第70話・約束
壁の様子を見ているタカオ達の元へ、ターニャとエヴァンも近づいてくる。そして、その壁の隙間から見える階段と神々しい景色に思わず言葉を詰まらせる。
「すげえな。今まで見てきた神殿や宮殿よりもキレイだぜ……」
「ああ、これはつい見入ってしまうな」
つい二人と同じように見惚れながら、この先に魔王・デニスがいることを確信する。過去のゲームでも玉座の後ろに階段が隠されているものがあった。そのオマージュとすれば、この壁の向こうにある階段はラスダンにつながっているはずだ。
いくぞ、と言ってから俺は階段に足を伸ばしてみる。白く色付けされているとはいえ、少し下が透けて見えるようになっている。足を伸ばすだけで股の辺りがヒヤッとなり、下に落ちそうな感覚になる。
「まったく、なにこんな状況でビビッてんのよ」
「お前は常に羽があるからいいよ! けっこう怖いぞ、これ」
どれどれ、といいながらクレアをはじめターニャ、エヴァンも壁を越えて階段に足を付けてみる。それぞれカンカンと踏み鳴らしたり、ジャンプまで始める。
「……大丈夫だな」
「それじゃ、行くとしますか」
安全性を確かめた二人は階段を走り、一気に頂上を目指していく。
「たくましい仲間たちで良かったわね」
「……そうだな」
最後まで余裕があるのか、こうして緊張をほぐしているのか……。とにかく絆の深さを感じながら、タカオも階段を駆け上がり始める。
「ねえ、タカオ」
隣で階段を使わず、空中を飛びながら神の庭を目指すおさぼり神官が声を掛けてくる。
「こっちは、階段を、上っているんだよ……。なん、だよ?」
「私たち、魔王を倒した後ってどうなるんだろうね」
え、と言いながらつい足も止まってしまう。今はとにかく魔王・デニスを倒すこと。それしか考えていなかった。すでにタカオはこの世界の住人で、帰る手段のことなんて何も考えていないことに今気づいた。
「考えて無かった。そんな顔してる」
「勝手に表情、読むなよ」
「私だって読みたくないわよ。……残念ながら、わかるぐらい一緒にいるの。私たち」
タカオにとってはこの世界の冒険は一瞬。でも、実際はそれなりの長さだったりするのだろうか。すでに時間間隔は麻痺していたが、クレアとの時間が濃密であることは事実。それは決して「時間」という単位では換算できるものではない。
「……このゲーム本来の筋書きはどうなっているんだ?」
「魔王となった神を倒した後、神官である私が主人公を現実世界に送り返す。たしかそんな感じ」
「じゃあ、お前は?」
クレアは何も言い返して来ない。そのとき、俺はリューベックで彼女と交わした会話を思い出す。
-もう余計なことを考えるのは無し、私のことも……。
クレアは自分が帰れる筋書きが無いことを知っていた。それを知った上でこの世界に転生し、すでに帰れないことを覚悟してこの戦いに臨んでいるというのか。ずっとその事実を俺にも仲間にも話せず、その小さい身体にずっと……。
ークレアは俺の顔を見て何でもわかるのに。それなのに俺は。
「いいのよ。今の私ならばゲーム世界からプログラムを解析することだってー」
「絶対に一緒に帰るぞ」
タカオはクレアの手をつかみ、ギュッと身体を抱き寄せる。何も言わせない。彼女がどれだけデニスのことを思っていたとしても、未練があったとしても、後悔していたとしても、必ず連れて帰る。
むしろ、彼女が前を向いて進むためには、絶対にここから連れて帰るべきなんだ。エゴだろうと何だろうと関係ない。自分が最善だと思うことを、はじめて全身を使って彼女に伝える。
「もう俺の顔みるだけでわかるんだろ? 俺はお前だけこの世界に残せない。デニスとか関係ない。俺は、ぜったいにお前も連れて帰る」
「……なによ、プログラミングもできないし、ロクなシナリオも書けないくせに。偉そうなこと言って」
クレアはやはり不安に思っていたのか、タカオの言葉を聞いて涙声になっている。鼻水によって詰まっている言葉を聞くたび、さらに強く抱きしめる。
「だったら、俺がフォームの力でクリエイトする。お前の帰れる道を」
「三流のくせに」
「誰かと思いが一緒ならば、なんだってできるスキルなんだろ?」
タカオはクレアの頬から離れ、彼女の目を見ながら言ってのける。
「だったら、帰り道ぐらい自分たちで作ろうぜ」
「……バカ」
クレアは目をうるうるさせながら、いつものように殴ってくる。しかし、そのいつもと違って力が全く入っていなかった。むしろ撫でられているようで、くすぐったい思いをしてしまう。
タカオが照れていると、彼女は後ろを向いてと言い出す。余計なことを言わず後ろを振り向くと、首筋に彼女の手が触れるのがわかる。いいわよ、と言われるので彼女の方を向くと、首がシャランと音を立てる。
「これは?」
首元に触れてみると、そこには首飾りが掛けられていた。
「それ、ゲーム内のクレアが付けてるものじゃないから」
「へ?」
「私が好きで付けてたの……。クロスっていう首飾り。それだけは、こっちに持ってこれたみたいだから……。あんたに預けておくわ」
アクアとクレアをクリエイトした際、急に着けていた首飾り。元々はアクアのもので、記憶がよみがえる際に一緒にクリエイトしたのだろうか。そのエピソードを聞くだけで現実とのつながりを感じられ、ついギュッと握りめてしまう。
「クレア……」
「な、なによ?」
「なんだよ、急に恋愛シミュレーションのイベントみたいなことをー」
「茶化すな!」
バシッと、今度はいつもの平手打ちだ。でも、これでないとアクア……。もといクレアらしくない。いつもの調子に戻ったタカオたちは、急いでターニャとエヴァンの元に向かって走り出した。




