プロローグ
天空にそびえる塔の中、球体に輝くクリスタルの周りを土星の輪のように虹色に光る板が回転している。
その前にはローブを着た者が大きな宝石を頭にはめた杖を持ち、呪文を口ずさんでいる。
「…………」
やがて杖を掲げると宝石が光を放ち、塔の上へと伸びていく──
天井に届いた光が反射してクリスタルへと真っ直ぐに落ちてくる。
光を受けたクリスタルは輝きが増し、辺りを白に染め上げる。と、
ドォーーーーーーーーーン!
それは突然爆発し、クリスタルの周りの輪がバラバラに吹き飛ばされ、その場からフッと消えてしまった。
「失敗したぁあああああーーーー!!」
ローブを着た者の叫びが塔内へ響き渡った──
◇ ◇ ◇
ある休日の昼下がり。
地元の駅前で買い物帰りに歩いていると、行く手に大きなリュックを背負った栗色でセミロングの女性がキョロキョロとしているのが見える。
足元にある落とし物には気がついていないよう。通行している誰もが気がついているのかわからないが彼女を避けて歩いていた。
ちょうど後ろについたので落ちていた小さな棒を拾い声をかける。
「すみません。あの、落とし物ですよ?」
気がついた女性が振り返ると、そこには緑色の瞳をした肌の白い外国の人の顔があった。
「あ、ありがとうございます。これは大切な物です」
少したとたどしい日本語でお礼を言いながら棒を受け取るとニコリと微笑まれる。
なんかキラキラと笑顔が輝いているよう。少しドキドキしてくる。
ギクシャクと当たり障りのない返事をして手を振って別れる。その間、彼女も僕が背を向けるまで小さく手を振り続けていた。
小さな親切だけど、すごく得した気分。もうあんな綺麗な人とは出会えないだろうな。
ハリウッドの女優さんがお忍びで日本に来てるのかと、その時は思っていた……
◇ ◇ ◇
──心地よい風の吹く川沿いにある土手を歩く。
斜面に生える雑草が青々していて元気そう。散歩にはちょうど良い時期だ。
近くや遠くに見える街灯やビルの明かりがキラキラ輝いて夜の世界で自己主張をしている。
僕は気持ちの良い夜の散歩を楽しんでいた。
退社後、飲みの誘いが無いときには自宅から近くにある土手を今みたいに歩いている。
人気のいない土手をのんびり進んでいると、突然上空から何かが落ちてきた!
──ドス!
物体が目の前の地面に突き刺さる!
「おわぁっ!」
驚いて後ずさり、つい声が出てしまった。
恐る恐る落ちた場所を見ると、何かが半分埋まっているのが確認できた。
周りを見渡すと誰もいない……。
虫の音と列車の音が遠くに聞こえる──
こういうときに限ってそうなんだよな。
そう思いつつ突き刺さったものを見てみると四〇センチほどの薄い板状の欠片のようだ。
おっかなびっくり触って持ち上げてみると、何かのオブジェが割れた破片のようだった。
それは不思議な色合いで神秘的な輝きを放っている……。ながめていると、その輝きに引き込まれる感じがする。
捨てるには惜しいな……。
どうしよう? 警察に届けても無駄な気もするし、ここは持ち帰って部屋に飾るか!
決めると、散歩を切り上げ拾い物を持って自宅へと戻った。
どこにでもある軽鉄骨パネル工法の二階建て賃貸アパート。二階の一室が僕の家だ。
早速上がると、ユニットバスで例の破片を洗い汚れを落とす。
よく見ると割れたというよりもパズルのピースのような断片に見える。
その破片は水玉を虹色のようにキラキラと反射させている。なんとも不思議な光景──
タオルで拭いて乾かした破片は机の上に飾っておくことにした。
あまり物が少ない部屋に、それは輝く素敵なオブジェとなった。
◇
住んでいるアパートから最寄りの駅まで歩き、電車に三〇分程揺られ再び歩くと会社に着く。
中堅パイプメーカー「ツナギ株式会社」。ここで僕は働いている。
三階建てのビルで事務や開発、実験室などの施設が入っている建物。製造などは埼玉にある大きい工場で行っている。
警備室で入館を済ませ自分の所属する設計・開発室へ廊下を進む。
角を曲がり、ふと足元に何かが落ちているのを見つけた。
拾ってみると…よく知っている皆大好きなチョコレート菓子の箱。
前方を見るとひとりの女性が背を向けてダンボール箱を両手に持ち、歩いているところだった。
「あ! ちょっとすみません!」
声をかけ、走って追いつく。
「はい!?」
ビックリした女性がオドオドと振り返る。
ショートヘアでかわいい顔立ちの女性。う~ん、初めて見る顔だ。最近入社したのかな?
「し、白滝さん!? どどどどど、どうしました?」
頬を染めてすごくキョドっている。僕が何かしたのか? わからない。
「あの、これ落としましたよ?」
「え!? あ、ああ、ありがとうございます!」
差し出したお菓子を慌てて引ったくるように受け取ると、うつむいた女性はお礼を短く言ってそのまま走って行ってしまった。
その後ろ姿を見つめながら気がついた。
なんで僕の名前を知っているのかを。
◇
「先輩、それは新菜さんです! 今頃知ったんですか!?」
同じ室内の後輩、仲林君がさきほどの出来事を話すと驚いている。
「そんな前からいたの?」
「あー、ここ三か月前ぐらいからですね」
何故か照れて説明している。
仲林君は去年入社した新人だ。
それまでは僕と室長、魚沼さんの三人だけだったので、後から入って来た仲林君が一番の若手になる。
プライベートでの付き合いは無いが、仕事帰りによく飲みに行く仲間の一人だ。
整った顔立ちをしているので女性にモテそうだが、何故か浮いた話しを聞いたことがない。
その割には女性に関する話題が多いのは謎だ。
「なるほど。ま、仕事しようか」
適当に返事をして自分のパソコンのモニターに向かう。
今日もがんばろう。
と、後ろから声がかかる。
「白滝君、そろそろ八巻さんが来るから」
「あ、はい!」
振り返ると渋めの五十代のおじさん、室長の貝塚さんがデスクから教えてくれる。
そう言えば、そうだった。
貝塚さんは古参の一人で昔から設計などを手掛けている人だ。僕もまだ二年目なので教わることが多いし、何かとフォローしてもらっているので助かっている。ちなみに役職は部長だけど、“室長”と皆が呼んでいる。
温厚な性格でめったに怒らないが、キレるとめちゃくちゃ怖いと魚沼さんに聞いたことがある。
少なくとも僕は見たことがないので噂程度に聞き流していた。
急いでペンとノートを手に持ち、打ち合わせスペースへ向かう。
と言っても、そんなに広くない部屋の真ん中にあるスペースだけど。
テーブルに着いたところで部屋のドアが開き、魚沼さんと八巻さんが入って来た。
「失礼しまーす!」
「俺も同席するからよろしくな」
八巻さんが爽やかに入ってきて、魚沼さんは声をかけるとメモ帳を取りに自分のデスクへ向かう。
背が高く一八〇センチほどで、眼鏡をかけた魚沼さんは僕の先輩で貝塚さんの右腕みたいな人だ。もちろん仕事がデキル男。
真面目で仕事には厳しいが人付き合いが良く、一緒に飲みに行く仲間の一人。
相談事には頼りにしている人でもある。
逆に小柄な八巻さんは営業の若手だ。と言っても、年上で先輩だけど。
スラリとした体形に肩まで届いた髪をまとめている。
活発な人で現場の空気を明るくしてくれるので、この部屋に来てくれると華やかになる。この人も飲み仲間の一人だ。
うちの会社の営業には女性が少ないので大変そうだけど、顔に出さないのでわからないな。
「お! いるね、白滝君! じゃあ始めようか!」
笑顔の八巻さんが打ち合わせ用のテーブルに着くと、僕も合わせて座る。
魚沼さんもイスに腰かけるとメモ帳を開いた。
「それではどうぞ」
「はい、はい。満腹ホーム様の建設する施設に使用するパイプだけど、既存のパイプ発注とは別に特殊形状のパイプが必要で、ここにその建物の図面と要望を記載した用紙を見て欲しいの。それで……」
打ち合わせが終わり、手を振る八巻さんは部屋を出ていく。そして魚沼さんと役割分担を話し合い仕事にとりかかる。
まだ他の物件もあるのですぐには始められないけど。
スリープ中のパソコンを復帰させ、立ち上がっているCADアプリケーションからファイルを読み出し仕事を再開する。
さ、始めよう。
◇
「へぇ~。白滝君は知らなかったんだー」
向かいの席で八巻さんがビール片手に聞いてくる。
ここは居酒屋「星の囲炉裏」、行きつけの酒場だ。そこそこ広い店内にはテーブルが八卓とカウンター席があり、いつもの常連さんが座っている。今は八巻さんと仲林君と僕、三人で飲んでいる。
「俺は知ってましたよ! ちょっと前に噂になってましたよー。途中入社で総務課にかわいい女性が来たって」
僕の隣で仲林君がもつ煮を食べながら力説している。
「二人とも知ってたんだ。総務とはあまり接点ないからなぁ」
「ハハ! らしいねぇ。ホント、白滝君ってめったに開発室から出ないもんね。ある意味、引きこもりだよね!」
んぐんぐとビールを飲んで八巻さんが面白そうにからかう。
「そんな訳ないでしょ! 僕だって食堂に行ったりしますよ!」
「ワハハ! 白滝先輩って食堂ではうどんばっかり食べてますよねー」
もつ煮を食べ終わった仲林君は焼き鳥の砂肝を頬張りながらしゃべる。毎回思うけどよく食べるなー。
「はーい、お待たせ! 今、どんな話しで盛り上がってんのー?」
追加のビールを持ってきたポニーテールに前掛けをしている女性は“さきやん”この居酒屋のバイトだ。名前が咲なんだけど、ここに通う前から“さきやん”と呼ばれているので自然と僕たちも同じになった。
八巻さんとは気が合うのかよく話している。歳が近いからかな?
すると得意げに仲林君が語り出す。
「うちの会社の新入りについてですよー、さきやん。かわいい娘が来たんで噂になってるって話しですよー」
「ホント~。見てみたいなぁー。今度連れてきてよ?」
興味深々なさきやんが食いつく。が、仲林君は照れ始める。
「俺、話した事ないからなぁ。でも、でも、近くで見た事あるんですけど、かわいかったなぁー」
一人ほっこりしてビールに口をつける仲林君。ニマニマしてるのが気持ち悪い。
僕の食べていたじゃがバターを勝手につまむ八巻さんがニヤッとする。な、何?
「あ! 白滝君も興味出てきたの?」
「うーん。そんなに?」
答えると、さきやんが僕の頭をぐりぐりしてくる。
「えへへー。嘘ばっかり! 若い子に気がありまくりだぁー」
「痛い、さきやん! あと、若いって強調すると自分が傷つくよ?」
「アホ~~! なんて事言うのーー!」
青筋を立てニコニコしながら余計ぐりぐりしてきた。一言多かったな。向かいの席で八巻さんが爆笑している。
さきやんは他の客に呼ばれて手を離してくれたが頭がヒリヒリしている。
その後、楽しい時間も過ぎ、ほどほどで切り上げるとそれぞれの自宅へと解散した。
少しほろ酔いで地元の駅を出るといつもの反対側へと足を向ける。
お気に入りのコンビニ、バーソンは付近にここ一軒しかないからだ。
目的のオリジナルスイーツを買い、店を出る。
ふと、何かに気がついて顔を向けると、そこには昼間見た新菜さんがダンボール箱を持ってビルとビルの間に入る所だった。
同じ駅の場所に住んでるのか? ご近所さん? 疑問が頭を駆け巡る。
あれ? 何か落としたぞ。
よく物を落とす娘だなぁと駆け寄り、拾うと後を追いかける。
だが、次の瞬間、彼女の後姿がフッと闇夜に消えた──…
……ん? んん??
ビルの間にたたずみ先を見ると、酔っぱらったおっさんが千鳥足で通り過ぎていく。
今のは幻かと思い、手にした物に目を向けると、それは朝、会社で見たチョコレート菓子の箱だった……。
お読みいただきありがとうございます。
この話しは、社会人の主人公なのに会社や仕事の描写が少なく、主に休日などに起こる出来事がメインになります。
お仕事関連をメインにご期待された方には申し訳ありません。
作者の気まぐれで書くかもしれませんが。
ぼつぼつ投稿していきます。