四十話 大佐に相談する
町から離れた工場の二階、住居スペースに僕は大佐を訪ねてやって来た。
今日は仕事をしていないようで工場の機械類も鳴りを潜めているようだ。
お土産を手渡して古びたソファーにお菓子をモグモグと頬張っているティと一緒に座っている。
対面には大佐とソールがいる。ライノスはバイトに出ているため不在だ。
大佐は腕を組んで僕の話を聞いている。
いざとなったときに自分の身を守れるようなものを作れないかと相談しているところだ。
一通り聞き終わった大佐は茶の入った湯呑を手に取り一口飲んだ。
「……なるほど。白滝に合うような防具か。なかなか面白い。ライノスの使っているプロテクターの軽量版でどうかな?」
「大佐、そのアプロテクターって、わからないんですけど」
「ん? そうか、白滝は知らなかったな。ワハハハ」
笑って誤魔化す大佐。できれば説明して欲しいんですけど。ソールは何も気にしてないような雰囲気。
「方向は決まったな。どれ、採寸してから大体の性能を検討しよう。研究室に移動しようか」
そう言って湯呑を置いた大佐が立ち上がり僕たちも後をついていく。
居住スペースの奥にある鍵のかかった一室。そこが研究室だ。
大佐が鍵を開け中に入り、僕たちも続く。
部屋にはさまざまな機器が並び、分解中の装置や部品が見える。
その間を進んでいき、ラックにかかっている防弾チョッキのようなベストと手首から肘までを覆う大きな腕輪を取り大佐が僕たちの前へ出して見せる。
「これがライノスのプロテクターだ。あいつが肉体強化しても順応できるよう一部が伸び縮みするように工夫した。これにバッテリーをつなげて作動するようにしている」
「へー、凄いですね。実際に使用したんですか?」
「うむ。一度、魔物と対峙した。その時は腕輪にヒビが入ったが一応身は守れた」
「マジですか!?」
驚いて大佐を見るとニッとされた。意外にも実戦で経験済みとは……。
とりあえず僕の体を測って大佐はメモを取った。
次に使用目的について相談したが、基本的に身を守るためだけでいいのでベスト型で落ち着いた。
「問題はバッテリーだな。ライノスは六個背中に背負っているが白滝は無理だろうな?」
自動車のバッテリーが積んである一角を見ながら大佐が聞いてくる。
「そうですね。無理です」
見栄を張ってもしかたないので正直に答えるとティが僕の袖を引っ張って来た。
「ボクがいっぱい持つから大丈夫だよ!」
「気持ちだけでいいから。それだとティと一緒に動かないといけないし」
「じゃあ、ずっと引っ付いてるよー」
「ダメだって、ティ」
ティの提案を断ると頬を膨らませてスネた。大佐とソールは微笑ましく僕たちを見ている。
少し恥ずかしい。
僕たちが落ち着くと大佐は部屋にあるパソコンの前に座るとスリープを解除してCADを立ち上げる。
ファイルを選択して開くと、そこには先ほど見た防具の図面が映し出された。
うん? 二次元CADか、ずいぶん前のタイプのようだ。この工場では部品を主に扱っているから、これで十分なのかな。
大佐は少し自慢げにマウスを握って図面を拡大した。まだ馴れていなさそうでぎこちなく扱っている。
「これをベースに先ほど測った寸法に落とし込む。いいかな?」
「はい、大丈夫です。失礼ですけど僕が操作しましょうか?」
「何!? 白滝は詳しいのか?」
「ええ、会社で似たようなCADを使っていますから」
驚いた大佐が席を立ち僕に変わってくれた。会社で使っている3DのCADとは違うけど、基本操作はだいたい同じだ。
メニューを見て確認してから図面を測ったサイズ通りに変更する。
「おお! すごいな白滝は! こんなに簡単に……俺なんていまだにわからん機能が満載だよ」
「いいえ。独学でもここまで扱えれば十分凄いですよ大佐」
褒めると照れた大佐が頭をポリポリとかいている。
今後のこともあるので大佐の知らない機能の説明やショートカットを教えて、3DのCADなどのソフトも紹介する。
お願いに来た僕だけど、逆に感謝されてしまった。
ベストに付ける機械類は大佐が後で作成するとの事。ついでに3Dプリンターとかも紹介しておいた。
「最後はバッテリーだが……」
部屋の隅に積み上がっているバッテリーの一つを大佐が持ってくる。
「やはり重いから白滝にはきついか…。この間、新菜殿が我々の世界の魔石をいくつか持ってきたので、それを使うか」
「貴重なものじゃないんですか? いいんですか?」
「白滝はいろいろと手助けしてれる友人だからな。それに大量にエネルギーを使うわけではないから一つあれば大丈夫だろう」
そう言うと大佐は机の引き出しを開け、鈍く青色に光る魔石を中から取り出し僕の手に載せた。
──急に魔石が強く光り輝き、部屋全体をキラキラと青く染める。
なんとなく海の中にいる気分だ。神秘的な感じ。
ふと大佐を見ると両目を見開いて驚いている。ソールも口をあんぐりと開けているし、ティは「きれいだねー」とか言って楽しそうだ。
「えっと、大佐。これは?」
「……ハッ。すまん、あまりの事で驚いていた。しかし、こんな輝きは我々の世界でも見たことがない」
気がついた大佐が感想を述べる。ソールはいまだ口が開きっぱなし。
僕の手にある魔石を大佐が奪うように取り上げると引き出しにしまう。だけど、机の隙間から青い光線が漏れ出ている。
額の汗を拭った大佐が椅子に倒れ込むように座ると難しそうな顔をして僕に向き直った。
「ドルーダでは魔石に術式を埋め込んで活性化させ、この世界での電気みたいに使うのだ。白滝がやったみたいに明るく輝く状態が活性化だ。だが、我々が長年研究しても三十パーセント以上の効率化は出来なかった。それでも膨大な魔力を引き出せるから問題はなかったがね。しかし今のような輝きは無かった」
「つまり?」
「触れただけで五十パー…いや、七十パーセント以上の活性化ができる地球人が異常だ。この世界に侵攻しなくて本当によかったよ。この事をこの世界の人間が気がついたら大変な反撃にあっただろうからな」
冷や汗を流し危機迫る感じで大佐が話すが、どうにも実感がない。だって触れただけだし。
なぜかティが尊敬の眼差しで見てるし、困ったな。
「それで、どうします?」
「うーむ。想定外だがいいだろう。装甲を薄くしても魔力が高いから強度は上がるはずだ……。すまんな少し研究させてくれ」
「いえ、いえ。急いでませんから」
そう言うとフッと大佐が笑って僕の肩を叩いた。
「だが、やつらは予告なく現れるからな。アビエットの方々で退治してもらえるだろうが、早いに越したことはないな」
大佐は再び机の引き出しを開け、青く輝く魔石を取り出すと小さな袋に入れて僕に差し出す。
「これはお土産だな。おっと、忘れるところだった。こっちにも触れてもらえないか?」
袋を受け取ると、大佐が鈍く光る魔石を取り出して前に出すので人差し指で触れるとまた強烈に輝きだした。
「ありがとう、これでデータが採れる。今日はここまでだな」
触れた魔石を引き出しにしまって大佐は研究所を出ていく。
僕たちも後に続いて出ていく。最後に出たソールがドアの鍵をかけていた。
リビングのソファーに腰を降ろすと、はぁ~と大佐がため息をつき僕を見る。
「しかしこの世界に来てから驚く事ばかりだな。まさか一番警戒しなかったヤワな君にあんな事ができるとは…」
「いやー、僕も不思議ですよ」
ハハと笑いながら話す。
「いや、不思議じゃねーから! めちゃくちゃ凄いぞ!」
思わずソールから突っ込みが入った。
再びハハと笑って誤魔化した。そう言われても不思議でしょうがない。
防具は完成した時に連絡をしてくれるそう。どんな物が出来るのか楽しみだ。
それから大佐とソールを交え世間話をしたあとに別れて工場を後にした。
「おーい! 白滝!」
工場を出てティと通りを歩いていると後ろからソールが声をかけてきた。
「あれ? なにかあったっけ?」
「いや、ちょっと相談にのってくれるか?」
僕たちに追いついたソールはいつものだらしない顔ではなくキリッとしていた。
「場所を変えようか?」
「いや、ここでいい」
「そう」
落ち着いて喫茶店で話しを聞こうと思ったけどこの場でいいのか。僕たちは通行人の邪魔にならないように道の端へ寄った。
ぐいっと身を乗り出したソールが内緒話のように小声で言った。
「実はナンパが成功した!」
「は!?」
「配達のバイトで知り合った花屋の美利化にデートを誘ったら受けてもらえた」
「ええ?」
「で、相談だが、どこに連れて行ったら喜ぶかな?」
どうやらソールの相談はデート場所についてのようだ。
あのぐいぐいのナンパが成功するとはビックリした。今までの成果なのか相手の心変わりかはわからないが良いことだと思う。でも、僕もそんなに東京に詳しくないからなぁ。
「う~ん。花屋さんなら庭園とか植物園は?」
「やっぱりそっち系か。もっと意外性があるといいんだが……」
腕を組んでソールが考え込む。無難な路線はダメかー。そうか、逆に東京を観光するとか。
「ならトカイツリーはどうだろ? 東京に住んでいてもあまりいかないだろうから」
「トカイツリー?」
「たしか六百メートルぐらいあるタワーで展望台からすごく眺めがいいらしいけど。水族館や映画館も併設されているからデートにいいんじゃないかな?」
「おおー! それだ! さすが白滝、相談してよかったぜ!」
僕の提案にソールが喜ぶ。実は新菜さんと行こうと前から考えていたんだけど。後で行った感想を聞こう。
うんうんと納得して頷いたソールは僕の両肩をバンバン叩いた。
「ありがとう! あとはスマホを契約だな! 助かったよ、じゃあな! ワハハハハ」
そう言うと、高笑いしながらスキップしてソールは工場へと行ってしまった。
僕たちも帰ろうとティの手を引いて行こうとするがビクとも動かない。
なんだとティに向くと、すごく期待している目をしている。
「ボクも行きたい!」
「今度ね。その時は新菜さんたちも誘おうか?」
「うん!」
笑顔でティが答える。
次の楽しみが出来たティは上機嫌で、ニコニコしながらマンションに一緒に帰った。
◇
辺りが薄暗くなる頃にマンションに戻ると霧谷さんがぐで~と寝そべりスマホのゲームをしていた。
ただいまと声をかけて台所へ行き、湯を沸かしてお茶を淹れた。
ローテーブルに大佐からもらった魔石を入れた小袋を置く。布の袋は中の光が漏れ出て青く薄明かりが差していた。
「なにこれ?」
顔を上げた霧谷さんが小袋を見つめ、眉を寄せて聞いてくる。
「大佐にもらった魔石が入ってて、それの明かり。なんでも向こうの世界にある魔石に僕ら地球人が触れると活性化するらしいよ」
「へ~。何だかよくわかんないけど変なの。中開けていい?」
「どうぞー」
霧谷さんが座り直して小袋の中から魔石を取り出す。すると輝きで部屋中がブルーに染まった。
慌ててベランダの窓にいきカーテンを閉めた。輝きが強よ過ぎる!
「な、にコレ……」
光輝く魔石を手にして霧谷さんは息を飲んで青く染まった顔で見ている。
「まだ全て活性化してないから強く握ればもっと輝くよ? 霧谷姉ちゃん」
霧谷さんの隣で見ていたティが言ってくる。もっと輝く?
「よし! やってみる!」
魔石をのせた手をギュッと握って力を込める霧谷さん。ワクワクした顔でティが見ている。
そっと手を広げる──
青く光り輝く魔石が現れるが、先ほどと変わらない気がする。
「ん? 変わってなくない?」
「そうだねー、変なの。大佐の言ってることが違うのかなー」
拍子抜けしている霧谷さんと頭をかたむけて不思議がっているティ。うーん、なんだろう?
ハッと何かに気がついたティが僕に顔を向けた。どうも嫌な流れだ。
「シラ兄! やってみてよ!」
「えー」
「いいから! ほら!」
思ってた通り、ティが僕に振ってきた。仕方なく霧谷さんから魔石を受け取り握ってみる。
う~ん。最初に触れた時から実感がないんだけど……。今度は少し力を込めてみる。
皆が見守る中、なぜか白くなっている手をそっと広げてみる。
うわ! まぶし!!
魔石が真っ白く光を放ち直視できない。
まるで白い太陽のように強烈な光線で部屋が包まれて家具や壁が消えている。
霧谷さんやティの影が薄っすらと背後に流れているように見える。
慌てて魔石を握り込む。再び光で手が白く透けているように見えた。
「……」
手で目を覆っていた霧谷さんとティがそっと離して僕を見る。
「ふ、不思議だね……」
「……」
呆れた目を寄越して霧谷さんが声を上げた。
「はぁ!? 不思議じゃないよ! なんなのコレ! どうなってんの!?」
「落ち着いて! 霧谷さん!」
「こんなの落ち着けるわけないでしょ! 説明してよ!」
「だから、僕にはわからないんだって!」
負けじと声を張り上げ応酬する。
ドン!──
大きく叩かれた壁が振動する。きっと隣の住人だ! 僕らの騒ぎが周りに響いたのかも。
「す、すみません」
向き直り、壁に謝る。
ギロリと霧谷さんを睨むと舌を出された。なんでこうなるんだ?
声を落として霧谷さんに言う。
「もう少し静かに話そう。いいね? 何度も言うけど、こうなった原因はわからないから」
「わかった。でも変でしょ? 地球人っていう前提が変わってるじゃん」
霧谷さんも声を低くして答えた。
いきなりティが僕に抱き着いてくる。
「やっぱりシラ兄は凄いや! さっすが~!」
「ティはわかるの?」
「ううん。ただ、魔石の能力を解放する為にはシラ兄の力が必要みたい。霧谷姉ちゃんや他の人間だと無理かもー」
「僕の力ってなんだ?」
「エヘヘヘ」
笑顔のティに誤魔化された。本当にわかってないのかもしれない。
霧谷さんに目を向けるとムスッとしているし。
とりあえず魔石は小袋に入れ、さらに箱に入れて光を遮断した。
これだと大佐にまた説明しに行かないといけないな……。
そんな事を考えながら、すっかり温くなったお茶を飲んだ。




