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二話 新菜さんと買い物に行く

 

 次の日から、いつものように会社に出勤して仕事をこなす。

 ここでは新菜(にいな)さんとまるで接点がない事に気がついた。

 八巻(やまき)さんに言われた『引きこもり』もある意味、当たっていたのかもしれない。

 食堂に行っても姿は見えず、本当に同じ会社にいるのかも疑問に思えてきた。

 そして、いつものメンツで「星の囲炉裏」へ飲みに行ったりして、あっという間に土曜日を迎えた。


 当日、約束した時間に駅の改札前で大きな紙袋片手に新菜さんを待つ。

 腕時計を見るとまだ十分前だ。少し早かったかな?

 でも思っている通りなら、新菜さんはこの世界ともお別れかな? それともまだ他にも欠片はあるのかな?

「お待たせしましたー」

 声をかけながら新菜さんが駆けてくるのが見えた。

 初夏らしい薄緑色のカーデガンを羽織り、下には何かのアニメキャラクターが印刷されている青色の半袖シャツ。さらに茶色のチノパンを履いている──

 しかし、私服を初めて見たが、いかにも駅前のスーパー「南友」で買ったような服で全身を固めている。似合ってはいるけれど…。

「あ、あの…どうかしました?」

 いつの間にか隣に来ていた新菜さんが心配顔で覗き込んでいる。おおっと、考え事をしてた。

「ゴメン。少しボーッとしてた」

「そうですか!? 大丈夫ですか? 心配事でも?」

 新菜さんが畳みかけるように聞いてくる。そこまでのものでもないし、むしろ君の服について考えてたんだけど。

「ハハハ、大丈夫。あと、少しいいかな? 話したい事があるんだ」

「え!? はい! どうぞ!」

 笑顔でノリノリに答える新菜さんを連れて、先週入った「宮中珈琲」に再び訪れ席に座る。


 前回失敗したから、彼女に好みを聞くと再びお任せだったので甘めのキャラメルミルクコーヒーを注文する。僕はいつものブラック。

 モジモジと居心地悪そうな新菜さんをよそにコーヒーが運ばれる。

 恐る恐る一口つけ味を確かめると、満面の笑顔で続きをたしなむ彼女を見てホッとする。よ、良かった。

「ところで新菜さん、これ」

「はい?」

 ニコニコしている新菜さんに紙袋を差し出す。

「この間、空から落ちてきたモノを拾ったんだ。ひょっとして新菜さんが探している物かもしれないから確認してもらえる?」

「え!? ほ、本当ですか!!」

 紙袋を受け取った新菜さんが恐々と中をのぞく、キラキラと破片の輝きで彼女の顔が照らされている。

「これは……!!」

 驚いた新菜さんが紙袋から出さずに手を入れて触って確認している。

「本物です! まさか、こんなにすぐ見つかるなんて!! 白滝(しらたき)さん! ありがとうございます!」

 めちゃくちゃいい笑顔で頭を下げられる。そんなに喜んでもらえるなんて思ってもみなかった。

「破片って、他にもこの世界にあるの?」

「いえ、これだけです! わぁ~嬉しいです! なんてお礼を言ったらいいかー」

 紙袋を抱きしめると嬉しそうに言葉を(つむ)ぐ。そんな新菜さんを見ていると心が温かくなる。良かった、役に立てて。

「これで元の世界に帰れるから良かったね。やっぱり故郷を離れると寂しいでしょ?」

「え!?」

 僕の言葉に新菜さんが笑顔のまま固まった。なにか余計な事を言ったかな?


 数秒の沈黙の後、急に紙袋を僕に差し出す新菜さん。

「白滝さん! これお返しします!」

「は!?」

 つい反射的に突っ返された紙袋を受け取る。なんで?

 眉をしかめ、必死の新菜さんが身を乗り出す。さっきまでの温かい空気は皆無だ。

「み、見ませんでした」

「何を?」

「わ、私は欠片(かけら)を見ませんでした! だから白滝さんが持っていてください!」

「ええぇ!? それじゃ、新菜さんは帰れないよ?」

「いいんです。もう少しこの世界にいたいんです。それに、まだ他にもやりたいことが……」

 驚いた僕に説明するが最後の方はゴニョゴニョと言葉が消えてゆく。耳が真っ赤だ。

 たまに帰っているみたいだし、この世界が珍しいからしばらく観光したいのかな?

「わかったよ。しばらく預かるから、言ってくれればいつでも渡すってコトでいいかな?」

「ありがとうございます! それでお願いします!」

 新菜さんは嬉しそうに深々と頭をさげる。

 流れ的に僕が預かる方向になったけどいいのかな? 少し責任感が出てきた。

 それから、駅に移動してコインロッカーに例の欠片(かけら)を預けてから電車でこの辺りで一番大きな池袋駅へと向かった。


「わぁー。とても大きい都市ですね。会社と自宅以外の駅に降りたのって初めてです!」

 目的の駅へ降り、外に出ると新菜さんが目を輝かせて駅前のビル郡を興味深そうにキョロキョロと見ている。

 ふと疑問に思って聞いてみると、新菜さんのいた世界には高層ビルはないようで、高い建物といえば教会とか評議員や賢者様の屋敷らしい。

 話しを聞く分にはなにかのアニメやノベルの設定に出てくる異世界のような感じ。

 ただ、魔法が発達しているので、いろいろな生活の補助など便利な側面があるようだ。

 とりあえず、あれこれお互いの世界について会話しながら電気量販店「ミックカメラ」へ向かう。

 店舗に着くと、僕もそれほど詳しくはないので店員をつかまえ説明をしてもらう。

 新菜さんが理解できないところを補足したりして機種と通信会社を選んで契約し、購入した。

 ついでに、今までの行動を見て間違いなく落としそうなので手帳型ケースをプレゼントすると新菜さんに笑顔でお礼を言われた。うわ、キラキラして眩しい。

 いくつか操作の説明とお昼を兼ねてファミレス「ベベリーズ」へ移動する。

 オシャレなお店より、メニューが豊富な店の方が新菜さんは喜ぶと思ったからだが、聞くと同意してくれたので良かった。


 ファミレスでは新菜さんが目移りしすぎてメニューを決められないので、また来ましょうと説得して選んでもらう。

 ちなみにドリンクセットなので飲み物は自由にお代わりできる。

 新菜さんが楽しそうに全種類のドリンクを次々とグラスに入れ始めるのを見て、慌てて止める。

 やり方を説明してとりあえず中身の入ったグラスを並べて席につく。ふー、ビックリした。

 そこでふと、新菜さんはこの世界について何も知らない事を思い出す。

 ──ここは僕がしっかりしないと。ここでヘタするとこの世界が嫌いになるかもしれないし。

 意外に責任重大な気がして緊張してくる。頑張ってリードしよう。

 食事も終わり落ち着いたところでスマホの説明をする。

 と、説明している途中で新菜さんが僕の隣に席を移ってきた。

「新菜さん!? どうしたの?」

「いえ、反対側からだと説明が分かりづらいので……」

 身を寄せてきてスマホの向きを変えると続きを催促してくる。顔が近いんですけど。説明しづらいなぁ。


 少しドキマギしながらも一通り説明を終える。

「これで大まかに説明したけど、一気に覚えるのは難しいと思うから、わからない事は聞いてね。大丈夫?」

「はい。ありがとうございます。じゃあ、早速。もっとくっついてください」

「え?」

 新菜さんが身を寄せてスマホをかざし自撮りを始める。

 ──カカカカカカカカカカカカカカシャ……

「待って! それ、連写!」

 ビックリして新菜さんのスマホを止める。ハテナと首をかしげる新菜さん。

「間違ってました?」

「えっと、写メはいいけど、連写で驚いただけだから。あと、こういうのは一枚ずつ撮ろうね?」

「あ! そうなんですね。設定を間違えました」

 テヘっと舌をだしてごまかす新菜さん。……不慣れだからしかたがない。

 その後、いまや大多数の人が入れている人気アプリ、SNSの「IVY(アイビー)」をインストールしてお互いを登録して地元の駅へと戻った。

 気がつくと夕暮れ。

 赤く染まった雲が沈みゆく太陽を隠し始めている。

 笑顔で手を振る新菜さんと別れ自宅へと戻る。


 はぁ~疲れた。ここしばらくの間で一番しゃべったかもしれない。

 さすがに疲れたので自炊する気も起きず、コンビニでお弁当を買って今、レンジでチンしている。

 ビロリン♪

 スマホの通知音に手に取って画面を見ると新菜さんだ。

 SNS「アイビー」から新着。

 『今日はありがとうございました』その後には何かのキャラクターがお辞儀(じぎ)しているスタンプ。

 『いろいろ教えてもらえる白滝さんがいてくれて助かりました!』その後には何かのキャラクターが踊っているスタンプ。

 ──なんか僕よりも使いこなせているかもしれない。すごいな。

 『いえ、いえ。お役に立てて良かったです』と、返すとすぐに次が来た。

 『返事もらえて嬉しいです!』『話すときとちがって新鮮です!』『不思議な感じ!楽しいですね!』

 立て続けの返事にくらくらしてきた。新菜さんって元気だなー。

 まあ、確かに初めてSNSをやったときは楽しくて何時間も友達としてたことを思い出す。きっと彼女もそうなんだろうな。

 これ以上続けると長くなりそうなので電話をかけてみる。

 ────♪

「白滝さん! どうしました!?」

 こっちもすぐ出た。

「こんばんは。ごめん、新菜さんの飲み込みが早いので驚いて連絡してみたんだけど」

「あ、そうなんですか。あ、すみません! こんばんは!」

「ははは。そんなにかしこまらなくてもいいよ。初めてのスマホで楽しいのはわかるけど、明日は会社があるからほどほどに。困った事があればいつでも相談して」

「あっ、はい! ありがとうございます。でも、“スマホ”ってすごいですよね! もう、いろいろ映像を見たりして、全然飽きない!」

「確かにね。ゆっくり、いろいろ試してみるといいと思うよ」

「そうですね! 私の物だし、手元にありますもんね!」

 嬉しそうな新菜さんの声に少し心がポカポカする。

 自分勝手な願いだけど、新菜さんにはこの世界が好きになってくれればと思う。

 そして故郷に戻ったときに楽しい思い出話にしてもらえたら光栄だ。

 結局、話しが弾んだ後、すっかり冷えた夕食を再び温め直した。



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