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四十七話 大佐、納得できず

 

 ある晴れた休日、ティを連れて新菜(にいな)さんと落ち合うと大佐の工場へ三人で訪れた。

 一階の工場は休みのようで薄暗い内部は冷えており、機械類は全て止まっていて誰も人がいないようだ。

 勝手に中へと入って行き、内階段を上がって二階へ。ドア横のインターホンを押す。

 ──はーい。と、中から女性の声が聞こえた。……女性?

 僕たちが目を合わせて疑問に思っていると元気な声と共にドアが開いた。

「お待たせしました! って、あれ?」

 二十代後半らしき清楚な感じの綺麗な女性が出てきた。

 誰? ますます疑問が頭を回る。

 女性も僕らを見て驚いたようでお互い見合ったまま数秒の沈黙が流れる。


「あ~! わかった! あなた白滝(しらたき)君ね? そして新菜さんとティちゃんね?」

 合点がいったように両手を合わせて僕らをそれぞれ示す嬉しそうな女性。

「えっと、どなたですか?」

「ごめんさい、私もビックリして。山野(やまの)です、よろしくね! 聞いていた通りの人たちね!」

 山野さんは笑顔で自己紹介をしてくれたが、僕らはまだ疑問の中。新菜さんが僕より先に疑問をぶつけた。

「失礼ですけど、大佐とどういったご関係で?」

 一瞬キョトンとしていた山野さんはプッと吹き出す。

「そうでした。説明してなかったね。大佐というよりもソールの……」

「あーー! 思い出した! 花屋さんの方ですか!?」

 山野さんの言葉の途中で思い出して思わず叫んでしまった。前にソールがデートに誘った相手の人だ。

 ニコッと僕に微笑み山野さんが続ける。

「そう。白滝君は知ってるわけね。詳しくは後で話すわ。とりあえず奥へどうぞ」

 そう言って中へ通される。彼女の後ろをついていくときになぜか膨れた新菜さんに腹をつねられた。


 見慣れたリビングに向かうと大佐たちがソファーに座ってくつろいでいるのが見えた。

「大佐ー! お客様が来たわよー」

 山野さんが声をかけて奥へと行ってしまう。

「おお! よく来たな! とりあえず座ってくれ」

 僕らに気がついた大佐が歓迎の声を上げ、ソールはニヤニヤと手を振り、ライノスは眼鏡を直した。

 空いているソファーに座りながら僕はソールに文句を言う。

「こういうことは早く言ってくれよソール。びっくりしたよ」

「ハハ。悪い、悪い。でも、白滝のお陰だよ。サンキュー」

 軽い調子で返されてしまった。まだ飲み込めていない新菜さんが隣に座って聞いてくる。ちなみに新菜さんの隣にティが座った。

「どういうことですか?」

「えっと、ソールが花屋さんの女性を口説き落としたみたいで。それが山野さんみたい」

 かいつまんで説明するとソールが合いの手を入れてきた。

「そうそう。それで白滝に相談してたってこと。決め手はトカイツリーのデートだな」

 ハハハと照れながらソールが手をフリフリしている。

 新菜さんが僕を睨んで再びお腹をギューッとつねってきた。意味がわからないんですけど新菜さん……。

 そこに山野さんがお茶を運んできて僕らに出してくれた。お礼を言い受け取ると山野さんはソールの隣に座った。

「ソールと付き合う事になって話を聞いたら、外食かコンビニ弁当ばかりみたいだったから週末に来て料理してるのよ」

「ホント美利化(みりか)には助かってるよ」

 そう言いながら笑顔のソールが山野さんの肩を抱いた。なんだろ? イチャイチャを見せられてる?


 コホンと咳をした大佐にハッと来た目的を思い出す。

「大佐。これは魚沼(うおぬま)さんから。あと僕らからも」

「おお! いつもすまないな!」

 持ってきた紙袋二つを渡す。ニコニコと大佐は受け取って横に置いた。

 落ち着いたところでお互いの近状について報告し合う。

 工場の方は順調のようで今のところは赤字にはなっていないようだ。といってもそんなに儲けもないようだが。

 大佐たち考案の新しい部品も開発中とのこと。

 最近は魔物の出現が無いため僕専用の防具の制作は順調のようだ。出来上がりが楽しみになってきた。

 それから大佐のリクエストに応えて活性化していない魔石、二~三個に触れる。

 山野さんは僕たちの様子を笑みをたたえて見ているのが少し気になった。

 ティはのんきにお菓子を頬張っていた。


 一通り雑談を交わした後、僕たちは大佐たちと別れて一階の工場へと降りて行った。

「白滝君! 待って!」

 ちょうど工場から出るところで山野さんが後ろから追いかけて来た。

「どうしたんですか?」

「私も帰るから一緒に。それに聞きたそうな顔をしてたから」

 僕たちを見渡して山野さんが微笑む。あー、わかってたのか…。苦笑して新菜と目が合った。

 確かに聞きたいことがあったので助かったのも事実だ。

 駅に向かう道すがら、前に新菜さんと行った喫茶店へ再び四人で入っていった。


 ◇


「おおよその話はソールから聞いてるけど本当なの? だいたい“大佐”って呼び方ある? それにソールって何人よ? いえ、聞いたよ、ドルーダって世界の人だよね?」

 僕らの疑問に答えてくれるかと思っていたら、山野さんが溜めていた疑問を吐き出していた。

 喫茶店の一角、注文を終えて飲み物が並んでいるテーブルを囲んで僕らは話していた。

 ティはどこで覚えたかわからないがパフェを美味しそうに頬張っていた。

 山野さんの疑問にどう答えようかと順序を考えていると新菜さんが僕を見つめてくる。

「私から話しますから。いいですか?」

「あ、どうぞ」

 堅い決意が見れたので譲ると新菜さんは微笑んで山野さんに向き合った。

「ちなみに山野さんは、どの辺りまでソールたちに聞いてますか?」

「そうね。どの辺りかはわからないけど、彼らが異界から来たこととか、魔物? とかと戦ってるってことなんかね……」

 山野さんは指折り数えながら思い出して語ってくれた。

 どうやらソールや大佐たちは彼女に粗方教えていたみたいで、意味はわからないながらもドルーダやアビエットや魔法についてなどを知っていた。

 なんとも大佐たちの軽口には驚いた。僕が必死に周りに知られないようにするのとは対照的すぎる。なんだか頭が痛くなってきた。

 新菜さんも同じ思いなのか苦い顔をして聞いていた。


「……なるほど、わかりました」

「私はいまだにピンとこないけど、あなたたちの様子を見ると本当の事みたいね。光る石も見ちゃったし」

 苦笑して山野さんがコーヒーを口につけた。

 新菜さんは山野さんが落ち着いた頃を見計らって口を開いた。

「では、私から順序立てて最初からお話しします。もちろんこの話は他言無用です。大佐たちにも後で言っておきますが。いいですか?」

「ええ。なんかもう巻き込まれた感、あるよね」

 ニコッと山野さんが答える。意外と肝が据わっているなと感心した。僕なら取り乱しそうだ。

 新菜さんがこの世界にやってきた頃からの事を話し始める。僕との出会いなど所々ぼかしてはいるが、肝心な空間に亀裂が入っていて異世界とつながっている事実を強調して説明していた。

 最初はニコニコと聞いていた山野さんだったが、僕たちの表情を見てなのか段々と真剣な顔つきになっていった。


「──という感じで今に至ります。理解されましたか?」

「…あ、うん。少し混乱しているけど、おおよそわかったわ」

 新菜さんが話し終わると山野さんはコーヒーをゴクゴク飲んでお替りを注文した。

 はぁ~っと大きなため息をつき下を向いた山野さんが顔を上げる。

「知ってると思うけど私、花屋を経営しているんだけどね。子供の頃からの憧れの仕事に就いたから毎日充実してて楽しかったんだ。でも最近気がついたの。出会いが無いって事に」

「はい?」

 突然の身の上話に僕らは戸惑うが、その様子を無視して山野さんは続けた。

「花屋に来るお客さんってほとんどが女性でさ。たまに男性のお客さんが来ても彼女の贈り物とかばっかり。一応、契約会社への納品にも行ったりするけど担当者は既婚ばかりで独身はいない。でね、半分諦めてた時にソールに口説かれてさ、彼ってカッコイイし、最初は冗談だと思ったんだけど本気みたいで。それでこの間デートに行ったら告白されて思わずオッケーしちゃったワケ」

「はあ」

「彼って出会った時は配達のバイトをしてたから、てっきり外国の人が日本で出稼ぎに来てるかと思ってたんだけど、詳しく話を聞いたら異国どころか異世界から来たとか言うし。大佐とかライノスも普通な感じがしないでしょ? だから変だと思っても言わずにいたんだ。彼が好きだから」

「えっと?」

「つまり、別れたくないの。私、もうすぐ三十路だから焦ってたんだ。ソールが貧乏でも外国人でも構わない。けど、異世界って何? 今の新菜さんの話じゃ、あなたも異世界から来たんでしょ? しかも魔法や魔物って、私はどうすればいいの?」

 語る山野さんの目には影が差して怯えの色が見える。今までにない反応に内心焦る。

 新菜さんはテーブルの上で握りしめている山野さんの手を両手でそっと包む。

「あなたはそのままで大丈夫です。恐れないでください。何かあれば私や白滝さんが対処しますし、この世界の人たちにはご迷惑をかけるつもりはありません」

「本当に? 私よりずいぶん年下なのにしっかりしてるのね……」

 表情が柔らかくなった山野さんが新菜さんに微笑む。ホッと僕も心の中で安心した。だけど新菜さん、僕は対処できないよ?

 ティはパフェを食べ終えるとテーブル備え付けのメニューを開いて目を皿にして熱心に一つの写真を見つめていた。そんなにパンケーキの写真を凝視していたらメニューに穴が空きそうだ。

 仕方なしに追加でパンケーキを注文するとティは笑顔を僕に向けた。


 僕とティのやりとりを見ていた山野さんはフフと笑う。

「あなたの名前はよく出てたから知ってたの。あと、新菜さんも、ね。白滝君は日本人よね?」

「新潟生まれの日本人ですよ。僕も成り行きで新菜さんや大佐たちに協力しているんです。期待されても特に能力はありませんからね?」

「あら、そうなの!? でも、あの石が光ったじゃない。私が触れても何も無かったのに……」

「それが僕にもさっぱりで。今のところ誰にも説明できない現象なんですけど」

 苦笑いで答えると山野さんはキョトンとしていた。

 すると新菜さんが僕に微笑む。

「そんなことはありません。白滝さんは凄いですよ! 私はいつも助けてもらってますから」

「そ、そう?」

 持ち上げられて悪い気がしない。思わず照れる。だけど、いつも助けられているのは僕の方だ。

 そんな僕を山野さんはニヤニヤと見つめていた。


 ◇ ◇ ◇


 冷蔵庫からタッパーを取り出しレンジにかける。

 温めた料理をテーブルに並べ、ご飯をよそおい三人は食べ始めた。

「久しぶりの手料理。しみる~!」

 一口食べたソールが感動している。

「なんでお前に彼女ができるんだ? 何かがおかしい。私の回りには八巻(やまき)みたいのしかいないのに」

 ぶ然としたライノスが文句を言いながら眼鏡のズレを直す。

 大佐は黙々とビール片手に食べている。


 食事を終え片付けるとリビングでくつろぐ。

 ちょうどソールとライノスがビール缶を開けた時に大佐が聞いてきた。

「ソールはこの世界に留まるつもりなんだな?」

「少し迷っていますが残るつもりです。大佐」

 真面目な顔で答えるソール。大佐の視線はライノスに移る。

「わ、私は大佐と行動を共にします!」

 すかさずライノスの反応があった。

「……そうか」

 二人の言葉に考え深げに大佐が漏らすの見たライノスが聞いてくる。

「どうしたんですか大佐? ドルーダに戻る気ですか?」

「以前、新菜が戻れると言っていた時はこの世界の技術を持って帰るつもりでいた。だが、最近の出来事のお陰で戻るのがためらわれる。我々の世界が豊かになって別世界へ触手を伸ばすのが最善だと思っていたが、この世界でいろいろと見聞きしたことで視野が広まった。いい意味でも悪い意味でもな」

「?」

 大佐の言葉がよく飲み込めないライノスは首を(かたむ)ける。その様子を見てフッと笑った大佐が要点をまとめた。

「つまり戻らないって事だ。ライノス」

「どうしてですか大佐?」

 ライノスが驚いて眼鏡の位置を直した。

「ドルーダに戻っても我々の存在が邪魔な連中がいるってことだ。我々には味方が少ない。かといって成果は報告せざるを得ないからな。できれば例の時空の(ひず)みを消せればいいんだが」

「なるほど。新菜さんたちに手伝ってもらうつもりですね、大佐」

 話を理解したソールが口を挟む。大佐はニヤリとして(うなず)いた。

 やっとわかったライノスはポカンと口を開けていた。


「もう一つある」

「なにをです?」

 大佐の言葉にライノスがいぶかしげに問う。

「この工場で働いていると出会いがないのだ。見ろ! ソールを! こいつはバイトであちこちへ行くから新たな出会いがあるのだ!」

「ええー、そんなこと言われても」

 驚いたソールが突っ込む。が、ライノスは大佐の言葉になるほどと首を縦に振っている。

 大佐は飲み干した缶ビールを片手でグシャリと軽く潰し、もう一缶を開ける。

 慌てたソールがなんとか取り繕う。

「で、でも大佐! これから出会いはあるでしょ? ほら、取引先との挨拶回りとか納入先へ届けたりとかで……」

「担当は全員男だ! ソールよ、お前はあんな清楚な美人を見つけたからって浮かれおって~!」

 段々、大佐の恨み節にソールは青くなってくる。とばっちりがきそうだ。

「そのうえ料理も旨いわ、気が利くわ。文句がつけられん! 素晴らしい女性だバカモノ!」

 怒っている割には彼女をベタ褒めしている大佐にソールは照れる。

 てっきりソールをボコボコにするかと期待していたライノスは、そんな大佐にガッカリしていた。

「くそ! 納得いかんから風呂に入る!」

 プリプリ怒りながら大佐は風呂場へとビール片手に行ってしまった。

 ソールとライノスは顔を見合わせると無言でビール缶を合わせ、一緒に飲んだ。


 ◇ ◇ ◇


 喫茶店で話し合っていた四人。

 白滝がそろそろ自宅へ戻ろうと席を立つが新菜と山野の腰は重いようだ。

 二人に別れを告げ、全員分の会計を済ますとティを連れ立って白滝は先に店を出て行った。

 去り行く白滝の後ろ姿を目で見送った新菜は視線を山野に移す。

「…他に何か聞きたいことがありますか?」

「本当に魔法を使えるの? それにあなた日本人っぽくないし」

 少しくつろいだ様子で山野が新菜に聞いてくる。

 先ほどの話は信じているようだが確信が欲しいようだ。わかったように(うなず)いた新菜は何かを呟く。

 すると新菜の髪が伸びて栗色のセミロングへと変化し、肌色もより白く、瞳の色も緑色へと変わっていった。

「これが本当の私の姿です。魔法で変えていました。今はあなたにしか見えないようにしていますから大丈夫ですよ」

 ニコリと新菜は微笑む。

「は、話を聞いていなかったら新手のトリックかと疑うところね。凄い……」

 感嘆した山野は腕を伸ばし新菜の髪に触れる。新菜は嫌がらずにジッと山野のなすがままにされていた。

 山野は納得したようで手を引っ込めるとコーヒーを飲んで息を吐き出した。

 またなにやら再び呟くと新菜の姿が見慣れた姿へと変わった。

 知っている新菜に戻ったのを見て山野のは笑った。

「不思議ね、今の姿の方が安心するわ。慣れって怖いわね」

「いえ、普通そうですから。私も最近はこの姿の方が気に入ってますから」

 ハハハと、つられて新菜も笑う。


「彼とは付き合ってるの?」

 突然の質問に新菜は笑顔のまま固まる。山野はニコリとしていた。

「い、いいえ。まだです……」

「好きなんだよね?」

 山野の問いに(うなず)いて答える新菜。

 そのぎこちない彼女の肩を軽く叩く山野。ビクッとする笑顔が固定されたままの新菜。

「アハハ。ごめん! そんなにデリケートなこととは思わなかったから。でも、同じ境遇の人がいて嬉しいの。世界は違うけどね」

 新菜にウインクを送って、楽しそうにする山野。

 なんとか立ち直った新菜は甘い紅茶を一気に飲み干した。

「あ、あの、本人には言わないでもらえますか?」

「もちろん! がんばってね!」

 カラカラと笑う山野に新菜は安堵した。これ以上周りに自分の心情が漏れるのは恥ずかしい。

 ふと彼以外の人たちは私の気持ちがわかってるのかな? と思ったが無視をした。

 もしそうなら、いくら鈍い白滝も気づくだろうから。


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