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二十八話 久しぶりの散歩

 

 霧谷(きりや)さんが出た後、ティのダイエットについて話し合った。

 (よう)は間食が多いのが原因だ。とにかく僕が買い与えないようにときつく言われた。

 それと、適度な運動をする事。なんだか使い魔というより犬を飼っている感覚。

 僕の視線に気がついたティがニヘっと顔を崩した。かわいいなぁ。

「これでまとまりましたね。わかりましたかティ?」

 新菜(にいな)さんがティに確認するとブンブンと頭を縦に振って意思表示している。

 頑張れティ! と心の中で応援していると新菜さんが僕に目を向けた。

白滝(しらたき)さんもですよ?」

「が、頑張ります」

 すると新菜さんの目が細くなる。なにか間違った!?

「違いますよね? 約束しましたよね?」

「やります! させます! 約束は守ります!」

 慌てて答えると新菜さんは満足したのかニッコリと微笑む。

 こ、怖い。こんなに怖い新菜さんは初めてだ。


 さきほどから肩を震わせて笑いをかみ殺していた南さんが立ち上がる。

「あー面白かった。それじゃ、お祝いの料理をしなくちゃね。恵利(えり)も手伝って」

「わ、私もですか!?」

 驚いた新菜さんがのけぞって南さんを見上げている。

「そうよ。覚えたいんでしょ? 良い機会だし」

「うーー、わかりました。頑張ります……」

 仕方なしに立ち上がった新菜さんの肩に笑いながら南さんが手を置く。

「あら? “頑張ります”なの?」

「や、やります!」

 苦い顔の新菜さんが拳を作って答え、二人はキッチンへと向かって行った。

 はーっと安堵する。捕らえられたのが解放された気分だ。

 隣のティを見るとグデ~っと身体を横にしてグッタリしている。

 よく頑張ったと頭を撫でると顔をこちらに向けて苦笑していた。


 ◇


 しばらくすると霧谷さんが帰って来た。

 なんでも上司に呼ばれたとの事で、急に引越したので確認してきたようだ。

 一応、霧谷さんの両親にも事前に連絡したけど不十分だったかな?

 冷たい麦茶を一気飲みして、まるで流れ出た汗を補給しているかのようだ。

 ぷはーっと一息してお替りを注いでいる。

 キッチンは少し騒がしいようで、時折、新菜さんの悲鳴が聞こえる。

 なにか恐ろしくて覗けない。

 気になったのか霧谷さんはそっと見に行き、ニヤニヤして戻って来た。

 チラッと僕を見て壁に寄りかかって座り、スマホをいじり出した。

「感想はないの?」

 聞くと顔を上げて、フッと笑う。

「見てのお楽しみ」

 思わせぶりなセリフを言ってスマホに目を戻した。

 すごく気になるけどキッチンには行きたくないし。ティを見ると横になったままだ。


 一人じれていると南さんが小皿を持って座卓に並べ始めた。

「手伝おうか?」

「大丈夫よ。ありがと」

 にこやかに微笑んでキッチンへと戻っていく。

 ふと座卓には目を輝かせてティがワクワクと待っている。立ち直るの早いね。

 霧谷さんもスマホを置いてこちらにきた。

「お待たせしました」

 汗ビッショリの新菜さんが湯気の出る鍋を持ってくる。……このいい匂いは!

 鍋敷きの上に置かれたのは、なんと! すき焼きだった。

「おおおぉ……」

 思わず声が漏れる。すき焼きなんてすごく久しぶりだ。霧谷さんも思わず笑顔になっている。

 準備が終わり皆が座ると新菜さんが声をかけた。

「それでは、いただきましょう!」

 皆でいただきますをして、さっそくお肉をつまみ、軽くといた卵につけて食べる。

「う、うまい!」

「良かったです。私はあまりお手伝いしていませんでしたけど」

「そうね。もう少し、いろいろ覚えた方がいいわね」

 新菜さんが苦笑して、南さんが苦言を呈した。何だかんだで南さんも面倒見がいいね。

 ティは先ほどの暗い顔もなんのことやら夢中で牛肉を食べている。口の周りは卵やら汁やらでびちゃびやだ。

 もっと行儀良く食べるよう、言い聞かせてティッシュで拭う。他の女子三人の温かい視線が怖い。

 嬉しい引越し祝いに舌鼓を打ち楽しむ。


「それじゃ、帰るから。こういう食事も楽しいわね。また来るわ」

「それでは白滝さん。また呼んでください」

「二人ともありがとう。それと、ご馳走様。とても楽しかったよ。また今度……」

 玄関前で笑顔の南さんと新菜さんにお礼を言って別れる。

 二人とも本当にありがとう。


 片付けは三人で分担したので早く済んだ。

 まだ家具の少ない部屋は広々している。

 前のアパートからベッドは持ってきたけど、新しい家具が来ればお払い箱になる。今は霧谷さんとティの部屋にある。

 風呂に入った後、のんびりして寝る事になった。

「白滝もこっちくればいいじゃん」

「ええ!? ダメだって。週末になれば家具が来るから大丈夫だよ」

 なぜか霧谷さんがティと一緒にベッドで横に詰めている。

「たまにはシラ兄と一緒に寝たいよー」

「さっき、新菜さんに怒られただろ? 我慢しようよ」

「むーーー」

 ティがふくれた。ああ、なんだか。

 二人の視線にいたたまれなく、渋々と同じベッドへ入った。

「えへへへ」

 ティが喜んで腕に抱き着いてきた。しょうがないなー。

 風邪を引かないように毛布を上げる。

「落ちないでね。オヤスミ」

 霧谷さんがティの頭越しにチラリと僕を見て目をつぶった。

「ああ、お休み。二人とも」

 返事をして僕も目を閉じる。腕にはティの温もりが心地よかった。


 ◇ ◇ ◇


 とある日、私はネマを連れて駅前のイタリアンレストラン「バザーピッツア」へと入って行く。

八巻(やまき)様ぁ。私も一緒で大丈夫ですかぁ?」

「何で? たまにはいいでしょ」

 予約もしてあるから、受付で名前を告げるとテーブルへと案内される。

 久々にここに来た。

 従業員は真面目に仕事をこなしているようだ。

 テーブルや調度品にはホコリがなく、きちんと掃除されている。床もピカピカ。一応、大丈夫ね。

 ホールスタッフが水とお手拭き、メニューを持ってきた。

 お礼を言って、メニューを開きネマに見せる。

「好きなの頼んで。料理の内容ってわかる?」

「文字は読めますけどぉ、さっぱりですぅ。八巻様にお任せしますぅ」

「わかった。美味しいのを頼むわ」

 お任せなので私のお気に入りのパスタとピッツア、ペンネとサラダをスタッフを呼んで頼む。

 まあ、今のところ問題ないね。安心した。

「ところでぇ、どうしてですかぁ。こんなところに来てぇ」

「ちょっとした視察みたいなもんね」

 ニッコリとネマに答え、店内を見渡す。

 あれ? あの男は……。


 少し離れたテーブルにいる女性にライノスがなにか言っている。

 耳をすまして聞いてみると…

「この食事が終わった後に私とデートするのはどうだろうか?」

「ええっ!? いい、いいえ。遠慮します……」

 どうやら客を口説いているようだ。って、バカ!

 急に席を立ってあのアホの元に行く。近くに来ても気がつかずにまだ話している。

 相手の女性は困っているじゃない!

「いや、そう言わずに。現在、彼女募集中なんだ。私がってえええええ!」

 アホメガネの耳をつかんで引っ張る。突然の事で女性がビックリしている。

「あ、ごめんなさい、うちのスタッフが。今日のお会計は私が持つから。気分を害してごめんなさい」

 女性に謝って、ライノスをバックヤードに連れて行く。もちろん、耳を引っ張って。

「おい! やめろ! 八巻! いつからいたんだ!?」

「あんたこそ何やってるの! 店の中でナンパするなアホ!」

 バックヤードにつくと耳を離す。痛そうに耳をさすりながら私を睨んでくるライノス。

「まったく! なんて事してるの!」

「む。店の中でナンパ禁止とは聞いてなかったぞ!」

「普通、言わなくてもわかるでしょ!? 常識として誰もしないの!」

 驚いたライノスが目を向ける。ホントこいつ、異世界人。

「な、なんだと……。まさか、こんな罠があったとは」

「いい加減にしないとクビにするよ、アホメガネ!」

「いや、いつから八巻はそんな偉くなったんだ? 客ならもう少し静かにしてくれ」

 偉そうに言ってくる。なんとも自分の状況がわからないとは。海の時も思ったけどアホだよね。

「はぁー、私はこの店のオーナーなの。で、あんたはバイト」

「えっ!?」

「わかった? オーナー様なの。わ・た・し」

 すると青ざめたライノスが土下座してきた。うわぁ、極端。

「も、申し訳ありませんでした! オーナー様! どうかご勘弁を!」

「あんた態度変わりすぎ! 別にクビにしないけど、絶対に店でナンパするな!」

「わかりました! ありがとうございます!」

 顔を上げて感激しているライノス。こっちがグッタリしてきた。

 立ち上がったライノスは額の汗を拭って呟く。

「ふー、やれやれ。顔立ちは美人なのにキツイなぁ、八巻は……」

「思いっきり聞こえてるからね?」

 そのままライノスを厨房へ蹴り込んで店長にしっかり教育しろと文句を言って、やっと自分の席へ戻る。

 ネマはニコニコして私を待ってくれていた。


「もぉ、いいんですかぁ。面白いですねぇ」

「私は面白くないよ。あのアホ」

 文句を言うと、ネマがクスクスと笑う。

「でもぉ、楽しそうでしたぁ。八巻様はぁ」

「まさか!」

 思わぬ指摘にビックリする。まあ、確かにあいつは細身なのに何やっても頑丈だから安心だ。

 そこに注文してた料理が運ばれてきた。

 どれも美味しいからオススメ。初めて食べる料理にネマは顔をほころばせながら頬を膨らませていた。

 私はちょくちょく店の様子を見に来ようと心の中で決意を固めていた。


 ◇ ◇ ◇


 ティのダイエットが始まって数日がたち、新しい場所にもだいぶ慣れてきた。

 会社から帰って三人で夕食をとった後、久しぶりに散歩をすることにした。

 片付けてから、ティと連れだって外に出ようとすると霧谷さんが不思議そうな顔をして聞いてきた。

「ドコ行くの? 何かあった?」

「違うって、散歩だよ」

「は!? じいさんなの?」

 目を丸くして驚いている霧谷さんの思わぬ返しに苦笑する。どういう連想なんだろ。

「まだそんな歳じゃないけどね。散歩は半分趣味みたいなものかな」

「ふ~ん。そういえばこの間、昼間会ったときもそう言ってた」

「そういうこと。それじゃ、行ってくるから。留守番よろしくね」

 靴を履いてドアに向かうと後ろから服をつかまれる。

「アタシも行く」

 霧谷さんが慌てて靴を履いてくる。

 夜の町へ三人が繰り出し、喧騒を抜けて静かな川沿いの土手へとやってくる。


 虫の音がそこここに聞こえ始めている。

 夜風も涼しげな感じで、歩くのには丁度良い。

 人通りのない薄暗い土手の道をノンビリ歩いていると霧谷さんが(つぶや)いた。

「……こういうのもいいかも」

 僕が微笑んで見ると少し気まずそうに霧谷さんがはにかんだ。

 ティは猛ダッシュであっという間に先に行って、一瞬で僕の元まで戻って来るのを繰り返している。

 一応はダイエットの続きのようだ。効果はわからないけど。

 本人は楽しそうだからいいか。

 久しぶりの夜の散歩を三人で満喫している。


 しばらく川沿いを歩いていくと、土手の傾斜から誰か出てきた。

「よお! あんらもかい?」

「ナイン!?」

 笑顔でナインが近づいて来る。

「なんか久しぶりだね、ここで会うのは。さっきからティが走り回ってるからすぐわかったよ」

「ははは、ごめん。落ち着いていた所に」

「いいさ。なんでも太ったんだろ? そりゃ走るな」

 笑ってナインがティの頭をくしゃくしゃとなで回す。ティは膨れて腕を組んでいる。

 その後ろでクスクスと霧谷さんは笑う。

 少し立ち話をした後、再び散歩を始める。今度はナインも加わって。

 特にお互いに会話をしていないけど、のんびりと夜の風景を眺めながら歩くのが楽しい。

 遠くに見える黒い鉄道橋に、黄色く輝く窓を(とも)して電車が走り抜けていく。

 この、ちょっとした非日常感が僕は好きだ。

 まるで遠い宇宙の中にある都市を眺めている気分になる。

 そういえば、新菜さんとはこの風景を見たことがない。

 故郷に帰る前に一度は見て欲しいけど、どう思われるだろうか。


 ふと霧谷さんが僕を見つめているのに気がついた。

「初めてちょっとだけど読めた。不思議ね、白滝って温かい」

 いつの間にか僕の手に触れていた。視線に気がついた霧谷さんは眼鏡の奥で目を細めて微笑む。

 なにを読めたのかわからないけど悪くない印象のようだ。

 そして四人はつかの間の別世界をゆっくりと旅していく。

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