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十九話 新菜さんに相談する

 

 むっとする熱い空気の中、川沿いの土手に立っている男二人と年の若い女がいた。

 女は地面にしゃがみ、太陽によって熱くなっている剥き出しの土に手をつけている。

 年は十代後半くらいでショートヘアの黒髪、眼鏡をかけ、動きやすそうな服装でいる。

「……」

 後ろに控えている男たちはスーツを着ていた。

 三十代のスポーツ刈りをした男が汗をかきつつ説明する。

「この辺りで夜に爆発音を聞いたと通報があったが、巡回中の警官の報告では何も無かったそうです。あと、突然、雷が落ちたとの未確認だが情報もあったみたいですね」

「見た目には何もないな。箱波(はこなみ)君は何が気になったんだね?」

大谷(おおたに)教授。この組織がピンチなのをご存知ですよね? 何の成果もないまま四年。予算もなかなか融通してもらえないんですよ? 僕の身になってください。こうして小さな現象から結果を出していきましょうよ」

「君も大変だな。お役所勤めも派閥が物を言うか……」

 しみじみと白髪交じりの大谷教授が額の汗をハンカチで拭いながら感慨耽(かんがいふけ)る。

 そんな教授に箱波は発破をかける。

「教授。お互い頑張りましょうよ。引き抜いた僕の責任も問われるんですよ?」

「君には感謝しているが、考えてごらん。むしろ何も無い世の中の方が平和でいいだろ? 異常な現象や怪異が現れない方がいいのだ」

「いや、専門家でしょ、教授!」 

 箱波の鬼のツッコミにハハハと笑って応える大谷教授。意外と良いコンビのようだ。


 立ち上がった若い女は大谷教授へと近づき、抑揚の無い声で結果を告げる。

「教授。ここに跡があった」

「そうか、いつも無駄骨ばかりで……なに!?」

 (ねぎら)おうとした大谷教授が驚いて目を見開く。

「何か発見したのかね? 霧谷(きりや)君!」

「うん。強烈な残留思念が残ってた」

 霧谷が感情の無い声で伝えると箱波と大谷教授は騒然としだす。

「うおおおおお! 初めてだぁあああ! やっと、やっと結果を出せる! 目指せ予算倍増! 人員百人!」

「ほ、ほほほほ本当かね? 霧谷君!?」

 二人の騒ぎを無視して淡々と霧谷が(うなず)く。

「そう。巨大な生物と争っていた者の思念が残ってた」

「そのような跡は見えないが……」

「何らかの方法で消したみたい」

 大谷教授の感想に確信を持った霧谷が答える。


「それじゃ、後はお願いしました! 僕は戻りますんで、よろしくー!」

 爽やかに手を振って笑顔の箱波は、汗を流しつつ町の方へと走っていく。

 汗を拭きながら大谷教授は(つぶや)いた。

「やれ、やれ。これからが大変だ……」

 聞こえていたのか霧谷は黙って(うなず)いていた。


 その三人を対岸の遠くから見張っていた一つの影があった。

「あらら、これは!? なんとなく怪しい人達ね……。知らせとくべきかしらね? 良い口実かも…うん」

 南はクスッと微笑むとその場からふと姿を消した。


 ◇ ◇ ◇


 会社帰りに新菜(にいな)さん達に連絡をとり、相談することにした。

 南さんも関係しているので連絡をしたが留守電だった。とりあえず伝言を入れたけど。

 早速、地元へ戻ると、人形のティを戻して一緒に待ち合わせのファミレス「ジョリサン」へと急ぐ。

 どうやら一番乗りのようだ。

 応対してくれた店員に人数を話し、大きめのテーブル席へと案内される。

 ティが皆を待ち切れなさそうにしていたので、ちょっとした物を頼んで小腹を満たす。


 しばらくするとナインに引っ張られた新菜さんが現れた。

「お待たせ! 新菜が恥ずかしがってさ、少し遅れたよ」

「ちょ、ちょっと! ナイン!」

 新菜さんが僕の顔を見た途端、赤くなってナインの背中に隠れた。

 一体ナゼ? 僕が何かしたのだろうか? 隣のティは首を傾けていた。

「突然呼んでごめん。急遽、相談したいことがあって」

「大丈夫だよ。必要なんだろ? 私は夕飯が食べられたら何でもいいけどね」

 ナインがニッとする。相変わらずの食いしん坊だ。それなのにスタイルが変わらないのが凄い。

 二人が対面に座り、とりあえず先に注文して夕食を済ませる。

 その間、やっと新菜さんは普通に戻ってドリンクバーから紅茶を持ってきていた。


「それでは話しをいいかな? 相談したい内容なんだけど──」

 落ち着いた頃に大佐の事から八巻(やまき)さんについてを話していく。

 途中、僕の隣に誰かが座ってきた。

「遅くなったわ。なんの話しかな? お揃いで」

 南さんが僕の腕をとってにこやかに語りかける。

「み、南さん! もう少し離れて!」

「嫌よ。ここがいい」

 ぐいぐい体を押しつけてくる南さんを避ける為、窓側にいたティを無理矢理、僕と南さんの間に移動させる。

 その間、対面に座っていた二人の無言の視線が痛かった。

 一騒動あったが、事の顛末を続けた。


「なぁーるほどねぇー。面倒だから八巻も引き込めば? 楽しそうだし」

 話しを聞いたナインが気楽に言ってくる。

「でも、危険な事があるかもしれないし……」

 今後の事を考えると、いつか危険に巻き込みそうで怖い。

 すると新菜さんが提案してきた。

「その問題はありますね。八巻さんには私の使い魔を貸しましょうか?」

「それは、新菜さんに負担がかかるし……」

「いいえ、まだいますから大丈夫です。それに私も心配ですから」

 僕の心配を微笑んだ新菜さんが否定する。また彼女に甘えてしまいそうだ。

「ふーん。雰囲気が変わったね?」

 目ざとく南さんが指摘すると新菜さんは耳を赤くしてギロッと睨み威嚇している。

 いい加減、この二人は仲良くなって欲しい。ある意味、仲が良いとも言えるけど。

 その後、話し合って、今後とも大佐に協力してもらうためにも八巻さんとのパイプは必要と結論が出た。

 結局、代表として僕が八巻さんに説明する方向でまとまった。

 しかし、八巻さんは大丈夫だろうか。拒否されるかもしれないし。


 それから南さんからも報告があった。

 なんでも土手で怪しい三人組が魔物と遭遇した跡を調べていたらしい。

 まだこちらには気がついていないようだけど、気をつけた方がいいと南さんから忠告があった。

 僕の思っていた以上に事態が進んでいるような気がしてきた。

 もう魔物には出てきて欲しくはないけど、無理な注文なのかな?


 ◇ ◇ ◇


 翌日、八巻さんと連絡を取って退社後に会う約束をした。

 本当は新菜さんに同席してもらいたかったが、そまでは甘えてられない。

 駅前のカフェで八巻さんと二人、僕はこれまでの経緯を説明した。

 最初は面白がって聞いていた八巻さんだったが、後半、魔物が出るところからは目が真剣になっていった。

「一応、僕の知っている全てを話したよ。秘密にしたのがわかったでしょ?」

「なるほどねぇー。もし、白滝君の話が本当ならえらい事だね」

 軽い調子で八巻さんは言うが、目を見れば信じていることがわかる。

 ぬるくなったコーヒーを飲み喉を潤し重要な事を聞いた。

「それで八巻さんは手伝ってくれるのかな? 僕としては協力してもらえると助かるけど」

「あはは。そんな怖がりじゃないよ、私。こんな面白そうな事、参加するに決まってんじゃん!」

「ホントに! ありがとう!」

 八巻さんに頭を下げ、お礼を言う。

 ホッとしてカップを傾け、残りを流し込む。はー、緊張した。


 僕の情けなさそうな感じに微笑んでいた八巻さんが聞いてくる。

「ところで、代わりにお願いを聞いて欲しいんだけど?」

「僕にできることなら」

「それは白滝君しかできないから……」

 テーブルに出していた左手の上に八巻さんが手を重ねる。

「僕しかできないってなんですか?」

 聞くと真剣な表情で僕を見つめてくる八巻さんがいた。


「私……白滝君が好きなの」


 身体中に電撃が走った。

 そんな事、(つゆ)とも知らず八巻さんと接してきた。

 彼女にそんな想いがあるなんて……でも、自分に嘘はつけない。

「……ごめん」

「知ってた」

 僕の返事に即答すると、ニヒヒと笑う八巻さん。唖然とする。

 意味がわからない! 一体なんで告白したんだ?


「な、なんで!?」

「けじめよ、け・じ・め! あースッキリした!」

 あっけらかんと笑う八巻さんに苦笑する。だけど、サバサバしている八巻さんはとても好ましく思う。

「わかりましたから手を放してください八巻さん!」

「あれ? 不思議ね、名残惜しいのかな?」

 意地悪そうな表情で僕をからかう。

「好きな人がいるんでしょ? 元カノの南さんも負けじと白滝君にアタック中らしいじゃない」

「なんで知ってるの!?」

「南さんが自分で言ってたよー。その顔は本当なんだー。ヒヒヒ、面白い~!」

 さっきの告白が嘘のように八巻さんにからかわれた。

 雰囲気が変わり過ぎだ。


 とりあえず一度落ち着いてから、大佐のアパートへ案内するための日時を決めカフェを出た。

 これから楽しくなりそ~と八巻さんは笑っていたが僕は心配だ。

 あんな魔物が出たら僕なんか爪楊枝みたいな存在で、すぐに折られてしまう。

 こんな事に巻き込んで八巻さんに対する罪悪感が僕のお腹をかすめた。

 こらからも安全でいますようにと誰ともなく祈った。


 ◇ ◇ ◇


 大谷教授と霧谷は駅前の牛丼屋で遅い夜食をとっていた。

「霧谷君。もう少しこの町に滞在して調べることになったよ。学校は大丈夫か?」

「教授が単位をくれれば大丈夫」

 大盛りをかき込みながら大谷教授が聞くと、すでに食べ終えた霧谷が抑揚のない声で答える。

 それは、単位が足りない選択教科の教授たちに根回しをしろと暗に述べていた。

 横目で隣の若い女性を物言いたそうに見てから大谷教授は残りを一気に口に入れた。

「モグモグ、それで、モグモグ、あの土手には、モグモグ、何の、モグモグ」

「食べ終えてから聞いて。イライラする」

「すまない、モグモグ…」

 冷静な霧谷の一言に食べながら謝る大谷教授。あまりお互いが気にしていないのは彼等の日常だからなのだろうか。

 食べ終え、お茶を口に含むと一息ついて再び大谷教授が尋ねる。

「結局、巨大生物の痕跡は土手にしかなかったんだな?」

「うん。他には残留思念はなかった」

 霧谷の答えに、うーむと悩む大谷教授。

「となると、対峙したのは人間か異生物ということになるな」

「たぶん人間。それも複数。アタシには感知できない何かがある、あそこには……」

 霧谷は初めての経験に、少し戸惑いながらも正直に話す。

 ため息をついた大谷教授は最後に確認する。

「これは怪異じゃないよね、霧谷君?」

「違う。もっと存在のハッキリしたモノ」

 まるで見たかのように述べる霧谷に大谷教授は大きく(うなず)いた。


 駅近くにある小さなホテルへと二人は移動する。

 やはり調査なら現地で泊まらないといけないと大谷教授が力説したからだ。

 どうでもいい霧谷は頷いて肯定する。

 小さなビジネスホテルで受付をすますと、それぞれ自分の部屋へと入って行く。

 霧谷はベッドに倒れ込むと、とたんに身体中から汗が噴き出した。

 よく我慢した。自分を褒める霧谷。仰向けになり、(ひたい)に腕を乗せる。


 ──あの土手は強烈だった。

 巨大生物の残留思念は凄まじく、今にも襲われるかと思った。

 その場でジッとして詳しく調べているフリをしていたが、実は腰が抜けてその場に留まっていただけ。でなければパニックになっていたかもしれない。

 回復した頃合いを見計らって大谷教授たちの元まで行ったのだ。

 疑心暗鬼になり、普段はしない離れた相手の思考を読むリーディングを町に戻る中、すれ違う通行人に行ったが成果はなかった。

 その代わりヒドイ頭痛がして、ガンガンと今でも耳の奥をハンマーが打ちつけているような感覚がする──


 霧谷は横に寝返り、窓から見える風景に視線を移す。

 未知の彼等と対峙したときに対処できるだろか?

 脳裏に浮かぶ自分の能力の限界に歯噛みしながら、霧谷は最悪の結末を思い浮かべないように窓の明かりのついたビルを熱心に見つめていた。


 大谷教授は机で今日の出来事を手帳に書き綴り、モバイルパソコンを起動させるとフォルダーを開き、目的のファイルに重点項目を追加して整理した。

 一人(うなず)いた大谷教授はふぅと一息つける。

 その後は渋い顔でグラス片手に、ホテルのアダルトチャンネルをザッピングしながらメモをとっていた。

 そしておもむろにフロントへ電話するとプリペードカードを五枚注文し、グラスをあおった。

 今夜は寝れないかもな…ピンク色に染まった頭で大谷教授はかすかに笑みを浮かべた。


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