第7話・ターニャの涙
町長の娘。
たしかに柔らかい佇まいと気品を感じていたが、まさか町のトップの娘とは思わなかった。しかし、町長の娘だけがこの町に残っているのはおかしくないだろうか。疑問に感じていると、ターニャのほうから話し始めてくれた。
「では、順を追って説明しますね。先ほども申したようにこの町は信仰心が強くて、土の元素の精霊であるゴブリンを崇めていました。
精霊が男性神ということもあって、鍛冶の仕事は昔から男の仕事だと考えており、その信仰に基づいてこの町で女性は専ら家の仕事をするのが習わしとなっています。もちろん、中には商売や交易を行う女性もいますが、あまりいい目では見られていなかったんです」
「男女での差別みたいなのが強かったんだな」
「資源には困りませんし、作る道具の売り上げでそれなりに豊かでした。でも、決して暮らしやすい町ではなかったでしょう……」
「でもこの子、モジモジしているというか、拒否できない子でしょ? 町長の娘であることと才能を見出されて、女で鍛冶師を目指すことになったの。町の人からは白い目で見られることも多かったのに、やっぱり性格的に辞められなくてね」
「小さいときからお使いでクレアさんの元を訪れては、嫌なことはよく愚痴ってしまいましたね」
話に割り込んできたクレアに、ターニャはやっとふんわりとした笑顔を見せる。クレアも口の悪い神官だが、ターニャの前ではいいお姉さんをしていたのだろう。
「父も信仰心によって差別が生まれる町を憂いていました。だから、私を鍛冶師にして町を変えようとしていたのだと思います。
私も父が鍛冶師であることに憧れていましたし、この町で暮らす女性がもっと仕事がしやすくなればと思っていたので、自分の運命を受け入れて修行に耐えました。その成果もあって鍛冶師として父からも認められましたが、それでも頑なに私を職場に入れようとしない人もいて……」
話しながらも、ターニャは悔しそうに顔をゆがめている。それでも、彼女は話を止めなかった。
「父がこの町を変えようとしている最中でしたが、魔王の出現によって世界は呪われていきました。そして、この町にも突如として鎧姿のモンスターが現れました。そのモンスターは土の精霊であるゴブリンと称し、父を……」
「もしかして、お父さんはー」
「父はハンマーにされてしまったんです」
思わず木箱から落ちそうになる。確かに、今まで呪いで殺された人はいなかったが、ハンマーというのはどんな冗談だという感じだ。
「ハンマーにされた父はゴブリンに奪われてしまい、さらに町と資源に呪いを掛けました。それだけに終わらず、ゴブリンは町の人に『我の元に来れば安寧を約束する』と、吹き込んで去っていきました」
「それで、この町からは人がいなくなったのか……」
「……理由は、それだけじゃないんです」
「どういうことだ?」
「実は、あなたが持つ剣が関係しています」
自分の剣を取り出しながらこの剣が、と聞き返してしまう。
「ゴブリンを何とかしないと思った私は、クレアさんと相談して封印剣の作成を考えました。そして、この件を町議で掛け合ったのですが、これがいけませんでした」
「なんでだよ?」
タカオはすぐに質問を返すも、クレアが割って入ってくる。
「元素信仰よ。さっきも言ったけれどドワゾンでは元素に対する信仰心が強いの。町が呪いで溢れているとき、目の前に『神様』であるゴブリンが出てきて楽園への招待を促されたら、すがりたくもなるでしょうね。信仰心の強い人にとって神様を封印しようなんて狂気の沙汰なわけ」
「でもよ、そのゴブリンって確実に邪霊化してるよな? 町人には区別とかつかないのか?」
「前にも言ったけど、元素の精霊は普通の人の目に見えないわ。絵本や書物に描かれる精霊しか見ていない人にとっては、ふだん信仰しているゴブリンも町に出てきたゴブリンも同じでしょうね」
突然現れたのが邪霊であっても、普段信仰する神と同じ名前ならば信じてしまうものだろうか。それが一度も姿を見ていなかったものでも、すがりたくなってしまうものだろうか……。煮え切らないものを感じていると、ターニャはさらに話を進めていく。
「このままでは埒があかないと思った私は、クレアさんの神殿まで向かって一人で剣を作ることにしました。簡易的な鍛冶設備しか用意できなかったので不安でしたが、何とか剣を作り上げることに成功しました。後はクレアさんに託して、私は町に帰ることにしました」
ターニャはグッと手を握り、一段と体をこわばらせたながら言った。
「ですが、私がいない間に鍛冶師のテッシンが蜂起したんです」
「テッシン?」
二人は同時に名前をくり返していた。
「テッシンは鍛冶師の一人で、私と同じ時期に修行をはじめた兄弟子のような存在でした。彼も実力はあったのですが、慢心が強くて父は警戒していました。
彼は私が封印剣を作ると言い出したときから、元素信仰の人を煽り立て、ゴブリンに取り入ることで呪いは解かれると言い出しました。それだけでは飽き足らず、私に父殺しの汚名まで着せ、彼らはテッシンに導かれてゴブリンの元に下りました」
ターニャは今にも崩れ落ちそうなほどに身体を震わせ、涙を必死に溜め込みながら言葉を絞り出す。
「私は信じたかったんです。この町の人を最後まで信じた父のように、どれだけ私にひどいことをする人間がいても、私は信じたかったんです。差別のない町を作りたい私が、町の人を裏切ることなんてあってはいけない。
でも、私が町を離れたのは事実で、テッシンによって責められ続けるのがつらくて、この町から逃げたかっただけかもしれません。私は、町人を最後まで信じられなかった無力な自分が嫌いですー」
タカオは思わずグッと拳を握り締めていた。何か手伝うよ、と言おうとした瞬間、クレアがターニャに抱き着いていた。
「ごめん! こんな剣作ろうなんていったせいで、私がドジして呪わちゃったりしたから、あんたがこんな辛い思いさせちゃって……」
ターニャとクレアは久々に会ったにも関わらず、お互いにくっ付いて泣きじゃくり始める。タカオは自分の剣の重さを確かめるように、もう一度グッと柄を握り直した。