔を上げると大佐が期待を込め僕を見つめていた。

 なんとなく察して苦笑いになる。隣にいるティは僕にもたれかかって寝ていた。……話しが退屈だったのかも。

「えーと、手伝いましょうか?」

「よし! さっそく頼む」

 笑顔になった大佐は、ソファーから勢いよく立ち上がると奥の研究室へと向かって行く。慌てて寄りかかっているティをそのまま静かに寝かせて後を追った。

 研究室では大佐が既にパソコンを起動し、図面を出して操作していた。工場で作っている部品の図面も出ている。

 僕が来た事を認めると席を立った大佐がうながす。

「とりあえず見てくれ」

「はい」

 返事をして図面を確認する。

 基本設計を見直し、一般の規格に合うように修正出来るところを直す。同じように工場で作成する部品についても工夫できる部分や精度などを大佐と相談しながら進めた。

 後は素材や原料について変更、それによる強度などを確認することを決める。

 素材については僕の伝手(つて)で会社を紹介していく。いくつかテストしていけば良い結果が出そうだ。

 研究室から出る頃にはすっかり日が沈んでいて窓の外は暗くなっていた。

 お昼過ぎに来たのに一仕事した感じだ。僕のしている仕事とさほど変わらないので難しくはなかったけど。

 満足した表情の大佐が握手を求めてくる。応じるとニッと笑う。

「今日は世話になったな。次もよろしくな」

「いえ、こちらこそ。それでは、また」

 大佐と次に会う約束をして寝ていたティを起こすと別れを告げた。

 ちなみにライノスはずっと微動だにせず寝ていた。ある意味凄い。大佐が怒りの眼差しを向けていたが見なかったことにしよう。


 工場から少し歩いたところで霧谷(きりや)さんへ連絡する。

 マンションへ戻って夕食を作るのも億劫(おっくう)なので、ファミレス「ジョリサン」に集合して食事をすることにした。

 ティは元気いっぱいだ。さっきまで寝てたからね。

 先に入店して席に着く。とりあえずドリンクバーだけにして待っていると霧谷さんが現れた。

 全員揃ったところで霧谷さんとティは肉料理を食べ、デザートにパフェを注文していた。僕は魚料理の和食にする。

 霧谷さんたちがデザートを食べているところで今日の大佐とのやり取りなどを話した。

 柄の長いスプーンをくわえて霧谷さんがぶすっとしている。

「相変わらずお節介だね」

「そうかな?」

「ほっときゃいいのに。あの人たちは自力でなんとかしそうだし」

「かもしれないけど、お世話になってるからね」

「は~、だからアタシみたいな女が転がり込んでくるんでしょ」

「違うよね? 君が強引にうちに来たんだよね?」

 驚いて言うと霧谷さんは眼鏡を光らせてニヤッとした。誤魔化されないからね?

 ティはパフェを食べ終えて、ドリンクバーから持ってきた湯気を出しているココアをゴクゴクと飲んでいる。…虫歯にならないか心配になってきた。

 しばらくファミレスでのんびりした後、そのまま川に向かって散歩して帰ることにした。

 霧谷さんは何も言わずについてきているけどいいのかな?


 川沿いの土手にある道の両側では冷たい北風が麦色になった草を揺らしている。

 さすがに寒い。初冬の散歩は乾いた風と澄んだ空気にいつもの景色もはっきり見えた。

 対岸の遠くに見える工場のシルエットから煙突の明かりがチカチカと光っている。

 元気いっぱいのティはダッシュで道の先を姿が見えなくなるまで駆けていき戻って来る。

 霧谷さんはぶらぶらしてティの背中を目で追っていた。たまに僕に視線を向けているみたいだ。どんな意味かはわからないけど。

 気ままにのんびりと歩いていく。


 ◇ ◇ ◇


 ──渋谷。

 道玄坂の裏通りにある古い雑居ビルの中に寒そうに薄いジャンパーを羽織った猪野山(いのやま)が入って行く。

 古くて狭いエレベーターに入り込むと操作パネルにある『六』とすり切れて薄くなった丸いボタンを押す。ギギギとドアが閉まり、ガタガタと揺れながら上昇していく。

 久しぶりに訪れたが、いつ故障してもおかしくないなと猪野山は思った。ついでに移転して欲しいとも。

 目的の階でエレベーターを降りると細長い通路を進み、一つしかないドアを開ける。このフロア全体が一つのテナントで占めているようだ。

 中に入るとすぐに受付があり、そこには眼鏡をかけ、白髪が目立ち始めた中年の男がいる。

「おや、珍しいですねぇ。どうしました?」

「ちょっと調べもの」

 ニコニコと相手が話しかけてくるのをぶっきらぼうに猪野山が答える。

 中年の男はバインダーを差し出し猪野山が受け取る。一連の手続きをして受付の奥へと進む。

 そこにはさらにドアがあり、開けて入るとズラリと並んだ本棚に雑多に集められたかのように古い書籍が詰まっている。

 動物の皮が朽ちたようなホコリの匂いがムッと鼻につく。だからここは嫌いなんだと改めて猪野山は思った。


 この場所は国内外のオカルトや民話、古い宗教の教義や歴史などを収集していて、“影の図書館”と呼ばれていた。

 世界に数冊しかない貴重な教本や魔術の本。平安時代に記された妖魔伝などが無造作に棚に積まれている。

 いつからあったのかわからない。猪野山も人から紹介されて知った口だ。

 オカルト研究の護衛をしているため、妖怪などの詳しい資料を読みにたまに訪れていた。

 基本的には会員のみの利用となっている。その為、同業他社の人間が出入りしていて、知り合いと鉢合わせすることも珍しくない。霧谷の上司、大谷(おおたに)教授はよく利用しているみたいだが。

 狭い棚と棚の間を通り先へ進む。


 目的の棚につくと先客がいた。

 背の高い女が全身黒ずくめの格好をしていて長いスカートが足を隠している。中世ヨーロッパのモノと思われる分厚く大きい本を開いて、その場で見ているようだ。

 猪野山に気がつくと黒く長い髪を揺らし顔を向け、切れ長の目が彼を見据える。

「あら? どうしたの、ここは違うんじゃない? 日本の妖怪関連は向こうよ」

「いや、魔女について調べたい」

 猪野山が答えると彼女は目を見開いた。

「へぇー。何かあったのね? じゃなきゃ興味ないでしょ?」

「……」

 何も答えずに猪野山は歩みを進めて目的の書物を手に取る。

「それって、魔術書だけど? あなた、魔法がつかえたかしら?」

「……」

 黒髪の女の言葉を無視して、もう一冊に手を伸ばす。女はその手をつかんで猪野山に近づく。

「さっきから聞いてるのだけど? あなた舌がなかったの?」

「ほっといてくれ」

 手を振りほどき本を取り出す。女に目を向けた後、猪野山は二冊の本を手にすると棚の奥へと進んでいく。

 奥はブラインドを閉めた窓際で質素なテーブルとパイプイスが並んでいる。


 本をテーブルに置き、腰かけると一冊のページを広げる。

 そこにはラテン語がびっしりと並んでいた。……ダメだ、全然わからん。猪野山は天井を見た。

「意外と博学なのね。わかる?」

「ほっとけって! いいだろ!」

 いつの間にか後ろにきていた女に猪野山は怒鳴る。

 女は気にせず隣に座ると開いた本の一節を指さしニコリとする。

「これって警告文なの。“これを読む者は心せよ。悪魔と魔女が誘惑する”ってね」

 はぁーっとため息をついた猪野山はもう無理だなと観念した。できれば隠し通したかった。

「本物の魔女っていると思うか? 紀沙(きさ)

「…目の前にいるでしょ。猪野山君は舌だけじゃなくて頭の中も無くなった?」

「紀沙は俺の手に触れただけで動かなく出来るか?」

「なにいってんの。それってサイキックでしょ。あんたの領域じゃない?」

 紀沙と呼ばれた女性の問いにフッと薄笑いし視線を逸らす猪野山。ムッとした紀沙が詰め寄る。

「最近は霧谷(きりや)メイに夢中じゃなかったの? どうせ近づいて頭の中を読まれたんでしょ」

「ハハ。触れてないから大丈夫だよ」

 苦笑いで猪野山が答えるとニヤリとする紀沙。

「はは~ん、知らないんだ。あの子、対象が離れていてもリーディングできるのよね」

「う、嘘だろ。あいつの資料は全部読んだぞ」

「読み込みが甘いわね。本人は申告してないけど、報告書を注意深く読めば推測できるわよ?」

 彼女の言葉に顔に手を当てて考え込む猪野山。心当たりがありすぎるぞ。しかも接触しなかったか? 相手の経歴の薄さに油断しすぎた。

 紀沙はフフと笑みを浮かべて猪野山のおでこをつつく。

「図星だったみたいね」

「…ほっといてくれ。それより魔法ってどうやって実現できるんだ?」

 なんとか気を取り直した猪野山が問うと目を細めた紀沙はパイプイスに座り直す。

「ただ事じゃないみたい。いいわ、教えてあげる。古代エジプトから連綿と受け継がれる魔法、それは地・水・火・風と呼ばれる四大元素の精霊たちを目的に合わせて制御する方法のことよ。魔法を使うためには魔法陣を介してこの元素に働きかけるわけ。で、魔法使いはこの術式を駆使してさまざまな現象を引き起こすの。幻と言われる魔法使いは空中に魔法陣を描いて術を行使したらしいわね。…わかった?」

「いや、全然。俺が聞きたいのは言葉だけで魔法が再現できるかってこと」

「無理よ。そんなのあったら見てみたいわ」

 眉を寄せた紀沙が猪野山を見る。

 再びフッと口元を上げた猪野山は立ち上がると本を手に取り棚の方へ歩き始めた。


「待って!」

 紀沙の声に猪野山が振り返ると、立ち上がった彼女が人差し指で空中に小さな円を描いている。

 指を奇妙に動かし終わると猪野山の回りが冷気を伴い空気が凍りつく。

「こ、これは……」

 驚いた猪野山が白い息を吐き出した。

「魔法よ。納得した?」

 自慢げな紀沙が両手を腰にあてている。

 猪野山が固まっている間に回りの冷気は薄れ暖まっていき、室温と同じに戻っていった。

「……だが違う」

 そう猪野山が呟き、くるりと背を向け歩き出す。

 あまりの反応の薄さに呆れた紀沙は鼻息をつく。もっと普通は驚くものだ。だがあの鈍い感じはなんだ?

「なんなの? あいつは何を見たの?」

 誰もいない本棚に紀沙は問いかけていた。


 ◇ ◇ ◇


「へっくし!」

 霧谷さんが盛大にくしゃみをした。

「風邪? 大丈夫?」

「いや、大丈夫。誰か噂してるのかな?」

 鼻を腕でこすった霧谷さんがとぼける。ホントかな?

「ちゃんと暖かくしなよ? エアコンの温度を上げる?」

「いいってば! 子供じゃないんだから! ねー、ティちゃん」

「んー。熱はないみたいだよー」

 ティが文句を言っている霧谷さんのおでこに手をあてて計っている。まあ、大丈夫かな?

 霧谷さんがギロリと眼鏡の奥の目を向けてくる。

「もー! 心配性なんだよ、白滝はー!」

「ハハハ。こめん」

「いちいち謝るな! お礼が言えないだろ!」

「ハハ。そうか」

 笑って言うとムスッとした霧谷さんが耳を赤くしていた。

 そのままテレビに向いて誤魔化している彼女に微笑んで僕は本の続きを読み始めた。


 しばらくたった頃、ふと思い出して顔を上げ霧谷さんに向けるとティと一緒にテレビを見ていた。

「霧谷さん」

「なに?」

 僕の呼びかけに霧谷は顔を向けた。

「新菜さんに聞いたんだけどさ、猪野山君って南さんに気があるの?」

「はぁ!? って、そうだった。新菜さんは勘違いしたまま行ったんだっけ」

 びっくりした霧谷さんが体を回転させ僕に向き直る。しかも勘違い?

「えっと、それは違うってこと?」

「そう。ちょっと前に南さんにアタシの手伝いをしてもらって。あいつに少し私らの事を教えたから」

「んー? 詳しく話してもらっていいかな」

 あまり要領の得ない霧谷さんの言葉に詳しい事情を聞く。

 彼女は先日の新宿で起きた出来事を話してくれた。なるほど。しかし僕にも不満はある。

「霧谷さん。そういうことはちゃんと話してね? いい?」

「わ、悪かったよ。忘れてた」

 ばつが悪そうに答える霧谷さんの頭をティがナデナデしている。しかし、南さんには後でお礼を言わないと。

「ところで猪野山君ってどこの所属なの? 霧谷さんと近い組織だよね?」

「詳しくはわからない。でも、アタシのところより上のグループに属してると思う。怒ってる?」

「もう怒ってないよ。ただ、君が心配なんだ」

 僕の言葉に耳を赤くした霧谷さんは立ち上がると寝室へと向かった。相変わらず恥ずかしがりだなー。

 ドアの所で急に立ち止まり振り返るとニヤリと顔を向ける。

「さっきの話し、南さんにしないほうがいいよ。白滝って鈍いから」

「え!?」

 何故と思う間に霧谷さんの姿は消えていた。

 ティに目で問うと苦笑いで返されてしまった。


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