十八話 大佐に頼み事をされる
マンションに帰って早々、テーブルについた新菜がふくれている。
私が何かしたのか?
「ナインはずるい! なんで白滝さんとあんなに親し気なの?」
「そりゃ、バイト先にも来るし。別に私は好きじゃねぇし」
「ズルイ!!」
叫んだ新菜が羨ましそうに見つめてくるけど私は悪くない!
たまに愚痴を聞いてもらっている事は言わないでおこう。また癇癪を起される。
「いや、そんなこと言ったってさ、あのバイト紹介したのは新菜じゃん」
「むー。そうだけど、だけど」
新菜がムッとしている。もう、面倒だなぁ。
呆れていると新菜がカバンをゴソゴソして、スマホを取り出すと私に突き付けてくる。
「はい、これ。そんなナインに動画をお願いします」
「はい? 動画?」
「そう。これで白滝さんを撮って。使い方は写真を撮るのと一緒だから。ほら、このマークをタッチするの? いい?」
「あー、なんとなくわかったけどさ。なんで?」
「明日は一人で居酒屋に行く予定なの。ちょうどナインもバイトでしょ。だから」
「私は白滝のスケジュールを知っているあんたにドン引きだわ」
「いいから!」
無理矢理スマホを渡せられる。
あーもう! 結局その愚痴が白滝に回って来るんだぞ!? わかってる?
「よろしくね、ナイン」
拒否権もないまま天使の笑顔で頼み事をされてしまった。
ホントは悪魔なんじゃないか? この奥手の魔法使いは。
◇ ◇ ◇
会社で仕事中、大佐から連絡があった。
どうも今度会って欲しいそうだ。相談事があるらしい。
僕でいいのかと聞き返したら、僕でないとダメだと言う。なんだろう?
きっと魔法とかは関連していないかもしれないな。
技術的なことならある程度まではわかるけど、電子機器なら僕はお手上げだ。
基盤や回路設計は専門外。せめて構造物や本体設計ならできるけど……。
とは言うものの、違う内容の相談かもしれない。
仕事の方は順調というか、いつも通り。
もちろん個別クライアント用に作業したりと日々、いろいろなプロジェクトにかかわっている。
残業は多くはないけど、やはり扱う物件によりけりだ。
大佐たちもソールとライノスがバイトをしているようなので、平日に会うのはなかなか難しいらしい。
そういう訳で週末に会う予定だ。
新菜さんにも事前に言った方がいいのだろうか?
とりあえず大佐の話を聞いてから相談した方がいいかもしれない。
今日は「星の囲炉裏」に寄ってから帰ろう。
少し一人で飲みたい気分だ。
とは言うものの、ナインやさきやんがいるからなぁ……。
まあ、いいか。
◇
週末になり、大佐たちの住むアパートへティと一緒に尋ねた。
手土産に飲み物とお菓子、保存できる食料を持って行ったらすごく喜んでくれた。
「今日は来てくれてありがとう。助かったよ」
座卓の前に座った大佐にお礼を言われる。
その左右にはソールとライノスがくつろいで座っていた。
「いえ、いえ。ところでどういった用件なんですか?」
「うむ。実は……白滝の会社は建設資材などを扱うと聞いてね。もしあればなんだが、電子機器や鉄骨など廃材を扱っている所を知っているかと思ってね」
「あー、なるほど。失礼ですけど大佐って何か技術畑で働いていたことがあるんですか?」
僕の質問に大佐は静かに笑い、部屋の奥に置いてある分解された機械を見る。
あそこまでバラせるから知識はありそうだけど。
「俺は軍部の科学部門に在籍していてね。多少なりとも知識はあるつもりだ」
「なるほど。すみません、無粋な質問で」
「いや、わかるよ。スクラップが欲しいと言われれば誰だって疑問に思う」
笑いながら大佐はビールをすする。
「ところで、まったく関係ないが素敵な女子を紹介して欲しい」
いきなりライノスが真顔で言葉を挟んできた。
「は? ホントにまったく関係ないですよね?」
「そういえばこの間、私のバイト先にお前の仲間の八巻が来たぞ。例によってキーキー言っていたが」
「あの…なんのバイトを?」
「イタリアという、この世界にある国の一般的な家庭料理を出す店で働いている」
「ひょっとして僕の会社がある駅近くの「バザーピッツア」じゃないですか?」
「お! 知ってるのか! そこだ」
僕が知っている事に嬉しそうにして答えるライノスに頭が痛くなる。
あそこは本格的なピザとスパゲッティが楽しめる人気の店だ。
しかも八巻さんとも遭遇済みとは。確か、あそこは八巻さんがたまに行くと言ってたっけ。
と、大佐がライノスの頭を鷲づかみ顔を寄せる。
「いいかげんにしろ。お前の話は後にしろ! いいな?」
「イエッサー」
真っ白になったライノスが眼鏡を直して後ろに逃げた。
「話の腰を折ってすまない。そんなわけで紹介してもらえないだろうか?」
「う~ん。僕の知っている取引相手では難しいですね。どちらかというと原材料メーカーとかですし。確かに廃品はありますけど……」
頭を巡らせ、大佐の要求に応える取引先やツテを思い浮かべるがいい所がないなぁ。
ここは一度相談した方がいいかもしれない。
「大佐。申し訳ありませんが、僕だけでは難しいので詳しい人に聞いてからでいいですか?」
「いや、ありがたい。この世界での知り合いは君ぐらいだからな。お願いするよ」
愛想笑いの大佐に海での出来事を思い出す。
「この間の海で魚沼さんと話していましたけど」
「ああ、彼も君の会社の人間だったね。ちょっとした趣味が一致して話が弾んだんだよ」
「はあ」
「これ以上は聞かないでくれると助かるが?」
大佐の雰囲気が突如変わって、恐ろしい気迫に満ちてきた。なにか地雷を踏んだのだろうか?
「あ、はい。大丈夫ですから」
焦って答えると大佐の気迫が薄くなり、笑っていた。
何かあるのか? 会社で魚沼さんに聞くか? しかし、その場合は魚沼さんに脅されそうな気がしてきた。
それから、土手で出現した魔物の話をして、近い内に新菜さんと尋ねるかもしれないと付け加える。
大佐たちは僕の言わんとしている事を理解しているようで黙って頷いてくれた。
硬い話が終わった後はお菓子をつまみつつ、日常の出来事をお互い笑って話した。
ソールは日雇いの仕事や宅配とかのバイトをしているようだ。おかげで町に詳しくなったみたいだ。
そしてティを紹介する。新菜さんから譲り受けた使い魔と説明すると三人とも驚いていた。
どうやら僕の妹と勘違いしたらしい。
ティは行儀よく挨拶して、お菓子をパクパクと食べていた。少しは遠慮を覚えないとダメだな。
◇ ◇ ◇
週末の夜。
リビングで寝巻きに着替えた新菜が準備万端でスマホに向かう。
どうやら私が録画した映像をこれから見るらしい。
撮った次の日に見ればいいのに「見たら絶対に寝れなくなるから、週末まで我慢する」とか言って今日になった。
「いい? 再生するよナイン?」
「いや、これ私が撮ったヤツだからね? 内容全部わかってるからね?」
「違うの心構え」
何言ってるのかわからない。新菜はこの世界に来てからオカシクなってきた。
新菜が真剣な表情を作り、震える手で再生のマークに触れる。
『はい、どうぞー。なにか喋ってよー白滝』
おわぁ! これが私の声!? 変な感じ、初めて聞いたよ。新菜とかはこの声を毎日聞いているのか。
場所はバイト先の居酒屋「星の囲炉裏」。テーブル席でつまみとジョッキを挟んで白滝の姿が映像に出る。
『ん? これはムービーを撮ってるの?』
『そうだよ。ほら、何か言ってよ』
私に苦笑いしておつまみに手を出す白滝。もぐもぐと焼き鳥を食べている。
その光景を見た新菜が「かわわわ……」ニヤケて呟く。
『何かって言っても。これは誰に見せるの?』
『誰でもいいだろ。とりあえずこの機能を使ってみたいんだよ』
『あら~。面白そうなことしてるねぇ』
困惑気味の白滝をよそに、さきやん先輩が入って来た。
すかざず白滝がさきやん先輩に譲る。
『さきやんが何か言ってくださいよ』「ェえぇ~~」今まで聞いたことのない情けない声が新菜から漏れる。
『んー、イヤ。じゃあね』
笑って手を振るさきやん先輩が、この目的を察したのか席を離れていく。さすが先輩!
ガックリ肩を落とした白滝が顔を上げる。
『はあ、わかったよ。昨日、君たちの活躍を僕は目の当たりにして改めて凄いと感じた。ティはいつもグータラしているのに、ちゃんと役割をこなして凛々しかった。ナインは僕たちを守るべく動いてくれてとても安心だった。そして新菜さんは敵を倒すだけでなく、ここに住む僕たちのことを考えて行動してくれているのがとても嬉しかった。ありがとう』
白滝の優しそうな微笑みが映し出され、なんとも居酒屋とは不釣り合いだ。
『ば、バカ! それじゃあ私も恥ずかしいだろ! 他の事は?』
『え? 他? うーん、駅前に新しく出来たラーメン屋は行った?』
『なにそれ、知らないよ?』
『ホント? 駅に行く途中にあるコンビニの横道なんだけど、あっさり味噌ラーメンの店が出来たんだ』
ゴクリ。私が喉を鳴らした音が録音されている。恥ずかし!
『マジかよ。白滝、今度連れていけ! めちゃくちゃ食べたい!』
『ははは。だと思った』
笑う白滝がジョッキをあおる。と、映像が揺らぎ巨大なジョッキが映る。あー、私も飲んだんだ。
どこからか「ナインはやっぱりズルイー」とか聞こえるけど無視。
『他はそうだなぁー。そういえば、ティが箸の使い方をマスターしたよ。凄い上達だよね』
楽しそうに語る白滝。最近はティの話題も増えた気もするな。
『ティはどうでもいいから! 新菜は?』
『新菜さん? そうだなぁ、水族館は楽しかったからまた行きたいなぁ』
『うん。うん。他には?』
『まだ? 長くない? ええと、そう言えば新菜さんって照れると──』
──ピタッ。
映像が止まった。ここまでだったんだ。もっと長く録画されているかと思った。
ふと新菜を見ると悶えていた。
「に、新菜?」
「ふぁあああーーーーー! ダメだ! これはダメだーーー! 恥ずかし~~~いっ!!」
リビングをゴロゴロしている。
一体、何がお前の心に刺さったんだ? 全然わからん。
その後、しばらく転げ回って身悶えていた新菜は疲れ切った顔でベッドに入って行った。
湯気が出そうなほど顔を赤くしながら。
◇ ◇ ◇
会社の昼休み。
ちょうど八巻さんを発見して個人的に話がしたいと屋上へ行った。
ゆだるような暑い熱気が屋上の気温を上げている中、日陰へと逃げる。
「んで、話って?」
プランターの影で暑さをしのぎながら八巻さんが疑わし気にしている。
「えっと、紹介して欲しい所があるんだけど──」
大佐の話をかいつまんで説明する。ただし、大佐たちの事は秘密にして。
だが、八巻さんが難しい顔になっているのを見るとかなり疑われているようだ。
「ふうん。で、私の人脈が欲しいんだ? 誰がそんなの欲しがってるの?」
「えーと、うーん……」
困った。適当な言い訳が思いつかない。
大佐の事なら話してもいいか。八巻さんの目が怖いし。
「海で会った大佐だよ。この間、相談されたんだ」
「はぁ~。なるほどねぇ~。他は?」
「えっ!?」
「まだあるでしょ? 白滝君は嘘がヘタだよね。めちゃくちゃ挙動不審だよ?」
「ホントに!?」
ええ! 僕の態度って丸わかりなのか? 少しショックだ……。
しかしどうすればいいのか?
と、とりあえず新菜さんに相談しよう。その方がいい。
事の発端は彼女にもあるわけだし。僕一人で決めると迷惑がかかる。
「す、少し待ってくれないか? 相談してくる」
「誰と?」
「うっ! か、勘弁してください…」
「まあ、今日は許す。決まったら連絡して」
意地の悪い笑顔を浮かべ八巻さんは日陰から出ると社内へと戻っていく。
その背中を見ながらため息をつく。
はぁ~。どうしよう……。だんだん話が大きくなってきたような気がする。
これは僕だけで扱える案件ではなくなっているな。
これ以上、秘密を知っている人が増えると後が怖いなぁ。
コントロールが効かないといつか破綻しそうだ。
そうなったら新菜さん達はどうなるのだろうか?
……最悪の事態を考えると怖くなる。
僕はその時、決断できるのだろうか?




