四話 来訪者現る
ここは居酒屋「星の囲炉裏」。さっきから仲林君がそわそわしている。
「先輩! ホントに来るんっすね?」
「さっき八巻さんから連絡あったから大丈夫だよ」
ビール片手に迫って来る仲林君をやんわりかわして魚沼さんに助けを求めると苦笑いで返された。
「早くこないかなぁー」
「えーと、さきやんは仕事してくださいよ」
のほほんと同じテーブルに座っている従業員のさきやんに注意するがニハハと誤魔化される。
自由すぎるなぁ、この居酒屋は。厨房では店主のおやじさんが黙々と料理を作っている後ろ姿が見えた。
と、店の扉が開き八巻さんと新菜さんが入って来た。
「お待たせー! じゃじゃーん! 新菜さんでーす!」
「今日はお呼びいただきありがとうございます!」
両手をひらひらさせて紹介する八巻さんに少し照れている新菜さん。二人に手を上げて答える。
「おぉおおお! 初めまして新菜さん! オレは仲林っていいます! 魚沼さんと白滝先輩と同じ開発室にいます!」
「は、はい。初めまして…」
「仲林は大人しくしてろ! 怯えてるでしょ!?」
あまりの仲林君の迫力に身を逸らせる新菜さんに八巻さんがかばう。
二人が席に着くと魚沼さんとさきやんがそれぞれ自己紹介して飲み会が始まった。
八巻さんとさきやんに挟まれ楽しそうに会話している新菜さんを見て、いい思い出作りができればと微笑ましく見守っていた。
嬉しいのはわかるけど、仲林君が新菜さんにがっつきすぎて一同がドン引きしていた。
あと、さきやんが普通の客みたいになっていた。
◇ ◇ ◇
ニーナが異世界へ行ったまま一か月が過ぎた。
十日に一回は帰って来たのにおかしい。
けっして、あの甘いお菓子が待ち遠しいってわけじゃなく、純粋に心配しているんだ。
私のお気に入りのお菓子は、棒状のクッキーにチョコがコーティングされている「パッキー」。
思い出すだけでもヨダレが出てくる。
いや、違う! ニーナが心配なだけだ。
そんなわけでニーナが住む異世界、黄色い月が見える川沿いの土手に私はいる。
少し様子を見て来いと賢者様に仰せつかった私、ナイン・ハードバードはこうしてやって来た。
賢者様より預かっている探知版に示された方向へと進む。
遠くに黒く映る建造物の群れを見ると私のいた世界よりもずいぶんと技術が進んでいるようだ。
にしても人がいないな。
川沿いは魔物が出やすいから人々も夜には来ないのかもしれない。
やがて前方に現地人を発見する。
丸腰でだらだらと歩いている。警戒心もありゃしない。
近づいていき声をかける。
「ねえ、そこのあんた。ちょっと教えて欲しいんだけどさ…」
「おわぁ!」
驚いて振り返る現地人。男だ。短めの黒髪、顔はまあまあ。ずいぶんラフな格好だ。寝巻きか? 私よりも背が高いな。
「だ、誰? コスプレ?」
恐る恐る尋ねる男。私の全身をマジマジと見ている。まあ、わかる。魅力的だからね。
「何言ってんだかわかんないけど、この辺に何か落ちてこなかった?」
「いえ、知りませんけど……」
「あっそ。ありがと」
何も知らなさそうだから切り上げて先を急いだ。男はあっけにとられていたが。
探知版の示す方向には何もなかった。きっと誰かに拾われたかもしれない。
仕方がないのでニーナに会いに行こう。これも探知版があれば一発だ。
ふと、先ほどの男から懐かしい匂いがしたことをに気がついた。
何故だろうか?
土手から町へと向かうと様子がガラリと変わる。
ずいぶんと背の高いコンクリートの建物がひしめき合い、多くの人々が行き交う。
しかも夜なのに明るい。煌々と明かりが道沿いに灯っている。
馬車の代わりに四角い乗り物がいたるところを走っていて道も整備されている。
まるで未来世界へ来たかのように感じる。だが、ここは異世界。私の世界とは違う。
早くニーナに会わなくては。
探知版によるとニーナは移動中のようだ。
匂いもニーナで間違いない。懐かしい……。まだ一か月ほどしか離れていないが。
先回りして驚かせてやろう。
◇
建物の陰で待機する。
ふっふっふ。驚いた顔が目に浮かぶ。
……来た!
勢い飛び出しニーナの前へ出る。
「いよう! 久しぶりだねって誰!?」
そこには私の知っているニーナじゃなくて、すっかり現地人になっている女の子がいた。
髪もショートで黒くなってるし、瞳の色も違う。何よりも服装が現地人!
「は!? あれ? ナイン?」
驚いて声を上げるニーナ。後ずさりしてる。
「アンタずいぶん変わったね? 魔法を使ったんだろ」
「な、ななななんで、ここに!?」
アワアワしているニーナの腕をつかむ。なんだかちょっと見ない間に腑抜けになってる。
「賢者様に言われてきたのさ。わかるだろ?」
「えっ? 賢者様が……。と、とりあえずこっちへ来て!」
ニーナがつかんでいる私の手を取り建物の中へと導く。
え? ここが住まいなの?
それから不思議な箱型移動装置に乗せられ部屋へと案内された。
部屋は二つあり、温水、冷水の出る水道を備えた広い台所。清潔なトイレ。なんといっても風呂まである。
それらはすべて魔法を使わずに実現しているのだ。
ニーナによればこの世界には魔法はないようだ。その代わりに科学技術が発達していて生活が便利になっている。
ただ、私たちの魔法はこの世界でも再現できるみたい。
詳しく聞いたけど多次元のどうのこうの言っててさっぱりだった。
さすが主席魔導士は違うな。
極めつけは“すまーとふぉん”という板だ。この世界のさまざまな情報や映像が見ることができる。さらに遠方の者とも会話できるという。凄い!
お茶を囲んでニーナは楽しそうに語る。
さらにこの世界には魔物はいないようだ。道理で魔物の影が見えないわけだ。
なるほど、お菓子だけじゃなく、住み心地が良いから腑抜けになったのか。
「ところで賢者様が心配してたんだよ。だから様子を見に私が来たのさ」
「あー。ゴメン。最近は忙しくて戻ってなかったね」
眉を下げて困り顔でニーナが苦笑いして謝る。
「まあ、ちゃんとお菓子を持ってきてくれれば文句は言わないよ」
「そっち!?」
「他にあるのかい? だって“真理の輪”の破片は見つかってないんだろ?」
「え、ええ。そ、そうね。わかんないし」
でへへと愛想笑いのニーナを見て他の理由もあるのかと邪推する。
「ところでその“すまーとふぉん”でさっき言ってた写真って見れるのか?」
「もちろん! 私、あまり撮ってないけどあるよ。ほら!」
嬉しそうなニーナが板を置いて私に操作して見せる。
なんか男の人と一緒の写真が多い。ってか、なんだか見覚えのある顔だ。
「ちょっとニーナ。誰、この男?」
「白滝さんだよ。同じ会社に勤めてるんだ」
「ふ~ん。って、会社!? 働いてんの?」
「当たり前だよ。そうじゃなきゃ暮らせないよ」
なんか幸せそうな顔してるよ、この娘。これは、あれか?
「あのさー。ひょっとしてこの男が関係してる?」
「ん!? ぜ、全然関係ないよ?」
「おいっ! この写真にいっぱい出てるだろ! 何者なんだよ、この男は?」
「えっと、その……協力者?」
なんかドギマギしているニーナが怪しい。この男とどういう関係なんだ?
きっと騙されやすいニーナがこの男にたぶらかされたんだ。それで帰ることができないんだ。
私が解決しなくては!
居ても立っても居られず立ち上がると驚いているニーナ。
「私がこの男を退治してやる。ニーナは騙されてるんだ! 待ってな!」
「え!? いや、ちが……」
そんな彼女の言葉を待たずに素早く部屋を出る。
あの男を思い出した。私がこの世界に来た時に川沿いの土手で会った男だ。
匂いも覚えてる。
私から逃れられると思うな!
◇
夜の町を疾走する。
あいつはすでに川沿いから移動して町中にいるようだ。
匂いをたどって駆けていくと発見した!
ちょっとした広場のベンチに腰かけて飲み物を飲んでいるようだ。
全く警戒していない。なんて不用心。
「おい! オマエ!」
ヤツの前に現れるとベンチから飛び上がるほど驚いている。
「うわぁあ! ビックリした! って、君は土手で会った…?」
「そうだよ。覚えててくれて良かったよ」
言いながら両手に銃を出現させる。
こいつは私が愛用している魔法銃。私の込める魔力の量によって威力が変わる魔法の弾丸を発射する。
銃を突き付けているのにこの男はポカンとしている。
「お前がニーナをたぶらかしたんだろ! 思い知れ!!」
「え? 誰? ニーナ?」
すかさず威嚇の弾丸を打ち込む。
男の足元へ着弾し、ベンチから飛び上がった男は悲鳴を上げて逃げ始めた!
逃すか!
走っていく先へ弾丸を打ち込み阻止する。えぐれた土がそこここに跳ね上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君は誰なんだ!? 何で撃たれるんだ?」
行く先を阻まれ尻もちをついた男が叫ぶ。
「しらばっくれるな! あんたを消してやる!」
「ま、待て!」
男の声を無視して弾丸を発射する!
と、魔法障壁が男を中心に半円を描き弾丸を阻止された。
「な!? どういう……」
「ナイン!!」
背後から怒鳴り声が聞こえ振り返るとニーナが息を切らして手を上げていた。
「何してるの! 白滝さんに何かするなら許さない!」
「え……。いや、この男が元凶なんだろ?」
激怒しているニーナなんて久しぶりに見た。足が震える。
ニーナの魔法には勝てない。主席魔導士に本気になられたら私なんか一瞬で終わる。
その本人が眉間にシワを寄せツカツカとやって来る。
「違うから! 説明があります。そこで正座!」
「え、あ、はい」
ニーナに睨まれ言葉に素直に従う。
彼女は男に近づき何かを話している。何故か謝っているようだ。
どうやら私が勘違いしているような感じだ。しまった、また早とちりしてしまった。
男の元を離れてニーナがこちらへやって来た。
「もー! なんで人の話を聞かないの! 昔からそう!」
「す、すまない……。てっきりニーナが戻らない原因が彼にあると思ってたから」
うつむいて謝るとニーナが顔を寄せてくる。
「ちゃんと後で訳を言うので今日は大人しくして。いい?」
「……わかった」
少し落ち込んで答えると微笑んで肩を叩く。
「ほら、立ち上がって白滝さんに謝って」
「わ、わかったよ」
立ち上がって男の元へ行くとビクビクしている。まあ、突然襲ったからな。しようがない。
勘違いしたことを謝ってニーナがフォローしてくれた。
シラタキは笑って許してくれたが表情が硬かった。
その後、別れてニーナの自宅へ戻った。
「いいですか! この世界には魔法がありませんから、人前で使わないでください!」
「わかったよ。悪かった」
帰るなりニーナに説教をくらった。
どうやら、ニーナはこの世界で“新菜”と名前を変えて生活していて、あの白滝という男は“真理の輪”の欠片を探す手伝いをしてもらっているようだ。
だが、それだけで納得いかない。絶対に何かある。
「……他にもあるだろ? 顔みりゃわかる」
「えっ!? あの、その」
「ほら、言いなよ。ちゃんと言わないから私が早合点してんじゃん」
「うーー」
みるみるうちにニーナの顔が赤くなる。
はぁ。ため息をついてお茶を飲むとニーナが上目づかいで言ってくる。
「あの、賢者様には秘密にして欲しいんだけど、実は……好きな人ができて」
「はぁ!? 誰を! この世界の人間か?」
驚いて聞くと赤い顔して頷いている。
「……さっき会った白滝さん」
「え!?」
「だから彼が好きなの」
「え?」
ニーナの耳まで真っ赤だ。あの主席魔導士が異世界の人間に恋した? マジありえない。
「ってか、あたしの判断合ってたじゃん! あいつを消そう!」
「なんでそうなるの! 彼に手を出したらダメ!」
ニーナがダン! っとテーブルに手をついて怒ってきた。あー、そういうこと。
「はぁ~、わかったよ。賢者様に秘密にしとくよ。まったくイイ子ちゃんは真っ直ぐだね」
「ありがとう。ナインならそう言ってくれると思った」
ニーナが笑顔を向ける。
あっちの世界じゃ、誰も目にかけなかったのに。なんで異世界なんだろ?
それからニーナにこの世界の事を詳しく説明してもらった。
今、私たちのいる日本について、社会のありかたや生活などについてだ。
大体わかったが、いくら好きな男が出来たからって同じ勤め先にするか? 普通。
とりあえず今日会った白滝にはニーナの想いが伝わっていないようで、“真理の輪”を探すのを手伝ってもらっているらしい。
その名目で近づいてアプローチをしているようだ。
あー、メンドクサイ。ストレートに言えばいいのに。