三話 新菜さんと遊園地へ行く
あれから一ヶ月、ほぼ毎日新菜さんとSNS「アイビー」で連絡を取り合っている。
とはいっても短いやりとりなので楽しく続いていた。
そして驚くべきは新菜さんの吸収力。どうもスマホを駆使してさまざまな情報を見ているようで、乾いたスポンジの如く現代日本や世界の情報を吸い上げているみたいだ。
たまに僕のほうが教えられることもあって、その知識には舌を巻いた。
土日の空いている時には池袋駅のファストファッション「エネクロ」などを回って買い物に付き合わされた。
そのおかげか新菜さんは流行の服をビシッと決め、最初の頃から比べるとずいぶんと印象が変わり、どこかのモデルの人みたい。
月曜日、いつものように仕事をしているが、さきほどから仲林君の視線が鋭い。
気になって聞くと居酒屋で話しますと言う。
思い当たる節が無いので少し困惑している。僕が仲林君に何かしたかな?
仕事上の事でなければいいけど。
そんなやりとりを魚沼さんは楽しそうに眺めていた。
幸い業務は支障なく、いつも通りにコミュニケーションもとれ、つつがなく過ぎていった。
「見たんですよ! 昨日、先輩を!」
「はあ。そうなんだ」
居酒屋『星の囲炉裏』の席に着き、酒が運ばれるやいなや仲林君が身を乗り出してきた。
普通に返すと仲林君が興奮してきたのか顔が赤い。それを唖然と見ている八巻さんと魚沼さん。そして何故か隣にすわっている、さきやん。
仲林君がさらに追い打ちをかけてくる。
「なんでそんな冷静なんですか! いいですか、見たんですよ! 池袋駅で! 先輩と新菜さんが一緒に歩いている所を!!」
「あー、昨日だね。見たなら声をかけてくれればいいのに」
そんなことかと返答してビールを飲もうとジョッキを手をかける。と、八巻さんが素早く腕を握ってきた。
「白滝君、説明しなさい!」
「!?」
ビックリして八巻さんを見ると目が薄くなっている。何故か焦ってきた。こんな彼女を見たのは初めてだ。
仲林君に視線を向けると、うんうんと頷いている。魚沼さんとさきやんも興味津々な顔つきになっている。しかもつかまれている腕が痛い。
慌てて新菜さんが同じ駅に住んでいて偶然会ったこと、遠方の田舎から越して来て地元と会社周辺しか知らないので池袋駅の有名スポットを案内したことを説明した。
もちろん本当の事は言えないので多少の嘘はついている。少し心苦しいけれど。
話し終わると、疑っている感のある仲林君と八巻さんから矢継ぎ早に質問が飛び、わかる範囲で回答する。
なんか尋問のよう。なんとなく責められているようで少しヘコむ。
何か納得したようで、先ほどと打って変わってニコニコになる二人。その顔を見て安堵した。
「疑ってすみません、先輩。いやぁ、良かった!」
笑顔で謝り、ビールを流し込む仲林君。八巻さんも手を放して普通にしている。でも自分の赤く跡のある腕をみて背筋が寒くなる。今後、八巻さんを怒らせないようにしよう。怖い。
後で新菜さんに連絡して話を合わせないと。仲林君が突撃しそうだ。
隣に座っていたさきやんが僕の肩を突っついてくる。
「うふっふふふ」
ニコニコとしているその顔は何を考えているのか読めない。なんだろう?
少し酔った仲林君が提案してくる。
「それじゃあ今度、呼んでくださいよ。先輩! 絶対、楽しいです! ってか話したい!」
「あー、えっと、新菜さんに聞いてみるよ」
「絶対ですよ?」
怖い顔で迫って来る若林君。そんなに会いたいのか。その隣で八巻さんも頷いている。
「ふふふ、楽しくなりそう」
さきやんがそう一言、席を立って仕事に戻るようだ。ニコニコとお盆片手に厨房へと向かって行く。
「しかし新菜さんとは意外だったな。白滝君も隅に置けないね」
日本酒片手に渋い魚沼さん。うんうんと一人納得している。何かを勘違いしているような気がする。
八巻さんが僕の焼き鳥をもぐもぐとつまみ食いしながら「まったくいつの間に。早く言いなさいよー」とか言ってるけど、なんだかなぁ。
そんなこんなでワイワイといつも通りに飲み会が進んでいった。
◇ ◇ ◇
社員四十人ほどの社屋には食堂があり、麺類や定食などを安めの料金で提供している。
よくテレビで紹介されているような有名企業にあるオシャレなものではなく、街角の定食屋みたいに昔ながらの雰囲気を出していて、パートのおばちゃんたちが作っていた。
お弁当や事前に買ってくる者や外食へ行く者を除いて、ほとんどの社員が利用しているので昼時はそこそこ混みあっていた。
ふらりと食堂に現れた八巻結衣は食券を購入し、カウンターでレバニラ定食と引き換えると目的の人物を探す。
──いた!
奥の長テーブルの端でうどんをすすっている。
前の席が空いているのを確認すると颯爽と向かう。
「こんにちはー新菜さん。いい?」
「あ、こんにちは! どうぞ!」
八巻に気がついた新菜はニコリとして答える。
二人は仕事上で接点があり、初対面ではない。営業の八巻が総務の新菜に在庫の確認や発注を通して知り合っており、社内では親しい間柄だ。
定食の乗ったお盆を置いて席に着くと、いただきますと八巻が呟いた後、箸を止めて注目している新菜に視線を移す。
「昨日、白滝君に聞いたんだけど、池袋でいろいろ案内してもらっていたの?」
「え!? あ、そうなんです。私、この辺りに疎くて。おかげで助かりました」
あまりのストレートな八巻の質問に慌てながら新菜が答える。八巻の顔は笑っているが目が何かを品定めしているのを感じ取れた。
昨日、白滝さんから連絡が無ければ取り乱していたかもしれないと新菜は心の中で安堵する。
──この人、探ってる感じがする。バレてるのかな?
内心ヒヤヒヤしながら八巻の言葉を待っていると、ニコニコと続ける。
「あー、そうなんだ。そうだよねー。白滝君って変な所でマジメだからねー。困ったことがあったら私に言って。いつでも相談に乗るよ」
「あ、はい。そうですよね、同性の方が聞きやすいですし」
ふんわりと微笑んで新菜が答える。
怪しいが確証がつかめない。内心悪態をつくが、いままでの付き合いで表裏の無い性格と八巻は見ていた。
白滝君にも探りを入れたが、いつものおとぼけ会話ではぐらかされたので難しい。
八巻は笑顔のまま話題を変える。
「そうそう、新菜さんってお酒は大丈夫かな?」
「え!? えーと、少しだけですけど…」
少し戸惑いながら新菜が答えると笑顔で迫る八巻。
「ホント! じゃあ、来週にでも行こうよ! いつも飲んでいるメンバーもいるけど大丈夫?」
「メンバーって何ですか?」
「常連の居酒屋があって、そこに開発部の人たちとよく行ってるんだ。もちろん白滝君もいるよ」
ニッとする八巻に愛想笑いで応える新菜。
その後は食事をしながら雑談に講じる二人。
しかしその内容には密かな探り合いをお互いに入れていた。
そして短い昼休みが過ぎていった。
◇ ◇ ◇
『そういうわけで、日曜日に遊園地に行きます!』
「えーと、どういうわけ?」
夜、帰宅して一息ついたところに新菜さんから電話が来てこの言葉。意味がわからない。
『来週からバタバタしそうなんで、娯楽施設である遊園地に行ってみたいんです!』
「えーと、意味がわからないんだけど新菜さん?」
『いつまでも白滝さんに頼れないので少し控えようと思いまして……』
「なるほど。この世界のことに慣れてきたって事かな?」
『そ、そんな感じです。だからよろしくお願いします!』
なぜか新菜さんから必死な雰囲気を感じ了解の返事をした。
連絡なら“アイビー”でも良かったのに不思議だ。
元の世界で何かあったかもしれない。今度会ったときに聞いてみよう。
だが後日、僕の疑問は八巻さんから今度の飲み会に新菜さんを誘ったことを聞いた時に解決した。
来週から忙しくなるとはこの事だったのか。
だけど、それだったら皆で行動すればいいのにと、この時は気楽に思っていた。
◇
──日曜日
新菜さんと遊園地「てしま園」へ電車を乗り継ぎ向かう。
途中、すっかり現地人というか、すっかり今風の女子になった新菜さんを見ると最初に出会った頃の私服を思い出す。
つい、含み笑いをすると新菜さんがふくれた顔で覗き込む。
「何ですか? 私を見て笑って」
「ごめん。最初に会った時の服装を思い出して」
「あー、それですか!? あの時は…。う~、忘れてください!」
「ごめん」
真っ赤になって抗議する新菜さんに笑って謝る。
しばらく二人で行動していたのでお互い慣れてきたのかもしれない。
他愛もない会話をしながら電車にゆられていく。
少し寂し気な入園口の前に立つ。
飾り付けられたチケット販売の施設、巨大なアーチをかかげたウエルカムの看板がいかにもな感じだ。
楽しそうな親子連れが僕たちの横を通り過ぎ中へと吸い込まれていく。
「わぁー! ここが遊園地! 画像で見るよりも大きいですね!」
嬉しそうな新菜さんが両手を広げて感想を言う。
「ははは。僕もここは初めて来たから。遊園地なんて久しぶりだなー」
「え!? 白滝さんも? なんだか嬉しいです! さ! 早く行きましょう!」
笑顔の新菜さんが僕の手を取って先を急ぐ。
彼女は事前に調べたようで、お目当てのアトラクションを次々と巡る。
そして楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
オレンジ色に染まった遊園地のベンチで二人、休んでいる。
さすがに一日中、遊びまわったので疲れた。
横にはジュースの缶を持ち、ニコニコしてて充実した表情の新菜さんがいた。
「今日はありがとうございました。私の世界にはこのような娯楽施設がないのでとても楽しかったです!」
「僕も楽しかったよ。久しぶりに羽を伸ばせたかな? こちらこそありがとう」
持っていたお茶のペットボトルを一口飲む。いい思い出作りができたなら嬉しいけど。
新菜さんはおもむろに立ち上がると夕日をバックに振り返る。
「白滝さんと出会えて良かった!」
キラキラ輝いて見えるその姿に胸の奥がチクりとする。微笑むその顔を見るのが照れくさい。
やがて隣に戻り座った新菜さんはうつむいている。
オレンジ色の世界にいるような不思議な感覚。
ふと黒い影が新菜さんを隠す。
驚いて目を向けると近くにある三メートルほどある外灯が倒れかかっているところだった。
「あぶない! 新菜さん!!」
思わず新菜さんをベンチから突き飛ばした!
と、今度は影が僕を包み込む。
そうなるよねと、一瞬脳裏に浮かび目をつむる。「生命の息吹を芽生え! その身を掲げ我を助けよ!」新菜さんの叫びが聞こえる。
……
何も起きない……。
恐る恐る目を開けると、倒れかけた鉄の外灯が草木に絡まれて止まっている光景が見えた。
これは?
「白滝さん! 大丈夫ですか!」
慌てた新菜さんが駆け寄ってくる。服が汚れてしまったが無事みたいだ。
「ケガはない? 突き飛ばしてごめん」
「何言ってるんですか! 私の事よりも自分の心配をしてください!」
新菜さんが怒ってきた。
「ゴメン」
「もう! 謝らないでください! お礼が言いづらいです……」
少しトーンダウンした新菜さんに草木で固定された外灯を指さす。
「ところでこれは?」
「ま、魔法です。咄嗟だったので中途半端でしたけど」
「マジか! 半端でこれって凄いね!」
「い、いえ。そんな…全然です」
耳を真っ赤にして謙遜している新菜さんを見て、改めて違う世界の人だと納得する。
ふと視線を感じ振り返ると、スタッフが慌てて駆け寄ってくる背後の施設に人影を見た気がした。
すっかり日も暮れ夜に自宅のある駅に着く。
「今日はありがとうございました」
ニコニコと新菜さんが頭を下げる。つられて僕も頭を下げた。
「こちらこそ! 楽しかったよ。また明日!」
「はい! それでは!」
笑顔の新菜さんと別れ帰宅する。
あの外灯の件は、老朽化による事故として遊園地のスタッフに謝罪された。
新菜さんの魔法で伸びた草木については不問だった。謎だ。
少なくとも僕はあれは事故でないと思っている。
あの人影が関係しているのだろうか?