二十五話 新菜さんと大佐の工場へ行く
波のプールからなかなか出る切っ掛けがつかめず、ゆられていた。
互いに持つ腕から手が離せない。
僕が迷っていると新菜さんが上目づかいに見てくる。
「あ、あの……」
「なな何?」
「そろそろ出ませんか? 寒くなってきました……」
「ああ、そ、そうだね。風邪を引いたら大変だし」
「すみません……」
「何で謝るの?」
「いえ、その、もっと……」
言葉が尻つぼみになり、耳を赤くした新菜さんとプールから出る。
すっかり涼めた気がしたが照り付ける太陽で徐々に肌が温められてきた。
レジャーシートへ向かうとナインたちがすでにいて、僕たちを待っていた。
ナインとティは楽しそうだが霧谷さんは少し顔色が優れない。
聞いても首を振るだけで何も言わない。何だろうか?
とりあえず問題ないようなので、お昼を食べて午後も流れるプールでに皆で入って楽しんだ。
それからすこし早めにプールを出て園内のレストランで休む。
他の皆は飲み物だけなのに、ティはここでもスパゲティを食べている。
まあ、楽しそうでなによりだ。僕も誘って良かったと思えた。
帰り際に「てしま園」横に温泉施設「家の湯」があるのを発見して、寄ってみることにした。
そこで気がついたが男は僕だけだった。
一人寂しく男湯へと皆と別れた。
◇ ◇ ◇
「で、進展はあったんかい?」
「……何も」
「はぁ? 二人きりでいたんだろ? 何やってんだい!?」
「き、緊張しちゃって言葉が出なかったんだもん。ナインにいつも言われるけどムリ」
温泉に浸かりながら新菜と話す。霧谷とティも一緒だ。
冷たいプールの後に暖かい湯。意外な組み合わせだけど気持ちいい。
新菜は何を思い出したのか顔を赤くしている。
しばらく沈黙が続いたが霧谷が手を上げる。
「あのー、黒髪の長い女性が白滝の彼女じゃないの?」
とたん新菜の顔がふくれる。知らないって怖いねぇ。
「ははは、違うね。南は前カノ。の割にはヨリを戻したがってるのさ」
「そうなんだ」
私が笑って説明すると、何か納得したのか霧谷がニコニコしだす。まさか、ね。
ティはジェット風呂へ向かい一人、楽しんでいる。
しばらく眉をひそめていた霧谷が私らに向き直った。
「覚悟を決めた。話して欲しい。なぜ思考が読めないの?」
霧谷が新菜に迫る。
ふぅとため息をついた新菜が私をチラリと見る。後で何か言われそう。
「その前に、どうして私なんですか? 白滝さんの方が聞きやすいのでは?」
「その、一緒にいるときにきまづくなりそうで……」
しぶしぶと霧谷が言うと新菜が微笑む。
「フフ、わかりました。先に断っておきますが、我々はあなたがた政府と敵対しようとは思っていません。いいですか?」
「わかった。でも、これは個人的に聞きたいこと。他言しないよ」
霧谷は新菜の手を握って囁く。
新菜は湯船から立ち上がると歩き出した。
「ここでは人が多すぎです。もう少し静かな所で話します。ついてきてください」
「わかった」
二人は野外の温泉に行くようだ。
後は新菜に任せておこうか。私はここでノンビリと楽しんでいよう。
しかし、ティはいいのかね? 今、白滝は一人だぞ。
◇ ◇ ◇
温泉でさっぱりして皆で夕食を済ました後、新菜さんとナインは霧谷さんとも仲良くなったようで笑顔で別れた。
霧谷さんは何かスッキリした感じになっている。
楽しそうなティと手をつないで僕のアパートへと戻った。
今日は一日楽しかったな。明日からは頑張ろう。
翌日、会社の昼休み、食堂でとろろうどんをすすっていると八巻さんが対面の席にやって来た。
「よ! 白滝君。ちょっといい?」
「八巻さん! かまいませんけど」
どうやら八巻さんはホイコーロー定食みたいだ。あいかわらず肉食系。
少し興奮気味の八巻さんは身を乗り出してきた。
「ネマからいろいろ聞いたよ。魔法ってすごいね!」
「八巻さん! あんまりここでは……」
「あっと、ゴメン、ゴメン。本題は別なんだけど、言いたくてさ。わかるでしょ? この誰かに言いたい気持ち!」
「はは、わかりますよ。普通じゃないですからね」
苦笑して八巻さんに賛同する。ニヤリとする彼女。
しかし一体何の用だろうか? また海かな?
そんな僕の疑問とは違う事のようだ。
「大佐の工場だけど、最近行った?」
「いいえ。近く尋ねようと思ってましたけど」
僕が大佐たちの近状が気になっていたので行こうと思っている旨を話す。
八巻さんはニコリとする。何か悪だくみ?
「ちょうど良かった。私も状況確認したかったんだよね。白滝君ってこういうところに気が利くから助かるわ」
「褒めても何も出ませんからね?」
「おー、素直じゃないねー。悪いけど行って来たら報告してもらっていい?」
「かまいませんけど……。電話で大佐に聞いた方がいいんじゃないですか?」
「フフ。それだとわからない事が多いのね、実際に行かないと。それも第三者の方がいいの。彼らの本音や普段のふるまいが見れるからね」
ホイコーローを頬張りながら八巻さんが話す。なるほど、いろいろ考えてるなぁ。
「って、八巻さんって経営者向きだよね。なんで営業しているの?」
「んー。社会勉強ってやつ? あと楽しいから。白滝君もいるしね!」
ウインクされた。
この間、断ったのに。これ以上の厄介事は南さんだけにして欲しい。
「八巻さん!」
「アハハ! 冗談! じゃあ、よろしくね!」
笑って八巻さんに頼まれる。
タイミング的にちょうど良かったのかな。週末に伺おうと思ってたから。
◇
最近はすっかりアパートに霧谷さんが居ることが普通になってしまった。
ティと仲良くしてもらえてるので、ティが過剰に僕に甘えてくることが無くなって良かった。事案発生は困るし。
リビングでくつろいでると霧谷さんが突然聞いてきた。
「ねえ、白滝。あんたって魔法使えないよね?」
「は? 何? 誰に聞いたの?」
突然尋ねられて若干パニックになる。いつ、どこで知ったんだ?
ティがニコニコとお菓子を食べながら説明した。
「ニーナ様が教えたんだよー。霧谷姉ちゃんは知ってるよ」
「え!? そうなの?」
ビックリして霧谷さんを見ると頷いている。マジかー。新菜さんが教えたってことは信用しているってことかな。
「霧谷さん。僕は魔法なんて使えないよ。じゃあ、ティの事も聞いたの?」
「聞いた。白滝は何もないんだ。安心した」
霧谷さんが微笑んで言うけど、むしろ何もないのが申し訳ない気がしてくる。
一応、霧谷さんにはご両親に話してもらい、僕の連絡先など伝えてもらった。
心配だったのでご両親に直接連絡すると、ぜひよろしく頼みますと言われてしまった。
何か責任が増えた気がする。
それから新菜さんと連絡を取り、大佐の所に同行してもらえるようお願いする。
新菜さんも久しぶりに会いたいそうなので、ちょうど良かった。
霧谷さんも同行するかと思ったら別の仕事があるのでと断られた。
まあ、急にいろんな人に会わすのもキツイか。それに大佐たちはリーディングされやすそうだし。
住む人数が増えたことで引越し先もだいぶ絞れてきた。ただ、家賃を抑えていきたいけど難しい……。
それでもなんとか2DKあたりに落ち着いた。
ティと霧谷さんで一部屋、僕がもう一部屋をリビングルームと併用して使って行く予定。
本当はLDKがよかったけど予算の都合上、難しい。生活費も増えてるし。
不動産屋に連絡を取り目的の物件を押さえておく。
あとはこの部屋の契約関連か……。同じ町内とは言え、いろいろやることがあるなぁ。
◇
週末になり新菜さんと待ち合わせて大佐の工場へと向かう。
ナインは用事があるとかで同行していない。
ティは相変わらず元気で一緒にいる。
この間は車で行ったので、今日は初めて駅から歩いて行く。
夏も終わりに近く雨が多くなってきた。
秋かあ、最近は忙しすぎて日々があっという間に過ぎていく気がする。
紙袋片手に新菜さんと他愛のない会話をしながら歩みを進める。
少し日に焼けた新菜さんは健康女子な感じだ。そんな僕も日焼けして薄皮がまばらにむけていた。
大佐の工場へ着くとシャッターが開いていた。
どうやら今日も仕事をしているようだ。
僕が先にシャッターをくぐり中へ入って行く。
ちょうど近くで工作機械を扱っていたおじさんに声をかける。
「こんにちは。白滝と申しますけど大佐はいらっしゃいますか?」
ふと顔を上げたおじさんは僕を認めると目を細める。
「こんにちは! 聞いてましたよ、あなたが白滝さんですか! その後ろの方は新菜さんで合ってますか?」
「ええ、合ってます」
返事をするとニコリとして挨拶をされる。
「改めまして、私はこの工場の専務をしています、染木です。大佐は奥にいますよ、こちらです」
「わざわざすみません」
染木さんは手を置いて僕たちを案内してくれるようだ。
奥に向かう間、簡単にこの工場の説明を受けた。
従業員は染木さんを含め四人で、今、フル稼働で機械を動かしているようだ。
思ったよりも仕事が順調そうで安心した。
大佐は奥の一角にある機械を操作していた。
染木さんが声をかけると機械を止め、僕たちを確認すると顔をほころばせた。
首にタオルを巻き、薄緑色の作業着を着ている。すっかり工場の人だ。
「おお! よく来た白滝! それに新菜殿も!」
「お久しぶりです。元気な姿を見て私も嬉しいです、大佐」
新菜さんが頭を下げ挨拶をする。僕も挨拶をすると染木さんはそれではと元の所へと戻って行った。
ついで、お土産を渡すと大佐にお礼を言われる。
「いつもすまないな、ちょうど良かった。こっちへ来てくれ、見せたいものがある」
大佐は奥の事務室ではなく、二階へと導く。
住居スペースのある部屋に入るとリビングにソールとライノスがくつろいでいた。
「お! 白滝と新菜さん! よく来たね!」
「よっす!」
笑顔のソールとライノスが出迎えてくれる。
僕と新菜さんもそれぞれ挨拶を交わす。
「皆、奥へ行くぞ」
大佐はさらに奥の部屋へと行く。僕たちもその後を追った。
奥の部屋は鍵がかけてあるようで、大佐が開錠し扉を開く。
「ここは研究室だからな、一応、セキュリティをかけているんだ。さ、ここだ」
ニヤリとした大佐が中へと誘い、僕らは従う。
そこは様々な機械や部品が置いてあり、何かを作ったりしている場所のようだ。
中程に行くとテーブルにいくつかの機械が置いてあった。
その中に小さな丸い青色をした小石がいくつか並んでいて、大佐は小石をつまむと僕たちに見えるように近づけた。
「これが、前に言った魔石だ。これが我らの世界ではエネルギーの元になっていた。ちょうどこの世界ではバッテリーのような物だな。ただし、この魔石は使い捨てだ。チャージして再利用はできない。だが、膨大なエネルギーをため込んでいるんだ」
「へぇ。凄いですね」
「ああ、だが、この世界の方が効率的な気がしてきたよ。少ないエネルギーを無駄なく使う技術でこんなにも発展している」
「それこそ技術革新ってやつですね。僕も仕事柄、効率的に扱うように考えていますから」
「うむ。電気エネルギーで再現しようとするとバッテリーが足りなくて困っているところだ。しばらくは魔石を使用するが、いずれは代替え品を作らないとな」
大佐は笑って魔石をテーブルに戻した。
僕たちが感心していると、今度は違う機械を取り出した。
金属でできたグローブみたいだ。大佐は手にはめるとグーとパーを繰り返して見せる。
「これは試作品だ。力を増幅して相手に当てた瞬間に電撃が襲う。他にもソールやライノス用のものも制作した。一応、魔物に対応するためだな」
ニヤリと大佐が口をゆがめた。渋いなー大佐って。
「ありがとうございます、大佐」
新菜さんはニコニコとお礼を述べた。ティは物珍しそうに機械を見ている。
一通り説明も終わり、場所をリビングに移し最近の事を聞いた。
工場の方は、一旦離れた取引先と何件か再契約できたようだ。さらに大佐が新発明や新しい部品を作って売り込んでいるようだ。
失礼だが、意外と大佐って社長向きだった。それを見抜いた八巻さんも凄いけど。
ソールとライノスも工場の仕事を手伝っているが、いまだバイトもしているとのことだった。
とにかく今は住むところがあり、お金もボチボチ貯まってきているようだ。
さすがに口座が持てないので八巻さんに預けているみたい。
すっかり三人が根をおろしたようで安心した。
僕たちからは霧谷さんや国家超常現象異生物研究所の事を話し、くれぐれも大立ち回りはしないで欲しいとお願いした。
大佐たちは理解してくれて、この国の監視はゆるすぎると逆に文句を言っていた。
大佐たちと楽しく話している途中、新菜さんの動きが止まった。
笑顔がとたんに真剣になり、ティに顔を向ける。
「ティ、監視の魔法陣に反応がありました。わかりますか?」
「うん。ボクも捕らえた。今回は全部出る前に倒せそうもないね」
ティが頷き、僕たちの視線に気がついた新菜さんが説明する。
「空間の裂け目から魔物が現れました。すみませんが大佐たちも手伝っていただけますか?」
「なにを言ってるんだ。当たり前だ! さっき見たろ、あの装備を! ソール! ライノス!」
「おいっす!」「腕が鳴るぜ!」
大佐の呼びかけにソールとライノスが立ち上がって答える。
黙って新菜さんは笑顔で頷いてみせる。
これだけ大勢いると頼りになりそうだ。
きっと、今回も僕は見ているだけだけど。




