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十三話 例の三人組と新菜さん


 マンションに戻ったとたん、新菜(にいな)が死んだ。

 正確に言うと、リビングに倒れ込んだままピクリとも動かない。

 面倒なのでほっておいて冷蔵庫の中をあさる。

 ……ロクに何も無い。

 はぁ。ため息をつくと倒れたままの新菜の横を通り玄関へ足を向ける。

 マンションを出ると一番近いスーパーへと急ぐ。


 こんなことなら白滝(しらたき)と一緒に飯を食べとくべきだった。

 駅での別れ際、南とか言う女が新菜に耳打ちしてから態度がオカシイ。

 それまでやたらテンションが高かったのに帰り道では沈んだままだった。

 一瞬、白滝のアパートへタダ飯を食べに行こうと思ったが、新菜のあの状態じゃあ無理。

 スーパーの総菜コーナーにある弁当を適当に見繕う。

 あと、足りない物を買い足し、マンションへ急ぐ。

 途中、ちらと牛丼店の匂いが鼻につく。美味そうな匂いだ。唾があふれてくる。

 ぐっと振り切って行く。今度食べてやる! 待ってろよ!


 マンションに戻ると新菜は死んだままだ。

 今度は何かブツブツ言っている。

 キッチンに行きレジ袋から弁当を取り出し、レンジに入れスタートする。

 その間にヤカンに水を入れ湯を沸かす。

 次にリビングに行き倒れた新菜を担ぎ起こすが、だらりとしてなすがままだ。

 そのままキッチンの席へ座らせるとテーブルに突っ伏したまま動かない。

 紅茶を入れ、温めた弁当を並べる。

 部屋には食欲をそそる匂いが溢れている。よし! 準備オッケー!


「ほら、いつまでイジケてるんだい。起きて食べな」

 むくりと起きた新菜が弁当を見て、食べ始める。

「……ありがと」

 ポツリと(つぶや)き続ける。

 少しは気分が良くなったようだ。ホッと一息つく。

 食べ終わり二人分を片付ける。

 テーブルに戻ると紅茶のカップを両手に持った新菜がボーっとしている。

 落ち着いたかと思い、紅茶をすする。はぁ~、とりあえず腹は満たされた。

 もう一度水着を着てみるかなー、結構気に入ってるし。

 ふと前に座っている新菜を見ると、大粒の涙をボロボロ流して泣いている。

「お、おい! 何があったんだよ! さすがに気になるよ!」

「うっく、うっ。じ…ら…だぎさんがぁ~、ううぅうっく……」

 新菜が号泣し始めた。しかも何を言っているのかわからない。

 しばらく待って少し落ち着いてから、涙を流し続ける新菜に事情を聞く。


 ぽつりぽつりとした話をまとめると、あの南って女は白滝の前カノだったらしい。

 帰り際に彼女自身から告げられたようだ。

 ──つまりショックだったと。

 まったく面倒くさい。あの(りん)とした主席魔導士はどこいった!?

「まあ、落ち着きなよ。だって前カノだろ? 今は付き合ってないって事だろ? なら、白滝はフリーだよな?」

「……白滝さん、嘘ついた」

 新菜が赤い目でポツリと(つぶや)く。

「そりゃ、初対面の私らに「前の彼女で~す」とか紹介できないだろ? 新菜に要らない心配をかけたくなかったんだよ」

「ホントに?」

「きっとそうだよ。新菜が思っているよりも白滝は気を使ってるよ」

 私の言葉に新菜は泣き止んだ。鼻をすすっているが落ち着いたようだ。

 まったく、こんな顔。人に見せられないね。

「よし! 早く風呂に入ってきな。明日も会うんだろ? そんな顔してたら余計な心配されるよ」

「…わかった」

 ノロノロと肩を落とした新菜が風呂場へ向かって行った。

 その後ろ姿を見て息を吐き出す。はぁ~。まったく乙女だ。

 それにしてもアビエットの人間が元カノとは驚いた。

 あいつは何か異世界の者を引き付けるモノでもあるんじゃないのか?


 ◇ ◇ ◇


 ナインの案内でドルーダという世界から来た三人組に会いに僕と新菜さんを連れ立って歩いている。

 ちなみに南さんはバイトで不在だ。いつもの面子で少しホッとしている。

 ティは人形のまま僕の胸ポケットにいる。

 顔を上にしてナインは何かの匂いを感じているようだ。

「こっちだ」

 確信したように通り道を選んで歩いていく。

「しかし、便利だね。それこそ鼻が利くってやつだね」

「ハハハ、そうでもないよ。この世界、美味そうな匂いに溢れすぎてる!」

 ナインが力説しているが、要はお腹が減るって事だよね?

 苦笑いして新菜さんを見ると目の下に隈をつくっていて、乾いた笑いを返された。

 昨日、帰ってから何かあったのだろうか? 心配だな。


 駅からかなり離れた頃、ナインが足を止めた。

「たぶんここだ」

 僕たちの前には古いアパートが構えていた。

 少なくとも二十年以上前からありそうなレトロ感満載な風貌をしたアパート。

 いかにも家賃は安そうだ。

「匂いは一階の端の部屋からだね。行くよ」

 ナインがズンズンと先へ進んでいく。

 ドア横にはインターホンは無く、呼び鈴のボタンがあるだけだ。

 ボタンを押すが何も鳴らない……。

 焦れたナインがボタンを連打するが何も起こらなかった。

 諦めたようで直接ドアをノックする。

「誰かいるかい? 新菜とその連れだ。開けてくれるか?」

 ナインが声をあげると中から音が聞こえた。


「夢か!? 新菜さん! 会いたかった!」

 勢いよくドアが開くと眼鏡をかけた美形で長身の男が出てきた。

 が、ナインを見て目を丸くしている。

「あれ? 君は?」

「私はナイン。新菜は後ろにいるよ」

 眼鏡の男は僕の隣にいる新菜さんを発見すると顔をほころばせる。

「新菜さん! さ、汚い所だけど入ってくれ!」

「待て! 私らもいるんだよ!」

 たまらずナインが突っ込む。

 それを気にしない眼鏡の男に招かれ中へと入る。

 玄関直結の小さな台所を抜けると六畳一間の部屋が見える。

 そこには体格の良い中年の渋いおじさんとなんとも普通な若い男がいた。

 僕たちを見た中年のおじさんは驚いている。

「お…お前たち。新菜の仲間か…」

「こんにちは。お久しぶりです。少し話があります」

 新菜さんはニコリとして挨拶する。目の下の隈が残念だけど。

 慌てたおじさんが急いで座卓の上を片付け場所を空ける。若い男も手伝い、眼鏡の男は見守っていた。


 ちょうど座卓を挟んで対面する形でお互いが座る。

 その間、それぞれ紹介し合った。

 ゴホンと咳をして大佐と呼ばれたおじさんが仕切り直す。

「…なぜ、我々がここにいると分かった?」

「私だよ。鼻が利くんだ。逃げる時は気をつけなよ?」

 ナインがニヤリとする。それを受けて普通の男、ソールは苦笑いしている。

「とりあえず、本題を先に進めます。まず、これを見てください」

 新菜さんがバッグから例の怪物の指を取り出して座卓の上へ置く。

 それを見た大佐たちの空気が一瞬変わる。

「これは?」

「魔物がこの世界に現れました。私達の世界、アビエットにはいない魔物です。心当たりありますか?」

 大佐は魔物の指を手に取って見ている。

「ふむ。確かに我々の世界に生息する魔物の一部だな。本体は?」

「私の使い魔が倒して消しました」

「なるほど。こいつはリザーランと言われる魔物だ。硬い皮膚と強力な爪を持つ。上位に入るやつだ」

 ハアとため息をつきつつ大佐が答える。

 納得した新菜さんが(うなず)き三人を見る。

「わかりました。大佐たちはどのようにしてこの世界にこられましたか?」

 大佐の眉が上がる。何か思い当たる節でもあるようだ。

 しかし、この場に僕がいることが不自然な気がしてきた。

「……まあ、しかたあるまい。お前たちとは敵対したくないし、協力するつもりだ」

 大佐はこの世界に来た経緯を僕たちに詳しく語った。

 どうやら次元の亀裂を発見し、調査のために新菜さんたちの世界アビエットへと渡ったが、そこでも亀裂を発見したらしい。

 再び亀裂に入ったのが大佐たちのようで、新菜さんとのファーストコンタクトに失敗し帰還用の機械が壊れたようだ。


「ごめんなさい、私のせいで。アビエットまでならご案内しますけど……」

「なに!? そこまで戻れるのか!」

 驚いた大佐が中腰になる。隣のソールが冷静に大佐を再び座らせた。

「ええ、私の魔法でなら。ドルーダまでは無理ですけど。今回の次元の亀裂は私達の世界が中心かもしれません。賢者様にも報告しなくてはなりませんね」

「その“賢者”とは?」

 大佐が質問する。確か僕との会話にもたびたび出ていた人だ。あまり気にしなかったけど。

「私の上司にあたる方です。評議会とは別にある機関の長で、魔法や魔術を統括しています」

「な…なるほど。つまり、技術部門みたいなものかな? すまんな、我々の世界にも魔法はないんだ」

「いいえ、理解はしてます」

「そうか……。提案は嬉しいが少し待ってもらってもいいかな? この世界は興味深い、我々の未来がある」

 大佐は難しい顔で新菜さんに語る。真面目に聞いているけどなんとなく新菜さんの隈が面白い。

 新菜さんが息を吐くと大佐を見据える。

「わかりました。帰るときは言ってください。一つお願いがあります」

「何かな?」

「魔物が現れた時に私達に協力してもらえませんか? あなたがたの能力を貸して欲しい」

 新菜さんが控えめにお願いしている。

 大佐は忍び笑いをして僕たちを見渡した。

「わかった。協力しよう」

 ニヤリと大佐が答える。

 それから協力のために話し合いが持たれた。

 気を利かせたソールが僕たちに水を出してくれたのを見て、財政が苦しいなと感じた。

 確かに、このアパートに住んでいることでなんとなくはわかっていたけど。


 話し合いが終わり一息ついた頃、僕が大佐たちに海に行くことを提案すると場が騒然としだした。

 なぜか新菜さんが呆れてナインが笑っている。

 大佐たちは狼狽して海パンを買う相談をし始めた。……行く気はあるんだ。

 せっかくお互い協力するんだから少しでも仲良くできたらと思ったけど、新菜さんには面白くなさそうだった。

 最後に連絡先を交換し合って大佐たちのアパートを離れた。

 帰り際、ライノスが新菜さんに告白していたが、あっけなく玉砕していたのを見て、いつそんな出会いがあったのか疑問だった。

 少なくとも連絡し合っていたのだろうか?

 よく考えたら僕の周りには異世界の住人が集まっている。

 最近は会社よりもプライベートの方が忙しい。

 仕事には支障ないけど。


 ◇


 帰り道、ナインが用があるとかで僕たちと別れた。

 残された僕と新菜さんの二人、トボトボと駅へ向かう。

「少し休まない?」

「そうですね」

 お茶に誘うと同意してくれたので、道すがらにある喫茶店に入った。

 飲み物を注文してくつろぐ。が、新菜さんがソワソワしていた。

「新菜さんどうしたの?」

「あ、あの……」

 上目づかいで見上げてくるけど、隈があるから台無しだ。

「彼とは何も無いですから。今日会ったのも二度目だし。私は全然知りませんでした……」

「そ、そう。……プッ」

 新菜さんの面白い顔につい吹き出してしまった。

 とたん怒ってきた。

「な、なんで吹き出すんですか! ちゃんと説明しているのに!」

「ゴメン。目の下に隈があるから、新菜さんが真面目な顔をしていると面白くて。気を悪くさせてごめんね」

 すると新菜さんの顔がみるみる赤くなる。

「も、もう! 白滝さんのバカ!」

 両手で顔を隠して恥ずかしがっている。なんとも可愛らしい。

 その時、店員が飲み物を運んできた。

「あ、ほら、注文した物がきたよ」

「しばらくほっといてくださいー」

 顔を伏せる新菜さんを温かく見守って僕はカップを手に持った。


 やっと落ち着いた新菜さんが顔を上げると鋭い目で南さんについて聞いてきた。

 正直、一番したくない話題だったが、仕方なく話した。

 新菜さんは怒るでもなく淡々と質問してくるので答える。

 しかし、目が怖かった。僕が何をしたのだろうか?

「……わかりました」

「そ、そう?」

「ところで誘ってないですよね? 海に」

「も、もちろんだよ。逆に僕が気まずいし」

 僕の言葉に新菜さんがホッとした表情になる。何か心配事があったようだ。

 やはり同郷で盗賊まがいな事をしていた彼女のことが許せないのだろうか。

 しばらく置いておいた方がよさそうだ。時間が解決してくれるかもしれない。

 雰囲気の柔らかくなった新菜さんはやっと笑顔を見せてくれた。隈をつけて。

 なるべく笑わないように気をつけていたけど、新菜さんにはわかっていたようだ。

 今日の別れ際に舌を出された。


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