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一話 新菜さんの秘密

 

 翌日、少し早めに会社に出社すると新菜(にいな)さんを探し始める。

 同じ駅に住んでいるから出勤時に電車で出会えるかと思ったけど、そうは甘くは無かった。

 総務課にも行ってみたが、まだ出社していないようだ。

 困ったな。

 廊下の途中で立ち止まり、昨日拾ったお菓子の箱を見つめる。

 ──面倒だから食べて証拠を隠滅しようか。

 などと考えていると前方から誰かがすれ違い間際、僕に気がついて足を止め固まった。

 ふと見ると新菜さんだ。

「あ! おはよう。ちょうど探していた所だったんだけど……」

「い……あ…」

 明るく声をかけてみると、真っ赤な顔の新菜さんが口をワナワナさせ、体を反転させると走り始める。

「えぇ? ちょ、ちょっとー!」

 あまりの事に驚いて慌てて後を追いかける。

「新菜さん待って! 落とし物!! あと、昨日見かけたけど聞きたい事が!」

 叫びながら追いつく間際、ピタリと新菜さんが立ち止まる。

 おわぁ、危ない! ギリギリぶつかりそうな所で止まり、踏ん張った。

 と、うつむいた新菜さんがくるりと振り返ると僕の手を引いて、なぜか給湯室へと連れていかれる。

 もう頭の中はハテナでいっぱいだ。落とし物を渡したいだけなのに。


 給湯室に先に入れられると、後ろ手にドアを閉めてその場に立ちすくむ新菜さん。

 あまりの事に少しビビりながら声をかける。

「に、新菜さん? これは?」

「…あ、あの、今日、仕事が終わったら会えますか?」

 うつむいたままの新菜さんが僕の質問を無視して聞いてくる。

「えーと、予定は無いから大丈夫だけど……」

「え、駅前のコンビニで待ってますから。ぜ、絶対に来てください」

 そう言い残して新菜さんが素早くドアを開け部屋を出て行く。

「いや、この場でいいんだけど……」

 誰もいないドアにつぶやく。一体何なんだ?


 ──結局、あの後は新菜さんにも出会わず、仕事をこなしていった。

 今日は飲みの約束がないので、残業もせず退社すると指定されたコンビニへと向かう。

 別に会社で話してくれればいいのに。

 ──いた。

 新菜さんがコンビニ前でソワソワと待っている。中で暇潰しているわけではないのか、不思議な人だ。

 まだ気がついていないようなので近づいて声をかける。

「新菜さん! ゴメン。待った?」

「は! いえ、ぜ、全然待ってないです!」

 初めて顔を上げた新菜さんが答えるが視線が泳いでいる。しかもテンパっているのか赤くなっている。

 とりあえず、ここで立ち話しもなんだし。ということで、地元の駅へお互い気まずい中を移動して、全国チェーン店のコーヒーショップ「宮中珈琲」へと入って行く。

 席に座りコーヒー二つの注文を済ませると、うつむいている新菜さんへ語りかける。

「えーと、さっそくだけど、これを」

 カバンの中から例のお菓子を取り出すと新菜さんの前に置く。

「え!? これは?」

 驚いて顔を上げるとお菓子の箱を手に取る。

「昨日の夜、新菜さんが落とした物。追いかけたんだけど、姿が消えたからビックリしてさ」

 その様子を見ながら説明していくと新菜さんの顔つきが変わってくる。

 先ほどまでのオドオドした様子が消え、何か雰囲気が硬くなっているように見える。

「見ました?」

「え?」

「私が消えるところを見ました?」

「えと、見ましたけど……」

 得も言われぬ迫力に押されながら答えると、新菜さんが両手で顔を覆いテーブルに突っ伏した。

 なんだろ? 耳が真っ赤だ。ふぁあああ~とかつぶやいているし。

 そんな最中にコーヒーが運ばれ、気まずい空気の中で緊張した面持(おもも)ちの店員が作業を終えると逃げるように去っていった。

 何かと勘違いされているかもしれない。僕は何もしていないし。


「あの、新菜さん?」

 恐る恐る声をかけるとガバッと顔を上げて身を乗り出してくる。

「み、見なかった事にしてもらえませんか? 記憶は残らず消しますから! い、痛くしませんから!」

「ちょっと新菜さん!? その右手に持っているのは何ですか?」

 僕の指摘に慌てて握っていた棒みたいな物を隠す。この娘、少し怖いかも。

「えーと、ちゃんと説明してもらえれば誰にも言いませんから。ダメかな?」

「だ、ダメじゃないけど……」

 イスに座り直した新菜さんは、再びうつむいて言葉を(にご)す。軽い気持ちでいたが、話しがとんでもない方向に行きそうだ。

 束の間の沈黙が降りた後、顔を上げ何かを決心した新菜さんが口を開く。

「わかりました。お話しします。けど、信じてもらえないかもしれないですけど……」

「お願いします」

 うながすと、うつむいたままの新菜さんは続ける。


「わ、私、この世界の人間ではありません。アビエットと呼ばれる異世界からきました」

「は!?」

 想像の範囲を超えた発言に思考が止まる。何だ? 不思議ちゃん?

 顔を上げた新菜さんが初めて目を合わせる。その表情からはとても嘘を言っているようには見えない。

「と、とりあえず、続けてください」

 判断は最後まで聞いてからにしよう。

「…私はある物を探しにこの世界に来たんですけど、なかなか見つからなくて。それで、生活のため今の職場へ就職しました」

 訴えかけるような姿勢に真実かどうかは別として、彼女の事を信じようと思った。理由はわからないけど。

「えっと、異世界から来たとして、どうやって住民票を取ったの? あと、銀行口座とか?」

「それは…アビエットの賢者様に頂いた魔法の杖を使ってです。この魔法は非常に強力で、世の(ことわり)を少し変化させる力があります」

「魔法……。新菜さんは使えるの?」

「はい。少しなら」

 照れながら頷く新菜さんをマジマジ見る。話しが本当なら一人でこの世界に来たのか。

「今、出せる?」

「それならこれを……」

 新菜さんが手のひらを差し出すと、そこから小さい火が立ち上がる。

「!!」

 本当だ……。これが魔法か…。思わず手を出して火にさわろうとすると新菜さんが慌てて引っ込めてしまう。

「あ、熱いですから! 火傷します!」

「ゴメン。つい、不思議で。新菜さんは熱くないの?」

「術者は大丈夫です。私もその仕組みはわかりませんけど」

 頬を染めうつむく彼女を見て、これは本物と確信した。

 少なくとも手品には見えなかった。彼女が手を置いていた場所の空気がほのかに暖かい。


「…君の話しを信じるよ」

「ありがとうございます! 良かった~」

 ホッとした新菜さんが微笑む。

 ──あれ? この感じ……どこかで見た気がする。最近のような…? うーん、思い出せない。


 すっかりぬるま湯になったコーヒーをお互いすする。

 眉をしかめ、苦そうな顔をした新菜さんが砂糖の味を確かめ大量投入している。……コーヒーは初めてかな?

 少し気まずい。何か話しを振ろう。

「ところで何をこの世界で探しに来てるの?」

「それは…賢者様が儀式を失敗しまして。クリスタルの要となる“真理の輪”がバラバラになりまして…。その欠片(かけら)が異世界へと飛ばされたので回収しにきました」

 申し訳なさそうに語るのを見ると大変だなぁと他人事ながら思う。

 上司の失敗は部下がとらされるのは、どこの世界も一緒だね。

「それじゃあ、破片は全部この世界にあるんだ? 一人で探すのは大変でしょ?」

「いえ、いえ。その、いろいろな異なる世界へ散っていったので、それぞれ担当者が当たっています。私はこの区域の担当でして」

 へへっと新菜さんは愛想笑いしている。誇らしいのか恥ずかしいのかわからない。

 まあ、せっかくの縁だ。僕にも何かできないかな?

「それなら僕も探すのを手伝おうか? 一人よりもいいんじゃない?」

「え!? いいんですか! って、違います! 白滝(しらたき)さんは忙しい人ですから無理しないでください!」

 新菜さんが手を振って慌てている。そんなかしこまらくても、同じ会社の人だし。

「大丈夫だよ。いつも残業してるわけじゃないし。空いた時にでもね」

「ホントですか! ありがとうございます!」

 手を合わせて喜んでいる。

 なんだか僕まで嬉しくなるような喜びよう。まあ、良かったのかな。


「ところであの持っていたダンボール箱ってなんだったの?」

「えっ!? えぇーと。言った方がいいですか?」

 何か控えめに聞いてくる。マズイ事なのかな?

「無理にとは言わないけど、好奇心で。ダメかな?」

「ダメじゃないですけど……。実はこの世界のお菓子をアビエットにお土産に持って帰ったら大好評でして。それで催促されて大量に買って持って行ってるんです。その、私の任務とは違うんですが仕方なしに……」

「ああ、ゴメン。意外と大変だね、お菓子はいっぱい種類があるからね」

 同情すると新菜さんが身を乗り出してきた。何かのスイッチが入った!?

「そうなんですよ! 種類が多くていつも選ぶのが大変で。お店によって売っている物も微妙に違うじゃないですか! 私も食べたいけど太りそうだし、値段も安いからつい手に取っちゃうんです!」

「そ、そう。美味しいもんね。僕も駅前のバーソンにある『生クリームたっぷりロールケーキ』をたまに買ってくし」

「それ知ってます! 私も好きです! ふわふわで美味しいですよね!」

 思わず話に乗ると新菜さんが熱く語り出して、何故かお菓子談義で花が咲いてしまった。

 しかし話を聞くとどうやら本当に異世界から来たみたいで、見る物や食べ物など新鮮な視点で語っている。

 外国人が日本に観光に来た時のイメージが頭に浮かんだ。

 ここにきて、ずいぶん新菜さんの態度もくだけてきた。さっきまでは緊張していたのかな。


 ちょうどキリのいいところで話題を変える。

「ところでアドレスか携帯番号を教えるから、困った時は連絡してくれれば協力するけど?」

「あっ、私……持ってないんです。すまーとふぉんでしたっけ? その道具」

 僕がスマホを取り出すと、新菜さんが申し訳なさそうに声を落とす。

 そうか。いざという時に連絡できないと難しいな。住所を聞いて、手紙でやりとり? それより会社で直接会った方が早いか。しかし、連絡先も無いのによく就職できたな。それも魔法のおかげかな?

 そんな事を考えていると新菜さんが提案してくる。

「あ、あの…。もしよろしかったら、教えてもらえませんか? すまーとふぉんの入手方法とか…」

「なるほど! そもそも知らない事が多いよね? 僕にできる事は協力するよ」

「ホントですか! ありがとうございます! 良かった~!」

 笑顔で喜ぶ新菜さんを見てるとほっこりする。なんだろ? 人懐っこい犬を思い出す。

 少なくとも探し物が見つかるまでは協力しよう。彼女が自分の世界へ早く帰れるように。


「そういえば、探している破片ってどういう物なのかな?」

「えーと、確かこのぐらいの大きさで、虹色って言うか、神秘的な輝きを放つ板状のものなんですけど」

 僕が質問すると新菜さんが身振りでサイズを示して説明する。

 あれ? なんとなく覚えがある。

「なるほど。見つけたら君に届けるよ」

「ありがとうございます! やっぱり、思ってた通り白滝さんって親切ですね!」

「思ってた通り?」

「い、いえ! 見ててそう思っただけですから!」

 あはははと新菜さんが愛想笑いして誤魔化している。前に会ったっけ? 会社かな?

 それからコーヒーショップを出て電車に乗りながら、今度の土曜日に待ち合わせの約束をして駅で別れた。

 明るく手を振って帰っていく後ろ姿を見送る。自宅まで送ろうとしたが断られた。まあ、当たり前か。

 新菜さんか──

 よく見ると目鼻立ちがクッキリしてて日本人ぽくなかったな。

 薄顔の僕とは大違いだ。黒髪に茶色の瞳に少し違和感を感じた。


 やがて自分の家に着き、机の上にある光を放つ存在に見て気がついた。

「ひょっとして、コレ?」

 あの土手に落ちてきた板──不思議な輝きを放つソレを手に取る。

 キラキラと輝く欠片(かけら)を眺め、自分の知らない世界へ思いを巡らせた。


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