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エピローグ・「そうぞう」に溢れる世界へ……

 久々の外出。俺はバスを使って繁華街に向かい、そこにあるチェーンカフェ店をタカオは目指していた。


 

 待ち合わせ時間は午後十四時。十分前には着くように計算した甲斐もあり、無事徒弟通りカフェ店に着くことができた。店内に入って注文を行い、二人で座れる席がないかキョロキョロと辺りを探してみる。



「タカオ、こっちよ」



 聞き覚えのある声が自分の名前を呼びつける。声の主は向かい合って座れる席をキープしており、にこりともせず手を振っている。その顔はクレアとまったく同じでグレーの髪色をしている。



 呼ばれるまま彼女と向かい合う形で着席すると同時に、彼女はさっそくぼやいてくる。



「女性を待たせるなんて、やっぱりあんたダメリエイターね」



「現実世界でそういう風に言うなよ、クレア」



「じゃあ私のこと、その名前で呼ぶのも止めてくれる? 私には水原アキって名前があるんだから」



 そう、今日はクレアこと水原アキと、このカフェで会う約束をしていたのだ。現実世界で彼女に会うのは二回目だが、その顔を見るとつい「クレア」の名が口をついてしまう。



 ゲーム世界にできたヒビを使って現実世界に戻る作戦は成功し、タカオと水原は無事に戻ってくることができた。どうやら空のヒビは、過去の映像で見たゲーム開発部屋につながっていたようだ。

 タカオと水原はほぼ同時に目覚め、お互いに記憶を確認し合った。自分の名前や住んでいる場所、そしてゲーム世界での出来事……。同時にゲームについても確認してみようとするも、パソコンはうんともすんとも言わず、別の端末からもアクセスすることはできなくなっていた。



 それでもお互いに記憶は保持されており、身体も元に戻っていた。現実世界に無事戻って来たことを祝福し合うも、今までに感じたことのない倦怠感が身体を包んでいた。

 記憶や事実確認以上の話を冷静に話すことはできないと判断し、こうして会う約束をして別れることにしたのだ。同じ市内に住んでいることもあって日にちも空けることなく、すぐ再会するに至った。



「やっぱり、あの世界のことは現実なのよね?」



「……そうだろうな。俺と水原さんが、こんなに一致する夢なんて同時に見ないだろ」



「へぇ~」



「な、なんだよ?」



「クレアじゃなければ、水原さんなんだ」



「慣れないんだよ、そういうの」



「いいわよ、アキで。アクアでもなくクレアでもなく、本名で」



 ニタニタしながら、わかりやすい挑発をかましてくるアキ。彼女がクレアと違うところと言えば、名前と髪型だろうか。クレアは髪をポニーテールにしていたが、アキは縛らず降ろしている。髪型が違うだけで印象も全然違うが、そのニタニタ顔はやっぱり「クレア」と何ら変わりない。



「じゃ、じゃあアキ」



「まだ固いわね」



「あ、お前だって! こっち帰ってくる前はすごい顔してたくせに」



 アキは帰還前にキスしたことを思い出したのか、耳が沸騰する音を立てそうなほど赤くなる。手に持ったマグカップを投げつけそうになるのも、代わりに左手が飛んでくる。液体が飛んでくるよりはいいかと思い、甘んじて久々の平手を受け入れておいた。



「それよりも。デニスはやっぱり見つからないのか……」



 悪ふざけもほどほどにして、今日のメインとなる話題をタカオは切り出してみる。さすがにアキもすっと笑顔を消してしまう。口元に運んでいたマグカップをテーブルに置き、真面目なトーンで話し始める。



「あの後に捜索願を出したんだけど、音沙汰なし。あの世界から帰って来れたのは、私とあんただけ。携帯も私たちが起きた部屋に置きっぱなしだし、どこにいるかはわからないまま」



「そうか……」



「まあ、一応ってことだったし。それに、デニスはあの世界とつなぐため魔王に利用された。私はアキの記憶でぼんやりとしか記憶にないけど、あんたはその映像を見たんでしょ?」



「ああ。デニスはゲーム世界の魔王によって……」



 それだけ聞くと、アキは窓から外を眺め始める。彼女だって知っているのだ。彼はゲーム世界と現実世界をつなぐ際の生贄となり、そして肉体は魔王に利用された。だから、捜索願を出しても意味が無いことを。



 それでも出さずにいられなかった。もしかすれば、自分たちに起こったような奇跡が、デニスに発生していないとは言い切れない。でも、やはりデニスは……。



「……私ね、デニスと変わらなかったなと思うの」



 いきなりのカミングアウト。どう答えていいのかわからずにいるとクズ、と容赦のない暴言が飛んでくる。何も言い返すことができずそのまま縮こまっていると、アキが話を続ける。



「私はフリーのプログラマーで、実力に関してはそんじょそこらのプログラマーに負けないわ」



「自分で言うのかよ」



「でもね、それは誰にも有無を言わさないための力でしかなかった。誰かと衝突して、意見を交えるのが面倒だったから……。ううん、私がそれを避けたかったから。そのためにとにかく勉強してたら、いつのまにかフリーで活動することになっていたわ。私はフリーを選択したわけじゃない、ただの結果論」



「アキ……」



「あんたのことバカにしてたけど、ロクに人間付き合いしなかったのは私も同じ。ごめんなさい」



 視線こそ合わせないものの、アキは謝罪を述べる。彼女から聞くはじめての「ごめんなさい」を受け止めながら、タカオはその横顔を見た。



 人間付き合いが苦手、か。タカオも人と話すとき、彼女のように口を真一文字に閉じ、必死に感情を堪えようとしていたのだろうか。ゲーム世界では「タカオの顔を見れば何でもわかる」とアキは言っていたが、それは彼女と自分が同じような人間だからかもしれない。ふと、そう思った。



「これからどうするんだ?」



「えっ?」



「フリーのプログラマーなんだろ? あんなゲームを作る実力があれば、どこでも活躍できそうなもんだけど」



「まだ新しい仕事を受ける気にはなれなくて、今後のことは考えてるところ。それに、どこか会社に所属してみるのもいいかなって」



「そっか……」



「で、あんたは? 偉そうにフリーのライターなんて名乗っちゃってるけど、これから仕事あるわけ?」



「……笑うなよ」



「内容によるわ」



 そう言いながらも、すでにアキの表情はニヤ付き始め、テーブルに膝をついてタカオを上目遣いで見てくる。まるで猫のようだな、と思いながらも自分の将来設計を披露する。



「物語の勉強を真面目にしようかなって。そういう学校もあるみたいだし、今から親に頭下げて、本気で勉強したい気持ちをまずは伝えようかなって。親が反対しても、多少はライターで稼いだ金もあるし、それを使って勉強するつもりさ」



「ま、飲みや遊びに使うよりはいいんじゃない?」



「それに、すでにネットで書き溜めている物語もあるんだ。ターニャやエヴァンのこと、それにデニスのこと。ちゃんと他の人にも知ってもらいたいんだ」



 へえ、と言いながらアキはタイトルを聞いてくる。タカオは自信満々にそのタイトルを告げる。



「タイトルは、竜崎タカオの転生譚」



-fin-

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