四十四話 霧谷さん怪異について報告する
ラカは素早くアタシの隣にくると囁いてきた。
「あの巨体はまがい物。あなたならわかるでしょ? 本体を見つけて欲しいの。できる?」
「そ、そうなんだ。やってみる!」
いきなり核心を突いてきたのでビックリする。あの怪物は見せかけって事か……。なんかビビって損した。
ラカが背伸びしてアタシの頭をナデナデしてくる。
「わたしがあいつらを相手してる間に本体を見つけてね? 頑張れる?」
「もちろん! やってやる!」
勢い込んで答えるけど自信ナシ。だけどこの画ずらはなんなの? なんで偉そうなのラカ?
そんな事を思ってる間にラカが近い方の怪物へと向かって行く。
一瞬で怪物に肉薄すると驚いたのか怪物が棒を打ち据えてくる。サッと避けながらラカが蹴りを浴びせ怪物がぶっ飛ぶ。
え? まがい物じゃないの? 実体はあるってこと?
もう考えてもしょうがない。本体を探さないと。集中しよう!
近づいてくるもう一体にラカが駆け寄り右手を差し出すと氷のトゲが飛び出て串刺しにする。
氷に貫かれた怪物はそのまま仰向けに倒れた。
吹っ飛ばされた一体が向かってくる!
よく考えたら、こいつらは人間じゃないんだ。そんな当たり前な事を気づかされた。
だから常識で計るのではなく、アタシ自身で感じればいいんだ。
向かってくる怪物に目を向けて、集中すると見えていた怪物の姿がぼやけ内部の本質を探る。
ん~~、なんだ? ほとんど空っぽだよコイツ。
お? 見えた!
ちょうど中心に細い糸が見える。あれが本体だ!
気がつくと怪物が目の前。ヤバい!
と、怪物が横に吹っ飛ぶ。ラカが再び蹴りを入れたようだ。
ラカの背中に呼びかける。
「あいつらの本体はカラダの中心にあるよ! 紐みたいなやつ! それを切り離して!」
ちらりとアタシを見たラカが微笑んで今にも起き上がる怪物へと向かって行く。
怪物が避けようとすると、先を読んているかのようにラカがぶつぶつと口ずさみながら手刀を振るい怪物の体が半分に割れた。スゴイ!
すると怪物はスッと姿を消して見えなくなった。
ラカはいまだ氷に串刺しになっているもう一体に近づくと、再び手刀を繰り出し切り裂くと怪物が忽然と消えた。
「やったね! 霧谷様! わたしは見極めるのが苦手だから助かっちゃった!」
アタシに近づきながら嬉しそうにラカが話す。何でもできそうなのに意外だ。ティちゃんは苦手な事がなさそうな感じなのに。
「ありがとう。こっちこそ助かった……」
はぁーと息を出してお礼を言う。ラカは笑顔で応えてくれた。
例の怪物がいた場所に行く。ちょうど倒れていた所には鋭い刃物で切られたと思われる短い縄があった。
しゃがんでつかむが何も起こらない。だが、残留思念をビンビン感じる。
「これって何?」
アタシの背中から覗き込んでラカが聞いてくる。
「これは物に宿った思念体の元ね。強力な思念があの怪物を創ったみたい」
「へ~。凄いのね思念体って。こちらの世界って不思議」
いや、あんたらの方が不思議すぎるでしょ!? と、心の中で突っ込む。
どうやって魔法を使ったのかさっぱりわからないし。こんな華奢な体であんな怪物を圧倒しちゃうんだもん。
縄を回収してダウンジャケットのポケットに入れた。
もう一体の切られた縄も回収して辺りを見渡す。
さすがにこれ以上はいないか……。
「ねぇ、ラカ。大谷教授がいる場所ってわかる?」
「わかるよ。案内しょうか?」
こともなく答えるラカ。
「お願い」
「はーい! それじゃ、こっちね!」
アタシの手を取って森を歩き始めるラカ。おお! 頼もしい!
やがてアスファルトの県道へ出るとラカを人形に戻して縄の入っていない方のポケットにしまう。
はぁー良かった。本当に白滝のお節介に助けられた。
大谷教授を探すと道外れに停めてあるレンタカーの運転席で寝ていた。
のんきに寝やがって……。ムカついたので車の窓をバンバンと叩く。
ビクッとした大谷教授が飛び起きてアタシを確認すると、ふーっと息を吐いた。
ドアを開け出てくる。
「遅かったね霧谷君。こちらは収穫ナシだ。ん? どうした?」
大谷教授がアタシの顔を見て何か気がついたようだ。当たり前か。
ダウンジャケットのポケットから切れた縄を取り出して差し出す。
「これ。これが怪異の正体。森で襲われたんで撃退した」
「は? なんだって?」
「だから成果があったって事。箱波さんの情報は正しかった」
大谷教授は驚いてアタシの手から縄を奪い取ると、しげしげと眺めている。
気難しい表情が段々と歓喜に代わってきた。縄を持つ手が震えている。
「ひ、ひょっとしてこれが本体なのか?」
「そう」
「ど、どんな姿をしていたんだ?」
「やたらと顔がデカいやつ。二頭身ぐらいで木の棒を持ってた」
「状況を詳しく説明してくれ……霧谷君」
満面の笑顔で聞いてくる。その間、教授は縄を透明なビニール袋に入れて保管していた。
その様子を見ながら森に入ってからの事を説明する。もちろんラカの事は秘密だ。
アタシの顔を凝視しながら教授は黙って聞いていた。
「なるほど。いろいろ聞きたいことがあるが、ホテルに戻ってからだな」
アタシの話を聞いた後、大谷教授はそう言って再びレンタカーへと乗り込んだ。
続けてアタシも助手席へと滑り込む。
日も落ち始めた頃、レンタカーは町へと戻るべく県道を走って行った。
昨日も泊まったホテルで部屋をとり中へと入る。
教授とは別々に部屋を取っているが、話し合うためにアタシの部屋へと集まっていた。
自販で買った炭酸ジュースを一気にあおる。ぷはーー生き返った。
聞きたそうにソワソワしている大谷教授を尻目にくつろぐ。
ちょっとじらしてから詳細を説明した。怪物の姿や顔などだ。ここに戻る前に話した内容の補足的な事を重点的に話した。
腕を組んで大谷教授は、聞き終わってため息をつくとビニール袋に入れた古びた縄を眺めた。
「話しを総合すると付喪神のような存在だな。かと言って災いをもたらすモノとも言えないな」
「アタシが襲われたじゃん!」
むっとして反論すると、大谷教授はやれやれと首を振ってアタシに顔を向けた。
「霧谷君は少し特殊だからなぁ。ひょっとしたら場を荒らされたのが引き金かもしれないな……。うーん……」
なんかアタシが悪いみたいな感じ。そりゃ、森の中を探索してたらいろんなテリトリーに入るし。理不尽!
はたと気がついたように大谷教授が話し出した。
「ああ思い出した! てっきり霊的なモノと思っていたから忘れていた。確か村人との昔話の中で江戸時代に駆け落ちした男女がいたらしい。村人が二人を探して隣村や近くの町などへ行ったが、なしのつぶてだったようだ。ひょっとして霧谷君が訪れた場所で首をくくったかもしれないな」
「ええ! 自殺ってこと!?」
「うむ。悲観した二人が誰も居ない場所で想いを遂げたかもだ。明日、怪物に会った場所に行ってみよう。なにか手がかりがあるかもしれないな」
自分の考えに満足したのか大谷教授はひとしきり頷いてアタシの部屋を後にした。
調査も今日で終わるかと思ってたけど、明日もあるのか……。早く帰りたい。
翌日、再び村を訪れて怪物と遭遇した場所へ大谷教授と一緒に向かった。
アタシとラカが怪物と対峙した辺りは枯葉がめくれ、土が荒々しくむき出ていた。怪物がぶつかった大木の幹も削れており、白い肌が見えていた。
「……結構な大立ち回りをしたのかね?」
惨状を見た大谷教授が質問する。
「まあね。大したことじゃないし」
なるべく顔に出さないよう適当に答える。まさかラカに協力してもらったなんて言えない。
怪物との遭遇を思い出しながら、自分の足取りをさかのぼっていく。
アタシが怪物との初遭遇した場所へと大谷教授を導いていった。
たぶん、ここだ。
怪物の気配を感じた所へとたどり着いた。
「……」
今度は集中して周辺を探る。対象物がハッキリしているから痕跡を探すのはたやすい。
アタシの後ろで大谷教授は静かに見守っているようだ。
──何かぼんやりと見えてくる……
大きな杉の木の根元に感じる。
近づいていき付近の土を両手で掘り始める。踏み固められていない土は柔らかく問題なく掘り進めた。
だいたい二十センチほど土をどけると硬いモノに指先が当たった。
とたんにそのモノに宿っている感情が流れ込む。
恋心。想い。情熱。裏切り。怒り。悲恋。逃走。悲しみ。覚悟。恨み。
ハッと手を離しマジマジと見る。これは先ほど大谷教授が話していた二人に違いない。
慎重に周りの土を掘ってみると人間と思われる朽ちた骨の一部が出てきた。
骨を掘り起こしてリーディングしないように手に持つと大谷教授に見せる。
「ほら! これでしょ?」
「これがそうなのか……。確かに人骨の一部のようだが」
いぶかしげに大谷教授は眉をひそめて眺めている。
「触れたら読めた。昨日、教授が言った話に合うような感情が見えた」
「なに!? 本当か! まさか実話だったとは……。侮りがたし、村の言い伝え!」
なにか納得したように大谷教授が言っている。
ふと上を見上げた教授が指をさした。
「こっちにも証拠があった。見ろ! あの太い枝に縄の切れ端が垂れ下がっているぞ!」
つられてアタシも顔を向けると確かに縄が枝に巻き付いて短い二本の縄がブラブラと風になびいていた。
「教授どうする? 全部掘り出す?」
「うーん。いや、これでいいだろう。上場の成果だよ霧谷君! 場所も記録したし大丈夫だろう。さ! 戻ろう!」
「やった! 帰ろう!」
やっと大谷教授の帰還許可が出た。思わず嬉しくて拳を突き上げる。
「霧谷君。もう少し真面目に仕事をしようね?」
「してるじゃん!」
呆れた大谷教授にたしなめられた。だけど初の成果に教授もホクホク顔だ。
アタシたちは一通り証拠や記録をつけると急いで村を後にした。
◇ ◇ ◇
テーブルに赤い色のスープ……ミネストローネと思われる料理が出される。
お盆を口元まで上げて新菜が私をジッと見つめている。
つばを飲み込み、意を決して恐る恐るスプーンで具をすくって一口食べる。
んん? トマトベースの和風だし? 甘くてなんともいえない感じ。決してミネストローネではない。似ているけど違う。
お盆を目元まで引き上げた新菜が聞いてきた。
「ナイン。ど、どう? 美味しい?」
「ハッキリ言ってマズくはないけど、ミネストローネにしては薄いし、しょうゆ味が濃いな」
素直に感想を述べると新菜の顔が絶望に染まった。
そんなにショックな事を言ったかな?
顔を赤くした新菜がお盆で目を隠した。
「違うよ! それは“肉じゃが”なの!」
「はぁ!? 嘘だろ! なんで肉じゃががこんなに赤いんだよ?」
「……隠し味にケチャップ入れたの」
「え?」
「隠し味なの!」
真っ赤な新菜が叫ぶ。いや、隠れてないよ。むしろ主張しすぎだろ。
「なんだよ、私はてっきりミネストローネかと思って食べてたよ。ちゃんとレシピ見たのかい?」
「見たもん! ちょっとアレンジしただけ……」
「初心者がいきなりアレンジするなーー!」
エプロン姿の新菜に怒鳴る。なんでこんなに飯の美味い世界に来たのにマズいもん食わされるんだ!? 泣くぞ!
ムッとした新菜がお盆を抱きしめる。
「だって美味しくなると思ったのに……」
「ちったぁ味見してくれよ。そんなんじゃ白滝に出せないぞ?」
「わかってるよ。だから練習してるんだもん!」
今度は涙目になってきた新菜を見て、先が思いやられるとかぶりを振る。
とにかく出された料理は二人で頑張って完食する。何とも言えない顔で新菜は自分の料理を口に運んでいた。
紅茶を飲んで落ち着く。
はぁ、今日はバイトが無いとはいえ、新菜の料理に付き合わされているのも体に悪い。
目の前でホッと一息入れている新菜に聞いてみる。
「なあ、また白滝の所に行って教われば?」
「確かに白滝さんとは約束したけど、ある程度はできるようになりたいの」
答えた新菜がうつむいて何かモジモジし始めた。なんだ?
「他にもあるの?」
「そ、その、白滝さんに教えられるときって体が近くて、彼の体温を感じたりして、そ、そうすると頭が真っ白になって心臓が爆発しそうだし、全身熱くなって料理どころじゃないんだもん!」
「“だもん”じゃないよ! もう少し頑張れよ新菜! そんなんじゃ体がいくらあっても足りないよ!?」
思わずツッコむ。純情娘か! いや、確かに新菜は純情だけど。
真っ赤になった新菜はさっきから下を向きっぱなしだ。
このままだと私も料理を覚えて新菜の手伝いをさせられそうだ。できれば食べる専門でいきたい。
動物園の時は少しは手伝ったけど、あれはあれで大変だった。なんで唐揚げなんか作ろうと思ったんだろうか…。
それでもこの間、白滝に教わったオムライスはできるようになっていたから感心したけど。
つらつら思っている間に新菜のスマホが鳴る。と、素早く新菜が手に取り通話した。
「あ、白滝さん! どうしました?」
先ほどの表情がウソの様に笑顔で応対している。しかしなんで白滝から連絡するんだ?
「ええ。はい、大丈夫です。…今度の土曜日ですね。わかりました! 楽しみにしてます!」
短い会話の後、上機嫌に通話を切るとニコニコして新菜が紅茶を一口飲んだ。
どうやら白滝が新菜をまたどこかに連れて行くようだ。
「今度は何に誘われたんだ?」
「うん、トカイツリーだって。知ってる? 日本で一番高い塔らしいよ」
聞くと楽しそうに教えてくれた。きっとティもついてくるんだろうな。
「私は行かないからね? ちょっとは頑張りなよ」
「う、うん。頑張ります……」
自信なさげに新菜が答える。少しは私の遠慮の分まで応えて欲しい。
だけど、新菜には言っていない事がある。
もちろん白滝の事だ。
たまに飲みに来る居酒屋の同じテーブルで話していると、ある程度白滝の新菜に対する考えが見えてくる。
どうやらあの男は新菜や私がいずれアビエットに戻ると思っているようだ。
確かに間違えじゃないけど、新菜は自分の恋が成就するまでは絶対に帰る気がないはず。
その証拠に全く“欠片”を持ち帰ろうとしてない。ずっと白滝に預けたままだ。
本当なら発見した場合は、アビエットに速やかに持ち戻って報告しなくてはならないからだ。
とろい白滝も薄々気がついているはずだ。新菜の気持ちを。
お互いもう一歩進めばいいのに、見ている私の方がジリジリしてしまう。
ただでさえ南もいるのに……。本当に頑張って欲しい。
エプロン姿で浮かれている新菜を見てため息をついた。




