十一話 魔物、再び現る
はふぅと南さんが息をはく。
どう別れるかと考えていると彼女から切り出してきた。
「……あの時、もっと良い人がいるかと思って何人かと付き合ってみたけど、やっぱり最初の人が忘れられなかったの。私ってわがままね」
「だからって、僕は……」
「いいの。気になる人がいるんでしょ? 目を見たらわかる」
南さんがブランコを降りて僕の元へ近寄ってくる。
真っ直ぐな彼女の眼差しを見ていると引き込まれそうだ。昔はあの目に夢中になっていたのを思いだす。
逆らい難い欲求に抗い、無理矢理視線を逸らし遠くの月を見る。
「あら? 意外ね。何かに守られているの?」
驚いた南さんが僕の肩に手をかける。
「き、君は一体?」
「ふふっ。何か知っているの栄一?」
顔を耳元に近づけ、甘い声で囁いてくる。身体中に電流が巡るような感覚。
彼女の要求に応えたくなるが、意識を集中して思いとどまり数歩、彼女から離れる。
「本当に驚いた。変わったわね」
髪をかき上げて体の重心を変える。彼女が何をしたいのかがさっぱりだ。
この不思議な感覚の説明を聞こうと南さんと向き合う。
と、彼女の後ろの薄暗い空間が裂け、ワニの皮で出来たような大きな爪を持つ手がニュっと出てきた。
ズズズ……やがて足や体が裂け目から徐々に出てくる。
「しおり! そこを離れて!」
慌てて南さんの手をつかんで謎の生き物が出てきている空間から離れる。とっさに呼びなれた名前を言ってしまった。
「あれは!? 魔物? この世界に?」
後ろを振り返った南さんが驚いて呟く。
やがて裂け目から全身が抜け出すと大きさが露わになった。
ワニのような肌をした三メートル近くありそうな巨体にトカゲのような頭。両の手には鋭い爪が収まっていた。
沈黙が公園を包む。化け物は静かに佇んでいる。
やがて化け物は顔を上に向けるとシューシューと息を出し始める。固唾をのんで見守っていると顔を僕たちに向けた。
「マズイわね……」
南さんが呟く。同意するけど足が震えてきた。何故僕は運が悪いのか。これで二度目だ。
ユラリと化け物が前傾姿勢になると、猛烈なダッシュでこちらに向かってきた!
「危ない!」
咄嗟に南さんに突き飛ばされると、さっきまでいた場所に化け物が突っ込んでくる。
尻もちをつきつつ慌てて立ち上がると急いで離れる。
素早く離れた南さんは両手を上げると叫んだ。
「あまねく大気の精霊よ! 我にその力を貸し与えよ! その風は刃の如し! 岩をも切り裂き討ち果たさん!」
ゴッ──突風が化け物を襲い傷つける。
今のは魔法!? 南さんはこの世界の人間ではないのか?
だが、化け物には効果が薄いのか、身体中から血を流しながらも南さんへ爪を突き立ててきた。
「ハッ!」
辛くも南さんが敵の攻撃を避けて距離をおく。僕と目が合った。
「早く逃げて栄一! ここは私が時間を稼ぐ!」
「無理だ! 一緒に逃げよう!」
彼女の叫びを拒否する。このままじゃ二人とも化け物の餌食になってしまう。
胸ポケットから人形を取り出し化け物へと投げながら叫ぶ。
「ティーー! 僕たち二人を守ってくれ!」
ボフンと人形が煙に包まれたと思ったら、何者かに飛び蹴りを食らって化け物が吹っ飛ぶ!
キーキーと甲高く鳴きながら化け物が地面にもんどりうっている。
「遅いよ! シラ兄!」
小柄なティがスタッと着地して僕にウインクする。
「あの化け物をやっつけてくれ! できる?」
「誰に聞いてるの? 楽勝! 楽勝!」
ティはニヒっと笑うと化け物に突っ込んでいく。
ちょうど立ち上がろうとした化け物に再びキックを叩きこむティ。
何もできないまま倒れる化け物。よく見たら腹に大穴が空いている。
後は任せて南さんの方へと走っていく。彼女は茫然と事の成り行きを見ていた。
「南さん! 大丈夫?」
「え!? ええ。何ともないわ。それよりも、アレは?」
「えーと、使い魔のティ。僕を守ってくれているんだ」
ちょうど化け物に止めをさしているティをマジマジ見て、僕に視線を移す南さん。
「……あなた何者? アビエットの監視者?」
「いや、違うけど。ひょっとして南さんって、アビエットの人なの?」
「……」
訝し気な顔の南さんは無言で答えた。
「シラ兄。コレはどうする?」
化け物を倒し終わったティが僕たちの元へ戻って来た。
あんな化け物を秒殺って、すごく強いなティは。とても感心してしまう。
「無理だったらいいけど、証拠を残さないように消すことはできる?」
「はーい! できるよー!」
再び化け物へと向かうティの背中に思い出した事を付け加える。
「できれば体の一部、小さくていいんだけど、取っといてもらえるかな?」
「わかったー!」
そのまま返事をしたティは化け物上でゴソゴソとして離れる。
すると化け物が沼に落ちていくように地面にゆっくりと沈んでいく。
気がつくとティはすでに僕の隣に戻ってきて何かを差し出した。
「はい、これ。爪の部分を持ってきたよ」
「ありがとう助かったよ。凄いねティは!」
「えへへ! もっと褒めて!」
笑顔のティの頭を撫で回すとフニャフニャ喜んでいる。これでいいのだろうか? 事案ではないのか?
ふと視線に気がつき南さんを見ると眉をしかめている。
「あなたの主人は誰?」
どうやらティに質問しているようだ。ティは笑顔を向けて答える。
「もちろんシラ兄だよ!」
「その前の契約者は?」
「ニーナ様だよ。知ってるの?」
名前を聞いた南さんの表情が一層険しくなるのを見て思わず口を挟む。
「南さん、知り合いなの?」
「いえ、直接は知らないけど……あ! まさか……」
何かに気がついた様子で僕を睨む。
「どういう事?」
「あまり勘違いして欲しくないけど、ちゃんと説明するよ。もちろん君の話も聞きたい」
「……わかったわ」
南さんは僕とティを交互に見て、カバンからスマホを取り出すと僕に向ける。
「アドレス交換しましょ。都合のいい日を教えて、合わせるから」
「………わかった」
しぶしぶ自分のスマホを出すと南さんと情報を交換した。
昔、彼女と別れた後、通信会社を変えて番号も変更したのにこれでは意味が無くなった。
少し気が晴れたのか薄い笑みを浮かべた南さんは、無言で踵を返すと公園を後にして行ってしまった。
僕はしばらく公園のベンチに座ってグッタリしていた。
手にはあの化け物の大きな指の一部。これに刺されたら死んでいる所だった……。
アパートに戻った僕たちは遅めの夕食を済ませ、念願のスイーツを口する。
驚きと喜びを爆発させたティがあっという間に食べ終えたので僕のを半分わけた。
今回はティのお陰で難を逃れたが、ひょっとしてあの公園で正座していた三人組が関係しているかもしれない。
南さんとの話が終わったら、新菜さんやナインにも相談した方がいいな。
あんな大立ち回りを毎回していたら、いつか警察や近隣の住人が気づくだろう。
もしそうなれば彼女たちの立場も危ういかもしれない。
せっかく平穏の中で暮らせているのに、この世界にいることが辛くなるような事になれば彼女たちは元の世界へ帰ってしまうだろう。
もしそうなったら?
僕はどうしたらいいのだろうか?
自分の中にあるモヤモヤした感情に複雑な気分になる。
あの笑顔が二度と見られなくなることに、少し怖くなった。
◇ ◇ ◇
昼休み、白滝君を探して屋上へ行くと、背の高いプランターの影に魚沼さんが本を開いているのを発見した。
「こんにちはー。白滝君を見ました?」
私に気がつき、本をパタリと閉じた魚沼さんが声を落として答えた。
「この木の後ろにいる。さっき新菜さんと二人で来ていた」
「マジですか! 後ろに?」
私も声を落としてプランターのそばへと向かう。プランターの木は密度が濃く、向こう側は見えない。
これなら小声でもバレなさそうだ。
「八巻さんも用があるなら堂々と行けばいいのに」
「それは後にしまーす」
近くに来て魚沼さんの囁きに答える。
ジッとしていると二人の会話が聞こえてきた。
「……つ、つまり、その、僕は怒っているわけでもなくて、ましては新菜さんに問題があるわけでもないんだ」
「意味がわかりません」
どうやら白滝君が新菜さんに言い訳している様子が感じられる。
普段、のほほんとしている白滝君が珍しく焦っている。
「う…その、僕自身の問題で、つまり今まで僕は新菜さんやナインに甘えていたのに気がついたんだ。特に新菜さんには助けてもらってばっかりで……そう思ったら自分が恥ずかしくて。それで新菜さんが誤解しているかもしれないので謝ろうと思っていたんだけど」
「……」
「ゴメン。なさけない男で」
なんとも気まずい雰囲気の中、白滝君が声を絞り出していているのがわかる。
告白みたいな言い方に魚沼さんと目が合うと二人で苦笑いを交わす。
と、ここで新菜さんが吹き出した。
「プッ、ふふふふ……」
「え!? 笑うとこ?」
「いいですよ!」
「な、何を?」
「甘えてください! どんどん甘えてください! 私はいつでも大甘です!」
「いや、それはやっぱり…」
「何でですか? いいじゃないですか! 私だって白滝さんに甘えているんです。おかえしに甘えてください」
白滝君の狼狽を無視して新菜さんが畳みかける。
つか、あんたらの会話の方が甘くて、こっ恥ずかしいわ!
「そんな事で悩むなんて白滝さんらしくないですよ! もっとこう、いつもみたいにおっとりしてくだい!」
「え~! いや、そんな、おっとりしているわけではないけど」
「ふふっ。そんな事、私は気にしてませんよ。もちろんナインも」
「それならありがたいけど」
「そうです。甘々ちゃんですから気にしません」
なんだろ? 無軌道に叫びたい気持ち。この会話の甘さ。
少なくとも声だけで良かった。実際に見ていたら殴り倒していたかもしれない。
そんな私の感情を放っておいて彼等の会話は続く。
今度は新菜さんからのようだ。
「それで、あの、この間の返事なんですけど」
「はい」
「ぜひ一緒に連れてってください。この間は紛らわしい真似をしてごめんなさい」
「そんな謝らなくても。新菜さんの事情もあるだろうし。オッケーしてくれただけでも僕は嬉しいし」
「良かった! 白滝さんも甘々ですよね」
「いや、なんと言うか……」
ここまで聞いてくると段々腹が立ってくるのは何故だろうか?
この二人は自覚がないのか?
そんな私の思いも通じず、会話が続く。
「そうと決まれば準備しないと! あ! でもさすがに白滝さんと行くのはマズイですよね?」
「何を?」
「えっと、み、水着…を買いに行くことが……」
「あ、ああ。そ、そうだね。ナインか八巻さんと行ったら良いと思うよ!」
「そ、そうですよね! も、もうそろそろお昼時間が終わりそうですから……」
「一旦、戻ろう。あ、後で連絡するよ」
「はい」
二人がパタパタとプランターの裏から離れていく音が聞こえる。
こめかみを押さえ、ふーっと息を吐く。
隣を見ると魚沼さんが笑っていた。
「なんなんの、あの二人! まるでバカップルじゃない!」
「ハハハ。そうだね」
二人がいなくなった事を確認して感想をぶちまける。
「これで付き合ってないっていうんだから仲林君も浮かばれないね」
「ははは。八巻さんも白滝君が好きなんだろ?」
「前までは、かな? 今日ハッキリしたのは全然嫉妬しなかったって事。たぶん弟的な感じで好きだったのかも」
「ははは。そうか」
楽し気な魚沼さんに私の気持ちをさらす。人に言うとスッキリするから気が楽になる。
魚沼さんが本を片手に立ち上がるとニッとする。
「今度、海に行くのが楽しみになってきたな」
「魚沼さんも行くんですか?」
「白滝君に誘われてね。幹事は君なんだろ? あちこちへ声をかけてるみたいだよ、白滝君は」
「あの野郎~~、私に黙って~! 後で責めてやる!」
片手を打ち付け立ち上がると白滝君をいじめる算段をする。
少しは失恋の分もあるけど。
「お手柔らかにしてくれよ」
「へい、へい」
そんな会話をしながら魚沼さんと連れ立って自分の部署へと戻っていく。
仲林君には告白計画を打ち明けられたけど、今日のあの出来事で完全に無くなった。
あの時は下心もあって嬉しかったのに、今では全然ショックもなく、そうなんだなと冷静な自分がいる。
元々新菜さんの気持ちに気がついていたから。そして、白滝君の無自覚ながらも彼女を見る目を知っていたから。
その二人を遠くから眺めていて、私には無理だと悟ってしまった。
海か──
最終的にはどんな顔ぶれになるのだろうか?
なんとも不安を隠しきれない。
せいぜい楽しく海で過ごせれば文句はないかな。
あの二人はどこに行っても楽しそうだけど。




