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第66話・姉妹

 キマイラの消滅を確認した後、エヴァンとクレアは船に戻ってくる。シルビアはジョニーによって介抱されており、毛布と温かい飲み物をもらっていた。その様子を見たエヴァンは、ほっと胸をなで下ろすかのように表情がほどけていく。



「シルビア、なんともないようだな」



「なんともないですって!」



 羽織っていた毛布をかなぐり捨て、持っていた金属製のカップをエヴァンに投げつける。カン、と小粋な音を立てると同時に、彼女はエヴァンと出会ったときのようにズカズカと近づく。



「わかってるの、貴重な資料である神の島にあった台座が食べられたのよ! 残ったのも、私がなんとかアイツの腹から持ってきたこの装飾だけだしー」



 シルビアはハンドル型の装飾をブンブン振り回しながら文句を言い続ける。いつまでも止まりそうになり様子を見かねて、エヴァンはそっと腕で自分の身体へ引き寄せる。



「危険な目に合わせて、本当にすまなかった」



「……ありがとう」



 エヴァンの態度に、彼女はやっと素直に心臓から言葉を漏らす。それと共にすすり泣く音が聞こえてくると、彼はその音を吸い込むようにシルビアの身体を抱きしめる。



 ーお姉ちゃん。



 人魚の指輪が再び青く光り出し、ぼんやりと人魚の虚像が浮かび上がってくる。それは紛れもない、オリビアの顔をしていた。二人は気恥ずかしいものを覚えながら身体を引き離し、オリビアに向かい合う。



「オリビア……。オリビアなのね!」



「お姉ちゃん、ごめんね。私、言いつけを守らずに無茶しちゃった」



「それよりも、これはどういうこと?」



「実はね……。私、人魚のことを思い過ぎて、死んだ後に人魚になっちゃったの」



「あんたが、人魚に……」



「うん。町では邪霊復活に関係する人魚乱獲事件が発生して、私は人魚の乱獲を止めるように訴えていたの。でも、調子に乗り過ぎてワナにはめられちゃって。……ほんと、無鉄砲すぎるよね」



「ええ、叱る気にもならないわ」



 シルビアのほくそ笑んだ顔に、オリビアも笑みを隠せずにはいられなかった。妹の手をつかもうとシルビアは立ちあがるも、人魚である彼女の手をすり抜けてしまう。先ほどの笑顔が黒板に書いた文字のようにサッと消え去り、シルビアは現実を受け入れて整理し始める。



「……これでわかったわ。どうしてエヴァンが人魚の指輪なんて持っていたのか。オリビアは人魚になった後、邪霊を倒すことに関わったエヴァンと出会ったのね。その後、あなたはー」



 シルビアはそれ以上を言葉にできなかった。彼女の代わりにこくり、と一度だけオリビアは頷いて話を続けていく。



「いいの。人間として死んだのに、その後エヴァンに会うことができた。それに、こうしてもう一度、お姉ちゃんに会う機会にも巡り合えたわ」



「バカ。それなら私の言いつけを守って、生きて帰ってきなさい」



 指輪から出てきたオリビアは何も答えない。何も答えない代わりに、涙を我慢しながらうん、と頷いて見せる。



「お姉ちゃん、本当にごめんなさい。私が言いつけを守らなかったから、お姉ちゃんを悲しませることになっちゃった。これは全部、私の責任」



「オリビア、あなたを責めるつもりはないわ。あなたは自分の思いに従って最後まで行動した。それならば、私があなたをどうこう言えることはできない。それに」



「それに?」



「私だって、重要そうな発掘資料や美術品があれば、身を挺しても守ってしまうから。オリビアのことを責められないわ」



 シルビアの言葉に、やっと二人の間に笑顔が戻ってくる。しかし、彼女たちが笑い合える時間はすでに残されていなかった。徐々にオリビアの姿が薄くなっていく。

 シルビアはオリビア、と叫びながら手を伸ばす。しかし、その手は虚空をつかむばかりで、最後に笑顔を見せたオリビアはすうと空の中に消えていく。



 まるで憑き物が取れたようにシルビアはその場に膝から崩れる。エヴァンはすぐに近づいて身体を支え、彼女もエヴァンの肩をやっと借りるだけの余裕ができた。



「シルビア、そのー」



「……ほんと、とんでもない妹ね」



「え?」



「人魚好きが高じて人魚になるなんて。まったく、伝承を調べる人間が伝承になるなんて、どんな笑えない話なのよ」



「……そうだな」



 エヴァンからシルビアが離れると、指輪を外して彼女に差し出す。



「これはオリビアのものだ。お前が持っていたほうがいいだろう」



 彼女はじっと人魚の指輪を見つめる。しかし、最終的には首を横に振って受取拒否の意思を示す。



「あなたが持っていなさい、それは」



「でもよ、言ってしまえばこれはー」



「だ・か・ら! 私は受け取りたくないのよ。あの子はあなたと闘って、あなたと一緒にいることを選んだ。そういうことなんじゃない?」



 エヴァンは渡そうとした指輪をグッと握りしめる。そして本当にすまない、と言いながら彼女に対して深々と頭を下げる。



「……ぜったいに帰ってきなさいよ」



「帰ってこいって、それはどういうフラグー」



 バカ、と言いながらシルビアは頭をパシンとはたく。しかし痛みは無かった。まるで妹に対するスキンシップのように優しいタッチだった。



「あなたは色々と不思議なことを体験したみたいだから、それをちゃんと語ってもらう必要があるの。それに、闘った後にはその指輪だって調べさせてもらうんだから。だから、魔王との戦いで死んだりしたら承知しないわよ」



「シルビア……」



 ふん、と言いながら目元を拭う仕草を見せる。エヴァンはまた指輪をはめると共に、彼女との約束を胸に刻んだ。

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