五十五話 新菜さんとデートする
更新が遅くなってすみません。
鏡に映る自分の姿をチェックする。よし。身だしなみを整えてリビングに出ると用意が終わったティが霧谷さんと待っていた。
「ハリキリすぎー」
「ち、違うから! いつも通りだよね? ティ?」
僕を見た霧谷さんのツッコミにアタフタと答え、ティに振ると笑顔で頷いている。
「じ、じゃあ、行ってくるから。霧谷さんはホントに行かなくていいの?」
「前も言ったけど人が多すぎるから、アタシはパス!」
「わかった。それじゃ、夜には帰ってくるからね」
「ハイ、ハイ。イヤラシイ事して嫌われないでね~」
霧谷さんの言葉に睨むと舌を出された。
なにか言い返そうと口を開き、ふと腕時計を見ると待ち合わせまで間もない。
ニヤニヤしている霧谷さんにいってきますと告げて、ショルダーバッグを忘れずに手に持ち玄関へ。
慌ただしくティを連れてマンションを出て駅まで早足で向かって行く。
すっかり待ち合わせ場所になった駅の改札前には、すでに新菜さんが待っていて、僕たちの姿を認めると口元を緩めて小さく手を振った。
「ゴメン! 待った?」
「いえ、いえ。少し早く着きすぎたので…今日はいつもと雰囲気が違いますね」
そう言う新菜さんも普段とは違うコートを羽織っている。確かに僕も少しはオシャレをしてきた。
二人で互いに恐縮し合っていると、ティはじれったそうに僕たちの手を引いて改札へと導く。
「早く行こうよ! 楽しみだったんだからー!」
すっかりテンション高めのティに新菜さんと顔を合わせて笑いながら駅へと入っていった。
電車を乗り継ぎ目的の場所へと移動する。
僕と新菜さんは、あれこれとこれから訪れる所をティに説明する。
特に人が多いのではぐれないように注意して。それでもティなら、はぐれても難なく見つけてくれそうだけど。
やがて目的地へとたどり着く。
「ホントに着いたの? 全然わかんないよ~」
ティがキョロキョロして感想を漏らす。
「まだ地下の施設内だからね。いったん外に出ればよくわかるよ」
説明して長いエスカレーターに乗り地上に出た。
「わぁーーー! すっごく高い!」
外から建物を見たティが喜んでいる。
僕らは再びトカイツリーに訪れていた。告白してから初の新菜さんとのデートとティの要望を叶えた結果だけど。
もう一度、同じ場所に行くことに新菜さんは難色を示す事無く笑顔で了承してくれた。
ティがはしゃいでいるのを温かく見守っている新菜さんの隣に並ぶと、そっと空いている手を握った。
新菜さんは僕に顔を向けると微笑んで握った手に力を入れて応える。
こうして間近で見る新菜さんの顔はとてもキラキラと輝いていた。改めて彼女の美しさを実感する。
特に薄いピンク色の唇に目を奪われる。……霧谷さんに言われた事が本当に起きそうで怖くなってきた。
外観を堪能したティを今度は展望フロアへと連れて行く。
今回は事前にチケットを予約購入済みなのでスムーズにエレベーターへと乗り込み上がっていく。
ティはガラス窓に貼り付いて下に吸い込まれる景色に食いついている。爽やかな青い空へ向かって、みるみる地上から離れていった。
再び訪れた展望フロアに前に来た時のことを思い出しながら三人で地平線まで広がる街並みを眺めた。
展望を楽しんだ僕たちは地上へ降りて施設内のベンチで休むことにした。
今日は観光や遊びにくる人が多く、カフェは満席でどこも空きがないからだ。テイクアウトの飲み物を手に持ち窓際のベンチから外の様子を見ながらくつろいだ。
ティはソフトクリームを頬張っている。さっきは興奮して身体が熱かったのかな?
隣に座ってくつろいでミルクティーの入ったカップを握っている新菜さんに、前から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「新菜さん」
「はい。なんですか?」
「その、言い辛かったら言わなくてもいいのだけど、どうして欠片を元の世界へ戻すときに悩んでいたのかな?」
「あ…えっと──」
僕の質問に顔を赤くした新菜さんは下を向いた。何かマズイことを聞いたのかな。
少し黙った新菜さんが意を決したのか顔を伏せたまま再び口を開いた。
「あの欠片を戻して白滝さんとの接点が無くなるのが怖かった……。返してもらった途端に他人になってしまう気がして……。今思うと、そんなのが無くてもいいぐらいに親しくなっていたのに、その時は気づかなかった……。だって、私、ずっと、ずっと──」
少し顔を上げ、耳まで真っ赤な新菜さんが僕と目を合わす。潤んだ瞳にこちらもなんだか恥ずかしくなってくる。
「──あ、あなたが好きだったから」
直ぐに顔を再び伏せてモジモジしている。なんともいじらしい姿が愛おしく、思わず抱きしめてしまう。
「ごめん、気がつかなくて」
「わ、わかりましたから! ミルクティーが……。白滝さん! 離れてください!」
慌てた新菜さんが真っ赤になりながら身体をはがして僕に向き直る。
「もう! 少しは周りを見てください! こんなに人通りの多いところで! それに、心構えのないまま、そんなことされると心臓が張り裂けて死んじゃいます!」
「は!? 張り裂け…?」
「ど、ドキドキしすぎるんです! う、嬉しすぎてドキドキするんです!」
顔を赤くして怒る新菜さんの言葉に思わず吹き出してしまう。
「プッ」
「なんで笑うんですかー!」
「ハハハ。ごめん」
怒りながら恥ずかしがっている新菜さんに謝りながら僕は笑っていた。
ソフトクリームを食べ終えたティはニコニコと新菜さんの頭をなでていた。それはどういう意味なんだ、ティ?
◇
お互いに落ち着いた頃、施設内のフロアを見回り始めた。
ここも通路が人混みでごった返している。ティは初めての場所に楽しそうに見ていて、たまに商品を手にとったりしていた。
僕と新菜さんは先ほどのやり取りで、なんとなく気まずい雰囲気のままだけど、互いの手は絡めたままティの後について回った。
しばらくウインドウショッピングを楽しんだ後、食事にすることにしたが、昼時はさすがにどの飲食店も満席で、皆並んで次の順番を待っているようだ。
このことは前もって予想していたから、お弁当を用意して今日に臨んでいたのだ。だから、昨日から下準備をしていた僕を霧谷さんは呆れながら見ていた。
温かい飲み物を買い施設の外に出ると、空いているテーブル席へと向かう。晴天の下で風が冷たいけど太陽の光が暖かいからまだ大丈夫。
席につくと新菜さんが疑問を聞いてきた。
「あの、ここで休むんですか?」
「お昼にしょうと思って。お弁当を持ってきたんだ」
ショルダーバッグからパックを取り出して並べる。それを見た新菜さんがすまなそうに立ち上がった。
「ごめんなさい! 浮かれててお昼の事をすっかり忘れてました!」
「あやまらないで座って新菜さん。僕がご馳走したいんだ。あまりレパートリーはないけれど」
愛想笑いで答えて新菜さんを再び座らせた。なぜか新菜さんは僕の隣にピタリとイスをつけていた。
僕と新菜さんがやりとりしている間にティが気を利かせてバックを全て並べながら蓋を開けてくれた。
「ありがとうティ」
「早く食べよー! ニーナ様、このだし巻き卵はボクが作ったんだよ!」
ティは新菜さんにだし巻き卵の入ったパックを差し出す。微笑んだ彼女はプラスチックのフォークでだし巻き卵を取ると口に運ぶ。
「とてもおいしいですよティ。……私が作った…より…も……」
新菜さんに褒められたティは満面の笑顔でおにぎりを両手に持って頬張り始めた。でも、新菜さん。口は微笑んでるけど目が怖いよ。
きっと自分より料理の腕が上だったからかな。ティは物覚えが早いから、今では僕よりも上手だと思う。
楽しく食事を済ました後、僕たちは再び施設に入って併設の水族館へと向かった。
新菜さんと知り合ってから水族館へよく行くようになった気がする。
入場して館内の水槽を見て回る。ここには巨大な水槽はないけれど、それぞれ特徴のある展示をしていて見どころが多い。
ティはペンギンのエリアの仕切りガラスから興味津々に観察していた。
僕らは近くの段差に腰を降ろし、その様子を見ていた。
「あの…」
「ん?」
隣でくっついて座っている新菜さんが申し訳なさそうに言ってきた。
「あの晩。白滝さんが追いかけてきてくれて嬉しかった。でも、どうして?」
「あー。言っても笑わない?」
「もちろんです」
正直、一番聞いてもらいたくないことを新菜さんが口にした。恥ずかしいから言いたくないけどしょうがない。
新菜さんに顔を向けると真剣な表情で僕の言葉を待っている。
「ぼ、僕は新菜さんが欠片を持って去った後に自分の本当の気持ちに気がついたんだ。それで、その……てっきり君がアビエットに行ったきり戻ってこないと思って、どうしても引き止めたかったからダメ元で……告白したんだ」
言うと新菜さんは両手で口元を隠して肩が微かに震えている。
「ほら! 笑ってる!」
「フフフ、ごめんなさい。勘違いでも嬉しいです」
そう言うと新菜さんは優しく僕の肩に手を置いた。
「ついでに新菜さん」
「はい」
「そろそろ敬語はやめない?」
新菜さんは肩に置いた手を離してモジモジし始めた。
「む、難しい……です。だっていまだに緊張するんです。し、白滝さんの前だと……」
「プ」
思わず吹き出すと新菜さんが半目で見つめてくる。怖い。
「そ、その内になれると思うから、大丈夫だよ」
「ですよね」
慌てて言いつくろうとニコッと肯定された。しかし、今までもずっと緊張してたのかと思うと、そっちの方が疲れるような気もした。
ペンギンに満足したティが戻ってきてから僕ら三人は館内を巡りながら楽しんだ。
水族館を出てからは、いくつかお土産を見繕いトカイツリーを後にした。
二人きりではないけれど新菜さんと過ごす今日は、なんだか特別な感じがして気分が向上してくる。
少し歩いて隅田川沿いにある水上バスの発着場へ行き、周遊コースの船に乗り込む。
この時間帯は空いていて、まばらに僕ら以外のカップル数組などが乗船していた。
船の外側に備え付けられたイスに座り景色を楽しむ。窓で仕切られてないので冷たい潮風が直接肌に当たる。
最初は風を気にしなかったけど、だんだんと体が寒く感じてきた。
新菜さんを見ると唇が紫色になって僕に微笑んだ。これはマズイ!
慌てて窓で仕切られ空調で暖まった船内へと移動して一息入れた。新菜さんも無理しないで欲しい。
ティは元気に外側に残って景色を見ている。あまり寒くはないみたいだ。
ショルダーバッグから飲み物を取り出し新菜さんに渡す。乗船前に買ったのでまだ温かい。
とりとめのない話をしながら隅田川からの景色を望む。普段見ない光景なので新鮮だ。
ふと新菜さんが手を握って聞いてくる。
「クリスマスってどうしますか?」
「えーと、パーティーかな」
「そうなんですか? なんでも、こ、恋人たちが過ごす日って聞いたんですけど……」
「あ、そうだね。ごめん、皆で楽しむ事を考えてた」
ムッとした新菜さんが身を乗り出してきた。
「白滝さんはもう少し私の事を考えてください! 私なんかいつも白滝さんの事ばかりなのに!」
「ハハ、ごめん。でも、そんなに想ってもらえるなんて嬉しいよ」
真っ赤になった新菜さんがお腹をつねってきた。
「もう! 白滝さんって、付き合う前と態度が変わらないですよね?」
「そうかな? あまり意識してなかったけど…。でも、新菜さんは大切な人だよ」
少し怒った風な新菜さんは迫ってきたまま聞いてくる。何に怒っているのかわからない。
「それって、しおりさんもですか?」
「南さんは関係ないし。今は友達だと思ってるよ」
「ホントですか?」
「本当だって。ほら、こんなことしないし」
目の前にいる新菜さんを抱きしめる。服越しに柔らかい身体の感触が手に伝わる。
今度の彼女は逃げることなく僕の胸に顔をうずめる。艶のある髪からいい匂いが僕を包んだ。
「ばか…」
新菜さんは一言、両手を僕の背中に回す。密着した彼女の身体から鼓動を感じる。僕よりも早く、激しく打っているようだ。確かに破裂しそう。
「クリスマスは皆でパーティーだけど、前日のイブは二人きりで過ごしたいな」
「……前日」
「そう」
新菜さんは静かに顔を上げ、その頬は赤く染まっていた。
まるで吸い込まれるように彼女の唇に重ねる。
顔を離すと新菜さんは静かに体を起こし、握った拳を口に当て顔を伏せた。
「に、新菜さん大丈夫?」
気分が悪くなったと思い肩に手をかける。彼女は首を振ってちらりと僕を見た。
「幸せすぎて…死んじゃいそう」
「まって、新菜さん。これで死んだらもっと先は大変なことになるよ」
「さ、先……!?」
何を想像したのか、耳まで真っ赤になった新菜さんが背を向けてブツブツと呟いている。
余計な事を言ってしまったのを反省しつつ、彼女になんて声をかければいいか悩む。
当たり障りのないことを言って話題を変えよう。方針を決めて口を開きかけた時に新菜さんが振り返った。
「わ、私、努力しますから! そ、その先も大丈夫なように!」
意を決した顔つきに覚悟が見える。だけど、そんなに重大な事でもないし。
新菜さんの手を取って笑いかける。
「大丈夫だから新菜さん、そんなに重く考えなくても。自然となるようになるし」
「……自然と」
ホッとしたのか新菜さんはグッタリと僕に体を預けてきた。
そんな彼女が可愛くて、愛しさを覚える。
「ねー。もう船が着くよー」
いつの間にか横にいたティが声をかけてきた。
「ティ! いつから?」
驚いて聞く。新菜さんも僕と同じようで目を見開いたままシャキッと座り直した。
「んー。二人が抱き合ってるあたりかなー」
「ええっ!?」
ということは……。チラリと新菜さんを見ると再び真っ赤になって目が泳いでいた。
ニコニコしているティに今見た事について聞きたいけど藪蛇になりそう。
僕たちはなるべく普段通りに振舞って船を降りる準備をギクシャクしながら始めた。
◇ ◇ ◇
「た、ただいま……」
リビングでくつろいでいる所にフラフラと足元がおぼつかない様子で新菜が帰ってきた。
「ちょっ、大丈夫か!?」
慌てて倒れそうな新菜を支えると私に抱きついてきた。
「もう限界……。自力で立てない」
「一体何があったんだ? 白滝になんかされたのか?」
ソファーに座わらせるとぐったりともたれてきた。見た所、服装は乱れてないし、髪型も朝見た時のままだ。
そのまま寝かせ、キッチンへ向かい紅茶を淹れてくる。
リビングのソファーに再び座って新菜にカップを持たせると一気に飲み干し、息を吐き出した。
「はぁ~~。落ち着いた~」
「どうしたんだ新菜?」
心配で聞くとトロンとした目を向けてきた。な、なに?
「幸せって短いね……」
「はぁ?」
言っている意味がわからない。新菜はまだ夢うつつな感じだ。
両手で新菜の顔を挟む。
「おい! なんか毒でも飲んだのか?」
「ひゃひゅひゅゆよー」
タコみたいな口からなんか言ってる。新菜は私の手を外すと怒り顔になる。なんでだ?
「やめてって! 違うの! 白滝さんと一緒にいてサイコーだったって言ってるの!」
「ああん? じゃあなんでフラフラになってるんだ?」
「だって…幸せすぎて夢みたいなんだもん」
すぐに怒りを鎮めると新菜はさっきと同じようにぐったりしてきた。
ああ、わかったよ。つまりあれだ。デート最高! ってやつだ。納得。
それから今日一日に起きたオノロケをくどくど聞かされた。
いちいち付き合う私もお人好しだな。ティも一緒にいてよくやるよ。
しかし、デートの度に聞かせるつもりじゃないだろうな? 死ぬぞ、私が。違う意味で悶えて。
嬉しそうに語る新菜を見てため息が出た。




